第10話 女たちの憂鬱
スマートフォンのような電子機器も、アイテムボックスの中には問題なく入る。
ちなみに入れておくと、電波は完全に遮断する。
これが警察が、GPSなどで茜の足跡を追いきれなかった理由でもある。
普通に考えて、電波を通さないような鞄を持った人間を、監視カメラなどから探していたりもする。
とにかくその中に自分の携帯も入れておいたため、桜盛は複数回の成美からの呼び出しにも気づかなかった。
変身している間は、とにかく荷物を少なくしたかったし、あちらの世界では遠距離の連絡は、魔法を使っていたのだ。
連絡を無視されたと思った成美は、それほど怒らなかったものの、完全に拗ねてしまっていた。
電波の入らないところにいたのだ、という言い訳などが通らない、子供っぽいところである。
(これは何か、ご機嫌取りをしないといけないかな)
他人に対しては冷然としてるところのある桜盛。それは勇者世界での影響が大きい。
まず身内を守ることが、自分を守ることにつながったからだ。
この日本においては、身内というのはやはり家族。その次には友人ぐらいだろう。
つまり友人になった志保は、それだけである程度、桜盛の庇護を受けることになっている。
成美は問答無用で家族であり、桜盛の保護対象となる。
もちろん彼女はそれが、どれだけ幸運なことなのか知らない。
単に守るだけではなく、積極的に桜盛が利益を図ってくれる。
こんな立場にあるのは単純に、彼女が義理の妹であるというだけの理由だ。
幸運である、と言っていいのだろうか、
ただ彼女は、代償としてかなりのプライベートを観察されている。
「う~ん、女の子アイドルが好きな女の子もいるのか」
こっそりと部屋の中の成美を透視して、その行動をそこそこ観察してみる。
なおその時、着替えをしていてばっちり下着姿を見てしまったが、桜盛としては別に罪悪感も抱かなかった。
こちらに来てからそこそこ接触した、志保、茜、エレナなどに比べたら、随分とまだ未発達だな、などと冷静に批評しただけである。ひどい。
まだ14歳なのだし、これからであろう。
もちろん義妹でも妹なので、恋愛の対象にはしない桜盛であった。
リビングの成美は、大画面のテレビで音楽番組を見ている。
目を輝かせているのは、アイドルグループのパフォーマンスであり、ネットなどで見ていたグループと同じだ。
「こういうの好きなのか」
「黙ってて」
集中して見ていた成美に無碍にされるが、これは楽しみに口を挟んだ桜盛が悪い。
アイドルってこんなだったかな、と考えながら桜盛は立ったままテレビを見る。
ソファは空いているのだが、下手に隣になど座ると、また成美の機嫌が悪くなる。
(センターの子が、カリスマ性あるな)
何気なく見ていただけだが、特別ダンスなどのキレがいい。
日本のアイドル文化というのは、ある程度の未熟さを許容し、それが成長するのを一緒に見守ることが特徴である、などと友達の鈴木君は言っていた。
ただ画面の少女たちは、おそらくまだ10代であるのだろうが、それなりに全員ダンスは上手い。
桜盛にそんな良し悪しが分かるのか、と問われれば分かるのである。
そもそも肉体を使うということに関して、勇者とはプロなのであるから。
体幹がしっかりしていること、体軸が直線であること。
おそらくセンターの子はもっと、ダンスで高度な動きが出来る。
しかし周囲と合わせて、控えめに踊っているのだ。
曲が終わって、ようやく成美の集中も途切れる。
前のめりの状態からソファにもたれかけ、余韻を楽しんでいる。
「センターの子、ダンス上手かったなあ」
「そうなの!」
珍しくも満面の笑顔で、成美は推しの解説を始めた。
「センターのユキがやっぱり、一番かっこいいの! ずっと人気も一番だし!」
饒舌になるオタク、と同じ傾向を持つのは、成美の年齢であれば当たり前のことであったろう。
桜盛はふむふむと頷くが、可愛らしい女の子は、目の保養程度にはなる。
ただそれが性欲と直結するわけでもないし、芸能人などと付き合いたいなどと考えるわけでもない。彼の判断力は現実的だ。
前提として別に、アイドルなどと付き合うということに、別に夢を抱いていたりはしない。
それでも桜盛が、このエヴァーブルーというアイドルグループ、通称エバブルの名前を脳に刻み込んだのは、日本の歴史において、重要な出来事とつながるのである。
アンニュイな雰囲気を醸し出しながら、エレナは喫茶店で人を待つ。傍から見れば、完璧な美少女の姿である。
思い浮かべるのは、あの日の出来事。
貞操を奪われかけたことは、いまだに恐怖をフラッシュバックさせる。
だがそれがすぐに収まるのは、あの助けてくれた男性に対する信頼感によるものだ。
「名前ぐらい聞けばよかった……」
心中で呟くつもりが、思わず声に出る。そしてそれに赤くなる。
あの時点では気づいていなかった。
とにかく恐怖と、それから逃れた安堵で、胸がいっぱいであったのだ。
しかし記憶を辿ると、あのたくましい肉体がはっきりと思い浮かぶ。
顔は少し隠していたので、どうしてもイメージが鮮明にはならないが。
これは恋だ、と純情なエレナは思っていた。
おそらくはただの吊り橋効果であるのだが。
やがて待ち合わせの時間となり、喫茶店のドアベルが鳴る。
帽子に伊達メガネにマスクという、日本でなければ怪しい風体の少女が、入り口からまっすぐにエレナの対面に座った。
「待った?」
「時間通りでしょ」
気安い関係の二人は、父方の従姉妹同士だ。
年齢は後から来た有希の方が、一歳年下ではある。
ただレールから脱線するように手を引くのは、年下の有希の方が多かった。
「この間は予定が変わってごめんね。それで話って?」
とりえあずマスクは取って、二人は話し始める。
顔面偏差値の高い、二人の美少女。
しかしこの喫茶店は、それほど客も多くなく、それでいて採算は取れているらしい。
コーヒーを提供するのみで、軽食さえない。
本当にくつろぐためだけの空間なのだ。
そしてこの店のマスターは、有希の父親である。
基本的には近所の富裕な、中高年以上に需要のある喫茶店。
それだけに二人のような少女は、目立ちはするが絡まれたりもしない。
常連であれば、この二人に関しても知っている。
なので密談や雑談を二人でするのには、丁度いいものだ。
エレナから事情を聞いた有希は、バツの悪い顔をした。
あの店に最初に連れて行ったのは有希であるし、そして予定では友人も連れて一緒に行く予定だったのだ。
それが都合が悪くなって、エレナにも伝えたのだが、一人で行ってしまうとは。
エレナも危機意識が足りないが、そもそもそんなところを紹介してしまったのは自分だ。
それに有希にしても、最近はあそこを利用することは少なくなっていた。
拘束される時間も多くなっているが、顔が売れてきているので、もう夜遊びはダメージになる。
そう、エレナの従妹である鈴城有希。
彼女こそは人気アイドルグループ、エヴァーブルーのセンター、ユキなのである。
政治家の一族から、芸能人が出てくる。
実のところこれは、それほど珍しいことではない。
むしろ昔のように、一般オーディションから選ばれるというコースは、少なくなってきている。
芸能活動には金がかかるし、親の理解も必要なのだ。
地下アイドルのような、売れるか売れないか分からない、そういうルートで成り上がることもないではない。
しかし親が太い方が、圧倒的に芸能人は有利であるのだ。
そもそも未熟さを売りにするアイドルであっても、ずっとそのままというわけにはいかない。
アイドルであると同時にスキルを手に入れて、ステップを変えていかなければ、芸能界にはずっとはいられない。
もっとも有希の場合は、普通に将来は結婚して専業主婦を求められている。
ただし政治家であったり、大企業の跡継ぎであったりと、紹介されるタイプの結婚を求められるのだ。
そのために今は、こういった芸能活動を許されている。
実際のところ、学歴は最低限大卒を必要とされるので、家庭教師も雇っている。
この仕事をしていれば、学校の授業だけで普通に学力を付けるのは、かなり難しいからだ。
またダンスのレッスン料や、芸能スクール時代の料金など、家が太くなくてはやっていけるはずもない。
アルバイトなどをしてそれらのレッスン料を捻出するというのも、選択肢の一つではあるだろう。
だが一般家庭の女の子が、そこまでして芸能界を目指すのか。
実際のところ芸能関連で成功するのは、実力よりも売り方の方が重要であったりする。
エヴァーブルーは握手会などは開催しない、ちょっとお高めのアイドルだ。
そしてここから芸能人として、他の分野にも進出してみる。
すると有希の、女としての価値が上がる。
太い親の金でもって、芸能人として成功する。
そしてまた結婚相手も、親の力で見つける。
楽な人生に見えるが、本当にそうかは本人の意識次第であろう。
若いうちの、25歳ぐらいまでの時間を、ステージのスポットライトで過ごす。
それと引き換えに、人生の予定表は組まれている。
エレナからしたら、有希は自由な人生を生きているように見える。
だがその自由はあくまで、許された範囲の中での自由。
結局は違う方向の、レールに乗っているという点では、二人とも変わらない。
そういった共通点があるからこそ、二人は仲がいいのかもしれない。
桜盛から押し付けられた案件を、茜はしっかりとその日の内に、係長から部長を通じて、他の担当部署に回した。
調べたところ加害者の二人はこれまで、特に犯罪歴のある人間ではなかったので。
茜の所属しているのは、あくまでも組織犯罪対策部。
もちろんこの犯罪が、風俗業から暴力団の資金源にでもなっていれば、やはり組織犯罪に回ってくる。
だが二人の加害者は、どちらもまだ大学生。
普通の、といってはなんだが素人の犯罪であるため、管轄は刑事部か、生活安全部の対応となるのだ。
もっともこの場合は、性犯罪ではあっても、撮影されている中に未成年らしき女性もいる。
なのでどちらの管轄化というのは、微妙なところである。
ただ彼らは犯行時に、わざわざ女性の身分証から、名前や所属なども撮影するという、大間抜けなこともしていた。
もちろんこれで後々も脅迫するか、あるいは誰にも言えないように脅していたのかもしれないが。
最初は刑事部が調査して、あとは被害者が少女の場合、生活安全課が事情などを聴取にいく。
完全に犯人の身元が分かり、さらに証拠の映像も存在するので、あとは証言が一件でも取れれば、令状でしょっぴくことが出来る。
そんな説明を受けた茜は、この胸糞の悪い事件に関しては、とりあえず記憶の隅に片付けた。
考えるべきことは、ユージと名乗った男との再接触。
直接の上司である係長も、これについては正体を確認する必要性は、緊急ではないがあるだろうと考える。
「しかし、飛ばしの携帯か」
確かに警察では、そういうものを使うことはある。
ただ通常の調査であれば、普通に国家権力で契約した、携帯を使う方が当たり前である。
次の接触に間に合うかどうかはともかく、そういった案件に関わる部署に話を通してもらった。
茜としてはそれがどうなるかが決まるまで、また別の事件を担当することになる。
しかし数日もして、係長ではなく部長から、本部庁舎の一室へと共に招かれてしまった。
それはなんと警察官の頂点である、警視総監室である。
巡査である茜は、階級的には一番の下っ端だ。
だが若くて女で機転が利くということで、警察庁に引っ張ってこられた。
そんな彼女にとって警視総監というのは、天の上の人間である。
もちろん部長直々に連れられていくというのも、かなり異例のことである。
しかしここのところ茜の周りでは色々なことが起こってしまった。
(こういう場合ってひょっとして、監察官の出番?)
茜自身は完全に何も悪いことはしていない。
だが身内から見ても、茜の陥った状況は異常かもしれない。いや、茜自身が異常だと思う。
そして訪れた警視総監室。
そこには既に、五人の男が待っていた。
当然ながらここにいるべき、警視総監。
だが他の四人は、おそらく刑事ではない。そもそも警察官に見えないのが、二人ほど存在する。
……アロハシャツってなんぞ?
「良く来てくれた。こちらは警察庁刑事局と公安の」
うげ、とさすがに茜も表情に出しそうになった。
公安というのは日本の警察組織の中では、最もスパイに近い存在である。
警察庁は国家公安委員会の特別な組織であり、こちらも国家的なレベルの問題に対処する場合が多い。
普段は身分すら秘匿して、偽名を使って行動している者すら少なくないという噂があるし、実際に公安は所属を偽っているのは確かだ。
「我々は少し席を外す」
そう言って警視総監が、ここまでついてきてくれた部長を、部屋の外に連れ出す。
部長も面と向かって反対はしないが、心配そうな視線を茜に送ってきてはいた。
(助けて~)
「さて、では沢渡巡査、君が呼ばれた理由を話そう」
お偉いさん二人と、現場に出るのであろう二人。
四対一で、圧迫面接のような面談と事情聴取が始まったのであった。
警視庁の公安部というのは、組織犯罪対策部に似ていると言えるだろう。
主に対象とするのは、国内のテロ組織などである。
組織犯罪対策と言っても、暴力団ごときではなく、国家転覆の可能性にすらつながる、犯罪について調査する。
その性質上、任務は秘匿されて、身内でさえ疑ってかかるという存在だ。
茜に話された名前さえ、本当とは限らない。
なんと言うか、警察以外にはなれないだろうな、という雰囲気さえ発している。
しかし警視総監さえ、席を外すことになるとは。
それでいて絶対に機密の守られるここで話すなど、よほどの事態だと言えるだろう。
「早速だが、これを渡しておこう」
警察庁刑事局の課長が、スマートフォンを差し出した。
「君に接触するという男に、渡してくれればいい」
飛ばしの携帯が、向こうから入ってきたでござる。
GPSなどがついているのだろうな、と茜は思ったが、これまでの桜盛は移動中、茜のスマートフォンのGPS信号も遮断しながら動いていた。
特殊な装備に入れているのだろう、というのがこちら側の認識である。
おそらくこれも、かなり特殊なGPSを使っているのかもしれない。
ただそれでも、充電する時にはそのガードが外れるかもしれない。
もっともそちらは、ほとんど期待していない。
本当にその人間と、国家機関がそれなりに、つながっていたいという希望なのである。
そして公安部の人間は、外事第四課の課長が出張ってきていた。
国際テロの担当であるが、これはおそらく茜の聞いた、外国に長くいたらしいユージの素性を考えてのものだろう。
聞いた戦闘技術を考えると、海外の軍事組織にでもいたものだろうか。
もっとも軍人であるならば、素手で人間を殺すよりも、殺傷力の高い武器の技術を習得する方が自然だ。
テロリストというイメージは、茜にはなかった。
だがそれをお偉方も判断するとは限らない。
190cmの大男というのは、日本ならそれなりに目立つ存在だ。
いずれはどこかで、その詳細を掴めるとは思っている。
桜盛の成長変身の魔法は、さすがに想像の埒外にある。
とにかく必要なのは、どこの誰かを把握することだ。
素手で人を簡単に殺し、また警察の追跡に捕まらない。
危険な存在かどうか、人格はともかく能力が、秩序の維持には邪魔になる場合もある。
ただ、公安の人間は、そこまでで話は済んだらしい。
今後ユージと名乗る人間からの接触があれば、担当の安田という主任に連絡をすればいいそうだ。
そして二人が去って、刑事局の課長と、もう一人の若い男が残った。
「さて、沢渡巡査、君はオカルトには詳しいかな?」
「はあ?」
これまた天の上の人間である刑事局課長の言葉に、思わず茜はそんな声を上げていた。
日本の警察は無能でないし、システムも優れたものを使っている。
茜が反社の連中に捕まった時も、途中までの経路は追跡できたのだ。
ただ戻ってきて警視庁の庁舎付近に出現するまでは、本当に経路が不明であった。
運び屋を専門にでも雇わなければ、これは難しいと思われる記録である。
それだけなら、まだ人間の力の範囲内である。
茜を攫ったバンの処理にしても、四人の男をどこかに埋めたにしても、出来なくはない。
だが次にあった連続レイプ事件に関しては、男たちを調べていくうちに、おかしなことに気がついた。
二人は完全に性欲が減退し、心神喪失に近い状態になっていたのだ。
事件の前後を調べても、桜盛がやったことを警察が分かる訳はない。
ただしそれが、素手で成人男子を呆気なく殺し、海外での従軍経験を積んでいたらしい人間と関連するなら、またちょっと話は変わってくる。
「世の中には常識では考えられない事件というものがあってね。それを解決するか、常識的な範囲に隠蔽するという組織も必要になる」
それが刑事局捜査第一課特殊犯罪対策係であるらしい。
そんな部署はあっただろうか、と茜は記憶を辿る。
「普段は他の課で、書類仕事をしていることが多いかな」
若手の人物がそういったが、彼もまたその対策係の係員であるらしい。階級は巡査部長。
オカルトとはなんだ、と茜は問い詰めたい。
「まあ現段階では、その疑いが濃いというだけだけど」
現場に立つ彼は、高橋という名前であった。
これもまた偽名らしいが、いったいどれだけ今日は日本の警察の裏を見せられるのか。
「もしも彼が本当にそういう系統の人間なら、ぜひスカウトしたい」
「スカウト、ですか」
「身分や立場は警察だが、実際には公安委員会の直属になる」
なんだか怪しい話になってきた。
それに彼はそういう束縛は、望まないであろう。たとえどれだけ待遇が良くても。
実際、桜盛はもう誰かの命令に従ったり、大勢の誰かのために戦うだの、そういうことはしたくなかった。
勇者世界は人類の存亡がかかっていたし、ずっと長く戦い続けていた愛着や責任があった。
しかし日本の社会を守り、治安を維持するというのは、警察から自衛隊などの役目だと思う。
もちろん本当に困った事態になりそうであったら、躊躇なく力を使い、大量虐殺も行えるだろう。
桜盛に対する理解は、茜もそれ以外も、全く足りていない。
だが結局ヒーローというものは、自然と力を使ってしまうのだ。
次に桜盛と会った時、どのようにして話をするか。
色々と注意を受ける茜は、政治的な色をまとった話に、うんざりとした気分になるのであった。
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