63 英雄の帰還

 化物の赤熱化した喉から勢い良く放たれる、赤黒い光線。

 アルフはそれを冷静に見据え、手の平から出した青く小さな火球を放ち、迎撃する。


 まるで線香のような、そんな小さな灯が、光線に命中した。

 すると、世界が真っ青に包まれ、空気を伝う衝撃と共に蒼炎が広がる。


 が、不思議と熱くない。

 まるで花火のような、美しい青い光に王都が包まれる。

 それには王都にいる人々だけでなく、光線を放ったネモさえ見惚れてしまうほどだった。


「なるほど、相当な威力だ……なら守れるか? 脆く弱い人々を」


 遠く、アルフの後方で雷が落ちる。

 空気中の魔力が爆ぜて、爆発が起きる。

 化物が再び、王都全域に散らばる人々への攻撃を始めた。


「問題無いな」


 が、その音も数秒で消える。

 代わりに青い光が、雷が落ちる度に、爆発が空気を揺らす度に、王都を照らす。

 雷が落ちる場所を、爆発が起きる場所を事前に予知して、そこに攻撃を


 そうして、真夜中の暗闇が、王都に雲一つない青空へと変わっていく。

 まるで夜が明けたかのような、希望を象徴するような、そんな青空が王都にいる全ての人々の目に焼きついた。


「ミルの古代魔法によって、確かに俺の古代魔法は強化されたが、それだけじゃない」


 アルフは続ける。


「肉体もかなり強化されていてね。特に頭の回転が、かなり良くなっているんだよ」


 元々アルフの頭脳はかなり優秀だった。

 頭の回転はかなり速いし、その頭を使って、戦闘ではかなり上手い立ち回りをしてきた。

 とはいえ、流石に王都全域をほぼ同時にカバーし、守り続けるというのは、これまでのアルフではかなりキツかった。


 しかし今のアルフは、これまでと比べると圧倒的に上だ。

 肉体の強度や再生能力、加えて頭の回転速度……むしろ魔法よりも圧倒的に、肉体面が強化されていた。


 故に、目視できない場所であっても、化物の攻撃を事前に予知し、その都度迎撃するという神業ができているのだ。


「チッ……なら守り続けてみろ。その状態で、僕の攻撃を受け切れるのならな……!」


 その言葉と同時に、化物の身体がさらに変形する。

 これまであった鋭く太い触腕がさらに分岐し、枝分かれし、増える。

 そして、まるで大波のように、アルフへと向かってしなり、伸びる。


「手数は多い、けどこの程度なら……」


 襲いかかる触腕を、アルフは紙一重で回避していく。

 本当に当たるスレスレの所で、最低限の動きで攻撃を避け、化物へと接近していく。

 空気を蹴り、触腕を足場にして跳び、攻撃を掻い潜る、その時。


「爆ぜろ」


 アルフの右腕が……いや、空気が大爆発を引き起こし、アルフの右腕が巻き込まれる。


 そして、アルフを包み込む煙の中から、千切れた右腕が飛び出し、宙を舞う。

 ぐちゃぐちゃの断面からの出血はないが、代わりのように青く燃えていた。


 しかし、


「無駄だッ!」


 アルフは、勢いを緩めない。

 右腕が千切れてなお、化物へ向けて駆け出していく。

 右腕がなくなっているというのに、歪な断面は青く燃えているというのに。


「何ッ、何故、だ……!?」


 右腕を吹き飛ばしたというのに、アルフのパフォーマンスは落ちない。

 腕がなくなったというのに、それに動揺するどころか、痛がる様子すら見えない。

 むしろ勢いを増していく気配すらある。

 覇気は増し、残った左手には青い炎が集まり、蒼銀の大剣が形成される。


「ク、ソ……!」


 アルフを全方位から押しつぶそうも触腕を動かすが、あっさりと道が切り開かれる。

 そうして触腕に囲まれた空間から出てきたアルフの姿を見て、化物は全身に付いた目を同時に丸くする。


「なん、だと……」


 アルフの右腕があった場所、そこに青色の炎が集まっている。

 そしてそれは腕の形をとり、やがて色も、人肌と同じものへと変わる。

 吹き飛んだ肉体が、完全に修復されるその様子を、化物は目撃した。


「なんなんだ、アレは……」


 自分達のような、コアを埋め込んだ生物にしか許されないような芸当、それをただの人間であるアルフが、当然かのようにやった。


「ま、まずい……!」


 本当に、あれば人間なのか?

 人間を超えたナニカなのではないか?


「ふっ、吹っ飛べ! 消えろ! 消えろ! 消えろォォッ!!」


 生物として超えられない何かを感じ取り、化物は極度の恐怖に陥る。

 同時に自分の敗北を幻視した化物は、錯乱し、大声で叫びながら、アルフの身体を爆発させ、雷を落とす。


 しかし、それでも、アルフは止まらない。

 肉体が電気で焼かれようが、爆発で吹き飛ばされようが、彼は動き続ける。

 頭を半分吹き飛ばされようが、腹に大きな穴を開けられようが、傷ができたら、欠損ができたら、即座にその部位を青い炎が包み込み、再生されていく。


 攻撃では止まらない。

 身体が吹き飛ばされようが、致命傷を負おうが、まるで鬼神の如く、化物を倒さんと歩を進める。


「死ねぇぇぇええッッ!!」


 そして、化物が放った渾身の光線を再び放つ。


 口から放たれる赤黒い光。


 アルフはそれを回避することなく、むしろ光線へと飛び込んでいく。

 向かう先は、光線の出処、つまりは化物の口。


「ヒッ……!」


 そして、アルフは化物の眼前へと至る。

 全身が焼かれ、左腕と右脚は消失し、顔半分が吹き飛んでいるというのに、なお、その右腕に握られた大剣を振るうのを止めない。


 大剣を振り上げる。

 その時にはもう肉体は完全に修復され、万全の状態へと戻る。

 そして、フルパワーで、全力で、振り下ろす。


 そのあまりの速度に、真空が生まれ、空間がねじれ、それによる衝撃で、化物の肉体は完全に消し飛び、塵と化す。


 だがその威力に反して、化物以外には一切の被害を及ぼすことはなかった。


 そうして化物を一度吹き飛ばし、地面に着地するアルフ。

 彼は何かに気付いたのか、わずかに口角を上げ、笑みを浮かべる。


「……ようやくだ、ようやく見つけた」

「ク、ソがぁ……」


 そこに、化物が再生してまた現れる。

 まるで地面から生えてくるように。


「たとえお前がどれだけ強くなろうが、僕を殺すことは、絶対にできない……!」


 苦しそうではある。

 流石に見える範囲の身体を全て吹き飛ばしたため、再生もかなり遅くなっている。

 しかし化物の、ネモの言う通り、確かに身体を吹き飛ばしても、当然のように再生されてしまった。

 肉片一つ残っていないのに再生した、これだけ聞くと、もう殺すのは無理なのではないかと、錯覚してしまうだろう。


「いいや、ようやく見つけたよ。を殺すための条件を」


 アルフは化物の方を見て言う。


「ここでネモの肉体を完全に吹き飛ばしても、は殺せない」

「……?」

「ただ、コアを壊す方法なら、あるいはネモの体内から取り除くという方法を取れば、を殺すための条件が整う」

「……お前は、何を言っている? 何を、見ている?」


 一見すると、普通の言葉。

 しかし化物、ネモにとっては、そんなアルフの言葉に妙な違和感を覚えたのだ。


「早速なんだけどさ、俺の古代魔法には、ワープ能力がある。それは俺だけがワープできるんじゃなくて、近くにいる人や物を、好きな場所に飛ばすこともできる、そう、こんな感じに」


 アルフがそう言った時、その隣にはリリーがいた。

 先程まではいなかったというのに。


「えっ? えっちょっ!? アルフさん、何したんですか!?」

「ごめんごめん。後でやってほしいことがあって、呼び出しちゃった」

「はぁ……私にできることだけですよ?」

「分かってる。ちゃんとリリーにできることだから」


 そんな会話を軽く交わしつつ、再びアルフは化物の方を見る。


「こうやって、俺以外の人や物もワープさせられるわけだけど……」

「まっ、まさか――」

「こんな風に」


 アルフは左手を握りしめ、軽く振る。

 その後、ゆっくりと手を開き、その中に握られたモノを、化物に見せつけた。


 そこにあったのは、四つのアインコア。

 そう、ネモの体内……地下に隠していた四本の触腕にそれぞれ埋め込まれていた、キメラ最大の弱点、それを抜き取られていたのだ。


「な、ぁあ……」


 それに気付くと同時に、化物は力無くその場に倒れる。

 特にキメラのような歪な存在は、コアがあることで何とか生命維持ができていたといってもいい。

 故に、生命維持の要であったコアが抜き取られれば、やがて死ぬ。


「ク、ソ……がぁ……っ……」


 化物は、最後の力を振り絞って、触腕を動かし、身体を起こそうとする。

 が、その力すらまともに入らず、触腕でわずかに身体を起こしたところで力尽き、ドスンと地響きを起こしながら倒れ、沈黙した。


 一瞬の沈黙。

 戦いは終わり、青い火花はなくなり、やがて、暗闇が戻ってくる。


 その後、王都は歓声に包み込まれる。

 王都全域から響き渡る、歓喜の声。

 近くに人はほとんどいないというのに、それはアルフの耳にすら入ってくる。


 こうなっているのも、王都にいる人々の脳内に、この戦いの映像が、そしてアルフが化物を倒した所が、流れ込んでいたからだろう。


「……さて、みんな喜んでるみたいだけど、まだやることはある」

「ん? 何かあるの?」

「街を、元に戻さないといけない。ということでリリー、出番だ。この化物を飲み込んで」

「え? あー……流石にこの大きさは、ちょっと時間かかるよ?」

「別に大丈夫。一分くらいでしょ?」

「うん」

「じゃあ俺はやることがあるから、頼むよ」


 そう言うとアルフは、自らの手の上で、慎重に慎重に青色の火の玉を大きくしていく。

 相当複雑なことをやろうとしているからなのか、その目はとても真剣で、額には汗が滲んでいる。


 そしてその間にも、リリーの体内に、化物の死骸が飲み込まれていく。

 あまりにも巨大であるが故、リリーの古代魔法により形成される領域に収まりきらないので、こうして少しずつ取り込んでいく。

 そして、約一分後、化物は完全にリリーに取り込まれ、消えたのであった。


「……はい。アルフさんの言う通りにやったよ」

「ありがとう。じゃあダニエルさんの所に飛ばすね」


 そう言ってアルフは、左手でリリーの背中を軽くたたき、彼女をダニエルの元へとワープさせた。


 そして、自らが作り出した青色の火の玉を見る。

 この状態が維持できるのも、残るは一分程度。

 だが、準備は完全に整った。


 アルフは、王都にいる人々に向けて語りかける。


「この大襲撃で、街は破壊され尽くした。多くの人が死んだ。これも全て、私が至らなかったから起きたことです。謝罪をここに」


 目を閉じ、頭を下げる。

 数秒の謝罪の後、アルフは顔を上げて続ける。


「死んだ人々は戻らない、死者は蘇らない。ですがせめて街だけは、私の力で元に戻します」


 そして、アルフの右手の上で輝く青色の火の玉が、真っ暗闇の空へと昇っていく。

 空高く、見えなくなるまで、遠く遠くへ、高く高くへ昇る。


 そして、太陽のような小さな輝きになった瞬間、真っ暗闇の世界は、光に包まれた。




◆◇◆◇




 目が潰れそうなほどに眩い光。

 それに全ての人々が思わず目を閉じてしまう。


 やがて光に慣れてきた頃、一人、また一人と、人々はゆっくりと目を開く。


 そして彼らは、奇跡を目撃した。






 そこにあったのは、青い空、青い太陽。

 そして、空から降り注ぐ、淡い光。


 真夜中だというのに、世界は明るく彩られていた。


 そして、壊滅した東区と西区、中央区。

 他の場所についても、被害は甚大だ。

 そこへ、空から降り注ぐ光の粒子が落ちる。


 すると、壊れた建物が、抉れた地面が、道路が、元の綺麗な状態へと戻っていく。

 瓦礫すら蒸発した東区も、全てを押しつぶされた中央区も、光が地に根付くと、全てが元に戻っていく。


「私の再生の炎の効果を、生物だけでなくモノにも適応して、街を修復する。これが、今の私にできる、せめてもの償い」


 街の中心で、アルフは言う。


 そんな彼に向かって、走ってくる影が一つ。


「ご主人様っ!」


 そして、彼女はアルフに抱きつく。


「ミル……大丈夫だったか?」

「はい。それより、ご主人様は……」

「俺は大丈夫だ。ほら、見ろ」


 そうしてアルフは、ミルを少し離し、空を見上げる。

 ミルもアルフと同じ方向を見上げる。


 光が降り注ぐ青空。

 壊れた街が戻っていくという、奇跡のような光景。


「きれい……」


 ミルは、思わずそう漏らす。


「こんな景色を作り出せるんだ、大丈夫に決まってるだろ?」

「そう、ですね」


 そして全てが終わったと、アルフは大きく息を吐く。

 そして、ミルの手を握って、言った。


「さぁ、帰ろう」

「……はい!」


 そうしてアルフとミルは、二人で修復されつつある王都を歩き、家へと帰るのであった。

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