第77話 奪還

 桜盛は何をどうしたら世界がどう動くか、そんなことは分かっていない。

 なのでアメリカの秘密兵器を日本が奪うということは、それなりにまずいことだな、という程度にしか分からない。

 だが今回の場合は、既に未来が分かってはいる。

 その未来よりは、おそらくマシになるだろう、と思っているのだ。


 アメリカの交渉役は、上との連絡を取っていたらしい。

 同盟国とはいえ他国に兵器を奪われたことは、普通なら大問題である。

 だがこの兵器の内容が分かっているので、下手に騒ぎにすることも出来ない。

 交渉役は連絡を済ませて、桜盛に向き直る。

「本当に協力してもらえるなら助かるが、いいのか?」

 何度も言わせないでほしいものだ。

「俺は日本が好きだが、日本のスパイに対するザルさには、満足していない」

 桜盛は結局のところ、現状維持を目的としているのだ。


 帰属意識という点では、もちろん桜盛は日本の味方である。

 だがこの選択で未来が悪くなると分かっているのなら、日米関係の維持を目的とする。

 そのために日本の組織との関係が多少緊張しても、今更の話である。

 既に日本側の能力者や警察、自衛隊の面子は完全に潰しているのだから。


 ただそんな日本の組織が、上手くアメリカから兵器を奪取した。

 これはやはり能力者を使ったからこそ成せたことだろう。

「どこに運ばれたかは分かるのか?」

「保存容器自体にGPSが装着されている。強力なジャミングでも、完全には防げないものだ」

 そういう便利なものがあるのか。


 まだ移動中ではあるが、その現在位置はおおよそ目的地に一直線なのであろう。

 市ヶ谷にある、自衛隊駐屯地に向かっているのだろうか。

 確かにあそこには、自衛隊の中枢が存在する。

 しかし防衛力としては、直接の戦力は少ないのではないか。

 いや、敷地内には確かに、防衛のための部隊はある。

 それに通常であるならともかく、今なら警察管理下の能力者たちもいるわけだ。


 桜盛としてもさすがに、手の内が読めない大勢の能力者と戦うのは、分が悪いかもしれない。

 いや、それすらも分からないのが、困ったところなのか。

 質問権を使っていけば、時間はかかるがある程度の回答は得られるかもしれない。

 ただ通常兵器であっても、貫通力の高い射撃武器などを食らったら、桜盛の防壁を突破するかもしれない。

 防御力の限界点は、まだ分かっていないのだから。


「市ヶ谷に……能力者が集まっているわけか」

 桜盛よりもむしろ、交渉役の方が難しい顔をしていた。

 確かにアメリカ本国であっても、歴史ある日本の能力者との衝突は、回避する傾向にある。

 これはなんとか交渉でもって、兵器を奪還する方が可能性は高いのでは、とさえ思える。

 だがその時間は、それなりにかかるかもしれない。

 それに作戦部に確認したところ、即座に回収できないのであれば、無理に破壊などはせずに退却しろ、という命令までやってきた。


 情報を渡さないということを考えるなら、せめて破壊という指示が出るはずだ。

 しかしそれすら命じられないとすれば、即ち拡散するだけで危険な兵器であるということ。

 兵器の内容までは知らされていないが、それぐらいは想像がつく。

 そして桜盛としては、最初からそれを知っている。

「位置情報を拾える端末を俺に寄越して、そちらは市ヶ谷にこっそりと分かる程度に侵入しろ。俺がもっとこっそり侵入して、ブツは盗んでくるから」

「……」

「捕まりそうになったら、すぐに逃げていいから」

 とは言っても、アメリカの工作員や能力者が、日本の施設に侵入する。

 これはもう立派な同盟破棄案件ではないのだろうか。

 もっともそれを言うなら、たとえ街中でおかしな兵器を使おうとしていても、日本側がそれを奪取した時点で、かなり危険な場面となっているのだが。

「やるしかねえだろ」

 そう言ったのはようやく回復してきたジェーンで、当然英語で言ったので、桜盛には意味が分からない。

 ただ彼女の方は、桜盛と交渉役の会話を、ある程度は聞き取ることは可能であったのだ。


 日米関係の悪化については、もう本当にアメリカの能力者であるジェーンが、こっそりと侵入しようとするにとどめる。

 そして日本側の能力者である桜盛が、日本の駐屯地から兵器を回収する。 

 ただこの兵器に関しては、少しだけ桜盛が心配しているのは、細菌兵器であるということだ。

 他の化学兵器などであるなら、たとえば神経ガスなら、アイテムボックスに回収してしまえばいい。

 だが細菌であっても、生物なら入らない。それは納豆やヨーグルトで確認済みなのだ。


 表面に細菌が付着しているという程度なら、入れるときにそれだけが除去される。

 だががっつりと容器に入っている細菌は、おそらくそんな上手くは除去されない。

 実際にパックの納豆などは入らなかったのだから。

「容器の大きさとかを教えてくれ、とそちらの作戦を立てている人間に確認してくれ」

 桜盛が日本政府に帰属していないのは、確かに分かっている。

 しかしそれでも、ここまで日本と対立しつつも、現状維持を目指すというのは、アメリカ側からしても意外なことであった。

「分かっていると思うが、それなりに短時間に回収しないと、内容物を日本側が回収したと見なされるぞ」

「それはまあ、仕方がないかな」

 あっさりとした桜盛の言葉であるが、とにかく今はそれしかない。

 米軍の基地から人員を出すにしても、能力者相手であると、通常戦力では役に立たない。

 完全に立場が逆転して、桜盛が今度は味方となる。

 まさにこれこそ、バランサーとしての機能であるのか。


 ややこしい夜はまだ終わらない。

 立ち上がったジェーンなどを陽動として、桜盛が細菌兵器の回収を行う。

 お前はどちらの味方なのか、と日本側からさえ文句が出そうな作戦が、これから始まろうとしていた。

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