第23話 勇者包囲網
どうしてこうなった。
頭を抱えることはなく、表情にも出してはいないが、桜盛は完全に包囲されている。
「知り合いなら同席するか?」
玉蘭がそう言って、いや今は他で話せない話題ではないか、と桜盛は思ったのだが。
どうやら単純に面白がって、桜盛の顔見知り二人を招いたのだ。
睨み付けても涼しい顔をするあたり、暴力では圧倒的に勝る桜盛にも、必要以上の恐怖は感じていない。
本当なら今日の対話で、ある程度情報を得ることが出来たら、玉蘭の呪縛はおおよそ解こうとしていた桜盛である。
だがこんな嫌がらせを仕掛けられては、その予定は延期しようかと考える。
呪いの内容を考えれば、あのままの制約条件では、少しまずいとは気付いているのだが。
しかし呪われても平然とするあたり、玉蘭も長く生きているだけはあるのか。
席を移って桜盛の隣に座り、女子高生二人と対面する。
正確には桜盛は、有希が高校に通っているかは知らなかったのだが、普通に芸能科のある高校に通っていたりする。
美人三人に囲まれて逃げられない。
いったい俺が何をした、と言いたくなる桜盛であるが、お前は色々しているだろうとツッコミが入るのは当然だ。
ただエレナも有希も、桜盛に対して攻撃的ではない。
「改めて、ありがとうございました」
「私も、ありがとうございました」
有希に続いて、エレナも頭を下げる。
もう終わったことだと桜盛は割り切っているのだが、あの体験は一般人には、そう忘れられるものでもないらしい。
「あの、ひょっとして自衛隊の特殊部隊の人だったりするんですか?」
有希が声を潜めて尋ねてくるが、きゃぴきゃぴと質問しないだけ、まだまともと言うべきだろうか。
「もしそうだったとしても、教えられないと思うよ?」
桜盛はそう冷静に返したが、エレナの目も爛々と輝いている。
エレナの事件の方は、既に風化していて、あとは裁判の結果を待つのみ。
ただ有希の事件は、規模が大きすぎる上に、いまだに謎な部分が多い。
とは言っても桜盛が茜を通じて警察には連絡をしているので、ある程度は分かっているだろう。
犯人が全員死亡。突入時に既に、全員が首を折られるか頭を打ちぬかれるかで死亡していた。
無理に解釈するなら、同士討ちの果てに最後の一人は自殺、となるのだろう。
だが自殺用に拳銃を手に持った死体などはなかった。
このあたりなぜか、野党から臨時国会において、機動隊が一方的に犯人を射殺したのでは、という追及がなされている。
人質取ってた武装グループで、しかも三人も死者を出してはいるのだから、皆殺しはおかしくないだろう、と桜盛などは思うのだが。
「俺は元傭兵みたいなものでね。あそこの事件にちょっと問題があったから、関わっただけなんだ。お嬢さんらとは会ってないが、こっちもあれには関わっていた」
そう言って玉蘭を示すが、嘘は言っていない。
「私は組織の人間だがな」
その組織について聞きたかったのだが、今日はもうダメっぽい。
二人に視線を交互にやって、有希はとんでもないことを訊いてきた。
「あの、お二人はひょっとして、恋人同士だったり?」
「は?」
思わず桜盛は間抜けな声を発していたが、玉蘭もまた笑っていた。
「いやむしろ敵、だよなあ?」
「私はお主の奴隷だと思っていたが?」
「ちょ、おま」
日本の現役女子高生二人は、その言葉に少しならず引いていた。
別に玉蘭が罠をしかけたわけではない。
本当にこれは偶然であり、玉蘭は二人の顔をわずかに憶えてはいたが、桜盛との関係などは知らなかった。
また有希があの事件で、桜盛によって助けられた人間だということも知らなかった。
知らないとは恐ろしいことである。
そういう意味で使う言葉ではなかろうが。
二度と会うつもりはなかったが、会ってしまったので仕方がない。
桜盛はエレナに対し、知らせておきたいことがあったのは確かなのだ。
「例の事件の一番の黒幕、警察の上層部に声がかかって、捕まえることが出来なかったそうだぞ」
これがまた、同じく政治家一族のエレナが、被害者であったのなら話は別だったかもしれないが。
もっともその場合も、おそらくは結果は変わらなかった。
エレナはなんだかんだ言って、未遂で終わっていたのだから。
桜盛はそんな悪を知りながらも、自分の手で裁こうとは思っていない。
これが被害に遭いかけたのが、成美であればまた、話は違ったのだろうが。
エレナの目の中には、憎悪の炎が燃えている。
圧倒的に恵まれてきた彼女が、初めて遭遇した純粋な悪意。
彼女のそれは怒りではあるが、悪への怒りと言うよりは、屈辱への怒りであるだろう。
言ってしまえば彼女は、貴族的な人間なのだ。
なので桜盛は、勇者世界の常識感覚で、こんなことも言ってしまう。
「金さえ払えば殺してやるぞ」
その言葉に、前よりもさらに引くエレナに対して、有希はそれほども引いていなかった。
(やっぱりこいつ、メンタル強いな)
アイドルという芸能界に飛び込んでいることで、既に社会を経験している。
そういう大人びた人間は、勇者世界でもいたものだ。
ただこちらのアイドルは、大人びたものを持っていても、あえてそれを隠したりするが。
完成されすぎたアイドルというのは、親しみを感じさせなくなるものである。
「そういうのを頼むとしたら、相場はいくらぐらいなんですか?」
有希のそんな食いつきには、エレナの方が驚いているぐらいである。
そんな質問があるとは、さすがに桜盛も想定していなかった。
ただ今回の場合、目標は既に分かってはいるのだ。
「単純に消すなら10万、今後二度と事件を起こさせないようにするなら、50万ってとこかな」
「格安だな」
玉蘭はもっと高い金額で請け負うらしい。そもそも今では、あまり暗殺はしていないらしいが。
「ちょっと有希」
「大丈夫、聞いてみただけだから。でもその、殺す方が安いんですね」
「処理まで自分で出来るのと、他に頼むのとでは、金額が大きく違うしな」
実際桜盛としてはそうなのだが、普通は殺すのにももっと金はかかるだろう。
平和な喫茶店の片隅で、物騒な会話が成されている。
意外とそういうことは多いのだ、と玉蘭などは知っている。
「あの、ちょっと方向性は違うんですけど」
有希はまだ話を続けるようであった。
「護衛とかそういう仕事って、請け負ってたりしますか?」
かなり常識に寄ってきた問いであった。
桜盛が得意なことは、壊したり殺したりすることだ。
場合によっては確かに、護衛が仕事になることもあった。
だが基本的にそういう仕事は、桜盛には向いていない。
護衛というのは、いつどうやって襲撃してくるかも分からない敵を、ずっと待つというものだ。
なので可能なら、こちらから攻撃したい。攻撃優位の原則だ。
「誰に狙われてるか分かるなら、こちらから排除するが?」
その逆襲の言葉には、さすがに有希も言葉をつぐんだ。
「いえ、まだ何も犯罪にはなっていないので」
ああ、日本は平和だ。
危険だと思えば、証拠などは後回しで、とりあえず排除する。
それが誤解であったと分かっても、誤解される方が悪いというのが、命のかかった状況での正解だ。
「狙われていると思うなら、さっさと先に攻撃してしまえばいいものを」
どうやらそれは、玉蘭も同じ判断のようであった。
このあたりは警察などより、法律を無視できる人間の方が強い。
そんな強さは必要ないほうが、世界としては平和なのだが。
桜盛は直感的にだが、有希の危機感は正しいのだろうな、と思った。
だが本人がそれを正しいと信じられないのなら、自分から動こうとは思わない。
(成美の件もあるし、出来れば助けておいてやりたいんだけどな)
誰もが知っている、高校生の桜盛としては、危険を犯して法を逸脱することはしない。
だが勇者というのは、法とか道徳とか、そういうものを超越したところにいる。
人類全体への災害を止める、最後の希望だ。
今の地球にはまだ、勇者の存在など不要だと思うのだが。
桜盛には、わずかながら有希を守る理由があった。
そして理由さえあれば、いくらでも大胆に行動できるのが、勇者という存在であるのだ。
ちょっとトイレ、と包囲網から抜け出す桜盛。
しすて質問権を行使する。
出来るだけ使わない方がいいな、と思ったのは過去の話。
勇者の仕事をするには、この仕事は便利すぎる。
現在の有希の抱えている問題というのは何か。
幸いにもそれは、有希自身以外にも、共有されていることであった。
「この間の事件から、何かが少し狂ってるのかね」
そう小さく呟いて、桜盛はトイレを出る。
一般人が二人もいるのに、裏の世界のことを話すことは出来ない。
幸いと言ってはなんだが、玉蘭との話から、ある程度の裏は見えてきた。
しかし仙界があるというのは、どういうものなのだろう。
仙人が中国に伝わるああいうものなら、他にもかなりの数がいるのではないか。
とりえあず今は、その話は関係ないが。
席に戻った桜盛は、そろそろ解散のつもりである。
「少し喋りすぎたな。玉蘭はいつまで日本にいる?」
「この間は働きすぎたし、しばらくいる予定だが」
「あの」
そこで声を出したのは、エレナであった。
「あの、貴方と連絡すること、出来ませんか?」
無茶を言う。
「私で良ければ教えてやるぞ。ほんのしばらくしか、日本にはおらんだろうが」
酔狂な玉蘭は、そんなことを言っている。
だがエレナはそちらには、ちらりと視線を向けただけであった。
「振られたか」
当然ながら桜盛は、そんな危険なことは教えない。
そもそも日本には、あの時の桜盛を追いかけたような、ある程度の裏に通じた人間が公に属している。
エレナの立場からすれば、どうにかつなぎもつけられるだろうに。
そう考えた桜盛であったが、エレナの視線から感じたのは、ピンク色の波動であった。
このお嬢さん、いまだに吊り橋効果が続いている。
いや、この間の事件でもホールにはいたのだから、さらに強化されているのか。
確かにエレナは桜盛に助けられ、それが短期間に二度も続いた。
もっとも二度目については、桜盛にとってはあくまでついでだったのだが。
もっとも桜盛の方は、そんなに簡単に運命を感じてしまったりはしない。
ただこう連続しての接触は、神様のフラグ設置を感じないでもない。
(つまり放っておいても、また関わるのかな)
そう思った桜盛は、突き放すことにした。
「縁があったらまた会おう」
この台詞も、壮大なフラグにしか思えなかったものであるが。
縁がなくてもその立場上、またも会ってしまう者がいる。
またも例の居酒屋で、桜盛と共に飲んでいる茜であった。
「あんた、始末が雑なのよ」
なんだかもう慣れてきたせいか、桜盛に対しても恐怖を感じなくなっている茜であった。
「雑と言われてもな」
それがこの間の、武装グループ襲撃事件であることは、間違いのないことだ。
一応あれは、侵入時に職員や警備員、三名が犠牲になっている。
ただ1500人もの人命を人質に取られていたにしては、極めて少ない犠牲で事件を解決したものだと言える。
また、亡命を希望していたはずの人間を殺したことに、野党からの追求はあるが、それについでも桜盛は配慮したつもりである。
味方同士の同士討ちで壊滅。
そして一人、リーダーの行方が分からない。
有希は特に桜盛の存在や、目の前の出来事を隠しはしなかったが、全てが内紛と思われた。
その方が日本の機動隊による殺害より、都合が良かったからである。
また有希は武装グループのリーダーについては、警察などには話していない。
祖父に直接話したので、政府には伝わっているはずだが。
「結局、俺が武装グループの仲間扱いされてるのか?」
「そうしないように情報統制がされてるんだけどね。あ、生お代わり!」
「あいよ生一丁!」
どうやら今日の茜は、盛大に酔っ払うようである。
桜盛の存在を隠すために、武装グループのリーダーの死も隠さなければいけなかった。
幸いにもそれを目撃したのは、話の通じる有希だけである。
そして死体も消えているとなれば、情報の操作も可能だ。
「ただホールの人間を一瞬で全員眠らせるガスなんて、どこにあるってのよ」
「ないのか? なら新型なんだろうな」
白々しい桜盛の物言いにも、ぐぬぬとなる茜である。
実際のところ、ガスを使われたという痕跡はない。
あったとしても客席やステージ上など、それなりに離れた人間を、ほぼ一瞬で眠らせなければ、あんなことにはならないのだ。
今後も使われるとしたら、とてつもない脅威になる。ただあれを魔法と言ってしまうのは、それはそれで心配だ。なにしろ桜盛が一瞬で、1500人を無力化させる事実が知られるのだから。
今さらという気もするが。
現在は臨時国会で、犯人の全員射殺が正しかったのか、などという議論が行われているが、表向きは内紛での自爆である。
リーダーが出てこなければそれで終わるし、そしてリーダーが出てこないことは、警察から内閣に伝わっている。
この茶番もいずれは終わるというわけで、ならさっさと終われよ、と桜盛などは思うのだ。
勇者世界においては、即断出来ない実行力もない政治家は、すぐに淘汰されていった。
時間をかけていいプランを練るというのは、それが許された環境のみでの話。
「それで、今回はなんの話?」
茜が察しがよくて、助かる桜盛である。
鈴城有希の悩まされていることは、ストーカーである。
例の事件以来、有希は前よりも慎重に行動するようになった。
そんな有希を付回す、行動力にあふれたストーカー。
「それ、部署が違うし所轄の仕事だと思うんだけど……」
ストーカーに関しては、生活安全課が主に担当したりする。
被害が出てからしか動けないのが、現代日本の限界であろうか。
「あんた、しょっちゅう女の子助けてない?」
そう言われればそうなのかもしれないが、なぜか手軽に助けられるところに、女の子が現れるのだ。
桜盛はびしっと茜を指差す。
「女の子」
「私はいいの!」
女の子扱いされることに慣れていない女刑事を、思わず女扱いしていまった桜盛である。
しかし本当に、桜盛の周囲は忙しすぎることとなっている。
成美との関係改善はともかく、志保の呪い、殺されかけた茜、レイプされかけたエレナ、殺し合いになった玉蘭、これまた殺されかけた有希と、一応は美人ばかりが集まっている。
美女と美少女に囲まれているわけだが、手ごたえがあるのは志保だけだ。
そのデートもホール占拠事件で、途中で終わってしまったわけだし。
(なんだか神様、運命付けるにしてもズレてるよな)
それが本当に神様のやっていることなのか、今となっては分からないものだが。
もしそうだとするなら、かなり楽しんでやっているのだろう。
有希のストーカー問題というのは、実際のところ桜盛が出張るようなものではないだろう。
そもそも彼女は権力者サイドであるため、マネージャーなどもしっかりと守っていくはずだ。
本当に危険を感じたなら、それこそ祖父の筋から手を回すことも出来るだろう。
ただこの世の中、男性は女性の持つ危機感に対して、鈍いところはあるのだ。
生まれつき全く体力や筋力の基準が違うので、基本的に女は男に対して恐怖感を感じやすい。
もっとも桜盛からしてみると、甘えるな、という感じになるのだが。
軍隊が駐留する村や街は、味方側であってさえ、ある程度の乱暴狼藉があったりした。
高い報酬を約束する代わりに、そういった問題児が集まらないようにしたものだが。
ただ軍というのはやはり、郷土愛や家族を守るための、一般民衆を訓練するのが一番強かったと思う。
今の地球の日本の治安を考えれば、それぐらいは自分でどうにかしろ、とも思うのだ。
「一応所轄に後輩はいるけどさあ」
交番のお巡りさんに、そこそこ多めに巡回してもらうぐらいしか、出来ることはない。
桜盛としてもそれでいいと思う。
鍛えられたプロのボディガードがいれば、ストーカーなど問題にはならないだろう。
だいたいにおいてストーカーなどというのは、弱いものはさらに自分より弱いものに対して行うものだ、という誤解が桜盛にはある。
実際には女が男をストーカーする事例もあるのだが。
ただ被害に遭うのは確かに、女性の方が圧倒的に多い。
かなり酔っ払った茜であるが、それでもちゃんと帰路には就いた。
桜盛としてもあまり人には見られたくないので、安全そうなところで彼女とは別れたが、こっそりマーカーは家に到着するまで追っていた。過保護である。
茜の言うとおり、有希が危険な目に遭うことは、あまり考えられないのだろう。
芸能界の枕営業とか、そういうものも彼女には無縁のはずだ。
それなのにエレナを連れて夜の街を回っていたあたり、やはり危機感は足らないと思う。
とにかくこれで、桜盛は有希の件については忘れることにした。
そもそも彼女を心配するのは、あくまでも成美がファンだから、という理由が大きい。
桜盛からすると彼女は、かなり強い人間だと思う。
自分の危機管理もしっかり出来ると思うのだ。
圧倒的な強者側にいるはずの、有希の持っている危機感。
それが桜盛に関わってくるのは、まだ少し先のことである。
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