第24話 勇者の進路志望

 また、勇者は何かやっちゃいましたようである。

 いやこの間の体育の時間から、おおよそ感じられはしたのだが。

「お前、入学時は手を抜いてたろ」

 そう体育教師にまで言われてしまうのだが、確かに急激に身体能力は上昇しすぎた。

 人間の枠を超え、超人の領域にまで。

 体育教師に呼ばれて、放課後を特別に測定の時間にされてしまった。

 桜盛としては不本意なのだが、これでいい数字を出したら体育の評価点を上げてもらえるのだとか。

 あまりそんなものに興味はないのだが、もしも将来大学に進学する場合、評価が必要な試験を受けることがあるかもしれない。

(医学部か……)

 将来の大学進学は、それなりに考えてはいる。

 ただ医者という進路は、今の桜盛にとっては、それほど魅力的でもないものだ。


 別に医者が嫌だというほど嫌なわけでもない。

 東大の医学部に行けだなどと、厳しい条件を出されているわけでもない。

 あるいは成美の婿が医者であってもいいし、そもそも赤の他人が継いでもいいし、経営面から運営に携わるなら、医者でなくてもいいのだ。

 そういったことを別にしても、桜盛が医者への興味を減じてしまった理由。

 それはまさに、勇者世界の魔法の存在による。


 現代社会では絶対に致命傷であっても、そこから回復する治癒魔法。

 病などを根絶する浄化結界。

 もちろん基本的な公衆衛生などは、現代日本の方が優れている。

 ただああいった奇跡を見てしまうと、単純な医学では間に合わないのではないかと思う。

 いっそのこと紛争地域にでも行けば、現在も仕える治癒魔法で、相当に活躍は出来るのだろうが。

 だがそれは医者ではなく、救世主の仕事になる。


 勇者世界での経験を、いったい何に活かしたものか。

 モテと割り切ったつもりであったが、結局は騒動を解決してしまった。

 そもそも勇者生活30年で、魔王を倒して邪神を封じれば、あとはスローライフを送っても文句はなさそうなものだ。

 桜盛は当初、この地球に戻った後の人生を、老後のような感覚で捉えていた。

 だが実際は青春ど真ん中で、これからが成長し、何かを成し遂げていく年齢であるのだ。


(したいことか……)

 一番向いているのは、おそらく軍人か警察である。

 この能力を公開するのであるならば、だが。

 そもそも勇者というのは、守りの固められた敵の陣地に突入し、指揮官を暗殺するのが役割である。

 うむ、正面対決で殺しても、原義的には暗殺であろう。


 医者になるなら大学四年に研修で二年と、かなり時間がかかる。

 対して自衛隊員などであれば、防衛大学に進むか、あるいは普通に募集に応募するか。

 ただ桜盛の馬鹿のような体力であっても、組織の一員になるのは向いていない。

 一応自衛隊にも特殊部隊はあるのだが、そもそも必要とされていないし、必要になったらその時は、個人で動いた方がいいだろう。


 何をしたいのか本当に分からない。

 そして何者にでもなれる自分を確認する。

(ギターでもやってみるか?)

 それはちょっと路線を変えすぎで、人気が落ちてしまうだろう。いや、何の人気なのかは分からないが。




 色々考えながら走った桜盛は、100m走で11秒フラットという数字を出してしまった。

 一年生でこのタイムは、相当に伸び代がある。

「もう少し身長が伸びたら10秒前半もありうるぞ!」

 体育教師は興奮しているのだが、やはり身体能力を活かしたものは、遊びでやるならともかく本気でプロを目指すのは、反則以外の何者でもないと思うのだ。

 自分は人間の姿をしているが、走れば短距離ではチーターより速く、狼よりも持久力があり、パワーは熊をも上回る。

 象を相手にしても勝ってしまえる、おそらくこの世界でただ一人の人間だ。

 もちろん裏の人間を除いてだが。


 金はあるし、人脈も少し築いた。

 これからやるべきは、どちらなのであろうか。

 つまり自分のやりたいことをするのか、自分が出来ることをするのか。

 個人的にはもう、やりたいことしかやりたくないが、そのやりたいことがモテである。

 ある程度ちやほやされつつ、数人の美少女に囲まれて、そのうちの誰かを攻略する。

「いや、俺、そんなこと別に、やりたくなかったような気がするぞ?」

 冷静になってきた桜盛は、陸上部への勧誘から逃れ、今日も特にやることもなく帰宅する。

 ここのところ成美の機嫌がいいので、玉木家の家庭内は穏やかだ。


 何かに満足するということは、ハングリー精神を失わせてしまうものだ。

 桜盛の持っているアイテムボックスの中には、およそ100億にはなりそうな貴金属が存在する。

 また100カラットのダイヤモンドというのも、人工的には作るのが難しいらしい。

 ある意味とても貴重なものになるのは、間違いないであろう。

 ただこれは金塊以上に、換金手段が問題となるが。


 桜盛は勇者世界の人生によって、人間がどれだけたやすく転落してしまうか、何度もその目で見てきている。

 家は現在金持ちであるが、これは病院経営によって成り立っている。

 将来的に考えるなら、自分は経営の勉強をした方がいいのではないか。

 また後ろ盾となってくれている鉄山は、あくまでも勇者である桜盛の後ろ盾。

 彼も高齢であるので、将来的には考えなくてはいけない。


 また裏社会、闇社会との付き合いも、考えなくてはいけないだろう。

 理屈に従うならば、桜盛の魔法的な潜在能力は、現在の地球でも最強。

 ただ搦め手を使ってくるなら、女神の加護を失った桜盛は、それなりに負けることがあるのかもしれない。

 玉蘭とまた会って、やはりそちらでも立場を作らなければいけないだろう。

 彼女がこっぴどくやられていながら、桜盛に好意的なのは不思議なところだ。


 そして帰宅してみれば、今日も成美が踊っていた。

 コンサートが迫っていると、こうやってずっと踊っている。

 いっそのことダンスでもやればいいのでは、とも思うが彼女はあまり運動神経が良くはない。

「そうだ、ダンスだ!」

 桜盛の突然の叫びに、成美の動きが止まる。そして転ぶ。


 この圧倒的な身体能力を活かしつつ、誰にも迷惑をかけることなく、それでいて目だってモテる。

 ダンスなどをすればいいのではなかろうか。

 なんとも短絡的過ぎることを考えて、桜盛は目の前に課題を作り出したのであった。




 ダンスと言っても、今さらクラシックバレエなどをするわけではない。

 ちなみに勇者世界の社交ダンスならば、実はそれなりに踊れる。

 また同じく勇者世界の、大道芸に似た踊りなども得意である。

 そして召喚される前から、わずかに興味はあったのが、ダンスであったのだ。

 本当にわずかであったので、すっかり忘れていたが。


 創作ダンスというものは、普通に体育の授業である。

 桜盛は元々、運動神経が悪くないというか、バランス感覚には優れていたし、それなりに体も柔らかかった。

 だからそれなりに見れる程度には踊れたのだ。

 だがたとえ高校の部活レベルでも、ちゃんとやっていれば踊れるということのレベルが違う。

 しかも仮入部期間はとっくに過ぎたところである。

 そして学校のダンス部の男女比は、女子が男子の二倍以上もいた。


「この時期の入部って……」

 普通に堂々と入っていけるあたり、桜盛の度胸は異世界仕込である。

 王様の前で口上を述べたり、大軍に向かって士気を高揚させたりと、とりあえずプレッシャーに対しては圧倒的に強い。

 入学後のオリエンテーションで気づいてはいたが、女子には可愛い子が多かった。

 いや、お洒落と言うべきか。それも桜盛の苦手なタイプのお洒落ではなく。


 一面が鏡張りになっている、多目的室。

 基本的にはここが、ダンス部の練習場になっている。

 部長である三年の女子から、やや白い目で見られながらも、桜盛は堂々としている。

「ダンスの経験は?」

「体育の創作ぐらいです。あ、でもちょっと特殊な社交系のダンスと、大道芸のおっちゃんから習ったのが出来ます」

「……変な子ね」

 まあ経歴を言ってしまえば、確かにそう思われてもおかしくない。


 溜息をついた部長は、とりあえずバラバラに座っている部員たちの方を見る。

「入部テストってわけじゃないけど、得意なダンス踊ってみて。音楽は何をかける?」

「あ~、どういう音楽かとか、そんなレベルでもないんすよ。とりあえず一番派手な動きを見せようかなと」

「まあいいけど」

「じゃあちょっと、帽子借りてもいいですか?」

 一番派手な動きをするには、どうしても帽子が必要となる。

 無言のまま部長は、自分の被っているものを渡してくれた。

「さんくす」

 そして30名弱の視線に晒される桜盛。

 ダンス部っていうのは意外と言ってはなんだが、こんなボンボン学校でも人気なのだな、と思ったぐらいである。

 勇者は視線にプレッシャーを感じることもなく、踊り始めたのであった。




 音楽はないが、自分の体の中には、ビートを刻む器官がある。

 桜盛は軽く上下に膝で動いたあと、体を捻りながら跳躍した。

 前後に開いた足はほぼ一直線で、バレエのジャンプを想起した者もいるだろう。

 そこから着地して、片足のまま回転をしだす。


 ベースになっているのはバレエなのか、と多くの者が思ったかもしれない。

 だがそこから桜盛は、回転を続けながらも両足をついて、さらに片手も地面につける。

 足を振り回す反動で、体を回転させる。

 それは器械体操のあん馬の動きに似ていたかもしれない。


 そこからまたジャンプして、回転を始める。

 三半規管が鍛えられていても、首の動きがしっかりとしていなければ、これは目を回す動作である。

 そして勢いを大きくつけて、帽子を被った頭での回転。

 首で体重を支えながら、両手で回転を追加して、そして最後には三つの支点で地面を押す。

 くるりと回転し、床に両足の裏で着地した。

 最後にはわざとらしく、ポーズを取って礼をする。


 歓声と共に拍手が降ってきた。

 桜盛はドヤ顔をしながら、部長に帽子を返す。

 その帽子を取った部長は、桜盛のTシャツをめくる。

 そこにあるのは、バキバキに割れた腹筋である。

「おお……」

「すご……」

「何かスポーツやってたでしょ?」

「スポーツじゃなくて……武術かな? 実戦向けの」

「ボクシング?」

「そんなお上品なのじゃなくて、甲冑とか着て武器も持って、最終的には組み合うの」

「格闘技だと確かに、体重は絞るか……」

 

 格闘技ですらないのだが。

 実際のところ兵士というのは、少しは脂肪があった方がいいとも聞く。

 極点状態では、食料の補給もままならないからだ。もっともその脂肪の重ささえ余分だという意見もある。

 どちらにしろレンジャー訓練などでは、脂肪どころか筋肉すらもエネルギーに換えてしまうというのは本当らしい。

「器械体操もやってたのかな? バク転とか出来る?」

「やってないけど出来ますよ」

 後方を確認し、腕で軽く勢いをつけて、空中で一回転して着地。

「おお」

 またもどよめきが湧いたが、部長は少し引きつった顔をしていた。

「それ、バク転じゃなくてバク宙……」

 どうやら勇者はまた何かやっちゃいましたようである。




 ダンス部の部長は恩田蓮花という名前であった。

 長い黒髪を揺らしながら踊る、おそらくこの中でも一際抜き出した存在。

 そんな彼女はもう少し、桜盛に話しかけてきた。

「体育の時間にダンク決めてたの、君だったんだ。どうしてバスケ部入らなかったの?」

「どうしてと言われても……」

 一言で言うと、毎日部活するのが嫌だったからとも言えるが、それ以上にスポーツマンシップに反すると思ったからだ。

「俺もつい最近までしらなかったんだけど、俺の身体能力って普通の人間と一緒にスポーツしたらダメなんだよね。特に格闘技なんかは。バスケにしても素人なのにバスケ部圧倒したし、こんなの誰かと競ったらだめでしょと」

 咄嗟にういた嘘、というわけではない。だいたいそうは思っていたのだ。

 オリンピックに出たらそれはもうオリンピックではなく、超人オリンピックになってしまう。


 おそらく100m走をすれば、五秒フラットぐらいで走れるのではないか。ヒューッ!

「それでダンス?」

「ダンスなら確かに身体能力もだけど、表現力が重要になるかなって」

「ダンスで一番大事なのは、音を聞くことかなあ」

 そう、芸術性である。

 身体能力はそのままイコール芸術性にはつながらない。

 なので桜盛としても、派手に見せることは出来ても、技術や感性では及ばないところが出てくるのだ。


 このあたりでも充分に、理由にはなったであろう。

 だが蓮花はまだ、桜盛が隠していることがあると感じていた。

「入学のタイミングじゃなく、どうして今さら入ってきたの?」

「それは……」

 モテを考えた時、無難にモテそうなのがこれぐらいであったからだ。

 さすがにそれは言えなかったが、蓮花は頷いてくれた。

「まあ歓迎するよ。さすがに次のコンテストには間に合わないだろうけど」

 別に桜盛はコンテストに出場だとか、バトルしたいだとか考えてはいない。

 ただ女子部員が多く、なんだかモテそうなダンスというものを、とにかくやってみようと思っただけだ。

 果てしなく不純で純粋な目的であった。


 ダンス部の活動は基本週に三回。

 そうガチな部活ではなく、放課後に青春するだけの余裕もある。

 そして女子の知り合いが増えた。

 まだ乳臭いところはあるが、段々と意識も体に引っ張られてきて、このぐらいの年齢であるとそれなりに反応するようにもなってくる。


 実は今の桜盛の困った点は、性欲すらも増大している点なのだ。

 賢者の時間という魔法を使って、ある程度は散らしているのだが。

 その気になればエロゲーやエロ漫画のように、無尽蔵にセックスも出来るだろう。

 そう思うと相手が一人だけというのは、むしろ相手が気の毒になるかもしれない。

 持て余す性欲を持つのは、高校生男子としては当然のことだ。

 ダンス部の女子の、踊っている時にちらちらと見える腹筋などが、とてもエロいなと考える桜盛であった。




 そしてなぜか志保が怒っていた。

「図書室で会わないと思ったらそういうこと……」

 彼女はある意味理解のある女なので、いい男に女が群がるのは当然と思っている。

 なので桜盛がモテを意識するのは別に悪いこととは思わない。

 そもそも恋人同士でもないし、どちらかが告白したということでもない。

 しかしよりによってダンス部。


 桜盛としては志保に勉強を教わる時間も、ダンスで女子の視線を集めることも、同じ価値観の中で重要なことである。

 ただそれでも、怒った志保に対しては、少しはフォローをする方がいいかな、とも思うのだ。

「桂木さんも、ダンス部やってみる?」

「ダンス部? 私が?」

 この言葉はまさに、志保を怒らせるものであったのだ。

「私にダンスなんで出来ると思ってるの!?」

 静かな図書室に、彼女の声が響く。

 

 ずいと詰め寄られた桜盛の目に、当然のように入ってくる、志保の特大の胸部装甲。

 そりゃあこんなものを抱えていては、ダンス部で踊ろうものなら、また違った視線を集めてしまうだろう。

 おっぱいに関しては志保は、桜盛がここのところ知り合った女性の中でも、群を抜いた巨大さを誇っている。

 ちなみに桜盛は、それほどおっぱい星人というわけではない。

「なんか、ごめん」

「謝るな!」

 めずらしくヒステリックになる志保は、それはそれでギャップ萌えというものになるのであった。

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