第13話 桂木家の一族

 桂木志保に関しては、桜盛も以前よりかなり調べてある。

 彼女はかなり規模の大手企業グループ会社の、社長の孫娘である。

 だが同時に大きなグループにおいては、会長職にあるのだ。こちらの方がより正確である。

 財閥と言ってもいいのだろうが、どうも原義的には違うらしい。

 会長がかなり年を取ってからの子供が、志保の父親。

 なので彼女と祖父の間も、相当に年齢差がある。


 このグループの後継者を決めるための争いが、志保への呪いの原因なのだと思う。

 実際に依頼をしたのは、志保の従兄弟であったからだ。

 ただあの程度の呪いでもって、何が出来たのだろうかと、桜盛は最初は思っていた。

 だがこれが貴族家の権力闘争と思えば、どうにか理解できる。

 志保に催淫の呪いをかけて、男たちに襲われやすくする。

 そこで醜聞でも出来れば、父親も含めて志保の評判も悪くなるだろう。

 あるいは呪いの作用が、当初予定していたものとは、違ったように出てしまったのかもしれないが。



 以前に来た時は、単に志保の部屋だけを探っていた。


 門の中に入って、玄関脇に自転車を置く。なお普通にベンツなども屋外に置いてあるが、これは普段使いであろうか。

(いや、これを玄関って言うのかな?)

 普通に両開きの扉を開けたエントランスである。

 そこまで迎えに出てきた志保は、桜盛にスリッパを勧めてくれた。

 靴で家の中に入るというのは、勇者世界の多くの国では普通であった。

 そもそも裸足で生活する人間も多かったのだが。


 やはり日本人は、靴を履いて生きていけるようにはなっていない。

 主語を大きくしながら、桜盛は屋敷に招き入れられる。

 しかし二階への階段が、あまりにもでかいというのはなんぞ?

 いや、なぜか勇者世界でも見た、あのホテルなどで見られる階段とは、ちょっと違うものであるのだが。


 桜盛は知らなかったが、あの形式は両階段と呼ばれる。

 現代でも古い洋館などには、残っているのかもしれない。

 もっともこの屋敷は、それほど目だって豪勢な造りでもない。

 ただ見えないところにしっかりと、職人の技術が入っている建物である。

「広いし贅沢だけど、変な飾りとかはないんだね。シャンデリアはあるけど」

「あれ、掃除が大変なんだけどね」

 エントランスの部分は広間になっていて、そこを飾るのは天井から吊り下がったシャンデリア。

 掃除についてもさすがに、志保などが直接行うわけではないのだろう。


 苦笑した志保は、その苦笑いの表情のまま、桜盛に言う。

「その……実はお爺様が会いたいと言ってるんだけど、いいかしら?」

 よくない。だがそう答えるわけにもいかないだろう。 

 桜盛もまた苦笑いを浮かべて、頷いたものである。




 桂木鉄山。なんとも古風な名前ではないか。

 齢90歳を超える老人は、日本の経済をある程度動かすほどの力を持ちながらも、この屋敷の離れで暮らしている。

 普通に渡り廊下でつながっているが、その離れは和室であった。

 畳敷きの部屋というのは、実は桜盛の家にもある。

 仏壇を備えた部屋であり、床の間も備えてあるのだが、最近では珍しいだろう。

 もちろん桜盛としては、それを比較する基準はあまりない。

 勇者世界と比較するのは、間違いだとは分かっているが。


 庭に面した縁側もある建物というのは、管理が大変ではないのか。

 勇者世界なら魔法で状態を維持していたが、こちらにはそんな物はない。

 だが考えてみれば、その程度のことにこだわるほど、金には困っていないのだろう。

 推定でもグループの資産は数兆円。

 もっともそれを全て、自分の物として使えるわけではなかろうが。


 板敷きの縁側に座って、庭を見ていた老人。

「お爺様」

「うん」

「お邪魔しています。玉木桜盛です」

「志保の祖父の鉄山だ」

 子供扱いしない人間だな、と桜盛は思った。

 つまり同時に、子供であるからといって、甘く見てくれるわけでもなかろうが。


 部屋の中は畳敷きで、鉄山は床の間を背にして座る。

(まあ年齢的にあっちが上座で当然だな)

 桜盛は客であるが、あくまでも志保の客である。

 当主である鉄山の方が、年齢的にも上座であるだろう。

「しかしなかなか男の影もないと思っていたら、随分と面白いのを連れてきたな」

「お爺様、玉木君は面白いですが、変な男の子のように言うのはやめてください」

 面白いのは否定しない志保である。

 いや、志保と会っている時、桜盛は面白いムーブなどしたことはないはずだが。


 顎鬚をひねる鉄山は、確かに老人だが実年齢よりは若く見える。

 いや、これは若さと言うよりも、強靭さであろうか。

 老木は枯れかけていても、固く根を張っている。

(傑物だな)

 桜盛は勇者世界の人物と比較して、雰囲気だけでそう判断した。

「志保、何か飲み物を持ってきてくれるか」

「え、でも」

「少しだけこの子と話したいんだ」

 気遣うような志保の視線に、桜盛としても頷く。

 あまり慣れない正座をしながら、桜盛は鉄山と対峙した。




 志保のことを調べている間に、桜盛は一つ考えたことがあったりする。

 自分のフォローをしてくれる組織に、この桂木家を利用出来ないか、というものである。

 利用と言うと言葉が悪いが、もしも今後志保にまた危険が迫ったとき、桜盛ならそれに対応できる。

 そしていかな勇者と言えど、組織のバックアップがなければ、その力を十全には発揮出来ないのだ。


 この目の前の老人。

 年齢は関係なく、まるで不動の岩のような存在感。

 志保が去ってすぐに、殺気などを飛ばしてくる。

 一人か二人ぐらいは殺ってるんじゃないかな、と思うぐらいの迫力であった。

 ただ殺した数ならば、まさに桜盛は桁が違う。


 本気の殺気を飛ばした後、すぐに鉄山は笑った。

「なるほど、確かに面白い」

 代々の資産家ではあるが、それが大きく成長したのは、この鉄山が先頭に立っていた時期だ。

 それを拡大し維持しているのは、後継者たちではある。

 だがそれもまた、既に鉄山の敷いたレールの上を走っているのみ。

 グループ会社の中には、かなり大規模な警備会社もあったりする。


 警備会社には珍しくないが、その役員には警察のOBを迎えていたりする。

 また定年後の警察官を、普通に警備員としても雇ったりする。

 巨大な財力を持つという点では、政治家よりも力を持っている。

 権力というのはおおよそ、財力の前にはひれ伏すのが日本のような国家だ。

 ただ勇者世界などでは、一番の力は軍事力であった。

 兵站を持った軍隊が最強なので、もちろん財力も必要であったが。


 王や貴族という権威のないこの世界。

 日本には天皇がいるが、まさかそこに顔をつなぐわけにもいかないだろう。

 ならばやはり、政府の諸機関にも顔の利く、巨大企業と結ぶのは、悪い選択ではない。

 もっとも現在の段階では、桜盛の力を知らないので、対等な関係など結びようがないが。

「可愛い孫娘が、幼稚園以来の男を連れてくるって聞いたからな」

 鉄山の口調は、少し砕けたものになっていた。

「一応は調べたんだが、どうにもぽっかりと穴が空いている気がしてな」

 30年分の年月に加え、超常の能力。

 桜盛が異常な生命体であるのは、確かに間違いようがない。

「さて、説明してくれるかな?」

 桜盛は丹田に力を入れて、改めて鉄山の顔を見る。

 これもまた形は違うが、戦いの一つではあるのだろう。






 勇者世界において活動した桜盛は、自分のような特化戦力がどのように使われるか、おおよそ分かっている。

 正面から大軍を相手にするのも、それはそれで不可能ではない。

 だが確実なのは暗殺だ。

 暗殺と言っても、相手の隙を突いて行うとか、そういうものではない。

 相手の拠点に正面から乗り込み、そして真っ向から対決して殺す。

 魔王に対する最強の暗殺戦力が、勇者であったと言ってもいい。いや、本当にそんな感じなのである。


 ただこの勇者は、魔王以外にも圧倒的な力を発揮したし、なんなら大国を一人で滅ぼすぐらいのことも出来た。

 いや、それはあくまできっかけで、大国の中枢を完全に破壊したところに、他国が侵攻したりしたわけだが。

 当然権力者とのつながりは出来るわけだが、そこで気づいたのが、直接最高権力者とはつながらないことがいいということだ。

 もっとも当初はそれに気づかず、お互いの主張が衝突した結果、クーデターが起こってしまったりもしたが。


 桜盛が茜にはまた会ったが、警察と本格的に協力しないのも、このあたりに理由がある。

 そもそも勇者世界と違い、今の地球はそれぞれ色々な問題を抱えていても、人類全体が滅ぶほどの危機にはない。

 そういった問題は全て、人間それぞれの力で解決するべきなのだ。

 スーパーマンが問題を解決するのは、それが人の手に余る問題であった時だけだ。

(つってもなあ)

 後ろ盾というか、フォローしてくれる存在が、桜盛は欲しかった。

「ぽっかりと穴と言われても」

「普通の裕福な家に育った、というだけじゃあ、どうにも納得出来なくてな」

 なるほど、根拠など何もないが、自分の直感を信じるタイプか。

 おおよそこういうタイプは、本当に間違ってなかったりする。


 命の軽い世界では、直感を大事にしない人間から死んでいった。

 無意識下の警鐘には、従うべきだったのだ。それに気づくまでに桜盛も、散々な目に遭って仲間を失った。

 この老人と、協力関係を築くべきだろうか。

(いや、なしだな)

 権力や人格以前の問題がある。

 もう90歳を超えた人間に、15歳の桜盛の後ろ盾になるには、あまりにも時間が少ない。残念なことだ。

「お前さん、何か裏がある人間だろ?」

「そう言われても……」

「志保はあれで気の優しいおとなしい子だったんだが、心配なこともあってな」

 この会話の切り替えは、やはり人格によるものか。

「特に中学校あたりからは、内向的なところが目立つようになったんだ」

 頷きもせず、ただ聞いている。

「だかこの数週間で、突然に垢抜けた感じになって、明るくもなった。喜んでいいのか、むしろ心配していいのか」

 こういう系統の会話なら、桜盛としても話せるだろう。


「志保さんはよく、痴漢の被害に遭ってたとか聞きますけど」

「それもなあ。車で送ってやるのもなんだし、バスで通学してたわけだが」

「知ってたんなら車で送るなり、学校を変えるなりした方が良かったんでは?」

「本人が言ってきたならともかく、こちらからあれこれ温室育ちにするのは違うだろう」

 それは桜盛としては、むしろ同意できる価値観だ。

 ただ現代日本においては、果たしてどうなのだろう。

「そんなに痴漢に遭ってたなら、トラウマになったり性癖が歪んだり男性不審になったり、いいことはないと思いますけどね」

「だがお前さんみたいなのを連れてきた」

 鉄山もここまでの会話で、桜盛のことをおおよそ見定めている。

 確かなのは動揺しない、ということだ。


 桜盛は自分でも気づいていないが、どんな内容の会話をしたとしても、それで動じることがなくなっている。

 それは茜を助けるために四人を殺した時や、エレナを助けた時のこと、そして後にまた茜と会った時など、全ての状況にあてはまる。

 唯一桜盛が、今も年齢通りに会話をするのは、同性の友人との馬鹿話ぐらい。

 あとは成美を甘やかしている時も、比較的人間らしいことをしている。

「まあ、出来れば孫とは、長い付き合いになってくれや」

 そう鉄山が言ったところで、志保が戻ってきたのであった。

 



 案内された志保の部屋は、以前に深夜忍び込んだあの場所である。

 ただ一部屋の中に、リビングと寝室が区分けしてあって、こちらは桜盛も入ったことがない。

 ドアの向こうに寝室があるのだが、別段生々しくは感じない。

 二人はしっかりと、試験勉強を開始した。


 しかし、あれである。

 部屋着に着替えた志保は、その胸部装甲が制服の時よりも、ぽよんぽよよんと形を変えている。

(このおっぱいはどうなってるんだ!?)

 思わず視線が誘導されそうになるので、必死で自分に言い聞かせる。

(まだ子供、まだ子供、まだ子供)

 実際は勇者世界では、15歳で普通に結婚や出産もしている。

「そういや桂木さんって、誕生日はいつ?」

 突然の質問であったが、志保は別に隠すようなことでもない。

「11月だけど?」

(そうだ! やはりまだ子供だ!)

 無理にそう、自分に言い聞かせる桜盛である。


 ただこんな質問をすれば、志保からも同じ質問が返ってくるものだ。

「玉木君は、やっぱり四月?」

 桜盛という名前を見れば、そう思うのも当然だろう。

 あるいは早めに開花した年に、三月生まれで付けたなど。

 桜盛自身も、そのあたりは長く疑問に思ったものである。

「この名前だと皆勘違いするけど、七月なんだよなあ」

 そしてこの話題は、あまり面白いものではないのだ。


 志保は普通に好奇心が旺盛な少女である。

 そもそも桜盛の返し方では、興味を抱かない方がおかしいというものだ。

「何か由来があるの?」

「うん、まあ、俺も長く知らされなかったんだけど」

 自分の中で、感情の処理はついている。

 ただ他人に伝えるのは慎重にしなければいけない。


「うち、母親が出産の時に死んでて、桜の花が好きだったらしいんだよね。ただ物心つかないときに再婚もしてたから、本当の母親だと思ってたんだわ」

 実際のところ、桜盛にとっての母親は、間違いなく育ての母だ。

 あちらも成美が生まれた直後に夫を亡くして、お互いに助け合っていたこともあって、スムーズに再婚したのだが。

 どちらも実の親だと思っているなら、そのままでいいだろう。

 そういう考えではあったが、いずれは教えるべきだと思っていて、そして教えた結果桜盛がひねくれた。

「そんなわけで名前の由来がなかなか聞けなかったんだよね」

「悪いことを聞いたかしら」

「いやいや、それはもう記憶にもないことだし」

 ただ写真で見せられた実の母は、桜盛に確かに似ているなと思ったものだ。




 勉強が終わって、桜盛は桂木家を辞去する。

 門のところまで出てきて、志保は手を振っていた。

 ただこの家には、今夜にでもまた来なければいけないな、と桜盛は思っていた。

 敷地に入る前に感じていた、あの呪いのようなもの。

 それは鉄山と会って、明確に分かったのだ。


 鉄山が呪いを受けている。

 以前にこっそり忍び込んだ時には、そんな物は感じなかった。

 つまり志保の呪いが解けた後、鉄山は呪いを受けたわけだ。

 そもそも呪いという言葉が、この現代日本伊おけるオカルト界隈において、正しい言葉なのかも知らないが。


 少し話したところ、90歳を超えていた祖父であるが、最近までは矍鑠としていたそうだ。

 だがこのほんの数週間で、すっかり弱ってきているらしい。

(でもそんな財界の大物なら、呪いに関しても対処は……出来ていないから、桂木さんもああなったわけか)

 そう考えるならやはり、日本の社会の中では相当に上流階級であっても、そういった超常能力はあまり知らないということだろうか。

 政府には確かに、警察の中である程度、そういったものへの対策があるようだが。


 そのあたり、調べてみるべきだろうか。

 日本のそういった裏の機関は、果たしてどこが統率しているのか。

 出来ればそのトップと会って、お互いに交渉などをしてみたい。

 桜盛は自分か事件に頭を突っ込む気はないが、もしも日本の治安全体を揺るがすようなことがあった場合、さすがに協力するのにやぶさかではない。

(警察か……あるいは自衛隊か? なんか古い時代からあるんだったら、意外と宮内庁とかにあったりするのかな?)

 とりあえず今晩も、勇者は人助けをする予定である。

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