第116話 エルフは取り扱い注意
年末にドームの崩壊という大事件は起こったものの、それでもまだ日本は平和の空気の中にいた。
それはあの規模の事故の割には、死者が少なかったというのもあるだろう。
正確にはあれは、事故ではなく爆破事件とされた。
実際にそうでもしないと、責任者に批難が集まりすぎる可能性があったので。
ドームの屋根が内側から吹き飛ぶというもの、それ以前の電気系の故障。
これらはテロリストによる爆破事件という発表がされた。
エヴァーブルーは以前にも武装グループによるイベント占拠事件で被害者になっているので、これには説得力があったと言うべきか。
だがメンバーの中にはPTSDを発症してしまった者もいる。
紅白には欠場せざるをえなかった。
実際は勇者と邪神の対決であるのに、なぜか犯行声明などが出されたりもする。
こういう時は本当に、適当な海外のテログループが名前を売ろうとしてくるのだ。
それに対して、関与している証拠はないが、していないという証拠もない。
超能力大戦などを認めるよりも、よほどそちらの方がありがたい。
政府も役所も正月休み返上で、この事件を処理することにはなった。悲しいね。
そして桜盛は、コタツの魅力に屈したフェルシアを引きずり出し、東京を案内することにした。
もしもこれまでのパターンが踏襲されるなら、邪神本体が降臨するのは、次元の狭間が作られてしまった、このドーム跡地となるであろう。
東京のど真ん中ではあるが、それでも少しは被害が抑えられるだろうか。
実際のところ優奈の予知でも、数日単位の誤差がある。
市民を避難させるために、政府は官僚も含めて、既に計画は立てているらしい。
「こちらの世界にも多くの神がいるんだなあ」
「いると信じられてるだけで、本当は一人だけなんだけどな」
実在を知っている桜盛としては、あまり敬う気にもなれない。
あれは神と言うよりは、単に万能性を持った力の塊だ。
一神教が教えるような、都合のいい神でもない。
祈るだけでどうにか出来るならどうにかしたいのだが、キリスト教はキリスト教の神に、イスラム教はイスラム教の神に、それぞれ祈るだろう。
そして教えがそれぞれ違うので、推しの解釈違いにも似て、神様は力を発揮出来ない。
さらには人口の多さから言えば、ヒンズーの多いインドや、儒教国家の中国、正体不明の日本などという国もある。
フェルシアからすると、彼女はエルフらしく、神を信じていない。
いや、もちろん実在することは認めているのだが、それに何も頼っていないのだ。
邪神と戦ったことに関しても、エルフにとっては神々との共闘戦線という見方である。
下手に半神の一族であるので、神々にそれほど特殊な畏敬など抱かなかったということだ。
感覚としては日本人の感覚に似ているかな、と桜盛は思ったりした。
桜盛はフェルシアに対しては、鉄山よりもさらに優る信用と信頼を置いている。
彼女がこちらの世界では、他の勢力に利用されないというのも、その大きな理由の一つである。
そんなフェルシアを、今日の桜盛は数人の集まりへと連れて行く。
途中で桜盛は、ユージの状態になっておくが。
「やっぱりそちらの外見の方が、見慣れた感じがするな。魔力の波長で間違えることはないと言っても」
他の能力者たちは、見分けることなど出来なかったのだが。
フードを被って耳だけは隠したフェルシアは、駅の様子やビルの大きさを、興味深そうに眺めていた。
「この都市はこの世界では、どれぐらいの規模に位置づけられてるんだ?」
「どうかな……。世界有数の都市ではあるけど、どこまでを東京と言っていいのかの問題はあるし」
「あちらもここほどではないが、大型の塔が建てられることは珍しくなくなっていたな」
「建築技術が発達したのか」
桜盛は基本的に、知識チートなどは出来なかった。
だが一つだけ、決定的に勇者世界に影響を与えた知識がある。
それはアラビア数字の表記と、0の概念である。
数学は多くの科学を実践する上で、その基礎となる学問の一つだ。
現在の地球でも、ほとんどの論文はアラビア数字を元とした、数学によって書かれるものだ。
文明侵略とでも言うべき速度で、アラビア数字は広まっていった。
当初の桜盛は、これがどれだけ特別なものか、実は全く気づいていなかったのだが。
二人が向かったのは、桂木邸であった。
夜にはまた違った集まりがあるのだが、とりあえず鉄山と優奈には、先にフェルシアを紹介しておく。
そのためにやってきたのだが、志保とは会うことがない。
桜盛が考えるには、聖女候補と優奈が名を挙げた中では、警察によるバックアップがある茜や、桜盛の守る成美、鉄山の守る志保などは、充分に聖女の器になれるのではないかと思った。
だが優奈はその未来が、存在しないと言っていた。
思うに今は二人というのは、おそらく桜盛とフェルシアが、一人で守れるのが一人まで、という前提があるのではと考えたりもする。
しかし、仕方がないとは言え優奈が秘密主義者であるので、そのあたりも質問のしようがない。
未来が分かっているというのは、失敗にはならず、最善を選べるということに近いのだろう。
だがそんな予知能力を持っていても、勝てる未来が存在しない。
桜盛とフェルシア、鉄山と優奈、そして五十嵐。
今日の夜にはこの五人が、体制側の選ばれた数人と会う。
五十嵐は既に体制側であるし、鉄山もおおよそは体制側であるのだが。
フェルシアの性格というか性質を、五十嵐には先に伝えておくためである。
エルフは極端に言うと、一人一人が自分の国の王である。
人間相手なら平民であろうが王族であろうが、対等に話すのがエルフだ。
基本的には寛容な性格の者が多いが、気難しく人里を離れて暮らすエルフもいる。
そして怒らせたら、一国を相手にしても戦って勝利するのがエルフである。
桜盛の勇者時代にも、一時的にパーティーにエルフが加入することはあった。
だが人間の権力サイドとの兼ね合いで、最後の決戦には同道しなかった。
フェルシアはそれを少し後悔している。
エルフが数人参加していれば、邪神の封印はもっと完全に出来たのではないかと。
ただ神々が言うには、封印は神々の力であるので、さすがにエルフがいても変わらなかっただろう。
だがその前の邪神の力を削る戦いには、確かにエルフがいてくれた方が楽であったろう。
「とりあえずこれが滞在許可証とパスポート。身分証明証なわけだが、言葉は通じるのかな?」
「問題ないよ」
五十嵐からフェルシアは、国家が認定した本物の偽物を受け取った。
おかしな表現であるかもしれないが。
「さて、それじゃあ今日の予定についてだが」
五十嵐の説明は、別にそれほど特別なものではない。
この間の会議のようなものを、人選を変えて行うだけだ。
ただそこにフェルシアがいるため、事前に彼女の意思を確認しないといけないな、とは思っていたのだが。
エルフは人間の決めた枠組みの中には囚われない。
五十嵐はフェルシアとの話の中で、それを言葉の端々から感じた。
別にこちらを見下しているというわけではない。
だが政治家や官僚、そして財界の大物と比べてさえ、彼女の精神性は特殊である。
簡単に言ってしまえば、桜盛に似ているのであった。
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