03 ステータスが無いということは

 アルフレッドが謎の密室に閉じられてから半日が経過した。

 その間、彼はずっと一人で壁にもたれて座り込んでいた。


 劣悪な環境ではあるが、人間とは不思議なもので、そんな環境でも慣れてしまうものだ。

 臭いがキツいのは変わらないが、最初のような強烈な不快感は感じなくなっていた。


 だが孤独や静寂に慣れることはなく、むしろ辛くなっていく一方。

 一応、人の呻き声が不気味に響いてはいるが、逆に言えばそれだけでしかない。


 なので順番に、ここに閉じ込められた人達に話しかけてみる。

 とりあえず一番近くにいた、壁に向かって呟いている女性に話しかけてみるが、反応は何もなく、何か呟いているだけだった。

 ブツブツと「クロー……アリ……」と、掠れた声で誰かの名前らしきものを呟いている。


「……やめとけ」


 そんなことをしていると、掠れた男性の声が耳に入ってきた。

 声の方を向くと、痩せ細った男性が、ギョッとした丸い目でこちらを見ていた。


「やめとけ、というのは……」

「あいつは壊れてんだ……もう何も聞きやしない」


 アルフレッドは、痩せ細った男へ近づくと、その横へ座る。

 すると、男が尋ねてくる。


「お前は、かなり顔は良いし、良い身体をしてる。なのに、なんで廃棄されたんだ?」

「廃棄?」

「……奴隷なのに、廃棄も知らないのか? 売り物にならない奴隷を処分することだよ」


 奴隷のことなど知らないアルフレッドには、初めての知識だった。

 奴隷には人権が存在しない。モノと同じだ。

 消耗したり、歳を取ったモノは、誰も買ってくれなくなる。

 そういう奴隷を殺すことが、廃棄だ。


 ハァとため息を吐いて、男は足を伸ばす。

 彼は全てを諦めきったかのような表情をしている。

 アルフレッドは、そんな男に、率直な疑問を尋ねる。


「あなたは、どうして奴隷に?」

「親に売られた」

「親に……? どうしてそんな……」

「貧しい家じゃあ、ステータスが低い子供を売るなんてよくあることだ。そうでもしなきゃ生きてられないんだよ」

「でも、スキルも得てないのに……」

「十五歳まで育てられるほどの金が無いんだよ。だからさっさと売るんだ」


 アルフレッドは、何も言えなかった。

 自分は騎士で、それなりに給料を貰えて、周りの家も、それなりの生活を送っていた。

 だが、アルフレッド基準の“それなり”は、中々に贅沢だったらしい。


 貧しい人達は、貧しい家族は、子供を売りでもしないと生きてられないのだ。

 スキルを得れば、強くなるかもしれない。スキル一つで人生が変わる可能性だってあるくらいだ。

 だが、スキルを得る年齢である十五歳まで育てるのさえ難しい家も多い。


 その事実を淡々と語る男を見て、どうしようもない現実のようなものを、アルフレッドは感じた。

 自分が見ていたのは、綺麗な世界だけだった。

 こんな地獄のような世界は、知らなかった。見たことも聞いたこともなかった。


「それに、あいつなんてもっと酷い」


 さらにアルフレッドを追い詰めるように、男は紫色の皮膚の少女を指差して言う。


「あいつは、物心ついた時から奴隷らしい」

「は? え?」

「親が相当なクズだったんだろうな。んで、買い手もクズだったんだろうなぁ……あんな酷いことになって……ああなる前は、そこそこ綺麗だったってのに」


 吐き気を催すような汚い世界は、アルフレッドにとっては初めてだった。

 まだ右も左も分からない子どもを売るだなんて正気じゃないし、あんな酷い目に遭わせる人もどうかしている。

 でも、奴隷には何をしても許されるし、罪には問われない。

 ただただ、居た堪れないと、アルフレッドは感じるばかりだった。


 ぐぅぅぅぅう……


 その時、男のお腹が鳴った。


「……俺は寝る」


 それと同時に、男はそう言って目を閉じる。


「え?」

「お前も早めに寝たほうがいい。起きてると無駄に腹が減るだけだ」


 そしてその言葉を最後に、言葉を発さなくなり、眠り始めるのであった。


 アルフレッドも、男の言葉の通り、目を閉じてその場に横になった。




◆◇◆◇




 ガチャン!


 おそらくは二日ほど経った頃。

 四回目の睡眠中に、扉が開け放たれたような音が響き、アルフレッドの意識は覚醒する。


 寝起きの重い身体を起こして、何が起きたのかを確認する。

 すると、大きな両開きの扉の方ではなく、見張り台のような場所から、足音が聞こえる。

 そしてそこから、小綺麗な服を身に纏った肥えた男性が入ってきた。

 アルフレッドは直感的に理解した、あの人が奴隷商なのだと。


「よぉゴミ共。本来ならこんな時期に処分はしないんだが……ちょいと依頼があってね。お前達の処分をしようと思う」


 パチンと、奴隷商と思わしき男は指を鳴らす。すると、どちゃりと、何かが上から降ってきた。


 地面に落ちた瞬間、それは赤い血液と腐臭を撒き散らして倒れる。

 そして数秒すると、何事もなかったかのように動き出す。明らかに死んでいる人間が。


「っ! 皆、あのから離れろ!」


 騎士として働いていた経験から、アルフは反射的に身体を動かし、前へ出た。

 アルフレッドは、自分は人々を守るために生まれたと信じてきた。

 だがステータスが消えたことで弱くなり、人々を守れなくなった。

 守ろうとすれば、むしろ自分が傷ついてしまうのは容易に想像できる。


 でも、見殺しにはできなかった。

 少なくとも手の届く範囲の人達は守りたいと、思ったのだ。

 使命感ではなく、心が、ここにいる奴隷達を守ることを望んでいた。


「おーおー、カッコいいねぇ元騎士サマ。でもスキルで弱体化したらしいお前じゃあ、最弱のグール五体相手でも守りきれねぇよ。まぁ、せいぜい楽しませてくれよ?」


 グール。人間の死体が、空気中の魔力との反応により、動くようになった魔物である。

 奴隷商の言うとおり、確かにグールは弱い魔物だ。

 動きもそこまで速くはないし、身体も腐肉でできているため脆い。

 握力や咬合力はかなり高いが、武器かそれなりに強い魔法が使えれば、簡単に倒すことができる。


 だがその評価は、あくまで人並みのステータスと武器を持っているか、あるいはそれなりに威力の出る魔法を使えるスキルがあればの話だ。

 アルフは、いや、ここにいる全員は、それを持たない。

 持たないから奴隷にされて、今ここで殺されそうになっているのだ。


 奴隷商は、そんな戦う力を一切持たない者が、無駄に足掻いて死ぬさまを見て楽しむつもりらしい。

 だがそれに文句を言う人も、怒りを覚える人もいない。

 誰もが生きるのにあまりに必死だから。


「フレイム!」


 アルフは周りの奴隷達を何とか守り抜こうと、グールの足を止めのために、相性がいい火属性魔法を発動する。

 ポッと指先に小さな炎ができると、それはグールに向かって飛んでいく。

 だが炎はあまりにも小さい。腐肉がいくら燃えやすくとも、マッチの火程度にしかならない炎では、まともにダメージを与えられない。


「くそっ初級魔法じゃ無理なのか……?」

「クッハッハッハッハ! 戦闘じゃまともに使えない初級魔法で足掻く姿! いいねぇもっと足掻け足掻け!」


 相性の良い火属性魔法でも、初級だと少し肉を焦がすだけで、グールの勢いは止まらない。

 一番前に出て戦っているアルフに群がってくる。


「らあっ!」


 アルフは鈍重なグールの攻撃を切り抜け、殴り飛ばす。

 グールへ打撃なんて、頭蓋を貫くような一撃でもなければ無意味だが、体勢を崩してやれば、時間は稼げる。


 しかし、アルフレッドの視野はあまりに狭まっていた。

 魔物の足を引っ掛けて突き飛ばした先に、壁に向かって何かを呟いている女性がいることを、忘れてしまっていた。


 グールは魔物であり、怪物である。人間ではない。

 本能を、食欲を我慢することなど知るはずもなく、目の前にある肉を、人間を貪り喰らうのだ。


 殴り飛ばされた一体グールは、壁に向かって呟く女性に噛み付き、その肉を食い千切る。

 それと共に鮮血が溢れ、血の匂いが充満していく。

 それはグールにとっての獲物の匂い、アルフレッドに群がっていたグールは一斉に女性の方へ向かっていく。


「くっ……そっ!」


 目の前で人が喰い殺されるという凄惨な光景に、わずかに動きが止まるが、アルフレッドは止まらない。

 即座に呼吸を整え、グールの一体の脚を引っ掛けて転倒させると、何度も何度も踏みつける。

 脆くなった頭をひたすらに踏みつけ、踏みつけ、踏みつける。

 そうして五回ほど踏みつけてようやく、頭蓋は砕かれ、脳を粉砕され、一体目のグールは死んだ。


「ようやく、一体……!」


 これまでなら、一秒もかけずで倒せたはずの雑魚に、ここまで苦戦した。

 そんな様子を笑いながら安全な場所から見てくる奴隷商は、何かを投げ落とした。


「ハッハッハ、流石は元騎士サマ! だが一人で四人はキツいにきまってるよなぁ? だから……」


 カランと、金属が落ちる音がする。

 視線を向けると、そこには剣があった。真っ黒な刀身に青錆がこびりついた、十字架のような大剣が。

 アルフレッドの半身以上の大きさのそれが、落とされる。


「ほら、助けてやれよ。武器ならあるぞ? ある人から貰った武器だが、もし使えればとんでもない性能らしいぞぉ?」


 罠であることは、誰の目から見ても明らかだった。

 だが同時に、これ以上アルフレッドが一人で戦っても、勝ち目が無いのも明らかだ。

 息切れすれば足は止まり、そうなれば喰い殺されて、その内死ぬ。


 生きたいと願うのならば、それに縋る以外は無いのだ。

 動いたのは、アルフレッドに色々と教えてくれた男だ。

 単純に生き残りたいという渇望からか、あるいはアルフレッドを助けたいという善意からか、それは本人しか分からない。

 だが今、その武器を振るうという、使うという意思を持って、武器を握った。


「おいっ、お前っ……! 俺も、やるぞ……! 俺は生きて、生きて人生をやりなお……し……て……?」


 ドサッと、男はその場に倒れた。


「なんれ……からダ、うゴかにゃ……ちカラ、はい、ラ……」


 身体は痙攣するだけで、動かない。呂律すら回らない。


「あっははははは! いやぁ残念だったな。それ、呪われてるらしいんだわな。まぁ武器ステータスを見ても意味分かんなかったけど、なーんか、“耐性”と“敏捷”のステータスがゼロになって、全身が麻痺するらしいなぁ! ひひっ、ひひひっ、ひゃっははははは!」

「ヤ、やめっ、しにたく、しニダグなイッ……クルナッ、くるなァァァァァ!」


 そんな身動き一つできなくなった人間を、グールが逃すわけもなく、喰らいつき、引きちぎり、そして男は死んだ。


 その隙に、アルフレッドは先程と同じようにグールを一体倒したが、それでも残りは三体。

 しかも呼吸は乱れ、体力は尽き、限界だった。


「くそっ……いけるか? あの奴隷商の言葉が本当なら、俺のスキルなら、今の俺なら、もしかしたら可能性が……」


 だがアルフレッドは、奴隷商の言葉を覚えていた。


 あの十字架のような大剣を使おうとした者は、“耐性”と“敏捷”のステータスがゼロになる。

 加えて、身体が麻痺してしまう。

 “耐性”のステータスがゼロになるから、どれだけステータスが高くても確実に麻痺する。


 だが、もしステータスを持っていなかったら?

 そもそもゼロになるステータスが存在しなかったら?

 そして、麻痺という肉体の変調、状態異常を無効化するスキルがあったら?


「やる、生きる、助ける……もう残り一人になったけど、それでも……!」


 アルフレッドは、可能性を信じる。


 血に塗れたグール三体は、今まで攻撃をしてきたアルフレッドへ向かって襲いかかる。

 もうすぐで肉に牙がかかり、食い千切られる――そんな時、アルフレッドは必死で駆け出した。


 向かう先は、男が残した武器のある場所。

 血溜まりの中に、十字架のような大剣があった。

 そしてアルフレッドは、それを使うという強い意思を持って、武器を握った。


「ッ!」


 瞬間、アルフレッドを襲ったのは、心臓を掴まれるような感覚。

 加えて、おぞましい何かに、喰い殺されそうになる感覚。

 目の前にいるのはグールだけ。

 なのにグールよりもおぞましい何かが、自分を包み込んでいるように思えた。


『邪神はすべてをうばった』


 声が聞こえる。


『邪悪な心をコワセ』


 怨念の籠もったような、おぞましい声が脳に響く。


『邪神をコロセ』『アインをコロセ』『ころさせろ』『からだをよこせ』『よこせ』『よこせ!』『ヨコセ!』『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセッッ!』


『スベテ、コワシテ――』

「だまれッ!」


 おぞましい声の連鎖を、断ち切る。

 アルフレッドの叫びで、声は消え去る。


 どうやら先程のは一秒すら経っていないらしく、グールはまだアルフレッドの方に振り返ったばかりみたいだ。


「は……なんで、動いてるんだよ……」


 唖然とする奴隷商。

 普通は動けなくなるはずの武器を手にしているにも関わらず、何故か生きているアルフレッドに困惑していた。


「……とにかく、俺は生きるんだ。そして、手の届く人の命は、守る。いや、守りたい……そのために、これを手に取ったんだ」


 対するアルフレッドは、再び決意を胸に抱く。

 彼は大剣をグッと握り直し、再び近づいてくるグールに向けて構えをとる。


 すると自然に、頭の中に情報が流れ込んでくる。

 内容は、この十字架のような大剣の使い方。

 まるで自分の身体の一部のような感覚で、使い方がスッと頭に入って、肉体に適応する。


「なんでだろう……力が、溢れる。さぁ、やろう」


 グールに向けて駆け出した瞬間、かつてのような感覚が蘇る。

 ステータスを持っていた時は、風と同化するかのように走ることができた。

 それと同等の爽快感を感じる。


 あっという間にグールの背後を取ると、剣による攻撃を、三体のグールへ打ち込む。


 全身を使っての一撃、そのまま片足を軸にして回転しながらの二撃、そして脳天に叩き込む三撃。


 一体目の頭は吹き飛び、二体目は壁に吹き飛ばされてぐちゃりと全身が崩れ、三体目は頭蓋が完全に砕かれ、絶命した。


「ひっ、ひぃっ! なんなんだこれは……!」


 上から見ていた奴隷商の男は腰を抜かし、甲高い悲鳴を上げながら部屋から逃げるように出ていった。

 おそらくは、殺される可能性に恐怖したのだろう。


 だがアルフレッドはそんなことは気にも留めず、剣を見ていた。


「なんだろうな、この武器は……」


 今まで握った武器とは全く違う、異色な感覚。

 何よりも、武器を握っただけにも関わらず、まるでそれが肉体の一部のように感じるのが不思議だった。

 そして、心の赴くままに使おうとすれば、身体が自然と動くのだ。


「“スキャン”」


 アルフレッドは武器の能力を、武器に込められた魔法を確認しようとする。




===============================


名称:邪心を祓いし神滅の鈍器


 かの者の持つ無限の“知力”を持つ頭から湧き出る邪悪な知恵により、我々は力を失い、魔法を失い、技術を失い、知恵を失った。時は来た。報復を受ける時だ。邪神アインは滅ぼさねばならない。その邪悪な“知力”を奪い去れ。頭を破壊し、肉の脈動を止めるのだ。


===============================




「ん……んん?」


 しかし、武器に込められた魔法は分からなかった。

 まるでポエムのような、奇妙な文章が視界に映るだけだ。

 その内容はかなり怨みのこもったものであり、それ故にステータスなどにマイナスの影響を与えているというのは、容易に想像できた。

 だが断定できない以上、深く考えていても仕方がない。


「まぁ、考えるのは後だ」


 アルフレッドは、ごく自然にその武器をどこかへ消し去る。

 これも、武器を握ったときに頭の中に流れてきた使用法だ。

 この武器は、使用したいと願うと自動で手元に出てきて、必要が無くなるとその場から消えるという、非常に便利な特性を有していた。


 武器を消すと、アルフレッドは唯一の生き残りである紫色の皮膚の少女へ近づき、しゃがんで声をかけた。

 おそらくは、全身の皮膚に異常が出ているのだろう。

 腕だけには包帯が巻かれているが、顔や首、足などはそのままで、特に顔などは、半分以上が紫色に変色してしまっている。


「大丈夫か?」


 少女はほとんど表情を変えることなく、アルフレッドの方を向く。

 表情が変わらないので、何を考えているのか分からない。

 人並みの感情があるのかすら、怪しく思えるくらいだ。


「はい、大丈夫です」

「そうか、なら行こう。あの奴隷商の人も、廃棄予定だった俺達を追ってはこないはず」


 奴隷を生かすのにも、そこそこ金がかかる。

 それならば、廃棄予定の奴隷が逃げ出したところで、奴隷商からしてみたら問題無いだろう。

 ただ問題は、アルフレッドの処分を、誰かに依頼されていたという点。

 少女はともかくとして、もしかしたら、自分だけは捕らえられるかもしれないという懸念点はあった。


 何かがあると危ないので、アルフレッドは少女の包帯で巻かれた腕を握り、立ち上がらせる。

 そして一緒に外へ出ようとする。


「あの……」

「うん?」

「……連れ出してくれるということは、私のご主人様になってくれるんですか?」


 思わず、アルフレッドは足を止めた。


「え? いや、そういうわけじゃないけど……ああ、そうか……」


 少女の言葉を聞いて、アルフレッドは、奴隷の男性が話をしていたことを思い出す。

 彼女は、物心ついたときから奴隷だったらしい。

 だから、奴隷としての生き方しか知らないし、奴隷としての価値観しか持たない。

 故に彼女は、“ご主人様”と“奴隷”以外の人間関係を知らないのだろう。


 だが彼女が奴隷としての生き方しか知らない以上、もしここから出ても、奴隷として生きることになるのは確実だろう。

 そうして、また苦しめられる。

 今までアルフレッドは知らなかったが、人間を人間と思わないような人が、この世界にはいるのだ。

 ならば、少なくともこの子だけは、守ってあげなければならない。

 それができるのは、今ここにいる自分だけなのだから。


「なら、仕方ないか……わかった。とりあえず今日から、俺がご主人様になるから……ついてこい」


 少女はこくりと頷いた。


「ああそうだ。名前を聞いてもいい?」

「……ミル、です。よろしくお願いします、ご主人様」


 ミルは深々と頭を下げる。


「あー、うん。よろしく、ミル。俺はアルフレ――」


 自分の名前を言いかけた。だが、本当にいいのだろうか。

 奴隷商は、依頼があったから処分を早めたと言っていた。

 おそらくその依頼が、自分を殺すことだと、アルフレッドは予想していた。

 ならば今後のことを考えて、アルフレッドと名乗るべきではないのではないか、そんな考えがよぎった。


「……いや、俺はアルフだ。よろしく」


 そしてアルフレッド……否、アルフは、部屋の鉄扉を破壊し、ミルを連れて走り出す。

 奴隷商の拠点を抜け出し、裏路地を駆ける。

 奴隷となった以上、生きるのも中々に辛いものになるだろう。

 だがそれでも、少なくとも隣りにいるミルだけには、これ以上辛い思いをさせないと決意した。

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