第78話 決断
都合よく敵と味方の間を行き来するのを、蝙蝠などと揶揄されることがある。
だが桜盛の場合は、不利になった側に味方になっているのだ。
結局ぎりぎりまで、どう判断をすればいいのか、桜盛には分からなかった。
これまでの展開が果たして、史実と同じであるのかどうか。
ただせっかく手に入れた兵器を、またも奪われてしまうという流れは、おそらく変わらない。
変化を恐れていては、現状を維持することが出来ない。
……あれ?
桜盛としては現状維持の国家関係が、おそらくは将来的にも正解だと思っている。
しかしそれは、本来の歴史を変えることだ。
未来が分かっていると、こうも変なことになるのか。
おそらくこれを理解してもらうのは、勇者世界を理解してもらうよりも難しい。
逆に桜盛だからこそ、時間遡行などというものも、納得できたとも言えるだろう。
一人の人間が未来を知ってしまったこと。
桜盛は当初、桜盛がその未来を知ってなお、そのような未来になったのだ、という予想もしていた。
なので重要なのは、明らかになっている未来を変えていくことだ。
まずはユージが消えるということを、変えていくべきであろう。
ミレーヌの分かっている明らかな歴史を、とりあえずは変えていく。
それでも歴史の修正力などというものが、あるのかもしれないが。
桜盛はGPSを追う端末を借りて、空を飛んでいった。
市ヶ谷の中に入ってしまう前に奪還出来たら、それが一番いいとは思っていたのだ。
だがさすがにそれは間に合わなかった。
なので五十嵐に連絡を取ってみる。
日米関係を現状のままにしておくために、アメリカの兵器を返還する。
普段の日本であれば、充分にありうる弱腰外交だ。
それが今回はどうして、強硬手段に訴えたのか。
理由としては、ジェーンという強力な戦力を、通達もせずに日本に入れてきたから、というのが大きい。
そもそも能力者以外にも、危険な兵器を持ち込んだことが、アメリカとしても公表できない事実である。
いや、そんなものは核兵器を搭載したまま、米軍基地に艦隊が駐留している時点で、あってないようなものなのだが。
日本がアメリカに、こうまでも歯向かう。
ちょっと今までとはなかった展開であるが、桜盛は五十嵐にこの件を確認した。
つまるところ、桜盛がお人よしというか、日本を信じすぎた、というのが理由であるのだ。
勇者世界から帰ってきてからこっち、桜盛は日本の平和を堪能していた。
確かに五十嵐を現場指揮官とする組織からは、不快なアプローチを受けてはいた。
だがそれは桜盛にとって、許容範囲であったのだ。
だからこそこうやって桜盛がアメリカの工作員を相手にしている間に、兵器を奪取するというのは、日本にしてはアグレッシブすぎるぞ、と思うのである。
五十嵐曰く、もう日本は組織的に、桜盛をどうにかしようというつもりはない。
そもそもどうにか出来るとも思っていない。
よって桜盛としては市ヶ谷の駐屯地に、裏からこっそりと侵入した。
もっとも透明化の魔法を使っていても、熱感知などの警備も備わってるのが、さすがは市ヶ谷といったところか。
防衛省の中心であり、当然ながら日本の中でも、もっとも警備は厳重。
それでも桜盛にとっては、あまり意味のないことである。
一応表の方としては、アメリカの外交官から、外務省なりに話をつけにいったり、大統領と総理大臣のホットラインで話が行きかっているはずである。
「しかしいくら諸々の事情があったとしても、アメリカとの関係を悪化させるような、派手な右寄りの人間もいたんだな」
『逆だ、逆。日米関係を悪化させるために、左寄りの人間がこんなことをしでかしたんだ』
「止めろよ」
『俺にだって……出来ないことは……ある」
まあ五十嵐一人に、日本の能力者全ての人員が、掌握されているわけでもない。
それにしても防衛省が、左寄りに汚染されているというのは、とてつもなく危険なことではないのか。
まあ右寄りも右に行き過ぎて脱線し、日米関係からの離脱、などというファンタジーを述べる人間もいるだろうが。
ぶっちゃけ戦力として桜盛が組織に属したくないのは、桜盛の戦闘力を勘定に入れてしまうと、日米のパワーバランスが崩れるからである。
その意味でも今回、桜盛がアメリカの味方をすることは、第三勢力に近い存在となることを意味する。
鉄山でさえも、そのスタンスは日本よりであったのだ。
だが桜盛は日本を愛しているが、信用はしていなかった、というだけの話である。
正面からはジェーンが、回復した状態で侵入を図る。
もちろんこれは囮で、少しでもそちらに警備を回してほしい、という程度のものだ。
また一般人のアメリカの工作員や、動ける人員に関しても、能力者をこれ以上は集めさせないために、警視庁近くに集めている。
五十嵐の指揮下にいる能力者は、それを警戒してもらう。
既に防衛省が動かしている人員は、動かしようがないが。
桜盛としてはぎりぎりまで待ってから、侵入してスピードの勝負となる。
どこにアメリカから奪取した細菌兵器の容器があるかは、質問権で確認してあった。
警備の人員は自衛隊員ながら、当然ながら一般人。
これは簡単な電撃で無力化出来る。
問題は能力者であるが、五人程度ならばこれもまた、問題にはならない。
そして建物の中にさえ入ってしまえば、壁を破壊して目的地にまで到達すればいい。
普通の人間であれば、爆弾を使っても侵入破壊は不可能。
だが核兵器でも至近距離でなければ防げるという防護壁も、桜盛ならば破壊可能。
そして見つけたのは、樽型の1mほどの容器。
これ自体にGPSが付属している、というわけだ。
あっさりと目標を確保した桜盛は、これまたあっさりと脱出。
そしてアメリカの現場指揮官ともなっていた、交渉役と合流したのである。
「本当に取り戻してくれたのか」
明らかにこれは、日本の国益に反しているのではないか、というのが彼の判断であったろう。
桜盛もまた、いろいろと考えてはみたのだ。
返してもらおう、と手を伸ばしてきたその先で、容器が融解する。
桜盛による、超高熱の魔法であり、当然ながら中身の細菌兵器も死滅する。
「何を!」
「こうしておけば、本当に日本側に奪取されたのか、それとも消えたのか、分からないだろ」
桜盛としては現物は、日本側にあっては困るのだ。
だが素直にアメリカに戻すというのも、それはそれで業腹なのである。
果たして日本と桜盛は、どの程度つながっているのか。
そして奪われた兵器は、本当に日本は持っていないのか。
このあたりを考えれば、アメリカも下手には動けなくなる。
ある程度疑心暗鬼になって、警戒しあえばいい。
結局これが、桜盛の出した結論であったのだった。
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