第3話 15歳って子供なんだよ!

 結局色々検証するにも、時間も足りなければ場所も問題であった。

 異世界から帰ってきた翌日に、普通に学校があるというこの違和感。

 30年分の時間と、昨日までちゃんと地球で高校生をやっていた、二つの時間が記憶の中で重なっている。

 今はまだ違和感があるが、やがてこれも消えるのか。

 桜盛は速やかに宿題を片付けたが、嬉しいことが判明した。

 ステータスでは閲覧出来なかったが、明らかに知力が上がっている。

 身体能力はともかく、知力が上がるのは謎ではあったが、これは別に困るというわけではない。

 確かに高学歴というか、頭のいい人間はモテやすい傾向にあるというか、これも人類の普遍的な価値観の一つだ。

 神様の仕事の雑さには、とりあえず感謝しておこう。


 外が明るくなると共に、意識が速やかに覚醒する。

 睡眠軽減か消費軽減か回復強化、回復速度増加など、何かの力が働いている気はする。

「ステータスないと不便だよな。何か副作用とかないよな」

 そもそもステータスなど、地球にはずっとなかったであろうに。

 一度あの便利さに慣れてしまうと、なかなか地球の常識に戻れない。

「能力が全部表記されて数値化されるのは、デストピアでもあったけどな」

 勇者として最強レベルの力を持っていたが、現代日本の常識も持っていたため、なぜか王族などは血統で全てが許されるのを、不思議に思ったものである。

 だが能力値だけで全てが決まるかというのも、成長率などがあったためあまり参考にならなかったりした。

 王族や貴族などは、教育に力をかけられるため、自然と平民よりは強くなっていくのだ。

 早熟か晩成かという話もある。あちらでは総じて、早熟であることが求められたが。


 ゲーム脳になっているのはいったん置いておいて、朝食の準備にとりかかる。

 深夜に帰ってまた出たのか、母からのメモが残っていた。

『美味しかった。ありがと。お弁当用のおかず、冷蔵庫に入ってます』

 そして桜盛は朝食と、弁当の準備にかかった。

 普段の弁当箱はともかく、おそらくこれだけでは足りない。

 成美の分の弁当も作って、いらないと言うなら自分用に持っていくか。

 あとはお握りにして、休み時間中に食べればいい。


 やがて成美が、眠そうに目をこすりながら起きてくる。

「おはよう。弁当作ったんだけどいるか?」

「は? 何突然? きしょいんだけど?」

 ひどい。起き抜けに兄にかける言葉ではない。

「いらないなら俺が食うけど」

「そうは言ってない」

 どうやら栄養補給は、自力で追加の食料を調達する必要があるらしい。




 さて、目的を整理しよう。

 地球に帰還した勇者は、とりあえずモテたいのだ。

 それを神様にお願いしたところ、渡されたのは超人的な身体能力、魔法の力、即物的な財産。

 魅了系の力や、イケメンへの変更を願わなかった以上、これはこれである程度仕方がないことなのだろう。

 やたらと女の子と接触するイベント体質なども考えたが、ああいった運命系の力は、だいたいマイナス方向にも作用する。

 そう考えるなら、即物的な力をくれた神様の判断は、間違っていないのだろう。

 ……間違っていないと思いたい。


 桜盛が持たされたものは、地球上の人類にとって、希少金属とされるものと、燃料だ。

 ただ燃料に関しては、どうも神様も価値観がずれているような気はする。

 金や銀に白金パラジウムにウラン、そしてガソリンに灯油。

 これらを調べて分かったのだが、全て地球上に取引されている市場があるものだ。

 それとは別にダイヤモンドがあったのは、おそらく鉱物としての硬さから。

 しかし確かに一財産ではあるのだが、桜盛はすぐに問題点が分かった。

 換金手段がないのではないか。


 金や銀は普通に、取引は出来る。

 だがそれは理論上はという話であり、インゴットとして存在するにしても、これをどうやって高校生の立場で換金するのか。

 古物商や質屋に行っても、高校生から買い取ることなどはないだろう。買い取ってくれるにして限度があるだろうし、ああいうのは警察が管理しているのではないか。

 定期的に貴金属を持ってくる高校生など、怪しくないはずもない。

 ネットによる検索では、真っ当なところであれば絶対に、身分証明証が必要になるし、未成年からは買い取っていない商品も多い。

 結局桜盛の情報は漏れていくというわけだ。

 魔法を使ってあれこれすればとも思うが、まずは架空の人物を作り出すか、信頼できる大人の協力者が必要となる。

 ただそれを見つけたとしても、どうやって財宝獲得の説明をすればいいのか。

 実家の蔵から小判が、などと言ってもどうやらそれには相続税がかかってくるらしい。

 つまりすぐに大金に換金するのは難しいのだ。


 モテの要素の一つには、間違いなく金はある。

 超辛い現実的な異世界を生きてきた桜盛は、間違いなく金持ちはモテると知っている。

 それはその当人ではなく、金が目当てだと言う人間もいるかもしれない。

 だがその金を稼いだことを、才能だというならやはり個人の力だ。

 単に親が金持ちだったとしても、それをしっかり維持することが出来れば、それはやはり力である。

 遺産を食い潰すバカであれば、さすがにそれはモテではないだろうが。


 実際問題として、あのマッチョボディに成長するためには、栄養補給は重要になる。

 そのためにもまず金だ。

「金ほし~な~」

「バイトでもすっか?」

 ぐだぐだと呟いていると、友人の山田が普通に話しかけてきた。

 通学路で呟いていてはいけない。誰に聞かれるかも分からない。幸いにも問題発言ではなかったが。

「うちの学校、バイトよかったっけ?」

「やってる人はいるから、業種によるとか? それよりお前、なんか今日パリっとしてない?」

「気のせいだろ~」

 そうは言うが、言われる原因は分かっていた。




 風呂場で確認したが、割れた腹筋の他にも、肉体全体がかなり鍛えられた仕様に変化している。

 ぶんぶんと大剣を振り回していた、そのスペックがかなり再現されているはずだ。

 だから足運びなどから、見る人が見れば分かるはずである。

(まあんなこたーどうでもいいんですよ)

「なあ山田君よ、モテって何だと思う?」

「顔」

「それ以外で」

「あ~、スポーツ?」

「そっちか~」


 あちらの世界では強さ=モテではあった。

 競技的なスポーツはなかったが、闘技場には人気の剣闘士などがいた。

 この肉体スペックは検証が必要だが、おそらく神様の思考的には、この体格で人類史上最高の力を持っているのではないか、と思う。

 下手をすれば人間ではなく、動物の筋肉換算かもしれない。

 もしも物理法則の範囲内だとしても、魔法が使えるなら話は別だ。

「スポーツでモテっていったらなんだと思う?」

「え、マジでやんの? 今さら? 昔何かやってたっけ?」

「一応中学時代はバスケやってたけど……」

 将来的には、栄養をちゃんと摂取していれば、190cmにまで伸びることは分かっている。

 だがバスケの世界は、海外のNBAにまで行くと、190cmでもチビという世界である。

(将来のことまで考えるか、それとも高校までで終わるか)

 結局チームスポーツをするなら、やはり一人では限界があるだろうと思うのだ。

(テニスとかゴルフとか? でも身体能力より技術の問題があるしなあ)

 他に個人としては、競馬の騎手や競艇、競輪などがあるが、体格による制限がある。


 とりあえず、間違ってはいけない。

 目的はあくまでもモテであって、スポーツでの成功ではないのだ。手段が目的になっては本末転倒である。

 将来的には換金手段さえ手に入れれば、一生困らないだけの財宝がある。

 正直なところ裏社会にでも行けば、本来の価値よりずっと安く、換金してくれるのかもしれない。

 だがそういった知り合いすらも、もちろん今はいない。

「つーかお前、医学部行かないといけないんだろ?」

「それもあるが」

 桜盛の父は医師であり、かなり大きな病院の院長であり理事でもある。

 一応は医者のボンボンである桜盛は、そのあたりも考えて、このボンボンの学校に通っている。


 ただ、そちらの心配はあまりしていない。

 宿題を解いてみれば、明らかに上がっていた知力。

 筋肉や心肺機能ならともかく、頭も良くなるのかと驚いたりしたが、考えてみれば思考の速さは確かに大きく変わっていた。

 30年必死で、訓練して勉強して戦って、その結果全てのスペックが上がっているのだ。

 記憶力が世界の集合知とつながっていないのは、鑑定系の魔法が機能しないことで確かめていた。

「青春したいよなあ」

「お前、本当に大丈夫か?」

 失った青春を取り戻したい桜盛に対して、山田の言い方がひどかった。




 男女の数がほぼ同数の、一年三組。

 そこに入って自分の籍に座り、ふと周囲を見回して、桜盛は気がついた。

(モテって、誰にモテればいいんだ!?)

 遅い。


 モテというのは、好意を抱かれることである。

 ただ単純にキャーキャー言われたいわけでもない。

 具体的にどんな女性から、どういった形の好意を抱かれたいのか。

 そしてキャッキャウフフから、ちょめちょめの関係に持ち込まなければいけない。

 そう思って教室の中を見渡して、桜盛は愕然とする。

「子供しかいねえ……」

 桜盛の人格は、15歳の地球人格が主人格となっている。

 だが感覚の中には、45歳の勇者も共存している。

 まだ入学して一ヶ月そこそこ、この教室の中にいるのは、多くが15歳で一部が16歳の少女たち。

 それに対して劣情を覚えるかというと、覚えることは覚える。


 あちらの世界では30歳差などは、商人の後妻や貴族の政略結婚で、珍しいものではなかった。

 なんなら魔法で100年以上生きている老人が、10代前半の少女を手篭めにするという、地球基準なら先進国では全てアウトのこともあった。

 それを地球基準で嫌悪する自分と、あちらの常識と地球の常識、また地球でも一部では普通に行われていると、理屈の部分では認識している。

 しかし桜盛個人の感覚としては、同級生が全て、かなり子供に見えることは確かだ。


 かろうじて恋愛対象に見れないでもない少女たち。

 大人びた少女が一人、ギャルで経験豊富そうな少女が一人、そして発育がいい少女が一人。

(ん?)

 だが桜盛は気付いた。

 髪型も地味に、そしてメガネもかけて顔を見せにくいようにしている彼女は、桂木志保。

 バインバインの胸部装甲を誇る、よく読書をしている地味グループの一人だ。

 その地味で控えめな性格とは裏腹のナイスボディに、しょっちゅう痴漢をされるのだとか。

 そしてそれをギャル系グループの女子に揶揄される。

 いじめと言うほど積極的ではないが、本人は気にしているだろうな、とは桜盛も思っていた。

 昨日までは。


 桜盛は魔法が使える。この世界でもだ。

 それはつまりこの世界と桜盛自身に、魔法を使うためのシステムが内在しているということだ。

 魔法を使える人間が他にもいるのかどうかなど、当然ながら召喚の前は全く考えていなかった。

 だが少なくとも魔法の断片は感じられる。

(なるほどなあ)

 桜盛が感じたそれは、あちらの世界でも何度か経験している。

 魅了。異性を惑わすための、精神干渉系魔法。

 桂木志保がまとっている力は、間違いなくその一つだ。

(本人じゃないな)

 この世界には今のところ、桜盛にはっきりと分かるような、魔法使いは存在しない。

 彼女に作用しているそれも、それほど強力ではないし、歪なものだ。

 ただその手の力に慣れていない地球の人間には、効果はばっちり出てしまうのだろう。

(痴漢に遭うのを嬉しく思うような性癖でもなさそうだし)

 桜盛はとりあえず、実験代わりに彼女に接触することにした。

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