第11話 勇者のスローライフ願望

 桜盛は平和な日々を送っていた。

 勇者世界では本当に、ブラック企業も真っ青の、72時間連続先頭、などということは普通にあった。つまり三日三晩の休みなしの戦闘だ。

 あるいは最大の脅威である邪神より、いつになったら終わるのか分からない、あの戦闘の方が辛かったかもしれない。

 魔王や邪神の対決は、こいつを倒さなければ終わらないという確信。

 だああの長期戦闘は、いつまで戦えば終わるのか、それすらも分からなかったのだ。

 そんな状況に慣れてしまった桜盛が、平和に退屈するには、まだまだ時間がかかりそうである。


 今日も今日とて授業が終わると、帰宅の途につく。

 適当にぶらぶらと街を歩き、寄り道などもしたりする。

 テナントの入ったモールの中を歩き回り、怪しくない程度なら金も使う。

 やはり現金は最高である。


 そんな中、ポスターが貼られていたのは、モールの中の広告壁面。

「エヴァーブルー? こんなとこでやんのか?」

 ちょっと電車を使えば行ける、複合娯楽施設。

 大ホールでも1500人程度しか入らないのに、そこでライブをするのか。

 だがこれは興行ではなく、ボランティア基金への寄付金を集めるのが目的らしい。

 ならば警備などの必要性も少なく、それでいて交通の便がいい、この近くでやってもいいのだろう。


 どういう理由であるのか、詳しくは分からなくていい。

 もしもこのチケットなどを買えたなら成美も喜ぶだろうな、とは思う。

 だがそんな小さい箱で、こんな人気グループがライブをするなら、チケットはすぐに売り切れることは間違いない。

 そう思っていたのだが、ポスターの上に貼られた、もう一枚のポスター。

 現在このショッピングモールで、くじ引きをやっていて、その商品の中にライブのチケットもあるのだとか。

 ただし、限定一枚。

(一枚なら当てられるだろ)

 桜盛は不正を行うのに、全く躊躇しない。

 もちろん誰かを不幸にしたりだとか、生死が関わっているとかであるなら、それは話は別だ。 

 だが運の偏りによって起こることなら、それを利用してしまうのに罪悪感もない。


 適当に買い物をして、くじを引ける抽選券を手に入れる。

 そしてくじ引き所に向かうわけだが、どうやらお目当てのものは、まだ引かれていないらしい。

 その列に並ぶことなく、桜盛は様子を少し確認する。

「このまま普通にくじを引いて、チケットの当たりを得る可能性はあるのか?」

 ある、という回答があった。

 つまり後からくじを追加して、その中にお目当てのものがある、という可能性は排除できたわけである。


 あとは透視の魔法を使って、当たりくじを発見すればいい。

 だがこれが難しかった。

(く、これ、ものすごく大変だぞ!)

 幸いにも当たりくじをコインでこするタイプではないので、完全に透視出来ないわけではない。

 だが密閉された、しかも形ではなく印刷として存在する当たりくじを、識別するのが大変に難しい。

 またせっかくそれと分かっても、くじを引く人間がまた、盛大に混ぜてしまう。


 人間であればその発する力の違いから、一度マーカーをつけておけば、よほどの距離を置かなければ見失うこともない。

 物品であっても一度触れれば、それなりにマーキングすることは出来る。魔力を擦り付けておくのだ。

 ただ確認しただけの物を、確実に見逃さない。

 それはとても難しいことなのだ。


 勇者世界ではそういうのが得意な、魔法使いもいた。

 ただそれは探し物を見つけるのにはいいが、戦闘に役立つものとしては優先順位が低い。

 勇者というのは根本的には、戦闘兵器であり破壊兵器である。

 なので他の分野では、それに長じた味方が必要であった。

 だいたいゲームでも、一人ではとても弱いが、それでもパーティーに必要な役割のキャラというのはいる。


 それでも苦手な能力を全開にして、当たりくじを引き抜く。

「取ったどー!」

 カランカランと祝福のベルが鳴ったのであった。

 



 こっそりと今は珍しくなった公衆電話から、茜の携帯電話にコールする。

『……もしもし?』

 さほどのタイムラグもなく、茜の声が聞こえてきた。

「あー、俺俺」

『俺俺サギですか? 冗談にしても古いと思うけど』

「ごめんごめん、飛ばしの携帯の準備出来た?」

『出来ました。いつどこで会えます?』

「今日は大丈夫かな?」

『大丈夫なはずだけど、いつ事件が……いや時間を作ります』

「そろそろ警察の方でも、俺に関してはマークしてるのかな?」

『それは……そうですね』

「じゃあ時間だけ指定して。場所はこちらが指定するから」

『七時に退庁しますから、それ以降の時間に』

「了解。またかけ直す」

 桜盛はそういって、受話器を置いた。


 このあたりは監視カメラがある。

 ただ少し歩けば、モールの中に入ることが出来る。

 そこで上手くまた、変身の魔法を解く。 

 チケットを当てたノリのまま、茜に連絡を取ったわけだが、彼女の反応には引っかかるところがあった。

 反社から茜を救った件と、連続レイプ犯の件。

 前者はともかく後者に関しては、知っておきたいこともあったのだ。


 今日に関してはとにかく、携帯の確保が目的である。

 この準備が早いのか遅いのか、桜盛には判断がつかない。

 ただ二件も事件に関与した桜盛を、警察が泳がせておくというのも、無理があるだろう。

 おそらく携帯には何か、GPSなどを仕掛けてくる。それも通常のものとは違うものだ。

 もっともアイテムボックスに放り込めば、電波は完全に遮断される。

 そうでなければ中に入っているウランにより、完全にそれだけで被爆してしまうからだ。


 またアイテムボックスの中も、それぞれの物がごちゃまぜになっているというわけではない。

 それはそうで、ガソリンなどが他のものと混ざれば、べたべたになってしまう。

 ちなみに普通の水などを、それぞれ区切って入れることは可能であった。

 どこまで入れても大丈夫なのか、それはさすがに検証し切れていない。

 ただ今のところ、上限は存在しないように感じている。




 庁舎を出た茜は、少しだけそこで待った。

 上司に話した上で刑事局の高橋に連絡を取ったところ、普通に相手に従うように、という指示が出ていた。

 おそらくは様々な手段で、これから茜を尾行してくるのだろう。

 ただ同じ警察と言っても、公安の人間の一般への擬態具合は、茜の分かるところではない。


 そう思っていたところ、また携帯が鳴る。

「もしもし?」

『あ~、俺俺』

「いや、そのネタはもういいから」

『そう? じゃあこの間の居酒屋、あそこに来てくれる?』

「あそこでいいの?」

『何か問題が?』

 茜はわずかに口ごもる。あそこは割りと、追い詰められてしまう空間だ。

 ただこのスマートフォンは、盗聴アプリが既に入っている。

 自分を助けてくれた謎の大男に対して、茜はある程度以上の好意を持っているが、それを忠告することも出来ない。

「分かった。すぐ行く」

 そして通話を切ったところ、またすぐに鳴り出す。


 非通知着信であるが、誰かは分かっている。

「もしもし」

『高橋です。相手の指示通りに、携帯だけを渡すようにしてください。何も探る必要はありません』

 それはさっきも言っただろ、と茜は思いつつ「分かりました」と返して切る。

 あるいは自分の衣服のどこかに、こっそりと盗聴器や発信機がつけられていてもおかしくはない。

 普通に警察をやっていては踏み入ることのない、まさに日本の闇の世界に入ってしまった気がする。

 確かに元々警察は、反社会勢力を相手にする場合もあるため、かなりメンタルを学校で叩かれるものではあるのだが。


 茜はいつも通りに、目立つような早足で、居酒屋への道を歩く。

 いや、こんな早足なのは、出勤途中と事件現場へ向かう時だけか。

 退庁して部屋に戻る時は、かなりふらふらになっている場合がある。

 だが今は尾行などを出来るだけ、自分でも確認しておきたい。


 警察官としては、問題がある考えであるかもしれない。

 だが同時に人間として、ユージなどと名乗ったあの青年に、下手に悪感情は持たれたくない。

 女としてではなく人間として、茜は考えていた。

 少なくとも今の時点では。






 桜盛は自分の力を過信していない。

 いや正確には、過信しているかもと慎重にはなっている。

 そして力というものの限界も知っている。個人としての力だ。


 確かに勇者世界において、魔王を倒し邪神を封じた時、最後の場に立っていたのは桜盛だけであった。

 だがそこまでに、魔王軍の大量の敵を倒すため、軍を編成したのは桜盛ではない。

 各国の有力者から援助を引き出したのも、桜盛の勇者としての名声があったからだが、それを上手く利用する計画を立てたのは仲間だ。

 まず自国からと軍を引き出したのは王子であり、広域の聖なる結界を張って敵を弱体化させたのは聖女だ。

 また魔王軍の分かれた部隊のいくつかを、引き付けていてくれた将軍たちなどもいた。


 今の桜盛は何かと戦うためには、一人で行わなければいけない。

 計画するのも、準備するのも、手配するのも一人である。

 そして守りたい者、守るべき対象に、自分の身を守る戦闘力がない。

 両親や成美、それに学校の友人たち。

 複数を同時に攻撃されれば、それを全て一人では守れない。


 ならばどうするか、それは勇者世界でやるならば、自分自身が巨大な組織の一員となること。

 ただ現代日本にて、そんな巨大組織を作るのは、現実的ではない。

 すると国家に属して保護してもらう、という方が現実的なことである。それは否定しない桜盛だ。

 しかし彼の感情としては、こうである。

「もう世界救ったんだから、後は好きなようにさせてくれよ」

 その偉業を知っていれば、そうかもしれないな、と思うかもしれない。

 ただし勇者世界であっても、桜盛を利用しようという人間はたくさんいたのだ。

 だからこそあちらの世界の未練を断ち切って、すぐにこちらに戻ってきたわけで。


 目の前に問題があればどうにかするが、積極的に全てを解決しようとはしない。

 当たり前の話であるが、どれだけ桜盛が超人であっても、全ての事件や事故を解決出来るはずはないのだ。

 ニュースを見れば毎日、悲しい事故や痛ましい事件で、人は死んでいく。

 その全てを助けようとするなら、社会全体で取り組むべきだ。

 桜盛がやることと言えば、それをわずかに後押しするだけである。


 


 居酒屋の中に入って、桜盛は既に注文をしていた。

 座席に置いてあったバッグを手に取り、茜に対して座れと示す。

「とりあえず生」

 明日は休日ではないのだが、茜は飲みたい気分であった。

「忘れないうちにこれ」

 渡されたスマートフォンを、桜盛はそのままポケットに入れた。アイテムボックスにしまうのは、茜と別れてからである。

「忘れるほど飲むつもりか?」

「うっさいわね。こっちも色々あるのよ」

 主に桜盛のせいである。

「口調に遠慮がなくなってきたなあ」

 桜盛はいいことだと思ってそう言ったのだが、茜はそうは取らなかった。


「ごめんなさい」

「ん? 何が?」

「助けられていて、偉そうなこと言って」

「ん? あ~、いや、皮肉のつもりじゃなかったんだ」

 戦場を共にすれば、身分や立場などはいずれ消滅し、気安くなっていくものである。

「俺もあんたに頼みはしてるし、正直なところお巡りさんには、ありがたいと思ってるからな」」

「え、そうなの?」

 茜が驚いたような顔をしているが、どこに驚くような要素があったのだろう。

「貴方は警察も何もかも恐れない人間だと思ってたんだけど」

「確かに警察は恐れてないけど、それは俺が犯罪者ではないからだぞ」

「……」

「その口ほどにものを言うジト目はやめてくれ」

 桜盛は立派な殺人犯罪者ではあるが、証拠が見つからなければどうしようもない。


 ただ桜盛に警察に対する嫌悪感がないのなら、茜としても話しやすい。

 この会話もおそらくは盗聴されているので、茜としても言葉を選んでいく必要はあるが。

「貴方、警察に来ない?」

 選んだ結果が直球であったりする。

「貴方のやったことで、どうやら警察庁や公安が、マークし始めてるわ」

「その警察庁と公安がどういうものなのか、俺には分からないんだが」

「警察庁は内閣府の公安委員会に属する機関で、公安は警察内部の主に治安維持……スパイとかを担当する部門かしら」

「警視庁はまた違うんだよな?」

 そういえば外国にいて最近戻ってきたのなら、そのあたりも知らないのか、と茜は都合よく解釈した。

 単純に桜盛の勉強不足なだけなのだが。


 ただこのあたりは、普通の一般人でも勘違いしている者は多い。

「警視庁は要するに、東京都の警察本部よ。規模が大きいから他にはない部署もあったりするけど。基本的には警察庁の方が、警察の行政まで行っているけど」

「なるほど、やたらと強くて正体不明の俺のことを、警戒しているわけかな」

「率直に言ってしまえば、その通りよ」

 これを盗聴していた者たちは「もっと婉曲に言え」と頭を抱えたりした。


 桜盛としても気持ちは分かる。

 個人の強大な戦力は、紐付きにしたいと思うのが当然だろう。

 もっともこの時点で桜盛は、勇者の超人的な力は使っていない。

 正体不明で、しかも追跡も出来ない相手、というのが危険視する理由なのだろう。

「そっちの考えてることも分からないではないんだけど、俺、医者になるつもりなんだよね?」

「へ? 医者?」

「意外かな?」

「意外と言うか、これまでに全く関係してない話だし……」

「それにしばらくの間は、特に仕事もすることなく、のんびりする予定なんだよね」

 理解されないかもしれないが、現在の高校生活は桜盛にとって、スローライフである。

 スローライフとは?(哲学


 これを信じてくれるかどうかはともかく、桜盛としては言っておかなければいけない。

「振りかかる火の粉以外は払うつもりはないよ。あとどうしても協力してほしいことがあれば、それには応じてもいい。ただそちらに連絡先を教えるつもりはないけど」

 じゃあ危機にあったとして、どうやって伝えればいいというのか。

 それに関しては桜盛も、解決策が浮かんではいない。

 現存する連絡手段であれば、身元や現在位置が特定される可能性がある。

 だが魔法的な手段によって連絡を取るのは、それこそ桜盛の脅威度を相手に知らしめることになる。

「まあ警察とかとの連絡に関しては、俺も考えることにするよ」

「貴方に教えた故買屋から、連絡は取れない?」

「金塊はまだあるけど、差し当たって何度も換金するほど困ってはないしな」

 その気になれば金というのは、いくらでも無駄に使うことが出来る。

 ただ高校生活を送りながらであると、それにも無理はあるのだ。




 食事を終えた桜盛は、そのまま茜とは別れた。

 そして人にまぎれるように進むのだが、桜盛は自分に対する視線を感じていた。

 人間の尾行もあるが、それだけではないだろう。

(そりゃあまあ全知全能にして完全無能の神様もいるわけだから、少しはそういうのもいるか)

 桜盛が探知したのは魔力だ。

 それが斜め上方の背後から、桜盛の様子を窺っているのを感じる。


 思えば志保にかけられた呪いも、一種のそういうものではあった。

 ただああいう呪いは、もっと原始的なものであると思っていたのだ。

 歴史を遡れば、宗教による神秘というのが、大真面目に語られていた時代というのはある。

 国家の機関にそういうものがあっても、おかしなことではない。


 対処することは出来る。

 だが対処するということは、桜盛がそういった方面の能力や知識を持っているのを、証明することにもなる。

(尾行を撒くのに毎回色々考えてたら、本当に面倒になるな)

 出来れば自然と、向こうが尾行を断念してくれればいいのだが。

(地下鉄に入るか)

 これによってどうにか、魔法的な追跡は途絶えることとなった。

 魔法という技術体系なのかどうかすら、桜盛は分からなかったが。


 人間の目に関しては、変身と透明化の能力で、いくらでも撒けることが出来る。

 そしてようやく桜盛は、家路へつくことが出来るようになったのだ。

 追跡者たちの一団が、地団太を踏む光景を思い浮かべながら、彼は日常へと帰還した。

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