二章 勇者の苦手分野

第22話 喫茶店遭遇

 モテない。

 モテの要素をふんだんに神様にもらっておきながら、桜盛はまだモテていない。

 いや、同じクラスの志保とは、それなりに仲良くなっているのだが。

 それに彼女はここのところ、呪い以外の点で普通にモテている。

 第一にはあの巨乳だろうが、顔立ちも普通に美人なのだ。


 このまま関係性を発展させてもいいのだろうが、志保の家と結びつくのは正解なのだろうか。

 勇者世界の常識が、桜盛の思考を飛躍させてしまっている。

 あの巨大な企業グループの、一員である志保。

 政略結婚の流れが、彼女を絡め取るのではないか。

 桜盛は一応、親の病院を継ぐために、医者になろうとは思っている。

 勇者世界で動物を解体しまくった経験が、外科手術に応用出来ないであろうか。


 モテとは何か。

 一人の相手との関係性を発展させていくのも、それはそれでモテなのだろう。

 だが桜盛は勇者世界で、あらゆる美姫から声をかけられた経験を持っている。

 ハーレムではないが、ちやほやはされたいのだ。

 その中から相性のいい一人を選ぶのが、現実的なモテではないのだろうか。


 高校生の性欲が充満した肉体になって、桜盛の意識もそれに引きずられている。

 酒池肉林とまではいかないが、昨今のラブコメよろしく、たくさんの美女美少女から好意を寄せられたくはないか。

 いやぶっちゃけ、色んな女の人と遊んでみたい。

 最低と言われるかもしれないが、これは男の本能である。


 ならばどうやって女の子の視線を引けばいいのか。

 そもそも桜盛としては、同学年ぐらいだとまだ、子供に見えてしまうのだが。

 ただ異世界から帰還した直後と比べると、同年代でもなんとか、性欲の対象にはなってきたと思う。

 やはり意識は肉体に引きずられるのか。


 新しいフィールドに入って、そこで女子の視線を集めるべきか。

「スポーツ系の部活かなあ……」

 無双と言うのも控えめな、とんでもないことになりそうである。

 とりあえず格闘技系は禁止にしよう。




 体育の授業は、これからバスケットボールが始まる。

 でかいやつが有利なスポーツではあるが、高校生レベルであると普通に、部活動でやっているやつが有利だ。

 このボンボン学校は特に、スポーツに力を入れているというわけではない。

 だがたまに個人競技では、突出した成績を残す生徒が出たりもする。


 しかしバスケットボールは、特に強いチームでもない。

 団体競技であるため、部活でやっている生徒が、ここぞとばかりに活躍する。

 ただ桜盛としてみると、根本的に全てのスポーツ選手は、動きが遅いのだ。


 シュートを決める感覚がつかめないため、攻撃では得点源にはなれない。

 だが相手チームのバスケ部部員に張り付き、完全にその動きを先読みする。

 また手を素早く出して、相手がバウンドさせているボールを弾いたりする。

 そして攻撃においても、味方のシュートが入らなければ、弾かれたボールを素早くキャッチする。

 その時のジャンプ力や、ボールの行方を感知するのは、勇者ならではのチート反射能力である。


 時間も経過して、わずかにリードされているが、流れ自体は悪くはない。

 ただせっかくディフェンスに優れていて、ドリブルでそれなりに運べても、シュートが決まらないのだ。

(でもバスケってなんで二点一気に入るのかね? 逆転の演出がしやすいからかな?)

 三点入るラインを知らない桜盛である。スラムダンクは日本人の必読書にするべきであろうか?

 色々と当時とは、ルールも変わっているので、あまり意味はないかもしれない。


 とにかく普通にシュートしても、なぜか入らない。

 岩を投擲して敵にぶつけている方が、まだしも命中率は良かったろう。

 しかしバスケ部のメンバーにパスをしようとしても、そちらのコースをふさがれている。

 しかもバスケ部同士の潰し合いで、マークについているのだ。

(なら絶対に入るように)

 ステップを踏んでマークを置き去りにした桜盛は、大きく飛び上がった。

 そして「置いてくる」レイアップを使わずに、そのまま持ったボールをリングに叩き込む。

 周囲が愕然とする中、着地する桜盛。

(あ、やってもうた)

 俺、なんかやっちゃいました、などと白々しいことは言わずに、すぐに反省できる桜盛であった。




 やたらと守備が上手くて、リバウンドを取って、なんだかダンクまで決めてしまう。

 桜盛は名前に桜と入っているだけに、あだ名が花道になるところであったが、守備も上手いのでロドマンであろう。

 そんな昔のことを言われても、などと桜盛は思うのだが、授業中のプレイを見て、普通にバスケ部が勧誘に来たりもした。


 実際のところ桜盛の身長は、四月に計った時点で170cmちょうどであった。

 将来的には栄養をしっかり取れば、190cmまで伸びることは保証されている。

 高学歴、高収入、高身長のうち一つを約束された桜盛であるが、正直なところ190cmは高すぎるかなと思っている。

 それにあれは女神の力で、身体能力を最大限に上げるために成長バフがかかっていたのだ。

 180cm程度で充分だろう、と桜盛は思っている。

 それ以上だと服を買うのも、日本ではなかなか難しい。

 とは言えネットを使えば、今は普通に外国人仕様の背丈でも、手軽に買うことが出来る。


 さて、そんなこんなで活躍した桜盛であったが、女子からの人気はどうであったのか。

 普通にイケメンバスケ部員に注目していたため、桜盛の活躍は邪魔ですらあった。

「ただしイケメンに限るのか」

 バスケ部の勧誘を、勇者の威圧まで使って後退させ、帰路に就く桜盛である。


 志保がいればそれなりに評価が上がったのかもしれないが、本日はお休みであった。

 なんでそんな時に限って活躍するのかとも思うが、まだこれは志保ルートに入っていないのである。

 あまり早いルート固定は、神様も望んでいない。

 こっそり見ている神様は、完全にデバガメであった。


 失意の桜盛が家に帰ると、成美が踊っていた。

 訳が分からない事態であるが、この間のことがあってから、やはりメンタルに異常を抱えていたのか。

 心の傷は目に見えないものである。

「ちょっと、何で可哀想なものを見る目してんのよ」

「だって、お前」

 言わせんなよ。


 ジト目で見られた桜盛であるが、すぐに成美はまたご機嫌な笑みを浮かべる。

 ダメだ。腐ってやがる。

「ユキから電話があったのさ~」

 また踊り始める成美であるが、今度は桜盛も悲しみを目にたたえることはなかった。

「ユキって、エヴァーブルーの?」

 なんで今さらと思ったが、理由は簡単であった。

 あのホールのコンサートで巻き込まれたファンに対して、エヴァーブルーは次回以降の公演のチケットをプレゼントすると言い出したのだ。

 まさに神対応ということで、高感度はうなぎ登り。

 成美に関しては特に有希から、電話までがあったのだとか。

「そういうわけで二人分、チケットもらったから」

「二人分?」

「あたしと、あんたの分」

 最近時々、お兄ちゃんと言ってくる成美であるが、ここは「あんた」呼ばわりである。


 何かそれはおかしくないか、と桜盛は思った。

「今度は保護者も一緒にってさ」

 それならば普通は大人を指定してくるのではないのか。

(あの女、何か感づいたのか?)

 確かにエレナも有希も、桜盛と勇者の関連を、わずかながら感知したような反応を見せた。

 だが常識的に考えれば、桜盛の姿が勇者に変身するなど思うはずもない。


 何か裏があるのでは、と桜盛は疑い深くなっている。

 だがこの疑い深さで、桜盛は異世界を生き残ってきたのだ。

(とは言っても、ただ回避するだけじゃ意味がないのかな?)

 桜盛の悩みをよそに、成美は不思議な踊りを踊り続けた。




 下手をすれば第三次世界大戦、それでなくても第二次日中戦争。

 最低でも尖閣諸島の実効支配を狙っていたらしい中国は、軍事施設の連続した事故によって、今はえらいことになっている。

 他国の破壊工作だ、と誰かさんのせいにしないのは、それをすると警備がダダ甘であると言われるからか。

 中国は何か起こっても、とりあえず事故にしてしまうという悪癖がある。


 日本だのアメリカだののせいにしなかったのは、犯人自体は分かっているからだ。

 それも国家や組織ではなく、個人によるものだ。

 趙玉蘭。仙姑とも言われる仙人。

 1000年以上の長きを生きる地仙にして、中華とその近辺を本拠に活動してきた暗殺者である。

 もっとも本人としては、必要であれば殺しただけであって、カタギの人間には手を出していないぞ、ということになる。


 そんな彼女と桜盛が再び出会ったのは、都内にある地味な喫茶店であった。

 メニューはコーヒーだけで、軽食さえ出していない。

 お高いコーヒーだけを飲んで、ゆったりとお喋りをする純喫茶。

 内装も派手さはなく、それでいて品のいい落ち着きがある。

「10年ほど通っているが、いい店であろう?」

 なぜか玉蘭がドヤっているが、桜盛も異論はなかった。

 お客さんも他には三名ほどで、密談にも適している。

 ただこの年齢不詳の女が、10年も通っているというのはどうなのだろう。


 一時期連絡が取れなかった玉蘭であるが、三日ほどするとまた話せるようになった。

 そこで久しぶりに会って、話をすることにした桜盛である。

 商店街の入り口、一歩だけ裏道に入ったところにある喫茶店。

 怪しい店ではなくで、ほっとした桜盛である。


 玉蘭と会ったのは、主に二つの理由がある。

 一つはこの世界の裏事情を、当事者から聞くため。

 そしてもう一つはこの数日に行った、玉蘭の破壊活動の確認だ。

 後者は本当に、確認だけでいいため、先にそちらを聞くことにしたが。


「うむ、現場指揮官も数人殺したし、しばらく侵攻は物理的に無理だ」

 あっさりと殺したというあたり、常識が勇者世界の桜盛寄りと言える。

 そもそも日本の高校生というのが、あまりにも平和な世界であると言った方が適切なのかもしれない。

 ともあれこれで、国家規模の事件はしばらく起こらないであろう。

「どうかな? まあ表に出てくるのはともかく、裏で片付く世界の大事は、半年に一度ぐらいは起こっているが」

 そんな物騒な事実は知りたくなかった。

 まあ今までも上手くやっているのだから、今後も上手くやっていくのだろう。

 そうやって世界は回っているのだ。多分。




 それより桜盛が必要とするのは、地球の超常能力事情である。

 日本の中でもかなり上層部にいる鉄山が、おぼろげにしかしなかった魔法や呪いの類。

 世界的に見て、それはどういったものがあり、どうやって活用されているのか。

「そもそもお主、どうやってその力を身に付けたのだ?」

 玉蘭から見るとむしろ、桜盛の突然な登場の方が、驚きの度合いは強い。

 確かにこの業界、それなりに新陳代謝はするが、古くからの業者が生き残ることの方が多いのだ。


 桜盛としてもここで、全く自分の正体を明かさないのは、無理があるかなと思ったりもする。

 もちろん全てを明かすわけにはいかないのだが、異世界由来の力がどれぐらい価値があるのか、それは知らなければいけない。

 質問権も少しは使ってみたのだが、どうも回答に矛盾した部分があったりした。

 この権能の効果から考えれば、知識を持っている人間によって、その知識が間違っているのを信じ込んでいたりするのだろう。

 とりあえず一人の人間から、どういうことなのかを聞いてみたい。


 なのでここは正直に言うことにした。

「信じられんかもしれないが、俺は異世界に呼ばれて数年間戦っていたんだ。そこで魔法も学んだし、戦える力も身につけた。そこから帰ってきてまだ元のまま力が使えたから、急にこんな人間が現れたように思えるんだろ」

「ほう……」

 頭から否定しないというのは、玉蘭にも心当たりがあるのか。

「それは仙界とは別の世界か?」

「仙界って、仙人の世界って意味か? それなら全く違う」

「ふむ……ちなみにその世界は、どういう名前だったのだ?」

「世界は世界だが」

「そうではなく、世界という単語にも発音があっただろうに」

「ああ、そういう意味か」

 あちらの世界では翻訳能力によって、世界とそのまま理解していた。

 だが改めて思い出せば、ちゃんと違う名前があったのだ。

 世界を意味する、勇者世界での名称。

「バルボーラだったかな」

「バルボーラ……」

「知っているのか?」

「いや、強いて言うならヴァルハラに似ているかなといったところだ」

 それなら桜盛も知っている。


 ヴァルハラは確か北欧神話で、死んだ戦士の向かう場所である。

 来るべき世界の週末の戦いに向けて、そこで戦士たちは鍛えているのだとかなんだとか。

 バルボーラは長年魔王の脅威に怯えていたが、世界としての存在は地球とそう変わらないと思った。

 基本的に技術は地球の方が優れていたが、魔法をふんだんに使うなら、それなりのいい暮らしも出来たものだ。

 だが基本的に世界のどこを見ても、日本より治安のいい国などはなかったと思う。


 既に去った世界については、特に興味もない桜盛である。

 なので今は、地球の裏事情を知りたい。

「とは言ってもなあ。交通機関が整備されてまだ100年も経っておらんし、通信手段はそれよりも新しいし、世界全体のことなどは知らんぞ?」

「今はそれでいい」

 さすがに玉蘭であっても、全てに通じているわけではないだろう。

 そう考えていた桜盛は、カランコロンというドアチャイムの音に、そちらを見る。

 そして自分が玉蘭との会話に、集中しすぎていたことに気がついた。


 入ってきたのは美少女が二人。

 鈴城エレナと鈴城有希。

 エレナにはちゃんと、魔法でマーカーまで付けていたのに。

 席に縮こまって、物理的にその体を隠そうとする。

 ただ190cmの巨体でそれは無理があるし、本当に姿を隠すつもりなら、認識阻害系の魔法を使うべきであったのだ。




 ほどほどにしかお客さんが来ない、それでも充分にやっていける喫茶店。

 コーヒーはややお高いが、それでも充分に利益は出ている。

 その店は有希の父がマスターをしており、もう10年以上も続いている。

 良い意味で変わらない空間。

 その日に初めてやってきた巨漢についても、連れの客はたまに来る常連であったため、特に気にしなかったものである。


 ところが娘が姪と共にやってきて、その巨漢の方を見て固まっている。

 この店は芸能界に入っている娘にとっては、数少ない落ち着ける場所であった。

 常連も年配が多いので、変に騒ぎ立てることもない。

 もっともそれなりに変装をしているので、本当に気づかれていないのかもしれないが。


 そしてマスターの娘ではなく、姪であるエレナの方が動いた。

 二人組の男女のうち、男の方に。

 帽子とサングラス、さすがにマスクは外してコーヒーを飲んでいる男。

 怪しいことは怪しいが、そこまで注意するほどでもないと思っていたのだが。

「お久しぶりです。その節はありがとうございました」

 深々と頭を下げるエレナに対し、桜盛は必死で顔を背けていた。

「なんのことかな? お嬢さんと会ったのはこれが初めてだと思うが」

「ちょっとエレナ、この人と知り合いなの?」

「この間、私を助けてくれたのがこの人なの」

「へえ……スーパーマンさん、私以外にも色々と助けてるんですね」

「え?」

「この間の武装グループ事件、助けてくれたのこの人」

 なぜかエレナの視線が冷たいものになっていくのだが、桜盛は気づいていなかった。

「お主、色々と手を出しておるんだの」

「手は出していないぞ」

 そこは勘違いしてほしくない桜盛であった。

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