第12話 地球の超常能力
またも帰宅が遅くなった桜盛に対して、成美は不機嫌であった。
しかしそれも、獲得したチケットを見せるまでのこと。
「ちゃんとお前の名前になってるし、もし他に譲るならネットから手配しないといけないけどな」
「譲るわけないじゃん!」
そういうものであるらしい。
正直なところ、ヤクザを相手にしたよりも、レイプ犯を相手にした時よりも、また志保の呪いを解いた時よりも、くじ引きの方が疲れたものであった。
そう、志保だ。
今回の茜との接触の後、桜盛は勇者世界における、魔法技術の痕跡を探知した。
だがそれ以前に志保の呪いの時に、既に一度は経験している。
あれをそのままにしておいた自分の、迂闊さに頭が痛くなる。
喫緊の脅威ではないので、放っておいたというのも確かなのであるが。
常識的に考えれば、魔法の類は権力者サイドがある程度握るはずなのだ。
歴史を見れば平安時代など、陰陽道が大真面目に信じられていたではないか。
日本人が迷信を切り捨てるのは、おおよそ明治時代になってから。
ただ今でも普通に、オカルトの要素は権力の中に生きているらしい。
(けれどまあ、世間一般ではオカルト扱いなら、そんなに極端な力はないんだろうな)
志保に対する呪いにしても、命を奪うようなものではなかった。
全力を出してあれだというのなら、勇者世界の魔法の呪いとは、技術が隔絶している。
多くの魔法は現代の地球の文明なら、再現出来るものであった。
ただし明らかに再現出来ないものも、当然ながらある。
正面から対決したなら、おそらく地球の軍勢の方が、勇者世界よりも強いだろう。
しかし魔王まではともかく、邪神を封じることは出来なかったはずだ。
あれは全く、技術体系が違うのであるから。
今の桜盛の魔法で、明らかに地球の技術で再現出来ないのは、転移とアイテムボックスがまず思いつく。
ただこのアイテムボックスは、勇者世界で使っていたのとは、性能が異なっているかもしれない。
神様が地球世界に戻す時に、中身もごっそり入れ替えてしまったからだ。
転移については明らかに、こちらでは存在しない技術である。
しかしこれも今の桜盛では、短距離を移動することしか出来ない。ちなみに使うと明らかに、全力疾走した時よりも疲れる。
誰かにマーカーをつけてそれを追跡というのは、日本でも他のやり方ではあるが、やっていることである。
単純な攻撃魔法なども、手段はともかく現象としては、それなりに起こすことが出来る。
魔法障壁などは、そもそも普通の装甲などと違うのは、持ち運びが必要なく、素早く展開出来るあたりだ。
おおよその魔法による事象は、手間や時間を無視すれば、現代科学でそれなりに再現可能だ。
(つまり瞬間移動とアイテムボックスの時間と空間に作用するものを除けば……)
あとは呪いだけである。
茜との交流後に追跡された桜盛は、あれは使い魔の類かな、と考えている。
勇者世界に存在した魔法で、烏や猫など、もちろんあちらの世界ではそのものの動物はいなかったが、そういう人間の行きにくい場所に行ける、動物を使い魔として使役していた。
いよいよ慎重に行動しなければいけなくなったかな、と桜盛は思わないでもない。
あるいは既に、手遅れになっているか。
(最悪、政府の手先になるしかないかねえ)
ただしそこは交渉して、スローライフならぬスクールライフを、それなりに楽しむつもりだが。
だが、ここで桜盛は気づく。
(戻ってからこっち、スクールライフを楽しんでないぞ)
ある程度は確かに、平穏な生活を送っている。
しかし既に四人を殺して、二人を去勢した。
日本の一般的な高校生としては、既にアグレッシブすぎる実績である。
成美との関係を改善し、志保の呪いを解き、茜をヤクザから救出し、エレナの窮地を助けた。
ちょっとイベントの起こった数が多いのでは?
桜盛はこれをしばし考えて、共通点に気づく。
関連した女性や少女たちが、皆美人である。
義妹である成美は除くとしても、ナイスな胸部装甲を誇る志保に、大人っぽい美貌の茜、そしてスクールカースト上位のエレナ。
巻き込まれるだけではなく、自分から動いていったのもあるが、少なくとも美人三人との接点が生まれている。
(いや、俺自身で少しでも接触してるのは、桂木さんだけだけど!)
あるいはこの巻き込まれ体質というか、女性の窮地に立ち会うというのも、神様のくれたチートなのだろうか。
吊り橋効果という言葉がある。
実際に本当にあるのかというと、実は微妙であるらしい。
ただ窮地にあった女性が、それを助けてくれた男性に好意を持つのは、恋愛にまでは至らなくても普通のことだろう。
(ん?)
突然友達になろうとしてきた志保。
そして桜盛にかなり好意的であった茜。
(フラグが立ってるのか?)
おそらくエレナも、もう一度会うことがあれば、フラグが立つのかもしれない。いや、あるいは既に立っているのか。
勇者世界で命がけで戦い、女性からの尊敬と崇拝と憧憬を集めてきた桜盛からすると、現代日本女性チョロイン、となる。
あちらではただ会っているだけであったり、優しいだけではモテないのが、男という種であったからだ。
平気で人が殺される世界では、女を守れる男がモテる。
いや、地球全体の歴史を見れば、方法は色々あるが女を守れる男がモテるのは、現代の日本でさえも当たり前のことだと思う。
それこそ金で女を囲うのも、守る手段の一つと言ってしまっていい。
ひょっとしたら、神様のモテ理解は、この究極の一つに集中しているのでは。
それだとあまりにも、モテとしては雑だとは思うのだが。
「モテとは何か」
哲学的に考えた桜盛は、成美に対して質問してみる。
「顔じゃない?」
短く答えた成美は、ただその言い方であると、自分は違う意見を持っているような気もする。
「まあ別に不細工なわけじゃないんだし、勉強なりスポーツなりで活躍したら、少しはモテるんじゃない?」
追加でそんなことも言ってきたが、そのあたりは微妙なところなのだ。
間もなく試験期間がやってくる。
とりあえずそこで、現在の頭の良さを考えてみるべきか。
ほぼ平均であった、入学直後のテストを思い出し、高校生らしく勉強を始める桜盛であった。
(いや、魔法だろ!)
モテのことを考えていて、またも忘れそうになった桜盛である。
ことさらモテに意識がいってしまうのも、神様の思考誘導か何かだろうか。
モテは重要なことであるが、まずは自分の身の回りをどうにかしないといけない。
少なくとも女の友人は出来たわけだし、しかもその志保からは呪いの線で探っていく必要がある。
とりあえず実行犯も依頼者も、分かってはいるのだ。
金持ちや権力者にはありきたりなのかもしれないが、彼女の従兄弟にあたる人物である。
従兄弟といっても、このあたりちょっと年齢差のある兄弟などがいて、志保よりはずっと年上だ。
ただどうしてそんなことなどを依頼したのかは、直接探っていかなければいけないだろう。
試験勉強をするべきか、呪いの根源を探るべきか、それが問題だ。
もちろん実際は、両方しなくてはいけないというのが辛いところである。
そんな桜盛に対して、カモネギがやってくる。
「玉木君、試験勉強って特別に何かする?」
「いや、普通に家でやるけど」
「それじゃあ一緒に勉強しない?」
女の子からのお誘いである。
幼稚園や小学校で、一緒に遊ぼうというのとは訳が違う。
ちなみに中学時代は、色々とこじらせてしまったおかげで、あまり女子との接触はなかった。
桜盛の身体能力は、知力も含めてアップしている。
ただ記憶力などは充分に実感しているが、応用力はまた別のものだと思う。
数学の公式などに関しては、前提となる部分が分かっていなければ、とても解けるものではない。
おそらく知力チートをしすぎると、桜盛という人格の考え方まで、変わってしまうのではないか。
その限界ぎりぎりまで、知力を上げたということであろう。
教科書を見直して、暗記物はある程度分かる。
ただ他の部分は、となると自信がない。
「桂木さんって、成績良かったっけ?」
「一応学年で一桁だけど」
「そういうのは一応って言わなくていいと思う」
そして一緒にお勉強という、強力な約束を手に入れる。
「桜盛、お前……」
「そんな奴とは思ってなかったよ……」
「いや、なんでだよ」
友達の鈴木君と山田君に呪われながら、桜盛は一度帰宅する準備をする。幸いにも志保の家は、桜盛の家からもそれほど遠くない。
だがそんな桜盛の前には、まだ一つの接触が待っていた。
エレナに対して教師陣は、気軽に用を頼んできたりする。
そうすると彼女の取り巻きとでも言える者たちが、勝手にそれを解決してくれるからだ。
だがタイミングが悪ければ、そういった下僕がいないこともあるのだ。
もちろんエレナは下僕などと思っていないが、ナチュラルに周囲を下に見ているし、周囲もそれが当然と思っているところがある。
これが貴族の力か!
そんなわけでエレナは、託されたノートの束を持っていた。
統一した規格のノートは、持ちにくいわけではない。
エレナも腕力がないわけではないので、普通に運ぶなら問題はない。
だが人が普段から使っているものは、どうしてもクセがついてしまうものだ。
ほんのわずかなバランスの崩れが、大崩壊を起こそうとする。
「あ――」
「おっと」
だがその崩れかけたノートの束を、タイミングよく横から支えてくれる人間がいた。
「大丈夫?」
「ええ、ありがとう」
女性にしてはそこそこ身長のあるエレナからは、ほんの少しだけ視線が上がる。
そこに見えたのは、知っている顔ではない、はずであった。
エレナはその少年が、自分より年下であろうと思った。
だが同時に、目がひどく大人びているなとも感じたのだ。
「貴方、どこかで」
「そりゃ同じ学校なんだから、すれ違う程度はあると思うけど」
「そう……そうね」
ただ同学年にはいなかったような気がする。エレナは記憶力がそれなりにいいのだ。
桜盛は内心でこそ動揺しながらも、完全なポーカーフェイスを保った。
ブラフを掛け合うのには慣れている。それこそ命がけの場面で。
「鈴城先輩、何組だっけ? 半分持つよ」
やっぱり知っているじゃないかと思ったが、エレナは自分が知られているのには慣れている。
ただ後輩らしいこの少年が、自分に接してくる態度。
馴れ馴れしいとは思うのだが、不思議と不快感は感じない。
それに手伝ってもらうことは慣れているのだが、媚びている感じも受けない。
ノートの全てを持とうとするのではなく、やや多めに持った上で、エレナが運びやすい量を見定めたように思える。
全く方向性は違うが、女性に慣れたエレガントさ……いや、女性を女性と思わない、ある意味で真のフェミニストめいたものを感じる。
ただそれはエレナの受け取り方がそうというだけで、桜盛としてはそこまで深くは考えていない。
彼はある意味、過激なフェミニストである。
男だとか女だとか関係なく、能力に応じて生き残るために行動しろ、というのがその信念だ。
勇者世界では基本的に、女は守られるものであった。
もちろん女だてらにという戦士や魔法使いもいたが、そういった者が戦場に出てどうなったか。
あまりいい思い出はない。
桜盛が先を歩き、全く自分を意識していないのを、エレナは感じていた。
この富裕層の子女向けの学校においても、エレナはスクールカーストのほぼ頂点にいる。
それに媚びる者は多いし、媚びなくてもつなぎをつけてくる人間は多い。
祖父が現職の代議士というのは、それだけ上流階級でも特別視される。
ただエレナの両親の騒動を知っていると、近づかない者もいるのだが。
二分されたとは言え、ノートを持って上級生の教室に入っていく。
下級生が堂々と足を踏み入れるのは、あまりよくあることではない。
教卓にノートを置いて、桜盛は堂々と去る。
「それじゃ」
「あ」
礼を言うべきだと普通にエレナは思ったが、言葉を止めるものがあった。
(この香り……)
桜盛が迂闊にも、意識していなかったもの。
(あの人と同じ?)
エレナがかなり鋭い嗅覚を持っているなど、知るつもりさえなかったのだ。
桜盛の身長は、全くあの大男に足りない。
ただ声は似ているような気もする。
あるいは兄弟などであれば、声や顔が似ることもあるのか。
そう思って廊下に飛び出したエレナだが、既に視界の中に桜盛はいない。
口に出なかった言葉が、感情になって胸の中に溜まっていく。
(あの人を、探せる?)
エレナのそんな思考を、もちろん桜盛は気づいていなかった。
そもそもエレナに接触したのは、確認のためである。
(よし、やっぱり気づかないよな)
成長後の桜盛と今の桜盛を、結びつけるのは視覚的に無理がある。
それに変身後の桜盛は、魔王軍との対決のために、理想的に肉体が成長することを考えている。
実際にこの先、あそこまで身長が伸びるかどうか、それも分からない。
ただこの時点で桜盛と、成長後の勇者の姿が同じ時間軸にいれば、二人を結びつけることは難しい。
バレていないかの確認のために、ほんのわずかにエレナに接触した。
大丈夫だとは思ったが、そもそも接触しなければ、そちらの方が安全ではなかったか。
桜盛は警戒しているあまり、逆に接近しすぎていた。
知力が高くなったとしても、そのあたりの判断は愚かしい限りである。
「今日は両親がいないから」
志保が桜盛を誘った時の台詞である。
いいのか、とさすがに思ったが、続けて言われた。
「祖父やお手伝いさんはいるけど」
うん、そういうオチね。だいたい予想していた。
以前は空を飛んだものだが、自転車で行ける距離なので、着替えてからリュックを背負う。
愛用のマウンテンバイクで、街の中をほどほどの速度で走る。
途中で駅を見つけると、アイテムボックスの中から茜に渡された携帯を取り出す。
自分で要求しておいてなんだが、やはり警察と紐ついていない、飛ばしの携帯は作れないものだろうか。
地球にも魔法に準じた存在はあると確定している。
今の桜盛がやっている対策は、あくまでも科学的な対策だ。
ちなみに魔法的な対策では、携帯になんらかのマーカーは感じなかった。
もし何かあったとしても、アイテムボックスの中ならば、魔法の要素すら遮断出来るとは思うのだが。
数日に一回は、メッセージが入っていないか確認する。
緊急事態には応じられないが、そもそも警察自体が、事件が起こってからしか動き出せないものだ。
予防として見回りなどはするが、いくら前科のある危険な人物でも、それだけで逮捕することは出来ない。
……もちろん色々と例外はあるが。別件逮捕とか。
その中にメッセージが一つ入っていた。
『連絡 レイプ犯とその共犯者及びリーダー格について』
そういうタイトルであった。
「ったく、こんなこともあるのかよ……」
実行犯は問題なく起訴できそうだが、他の事件に関わっていた人間は、親にお偉方へのコネクションがあったため、捕まえられるのは無理らしい。
分かっている。この世は平等ではない。ただ桜盛はこうも考えるのだ。
犯罪者を仕方ないと無視するのと、多少は手間を使ってでも制裁を加えるのと、どちらが自分の精神衛生上いいのか。
すぐに携帯をアイテムボックスに放り込み、桜盛は考える。
知らなければ普通にそのままであったし、見えなければ調べようとも思わなかったろう。
だが知ってしまえば、自分の正義感を満足させるために、行動せざるをえない。
勇者というのはそういうものであったりもする。
あるいは考えてもどうしようもないことを、桜盛は考えていた。
そして志保の家に到着したわけだが、これは家といってしまっていいのだろうか。
高い門によってさえぎられ、庭の奥に屋敷が見える。
金持ちにも格差があるのだと、桜盛は溜息をつく。
ただその溜息の材料は、経済格差を見せられたからではない。
敷地内からは、わずかではあるがはっきりと、魔法の力を感じている。
それが魔法使いがいるのか、それとも何かの呪いがあるのか、もしくは結界でも張っているのか。
そのあたりまではさすがに、専門家ではない桜盛には分からない。
(まあいざとなれば力ずくでどうにかするか)
慎重に行動するのではなかったのか。
結局戦乱の世界の記憶は、桜盛の性格を変えている。
いや、単純に対処法を身につけただけで、素の性格は変わっていないのか。
立場によって人間は、その行動が変わるのは当たり前のことだ。
それが性格が変わったように見えるだけであろう。
門の前で呼び出しのボタンを押す。
何者かの作った結界の中に、桜盛は足を踏み入れたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます