幕間1 堆積した嫉妬心

 ――アルフレッドが奴隷商に売り払われた日の夜。


 特に仕事などが無いにも関わらず、アルフレッドは家のどこにもいなかった。

 アルフレッドの父であるアルヴァンは、息子が夕食時になっても出てこないことに、不安を覚えていた。


 家中をくまなく探すが見つからない。

 家の外に行ったのかとも思ったが、使用人に聞いても見ていないと言うばかりで見つからない。


「アルフ、どこへ行ったんだ……?」


 次第にアルヴァンの顔には焦燥が浮かんでくる。

 大事な息子が消えたとなれば、苛立ちや不安が出てくるのいうものだ。


「どうしましたか、父さん?」


 その様子を見かねたクリスハートは、父に声をかける。


「クリス……アルフは見なかったか?」

「……アルフはもう、家には戻ってきません」

「何……? おい、それはどういうことだ!?」


 勢い良くクリスハートの肩を掴み、何度も揺さぶるアルヴァン。

 普段はあまり出さないような大きな声を上げ、迫る。


「……アルフは、家を出ました」

「なっ……!?」

「俺にだけは、それを伝えてくれました。多分父さんに伝えたら、余計に心配させてしまうと思ってのことだと……」


 少し遠慮がちに、クリスハートは言う。

 父があまりにも心配していたものだから、弟には悪いが正直に打ち明けたそうだ。


 事実を聞いたアルヴァンは、しばらく呆然として動かなくなってしまった。


「そうか。家にいていいと、言ったんだがな……」

「あいつは責任感が強いから。多分、家に迷惑かけないように出てったんだと思う」

「あいつらしいといえばらしいが……そうか……」


 次男で、しかも呪いのスキルを得てしまったが、それでも、大切な息子であることには変わりなかった。

 だから今度は自分が守ってやらねばと決意した矢先に、アルフレッドは消えた。

 そのショックは、かなりのものだった。


「……なぁクリス。俺は夕食は後で食べるから、悪いけど使用人にそう伝えといてほしい」

「ああ……」


 アルヴァンは、去っていく。

 そこに父の威厳など無いに等しく、子の一人を失い、失意に暮れる悲しげな姿を晒していた。




◆◇◆◇




「クソがッ!!」


 自室に戻ったクリスハートは叫ぶ。

 その根源にあるのは、幼少時代から今までに溜まり続けた、弟に対する嫉妬心だった。


 かつて、クリスハートは神童と呼ばれていた。

 すべてのステータスが一万を超えるという、世の中に数人しかいない人になったことで、多くの人々に期待されていた。

 だがそれは、アルフレッドが生まれた瞬間に、全て無くなったのだ。


 アルフレッドは、神童という次元じゃなかった、人間とは思えない強さだった。

 そのステータスは全てが十万を超え、教えられたことはどんどん吸収していき、あっという間に、技術でも力でも上回られた。

 そしてたったの七歳で、王都にいる誰よりも強くなった。

 王国の重鎮の人は「やろうと思えば、アルフレッドは一人で世界を滅ぼせるだろう」と言うほどだった。

 その強さは、姿は、まさしく“神の子”と呼ぶに相応しかった。


 クリスハートは、あくまで普通の人間だった。

 普通の人間がどれだけ努力をしても、神の寵愛を一身に受けた人間に、神の子に勝てるわけがない。

 カメがいくら努力しても、それと同じくらい努力するウサギに、かけっこで勝てるわけがないのと同じように。


 そこからクリスハートの中に、劣等感は溜まっていった。


 だがアルフレッドは、呪いを受けた。

 最悪のスキルである『状態異常無効化』を手にした結果、彼を最強たらしめていたステータスが、完全に消え去った。

 それにより、弟は処刑されて死ぬから、もう一度一番になれる、もう一度みんなに注目してもらえると、クリフハートは歓喜した。


 しかし、結果がこれだ。

 アルフレッドの処刑は例外的に中止となり、さらにはこのまま家にいていいと、父は言ったのだ。


「なんでだよ……! なんで誰も俺を見ない……ッ! 注目されてきた強さはなくなったはずなのに……ッ!」


 アルヴァンは自分よりも弟のことを気にかけていた。

 弟は弱くなったのに、それにも関わらず心配し続けている。

 対して自分は、周りに何とも思われていない。


 ここが、アルフレッドへの嫉妬心が、明確な憎悪へと変わる瞬間だった。


「……まぁ、奴隷になったアイツが苦しみながら死んでいくと考えると、少しは気が晴れるけど」


 そうして、クリスハートは計画したのだ。

 アルフレッドを奴隷商に渡して処分させる、という計画を。


 わざわざ暗殺者などではなく、奴隷商に頼むという遠回しな手段を取った理由は、そっちの方がバレにくく、もし処分に失敗してもリスクが少ないからだ。

 暗殺者を送り込むとなると、どうしても殺害現場が人目に晒されるため、公の調査が行われることとなる。

 だが奴隷商に渡せば、まずアルフレッドは奴隷にされ、その後に処分される。

 奴隷である人を殺したところで、別に罪には問われないから、心置きなくやってくれるというのもポイントが高い。


 それに、もし仮に処分に失敗したところで、アルフレッドが奴隷になったという事実は変わらない。

 ステータスもなくなった彼が、まともに暮らしていくことなど難しいし、生きていたとしても、地獄のような人生になることは、容易に想像できた。

 だからこそ、あえて奴隷商にアルフレッドを渡すという行為に出たのだ。


「ま、いいや。明日からまた魔人族領に遠征だし、さっさと寝るか」


 とにかく、クリスハートからしてみると、アルフレッドはどう転ぼうが不幸な人生になる。

 だからこれ以上考える必要も無いということで、明日に備えて眠りにつくのであった。

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