67 何もない平穏な日常
アルフが目覚めてから約二ヶ月、特段何事もなく、冒険者として働きながら過ごしていた。
国の方も色々と落ち着いたようで、様々な法律の改正が行われた。
それが影響して、ダニエルは医者として開業し、稼ぎも早々と安定したため、家を出てリリーと共に暮らし始めた。
とはいえ今でも、アルフ達との関係は続いており、よく遊びに来ている。
そしてアルフは、街を救った功績が認められ、特級に認定された。
それにより、稼ぎがかなり良くなり、生活的にはかなり、いやとても楽になった。
クロードが色々と法改正してくれたおかげで、奴隷の立場をある程度改善してくれたということもあり、アルフとミルは色々と過ごしやすくはなった。
人々に根付いたイメージはそう簡単には変わらないので、まだ嫌なことはたまに起きるが、その内減ってくることだろう。
「んー……たまにはのんびりするのもいいねぇ」
少々リフォームして大きくなったリビング、そこに置かれたソファで本を読んでくつろぎながら、アルフは言う。
ある程度自由に仕事ができる冒険者とはいえ、特級になり依頼を受けることは増えたため、最近はこうして一日中のんびりする機会は少なくなった。
ここ数日は、いい感じに休みができたが、こういう何もない一日は良く感じるものだ。
「ご主人様」
そこに、ミルがやって来た。
彼女はアルフの隣に座ると、そのままアルフにしたなれかかる。
「相変わらずだなぁミルは」
そう言いつつ、アルフはミルの肩に腕を回し、軽く自分の方へ寄せる。
ここ最近、アルフが休みの日についてはほぼ一日中、ミルはこうして甘えてくるようになった。
自分から何かしてほしいとは言ってこない。
ただ、態度を見れば誰もが、構ってほしいと思っていることを即座に理解できるような、そんな態度ばかり取ってくる。
そんな彼女が、とても愛おしい。
「ご主人さま……すき」
頬を赤くして、まるで熱に浮かされたように、少し舌足らずな様子で、愛を伝えてきた。
じっと見上げるようにアルフの目を見つめてくる。
その想いは、紛れもなく真実。
好きな人に「好き」と言われる、それがどれほどに嬉しいことか、アルフは改めてそれを実感した。
そして、彼は本を置くと、ミルを持ち上げて膝の上に乗せ、今度は両腕で抱きしめる。
「俺も大好きだよ、ミル」
これを期に二人は、丸一日かけて色々やって、愛を確かめ合うこととなった。
◆◇◆◇
休暇二日目。
色々やって、潰れるように眠って、起きて、そのせいで少々怠くはあるが、二人で外に出かけていた。
ずっと家の中で過ごせたのなら、それが一番だが、食材などは減るので、中々に難しい話だ。
やはりと言うべきか、アルフ達が家を出ると、街が騒がしくなる。
以前のように人混みが出来るほどではないので、かなりマシになってはいるが、特にミルにとっては、自然と警戒してしまう環境ではあった。
故にギュッと、アルフの手を握っている。
「外は相変わらずだなぁ」
「はい。前よりは良くなりましたけど……」
とはいえミルは、アルフがいるおかげである程度落ち着いている様子。
アルフがいない時は、一人で買い物に出かけているが、その時は今以上に警戒しているらしい。
アルフの影響で、もしミルが一人でいても、表立って彼女を襲う人はいなくなったが、それでも嫌な視線は多いため、警戒してしまうのだという。
「……今までは大丈夫だった?」
とはいえアルフは、かなり心配している。
か弱いミルが、何かに巻き込まれたり、あるいは巻き込まれそうになったりしていないか、心配だった。
「はい。視線は少し怖いですけど、何かされることはありませんでした」
「……ならよかった」
「それに、外に出る時はダニエルさんやリリーちゃんが一緒なことが多いので」
「あー、なら大丈夫か」
ホッとするアルフ。
ダニエルは大人だし、リリーは容姿は子どもでも、戦闘力的にはとても高い。
自分がいない時は、彼らが一緒にいてくれる。
アルフにとってミルは、か弱い守るべき存在でもあるので、この話はとても安心できることだった。
そうして、二人はゆったりと街を歩き、主に食材の買い出しを行った。
アルフとミル、二人が付き合っているという話は、王都にいるほとんどの人が知っていることだ。
そのせいと言うか、おかげと言うか、影響は中々に大きく、お店の人がおまけをつけてくれたりしてくれるのだ。
断ろうとしても、「私達を救ってくれたから」と言って、強引におまけを付けたり、まけたりしてくる。
その度に二人は、苦笑いしながらも、厚意を受け取るのであった。
そうして約一時間。
色々なお店を巡り、その度に色々と貰ってしまったため、荷物が多くなってしまった。
「まさかここまで貰えるとは思いませんでした……普段はここまで多くないのですが……」
普段も色々と貰っているらしいが、それ以上に貰ってしまったのは、おそらくアルフがいるからだろう。
「なんというか……ここまで貰いすぎると、なんか申し訳ないよなぁ」
たまに、少しおまけを貰えるくらいなら、別に何とも思わないのだが、ここまで貰えると、流石に気が引けるというもの。
とはいえ、使わないのも勿体無いので、貰ったものはちゃんと使うのだが。
アルフは両手で荷物を持ちつつも、周りを警戒しながら帰路につく。
すると偶然だろうか、比較的珍しい人と出会う。
「おや、今日は二人かい?」
シャルルが、アルフとミルの前に現れる。
二人とも、あまり外には出ないのだが、シャルルとは本当に会わない。
それ以前に、そもそも居場所すら分からなかった。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶり。ミルとは仲良くしてるみたいだね?」
「まぁ、一応付き合い始めたんで」
「そうかそうか。じゃ、ちゃんと守ってあげるんだよ?」
そう言いながら、シャルルはにこやかな笑みを浮かべ、肩を何度かたたいてきた。
だがなんとなく、本当になんとなくだが、その笑みに、アルフは言葉にはし難い圧力を感じた。
「それにしても丁度よかった。ちょっとアルフに伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「うん。でもここだとちょっとまずいかな?」
そう言うと、彼はアルフとミルを連れて、人気の少ない場所へと移動する。
そうして人が減ったところで、さらにシャルルはアルフに近寄り、小声で言う。
「アイゼン教皇が、魔人族への侵攻を決定したらしい」
「そうなの?」
「ああ、けど問題はここからだ。その主戦力となるのは……多分”レプリカ“のクローン兵だ」
「”レプリカ“……というと教会の……」
”レプリカ“とは、教会の研究組織の一つ。
少し前までは、別の研究組織である”ネクロア“と”キマイラ“が存在していたが、その二つはリーダーが消えたことにより解散、そして”レプリカ“だけが残った状態になっている。
アルフも、ダニエルから少し聞いただけではあるが、いわく『人工的に強力な人間を作る研究』を行っているのだとか。
その成果物もかなりのもので、全ステータス一万超えの人間を量産できているとか。
魔人族への侵攻が始まる点は、アルフからすればどうでもよかった。
むしろ、やってもらって構わないと思ってすらいる。
が、アインの力から作られたクローン兵を戦闘に使われる可能性があるとなれば話は別だ。
「いや待て、それってかなりまずいんじゃ……」
「ああ。盗聴した感じ、アイゼンの目的は四天王を全員殺すことらしい。けどその過程でクローン兵が暴走して、魔王が殺される可能性がある。そして魔王が死ねば……アインが復活するらしいじゃないか」
アインは、魔王城の地下に封印されている。
そしてその封印は、魔王を殺すことで解かれると言われている。
一般市民には知られていないことだが、教会の上層部や、国王を始めとした国の上層部の人は、このことを知っている。
だが侵攻を決定したアイゼンは、別に魔王を殺し、アインを復活させるつもりはない。
盗聴したシャルルは当然ながら、アルフも一度会って話したことがあるから、アイゼンの考えは一応理解していた。
「……アイゼンさんは、四天王の中に、封印に細工した裏切り者がいるって言ってた」
「裏切り者?」
シャルルが疑問を示す。
この裏切り者の話については知らなかったらしい。
「前会った時にアイゼンさんが言ってたんだけど……アインの封印は、確実に緩んでいるらしい。もし緩んでなかったら、こんなアイン教なんて生まれなかったと、そう言ってた記憶がある」
「……あー、なるほど? アインという名が広がっていること自体が、封印が緩んでいる証拠ってことか」
「そう、アインは封印されるほどの存在なんだ。普通なら秘匿するに決まってる。なのに存在がここまで広がっているから、ね」
アインが封印されているのは、魔王城の地下だ。
情報がちゃんと秘匿されているのであれば、アインの存在を知ることができるのは、魔王とその血縁者、それと四天王くらいだろう。
しかし広まっているということは……誰かが、意図的に封印を緩ませ、その存在を広めた可能性がある。
「となれば、一番怪しいのは四天王か。だから殺すという考えになるのも分からなくはないけど……クローン兵を使うのは……」
「ああ。アインコアが埋め込まれてるし、かなり危険だろうね」
アルフとシャルルが危惧していること。
それは、アインコアを埋められたクローン兵が突如暴走し、魔王を殺してしまうことだ。
そもそもコアを埋め込まれている時点で、それはアインの身体の一部だと、そう考えてもいい。
今は制御できているように見せかけているだけで、土壇場の最も重要な場面で支配権を奪うことも、可能かもしれない。
「……とは言っても、正直ジェナがいればどうとでもなる気はするけど」
「ジェナ……ああ、あいつか。確かアルフは何度か戦ったことがあるんだっけ?」
「うん。魔王を殺すにしても、あいつを何とかする方法が無ければ無理だろうね」
「ふーん……ちなみにアルフは倒せる自信ある?」
「ない。負けはしないだろうけど、絶対に勝つことはできない」
今のアルフですら、勝てないと断言するほどの相手、それを数がいるとはいえ、クローン兵で相手できるのだろうか。
「……まぁ、警戒はしておくよ。教会や魔人族が、ミルに何かしてくる可能性もあるし」
「そうだね。気をつけてくれよ?」
少し長くなってしまった情報共有は終わる。
アルフは話を切り上げ、ミルと共に帰りを急ぐのであった。
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