95 敵の居城へ

 アインにミルを連れ去られてから二日後。

 ただし王都内だけは、ジェナの時間操作により時間の流れが加速しており、一週間が過ぎ去ろうとしていた。


 王都では、ミルを救うために修行に励む人達が多くいた。

 王都を守るため、アインを倒すため、あるいは大切な人を取り戻すため、各々が自らの身体を、能力を鍛えていた。


 そして今日、その中でも特に強い主力と言えるようなメンバーが、一箇所に集まった。

 崩れた王城、その中でも損壊が少ない一室に、十二人の人間と魔人族が集まっていた。

 特にテーブルや椅子があるわけではない、全員が立ったまま、真剣な表情をしている。


「……さて。早速だが、今からアインを倒す為に動こうと思う」


 その中の一人、ジェナが最初に口を開く。


「アインは魔王城を拠点にしている。そして外には、キメラとクローン兵が最低でも一万……」

「待て、一万? 本当に言ってるのか?」


 魔物が一万と考えれば、誰にでもその恐ろしさは伝わる。

 しかも今回は、普通の魔物を遥かに超越したキメラやクローン兵が一万だ、アルフも聞き間違いかともう一度尋ねる。


「……一応言っておくが、一万というのは、私が確認出来た限りの数だ。実際は其れより多いと考えた方が良い」

「……それを、リリーが相手するんだよな?」


 事前の話し合いで、多数の雑兵の相手はリリーが行うことになっている。

 本当に対処できるのか、アルフはリリーの方を見るが、


「大丈夫、私ならできる……いや、やるよ」


 彼女は頷いて、そう言った。


「……さて、話を戻そう。表から魔王城を攻めるのは、アルフとシャルルとリリーの三人。敵の配置からして、アインと直接戦うのはアルフとシャルルの二人になるだろうが」

「……三人で行けるのか?」


 とはいえ、この三人だけで行けるかと言われれば、難しいというか、無理としか思えない。

 特にアインとの直接戦闘を望んでいたガディウスが、その辺りの話に横槍を入れる。


「不可能……だからこそ貴様が居る」

「俺?」

「魔王様」

「はい」


 ジェナに呼ばれ、その隣に立つ魔王のヴィヴィアンが口を開く。


「実は魔王城には、脱出用の隠し通路がありまして……ガディウスと、あとグローザには、そこから侵入してもらいたいんです」

「……!」

「あ、私も?」

「はい。ダニエルさんから聞きましたけど、戦闘能力がかなり上がったんですよね? ならぜひ、お願いしたいです」


 三人だけでは勝てない可能性がある。

 だからこそ、隠された通路から侵入し、不意打ちを仕掛ける。

 加えてこれは、作戦が失敗した時の保険という意味もあった。


「隠し通路から侵入して、アインへの不意打ちを行うこと。それと、もしも、本当にもしも、アルフさん達が負けたら……その時に、三人を連れ帰ること。それが、ガディウスとグローザの使命よ」


 アインに不意打ちできれば良し、あるいはアインコアを埋め込まれた敵を倒すことができたとしても良い。

 加えて最悪の時に備えて、最大戦力とも言えるアルフ達を連れ帰ること。

 それが、彼らに課せられた使命だ。


「……ということは、私は魔王様の護衛、ですかね?」

「アブラムも行きたかった?」

「行きたくないと言えば嘘になりますね。やはり私も、この手で憎きアインを殺したい……ですが、向き不向きというのもありますからね」


 残った四天王のアブラムは、いつも通りヴィヴィアンの、加えて王都の護衛となる。

 魔人族なので古代魔法は使えないが、アルフ達のような領域を作り出せる数少ない人物であり、それ故に、おそらくジェナを除く四天王の中では一番強い。

 だが、古代魔法持ちとは異なり、魔力が無限に湧き出てくるわけではないので、その領域を何度も作るのは不可能な点から、領域発動を強制されそうなアイン討伐、そのメンバーには選ばれなかった。


「残るメンバーは、王都の防衛だ。こちらはクロードとカーリーの二人を中心に行う」


 防衛の方の主力は、古代魔法を扱えるクロードとカーリー。

 クロードについては、本人というよりかは、彼が作り出す複数体の巨人を利用するといった感じだ。

 そのサポートを、ジェナとアブラムが行うといった感じだ。

 ジェナが仲間をワープ等で支援し、アブラムは王都の地形を操作することで敵を妨害し、味方の戦いやすい戦場を作る。

 こちらについては、防衛という都合上、既に戦い方はほとんど決まっていた。


 それらを簡単に説明すると、ジェナはアルフの方を向く。


「……さて、アルフ」

「ん?」

「この戦闘、懸念点が有るとすれば、ミルだ。彼女は一度、古代魔法を発現させている」

「ああ、聞いている」

「あの時は彼女の肉体が耐えきれず、発動は不完全に終わった。が、古代魔法が発現したのには変わり無い」

「……それで結局、何が言いたいんだ?」


 突然、過去にミルが古代魔法を発動したことを話され、何を言いたいのかと尋ねるアルフ。

 あんまり戦闘には関係無い話ではあったため、ジェナの意図がよく分からなかった。


「死ぬな、という話だ。貴様が死んだら、彼女は古代魔法を暴走させる……可能性がある」

「……ッ!」

「好きなのだろう? 怪物にさせたくないだろう?」


 全身が強張る。

 これまで古代魔法持ちが怪物化した所を、アルフは知らない。

 しかしジェナは、その様子を目の前で見たことがある。


「私の愛していた人は、古代魔法に飲み込まれ、私の目の前で怪物と化した。これは……二度と其の様な事は起こさないで欲しいという忠告であり、私の、願いだ」


 これまでほとんど表情を変えなかったジェナ、その表情が曇る。

 よく見てみると、目が少し赤くなっている。


 二千年前のある時、ジェナはアインに攫われた。

 仲間だったロウェルは彼女を救いに行ったが、救えず、ジェナの体内にコアが埋め込まれる……その時、ロウェルは怪物と化した。

 怪物と化したロウェルは、人間だった頃以上の力でアインに致命傷を与え、そして死んだ。

 そのおかげでアインは封印され、今に至る。


 ジェナは目元を拭い、再び口を開く。


「急いで準備を。全員の準備が終わり次第、ワープを開始する」





◆◇◆◇




 それから約五分後、ワープが行われ、アルフ達は魔王城近辺へと向かった。

 アルフ、シャルル、リリーの三人は魔王城前。

 ガディウスとグローザは、魔王城から少し離れた場所にあるとある家屋の前に、それぞれ飛ばされた。


「……多過ぎるだろ」


 そして魔王城前に降り立ったアルフは、目の前の光景に思わずそう口にしてしまう。


 まだ朝のはずなのに、空は黒で埋め尽くされ、薄暗くなっている。

 地上も、大量のキメラとクローン兵が待機しており、一万はいると言っていたジェナの言葉を、その目で改めて実感した。


「リリーは、行ける?」


 シャルルも、流石にこれには少し不安なようで、リリーに尋ねる。


「……うん、大丈夫。二人とも、ちょっと離れてて」


 そう言われ、二人は距離を取る。


「アルフさん、ありがとう」


 そして、彼女はアルフに感謝の言葉を述べる。


「あの時、私にアレの処理をお願いしてくれたおかげで、私もその力を使える」


 ブチブチと、リリーの皮膚が破れ、肉が肥大化していく。

 十メートル、二十メートル、それをさらに超えて巨大化していく肉は、生物とは思えないような形状へと変化を遂げていく。

 複数の、翼と一体化したかのような巨大な触腕、長い首と頭部、長く鋭い刃のような尻尾、まるで外套のような翼膜。


「おいおい待てよアレは……」

「……!」


 アレは、王都を襲った巨大なキメラ。

 複数のコアを埋め込み、歪でありながら強大な力を持った生命体と化した人間、ネモ……その姿と力が、ここで再現される。


「この力で……全て、倒す!」


 巨大キメラとなったリリーは、ドロドロしたタールのような液体を口から放ち、大爆発を引き起こしていく。

 それだけでなく、体表で肉を肥大化・分裂させ、キメラを作り出して解き放っていく。


「これなら、魔王城まで入れるぞアルフ!」

「これは……」

「……アルフ?」

「ん、あぁいや、何でもない。少しずつ進んでくぞ」


 リリーが切り開いた道を、アルフとシャルルの二人は、残ったキメラやクローン兵を倒しながら進んでいくのであった。


「……」


 しかしアルフは、リリーの姿を見て、あの時のことを思い出し、目をギョっと丸くしていた。

 一度死に、ミルの古代魔法によって復活し、怪物と化したネモを殺したあの時。

 極度の疲労のせいで忘れていた、復活してからの記憶……それが、あの時と全く同じ姿の怪物を見て呼び起こされた。


「……シャルル、気を付けるぞ」

「そんなの分かってる」

「違う、そうじゃない」


 そしてアルフは、シャルルに向けて断言する。


「アインと戦うまでは、全力を出すな。死ぬぞ」

「……理由は聞かない。とりあえず分かった」


 なぜなら、アルフ達は、超高確率で敗北するからだ。

 アインを殺すことができる未来は、全体の一割どころか、1%程度の低確率でしか引き起こせない。

 その1%以外では、アルフは死ぬか、古代魔法を暴走させて怪物となってしまう。

 ミルの古代魔法により一時的に強化されていたアルフは、遠い先の未来すら予見していた。

 その未来のビジョンの一部を、アルフは思い出したのだ。


「いや、諦めない……」


 低い確率を掴むために、色々とやらなければならない。

 少なくとも、アインと戦う前に奥の手を出すとか、そんなことはあってはならない。


 高確率で敗北するという未来の話は隠して、良い未来を掴むために、震える手を握りしめ、進むのであった。

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