最終話 二人で、共に

 口付けを交わした二人。

 プロポーズは果たしたといったその時。


「おっ、やっぱりここにいたね」


 この丘に、シャルルがやって来た。

 この場所をミルに教えたのも彼らしいので、ここにいるとすぐに予想できたのだろう。


「それに、その指輪……いや、その話は置いておこう」


 ミルの指に嵌められた婚約指輪を見て、笑みを浮かべるシャルル。

 すぐに話を戻して、本題へと移る。


「せっかくだし、今日は泊まっていかないか? アルフなら家に帰るのもすぐだろうけど……三年間の色々で、話したいことも多くてさ」

「まぁ、別に俺は大丈夫だけど……ミルは?」

「私も大丈夫です」

「うん、そうか。じゃ、家へ戻ろうか」


 何だかんだで、もう夕方、食事の時間も近い。

 アルフとミルは、今晩はシャルルの家にお邪魔させてもらい、色々とお話をすることになったのであった。




◆◇◆◇




 その、翌日。

 アルフとミルに用意された寝室にて。


「ん、ん〜……」


 アルフは、目を覚ます。

 昨日は夜遅くまで起きていたからか、時計を見ると、どうやらもう九時になっているようだ。

 隣では、ミルが自分に抱きつきながらも、静かに寝息を立てていた。


「ちょっと、寝坊しちゃったなぁ」


 昨日の長話やら大量の食事やらを思い出し、苦笑いを浮かべながらも、ミルの肩をポンポンとたたく。


「ん、んぅ……」


 身じろぎさせながらも、ゆっくりと目を開けるミル。


「おはよう、ミル」

「ふぁぁ……おはようございます、ご主人様」


 そう言って、ミルは身体をギュッと寄せて、おはようのキスをしてきた。


「寝坊、しちゃいましたね」

「まぁ昨日は遅くまで起きてたから」


 そんなことを言いながら、二人はリビングへと向かったが。

 リビングには、シャルルはおらず。

 代わりにテーブルの上には、置き手紙が置かれていた。


『早朝から用事があるので家を空けています。10時には馬車が来るように手配しているので、それまで、軽食でも食べてゆっくり寛いでいてください』


 どうやらシャルルは家にいないらしい。

 そして、わざわざ馬車を手配してくれたのだとか。


「そんなにしなくてもいいのに……」


 苦笑いを浮かべながらも、アルフとミルは用意された軽食を食べて、のんびりと十時まで過ごした。




 ガラガラ……


 十時まであと五分といったところだろうか。

 外に、車輪か何かの音がしたのを感じ取った。


「おっ、来たのか」


 アルフとミルが外に出ると、馬車が止まっていた。

 普通の一般的な馬車ではなく、それこそ貴族が使うかのような、豪華な造りのものだ。


「アルフ様、ミル様、どうぞこちらへ」

「あ、はい」


 御者に馬車に乗るように促され、二人は乗る。

 そして馬車は動き出したのだが……


「……あれ?」

「こんな道、あったっけ?」


 二人はすぐに、違和感に気が付いた。


 シャルルの家は、林の中に隠れるように存在していて、獣道のような細い道こそあれど、大きな、馬車が通れる道などなかったはず。

 だというのに、いつの間にか、大きな道ができていたのだ。


 とはいえ、別に実害があるかと言われればそうではないので、特に気にせず、二人は馬車に揺られるのであった。


 そうして揺られること三十分ほど。

 ようやく、王都が見えるくらいの場所までやって来た。

 そうして、王都の中へと続く大門を潜ると同時に、


「……ん!?」


 まずは、ミルが驚いた。


「どうしたミル……え、は……?」


 そしてそれに反応したアルフも驚愕する。


「ちょっと待てこれ……とんでもない数いないか!?」


 門をくぐったその先には、おびただしい数の人がいたのだ。

 しかもそれは人間だけではなく、魔人族すらもが多く集まっていた。

 とはいえ道を塞いでいるわけではなく、馬車が通れるだけの広さは確保してあった。

 まるで、アルフ達の乗るこの馬車を待っていたかのように。


 そして、アルフ達の乗る馬車がその周辺に差し掛かると、民衆が騒ぎ出す。


「アルフ様ーっ! ミル様ーっ! おめでとう! おめでとうございまーす!」

「英雄様っ! おめでとう!」

「おめでとーっ!」


 彼らはなぜか揃って、馬車に向かって「おめでとう」と大きな声で呼びかけていた。

 “アルフ様”と“ミル様”だし、たまにではあるが、アルフのことを指す“英雄様”という言葉も飛んでくることから、おそらく人違いとかではないのだろう。


「えっ待って? 何で? 別に祝うことなんて何も……」

「誕生日とか、でしょうか?」

「いや違う。というか誕生日でここまで祝われることはないでしょ」


 そんな話をしていると、多くの花火が打ち上げられていく。

 体全体を震わせるような大きな音に、二人は驚き、同時にわずかに体を震わせた。


「うおっ!? えっ、なに……俺が帰ってきたあの日よりも色々凄いんだけど!」

「そ、そうですね……! 本当にあの日みたいな……いや、それ以上の……!」


 アルフもあまり詳しくはないが、確かあの日は、終戦を祝う記念日だったそうだ。

 毎年人間と魔人族合同で式典を行うらしく、今年は人間側の土地で行うことになったのだとか。


 そういう関係で人が集まったというのは理解できるのだが、だとしたら、それ以上に集まった今は何が起きているのか。

 そんな風に軽く混乱している二人をよそに、御者は落ち着いた様子だ。

 アルフは声援でかき消されないよう、声を上げて尋ねる。


「あの、御者さん。何か知っていたりとかは……」

「進めばわかりますよ」

「え? ということは何があるか知って……」

「私からはこれ以上何も言えません。さぁ、進みますよ」


 何か知っていると、そう言っているようなものだった。

 だが御者は頑として答えることはしなかった。

 確かに彼の言う通り、このまま進めがわかるのだろうし……嫌なことが起こるという感じではないのだろうが、やはり少し不安はある。


「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「おめでとうございまーすっ!」


 間違いなく、めでたいことではあるはずだ。

 なんせ人々は口々に、アルフとミルに向けて「おめでとうございます」と言っているのだから。

 街の上空には大量の花火が打ち上がり、特殊な魔法で加工された火薬のおかげか、明るい時間だというのに鮮やかな色が空を彩っている。


 一体どれほどの時間とお金をかけたのかと、アルフは思わず考えてしまうほどに、色々と手が込んでいる。


 試しにアルフが外に向けて軽く手を振ってみると、歓声というよりは、もはや絶叫に近い声が聞こえてくる。

 ミルは性格的にそんなことはやらないが、もしやったら、これと同等の反応が返ってくるだろう。


「とんっでもないなぁ……」


 これではもう完全に、国をあげての大行事だ。

 国王の結婚式とかそういうレベルの、いや下手したらそれ以上のもののようにも感じる。

 ここまでされると、流石に緊張してしまう。


 そしてついに、馬車は王都の大聖堂に到着し、停まった。


 多くの兵士が配備されており、民衆は遠くから見守ることしかできない。

 アルフとミルが降りてくると、兵士達は一斉に敬礼をした。


「おぉう……凄い待遇だよ本当に。貴族とか軽く超えてるよ……」


 そうでもなければ、こんな盛大な出迎えなどできるはずがない。

 緊張と混乱からか、軽く身を寄せてくるミルの背を撫でながらも周囲を見ていると、気付いた時には馬車はどこかへ去っており、二人はぽつんと残されてしまった。


 そこに現れる、二人の人影。

 異空間から現れるように出現した彼は、アルフに向けて言う。


「やぁやぁ! どうだったかい? 国を挙げたサプライズは!」

「クロード! それにセシリアも……!」

「ふふっ、私がプロデュースしましたの! 驚いて貰えたようで何よりですわ!」


 大笑いするクロードと、驚く二人を見て笑みを浮かべるセシリア。

 驚かせたい、喜ばせたいといった想いが強く伝わってきたので、アルフも何も言えず、苦笑いを浮かべるしかできなかった。


「というか、よくもまぁ隠し通せたなぁ。こんな凄いの」

「ジェナが手伝ってくれたからな。おかげで隠蔽工作は完璧だったろ?」

「ああ、まぁ……そりゃ分かんないわけだ」


 ジェナが絡んでたのなら納得だと、アルフは頷く。

 神の力を得た今でも、ジェナには色々な意味で勝てる気がしないと、改めてアルフは感じた。


「……で、あっちの大聖堂の中に入ればいいのか?」

「おう。分かりやすいだろ?」


 大聖堂の入口前には兵士が整列しており、アルフとミルが通る道を作っていた。

 二人は手をつなぎながら、敷かれた赤いカーペットの上を歩く。

 そうして大聖堂の中に入ると、王国の演奏隊が楽器を吹き鳴らし始め、盛大なシンフォニーで、アルフ達を迎えた。


「はーい、お疲れ様〜!」

「お疲れ様! アルフさん、ミルさん!」

「うおっシャルル……って、魔王様まで!?」

「ジェナにだけやらせるわけにはいきませんから。僕達も手伝っていました」

「マジかよ……合同で? いや、どれだけ力入れてるんだよ……」


 そして現れるシャルルや、魔王ヴィヴィアンとヴィンセント。

 全員がグルで、この時のために、色々と準備をしてきたのだろう。


「……でもまぁ。何となくこれからやることは理解したよ」

「私もです……」


 ここまでやられたら、これから起きること、やることも理解できるというもの。

 二人は驚き疲れ、思わずため息をつきながら言った。


「分かってるなら話は早い。じゃあアルフ、こっち行くぞ」

「え? おう」

「ミルちゃんはこっちね〜」

「はっ、はい……!」


 そうしてアルフはクロードに強引に押されながら、ミルはセシリアに導かれながら、別々の部屋に案内されるのであった。




◆◇◆◇




 そんなこんなで、謎の部屋へと連れて行かれたアルフは、そこであるものと対面した。


「ウェディングスーツ……やっぱりか」


 飾られていたのは、黒のウェディングスーツ。

 他にも色々な種類が飾られているが、ここでアルフは、色々と確信へと至った。


「すまないね、アルフ。色々疲れたんじゃないか?」

「父さんも……関わってたのか」

「そりゃあ大切な息子の結婚式だからな」


 それもそうかと、アルフは納得する。

 もし自分に子どもがいたら、ここまでとはいかなくても、その結婚式には力を入れていただろうから。


 そして、この部屋にいたもう一人が、アルフに近付く。


「一ヶ月ぶりくらいでしょうか? アルフさん」

「あなたは……四天王の、アブラムさん」

「ええ。色々とお手伝いをさせてもらっています」


 四天王の一人、魔王の執事をしていた、アブラムだ。

 彼から話を聞くに、どうやらジェナ以外の四天王も、全員これには協力しているのだとか。

 ガディウスとグローザは王都の警備担当で、ジェナとアブラムは式のサポートといった感じだそうだ。

 確かにアブラムとジェナなら、礼儀作法などにも詳しいイメージがあるから、こういうことをしているのも納得感がある。


「あまり時間はありません、どうぞこちらへ」


 アブラムに軽く背を押され、アルフは鏡の前に連れていかれる。

 そのまま椅子に腰掛けると、何人ものスタイリストが、彼の身だしなみを整えはじめた。


「ところでアブラムさん。少し、質問なんですけど……」

「何でしょう?」


 ある程度落ち着いたところで、アルフは尋ねる。


「これから、結婚式が行われるんですよね?」

「そうですね」

「結婚指輪とかって、どうなってるんですか……?」

「一応こちらで用意しております。実物は見ておりませんが、国宝級の逸品をこのために用意したとか……」

「……そう、か」


 突然と言えば当然かと。

 アルフは少し複雑そうに、そして残念そうに、視線を落とす。


「何か不満がございますか?」

「あー、なんというか……えー……」

「……使いたい指輪がある、とかでしょうか?」

「……」


 アブラムの言葉、それは事実だ。

 アルフには使いたい指輪が、このために用意しておいた指輪がある。

 だが国はわざわざ、国宝級の指輪を用意してくれた。

 その厚意を無下にしていいのだろうか。


「確かにこの結婚式は、国を挙げて行われておりますが、本質は、アルフさんとミルさん、二人の結婚式です」

「……うん」

「なので、お二人のやりたいようにやるべきでしょう。国民も、きっと納得してくれるでしょう」

「そっか……ならちょっと待ってて」


 アルフは頷くと、空間に黒い靄を作り出し、そこに右腕を突っ込んだ。

 そして、一つのジュエリーボックスを取り出した。


「これ。用意した指輪なんだ。店の人に推されて、なのに何故か一つしか用意してくれなかったんだけど……」

「ほう? とりあえず受け取りますが、一つだけだと……ん?」


 渡されたのが一つだけだったので、使用できるか否か、アブラムは難しい顔をしていたが。

 ふと、少し視線を上に向け、何かと話を始めた。


「なるほど、そちらにも一つ……一応こちらも、アルフさんから預かったものが……なるほど、そういう……分かりました」


 ボソボソと何かを話し終えると、アブラムは頷き、アルフの方を向く。


「指輪はお預かりいたします。式の際はこちらを使用しますので、ご安心を」

「ありがとうございます」


 そう言うと同時に、ジュエリーボックスはどこかに消えていった。

 おそらくは、ジェナが何かやったのだろう。




◆◇◆◇




 一方でミルの方だが、こちらも別段問題はなく進んでいった。

 ただ、ミルは人見知りな所があるので、アルフがいない今、ガチガチに緊張していた。


「……ミル、大丈夫か?」


 こちらにはジェナがいたが、流石に彼女も、今の緊張しきったミルに、可能な限り優しい声色で尋ねる。


「はっ、はい……」

「……」


 が、やはり緊張して、声が震えている。

 しかしそれだけではない。

 ジェナには、ミルが緊張以外の理由で、どこかしら不安というか、そんな風に感じた。


「……なるほど。指輪か」

「ッ!? えっ、なっ、何で……」

「先程も、指輪の話になった時に、何となく暗い表情になっていたからな」


 密かにアルフの話を聞きながら、ミルと会話していたので、割とすぐにジェナは理由を把握した。


「指輪は何処にある? 私が取ってこよう」

「はい……! えっと、本棚の裏側に隠してあるので……」

「分かった」


 そう言うと、ジェナは姿を消した。

 そして一分ほどで、戻ってきたが。


「ミル。指輪は一つしか無いが……」


 ミルの隠し場所には、指輪は、ジュエリーボックスは、一つしかなかった。


「あ、それで大丈夫です」

「……? うん? ああ、なるほど、そういうことか」


 それで問題無いと言うミルに少し困惑しつつも、これまてアルフの所の話を盗み聞きして、ミルのやりたいことを理解したのであった。


「では、私は指輪を渡してこよう」


 そうして再び、ジェナは姿を消した。




◆◇◆◇




 それから時間は過ぎ、開式の時間がせまってきた。

 会場は、大聖堂内にある用意された、王国でもっとも大きいであろう礼拝堂。

 すでに参列者たちは到着しており、アルフやミルと関わりのある人達が席を埋めている。


『アルフ。準備はいいか?』


 礼拝堂の前には、スーツを着込んだアルフがいる。

 彼にこっそりと、ジェナが脳に直接語りかける。

 おそらく彼女が魔法で、色々な所への連絡を行ってくれているのだろう。


「まだ、緊張はしてる。けど……もう覚悟は決めたつもりだよ」


 小声で、誰にも聞こえないように返す。


『そうか。ならこれ以上は何も言わない。頑張れ』


 大きく深呼吸をして、アルフは表情を作る。

 それとほぼ同時に、オルガンが鳴り響く。

 そして、中から聞こえてきた話し声は、ざわめきは、ピタリと止まった。


 アルフは、牧師と共に入場する。


 開いた扉、そこから入場したアルフは、視線だけ動かして、参列者を確認する。


(クロード、セシリア)


 今や国王と王妃となった二人。

 奴隷になったばかりの頃は、二人には本当に助けられた。


(ダニエル、リリー)


 彼らとも、長い付き合いだ。

 彼らの知識のおかげで、ここまで来られた。


(ヴィヴィアン、ヴィンセント……)


 元々は敵同士だったから、関わった期間こそ短いが。

 魔王と副王、特にアルフにとって、副王のヴィンセントは、恩人の一人でもある。

 なんせ、友人を二人も助けてくれたのだから。


(そして四天王……ガディウス、グローザ、アブラム、ジェナ……)


 もちろん魔王と副王がいるなら、四天王もいる。

 特にジェナには、どれだけ助けられたことか。

 彼女がいなければ、アインとの戦いに勝つどころか、戦いにすらならなかっただろう。


(カーリー、ノア、ティナ、他にも騎士時代の仲間達も、かなり来てる……)


 色々あって、最近は彼らとあまり関われていなかった気がすると、アルフは感じる。

 たまには会いに行くべきかもと、改めて思った。


(もちろん、父さんはいる。それと、デニスさんや、カトリエルさんも……本当に、知り合いはほぼ全員呼んだんだな……)


 そんなことを考えながら、祭壇の前にやってきた。


「えー……本日は、まことにおめでとうございます」


 牧師はゆっくりと、言葉を続ける。


「ただいまより、アルフレッド・レクトールとミル・レクトールの、結婚式を行います」


 ドクンと、アルフの心臓が跳ね上がる。

 自分とミルの結婚式……改めてその言葉を聞くと、これで夫婦になるんだと、改めて実感する。


「新婦が入場いたします。皆様、入口のほうを向き、お出迎えをしましょう」


 そして、再び扉が開く。

 ゆっくりと、純白のドレスを身に纏ったミルが、入場する。

 本来、その隣で彼女の腕を引くのは父親の役目なのだが、ミルにはその父親がいない。

 なので、彼女の唯一の血縁者であるシャルルが、その代わりを務めている。

 が、今のアルフには、ミルの姿しか見えていなかった。


「ミル……」


 ヴェール越しでも、その美しさはよく分かる。

 そして今日の、今のミルは、頭の上に光輪を浮かべ、背からは一対の純白の翼を生やしていた。

 古代魔法使用時の形態変化を利用したのだろうが……そのおかげか、天使、あるいは女神のような神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 ミルとシャルル、二人はゆっくりと祭壇に近付いてくる。

 そしてアルフの前でとまると、ミルは彼に近付き、互いに見つめ合い、頷く。


 二人は腕を絡め、牧師の方を向く。

 すると牧師は、手元に置かれていた一冊の本を手に取り、その一節の内容を読み始めた。

 内容は、アイン教があった時から存在していた、愛のあり方や教訓に関するもの。


 そんな経典の一節を朗読し終えると、牧師は一拍置いて。

 まずはアルフに、問いかける。


「新郎アルフレッド・レクトール。あなたはここにいるミル・レクトールを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


 その問いに対して、アルフははっきりと、


「はい、誓います」


 そう、答えた。

 続けて牧師は、ミルの方に身体と視線を向けて、問いかける。


「新婦ミル・レクトール。あなたはここにいるアルフレッド・レクトールを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


 ミルは目に涙を溜めて、大きく息を吸って、吐いて。

 感極まっている、ようだ。

 こんなこと言わなくたって、互いに真に信頼し合うことができるようになった。

 もう、言葉はいらないと思っていたが。


 こうして大勢に祝福され、認められ、結ばれるというのは、これまでミルが一度も経験したことのない、幸福だった。


 ミルは、喉に軽く力を入れ、震え声で告げる。


「はいっ……誓います!」


 もはや言われなくても、言葉にしなくても、誓っていることだ。

 それを改めて誓い、二人は想いをさらに確固たるものへと変えていく。


 次はついに、指輪交換。

 指輪は、祭壇のリングピローの上に置かれている。


 アルフは牧師から自分の用意した指輪を受け取る。

 そして、ミルと向かい合う。

 差し出された彼女の手は、細くて滑らかで、まるで絹のようだと錯覚してしまうようであった。


「それ、は……私のために、用意、してくれたのですね」

「うん。やっぱり自分で、用意したかったから。ミルのために、してあげたかったんだ」

「そう、なんだ……ありがとうございます。ごしゅ……あなた」


 軽い会話が終わると、アルフの手から、ミルの左手の薬指に、指輪がはめこまれる。

 少しひんやりとした感触、そして微かな金属の重み。

 これらが、夫婦になったという実感を、ミルに与えていた。


「ふふっ」


 アルフが用意してくれた指輪。

 それを見て、ミルは頬を緩ませる。


「次は私の番、ですね」


 そうして、今度はミルがアルフに指輪を渡す番となる。

 牧師から渡され、ミルの手に握られた指輪は。


「えっ、それ……」


 アルフがミルのために用意したものと、全く同じものだった。

 もちろん、サイズは異なっているが、それ以外の意匠やデザインは、全くの瓜二つ。

 まさかの一致に、アルフは小さな声を上げる。


「ふふっ……奇跡、ですね。私達、別々に用意したのに……全く同じ指輪になるなんて」

「……そう、だね」

「だからこれは、ごしゅ……あなたと、私が、繋がっている証。付けても、よろしいですか?」

「っ……うん、もちろんだよ」


 アルフもこれには思わず、涙が出そうになったが、息を飲み、何とか堪えた。


 ミルは震えた手で、そんなアルフの左手を取って、薬指に指輪をつけた。


 そして、儀式は、ついに最大の見せ場を迎える。


「ではベールをあげてください」


 二人は向き合って、そしてアルフは、ミルの顔を覆うヴェールに触れ、ゆっくりと、持ち上げる。

 綺麗で、可愛らしい素顔と、対面する。


 そしてそれは、ミルにとっても同じこと。

 ヴェールで少しだけ見えにくかった、大好きなアルフの顔を、じっと見つめる。


「誓いのキスを」


 その言葉と共に、顔は引き寄せられていく。

 至近距離、目を合わせ、見つめ合いながら、ゆっくりと近付き。

 優しく、二人は口付けを交わした。


 触れ合うのは、唇だけじゃない。

 きっと魂までもが、互いに抱き合い、繋がっているだろう。

 そう、感じる。

 もうこれからは、離さない、離れない。

 これから永遠に、二人は愛を忘れない。




 唇が離れる。

 たったの数秒だけのキスで、濃密なものというわけではなかったが、周囲は、二人の空気に飲み込まれていた。


「……おほん。それでは……新郎新婦、婚姻届へのサインを」


 牧師は咳払いをしつつ、結婚の証明書を取り出した。

 そしてアルフとミルは、そこにサインを、自らの名を記していく。


 それを見届けた牧師は、参列者に向けて言う。


「これにて、二人の結婚が成立したことを宣言いたします」


 礼拝堂に声が響き渡ると、自然と参列者達は大きな拍手を二人に送った。

 そのまま、挙式は閉会となる。


 だが、今日はこれで終わりではない。

 むしろ、ここからが始まり。


 アフターセレモニー、街でのパレード、披露宴と、賑やかで騒がしく、慌ただしい時間がはじまる。


 そうして二人は、皆に祝福され、この騒がしい一日を過ごすのであった。




◆◇◆◇




 騒がしい一日が終わり。


 朝、七時。

 窓から陽の光が差し込む。


「ん、ん〜……」


 身体を伸ばし、ゆっくりと、アルフは目を覚ます。

 隣では、ミルが自分に抱きつきながらも、静かに寝息を立てていた。


 昨日とは違って、今日は早く起きることができた。

 ミルの肩をポンポンとたたく。

 身じろぎさせながらも、彼女はゆっくりと目を開ける。


「おはよう、ミル」

「ふぁぁ……おはようございます、ご主人様」


 そう言って、ミルは身体をギュッと寄せて、おはようのキスをしてきた。


 こうして日常的で、かつ新しい日々が、はじまっていくのであった。


 二人はこれからも、平穏な日常を、ありふれた幸せを享受し、幸福な日々を送ることだろう。

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呪いのスキル『状態異常無効化』のせいで追放されたけど、のんびり平和に暮らしたい 木崎楓 @fuusuke

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