第117話 未来の霧

 優奈の未来予知には、見えない部分がある。

 具体的には邪神やその瘴気について、完全な予知というのは出来ない。

 またフェルシアの登場についても、完全に予知の外にあった。

 未来にうっすらと霧がかかった状態で見える。

 思えば他の世界からの干渉だったので、この世界の予知では見えなかったというわけだ。

 しかしもう、フェルシアはこの世界にとっての異物ではない。

 なので彼女を含んだ、未来が見えている。


 どんな選択をしたとしても、ほとんど地球全体の人類文明の大衰退は避けられない。

 そして優奈は教えていなかったが、予知というのは自分が死ぬまでしか見えないらしいのだ。

 なので彼女は、自分が生き残る未来を選択してきた。

 自分が死ぬ未来を選択したとしたら、もう邪神を封印出来るかどうか、その先が見えなかったのもある。


「聖女が三人となったとしても、殺されてしまう、か……。人間はそういうことをするな」

 フェルシアとしては、そういうことをするのが人間だ、と知識と実感をもって分かっている。

 勇者世界においても、魔王を倒す桜盛の足を引っ張る国は、たくさんあったのだ。

 特に桜盛が成長し、魔王を倒すのが現実的になってきたら、内部抗争が激しくなった。

 他のエルフは多くが戦いの中で死に、まだ未熟なエルフは森の中に引きこもった後も、フェルシアは桜盛との関係が良かった勢力の味方をした。

 そして王子と聖女を要するその集団は、二つの国を主体として、巨大な覇権国家を作り上げた。

 そこからの千年ほどが、世界がおおよそ安定していた時期である。


 地球の歴史にしても、世界史を俯瞰してみれば、平和な時代などありはしない。

 平和に見えていても、治安がどれだけ保たれているか、それが問題である。

 日本のように、平和でありながら衰退していき、治安が悪化する傾向の国家。

 こういった国もフェルシアは見てきた。

 なぜフェルシアは日本が衰退するか、どうすればそれが止められるかも、ある程度は分かっている。 

 そして分かっているのと出来るのは別であることも。


 三人目の聖女を集める上でも、その三人目を守ることが出来ない。

 桜盛とフェルシア、そして日本の能力者の総力をもってしても、ほぼ三人目を守るのに失敗する。

 あるいは守れるのか、というところになっても、今度は優奈が襲われる。

 予知の能力を持っている能力者は、それだけ危険な存在だからだ。

 三人目を日本から選ぶのは不可能で、国外から選ぶのも不可能。

 人間同士の殺し合いで、どうしても二人までしか守れない。


 優奈は何度も繰り返したが、少なくとも200ぐらいは繰り返して、その結論にいたった。

 三人の聖女をそろえることは不可能で、邪神を封印することは出来ない。

 ただ、ほんのわずかに、未来が確定していないような気もする。




 人類ほぼ滅亡、という未来があるのに、それでも人類は一丸となることは出来ない。

 当たり前のように受け止めるのは、戦争を知っている鉄山、人間の闇を知っている五十嵐、勇者世界を知っている桜盛とフェルシア。

 だが予知を次げた優奈自身は、どうしても信じ切れなかった。

 人間はそこまで愚かなのかと。

「愚かな人間もいれば、愚かでない人間もいる。一人の人間の中に、愚かな部分と愚かでない部分がある」

 鉄山はそんな風に言った。


 フェルシアとしてはそれが人間だろう、と思うのだ。

 彼女は人間というのは、愚かさをなくすためには、寿命が短すぎると思っている。

 エルフにしても若い頃は、愚かな失敗をしでかすものだ。

 重要なのは、何もしないことの愚かさを嘆くことで、失敗は成長の糧となるのだが。

「けれど、完全に確定しているわけではないと?」

「瘴気はこれからも何度か侵入してくるけど、その都度わずかずつ予知しきれないことがあるから」

 異世界からの影響があるたび、予知は歪んでいく。

 フェルシアの存在と、聖杖の存在によって、少なくとも人類が細々と続いていく未来は見えた。

 ただ文明としては、ほぼ崩壊するであろうが。


 フェルシアのことを知ったからには、すぐに思いつくことがある。

「その、異世界からの援軍というのは、彼女が最後なのか?」

 五十嵐の質問は、それなりに誰もが思いつくものであったろう。

 桜盛並とまでは言わないが、地球基準でも絶大な力を誇るフェルシア。

 彼女のような存在が、さらに援軍としてやってくる可能性。

「少なくとも私の知る限りでは、私以上の戦士はもういないし、聖女を選ぶということもなくなっていた」

 それが勇者世界の現在であるらしい。


 魔王という明らかな絶対悪が消失した後、世界はそれほどの武力を必要としなくなった。

 戦士に求められる力は低下したし、地球のように技術が発達してから、個人の力は軽視されるようになった。

 そして聖女という存在も、ただの象徴になった。

 それが桜盛が救った世界の未来である。

「もちろん私の後を追いかける者が、絶対にいないとは限らないけど」

 勇者世界とこちらの時間の流れの差は、大きく違いがある。そして一定でもない。

 勇者世界の未来から、こちらのほんの少し先の未来に、誰かが転移してくる可能性。

 予知できないそれが、邪神への切り札になるかもしれない。




 つまり予知能力を持ちながらも、その予知が及ばない範囲に期待するしかない。

 それがこの場で出た結論である。

 ただ1500年もあれば確かに一人ぐらいは、傑出した戦士が誕生してもおかしくない。

 もっとも神々が、この世界に来るのを認めるのか、それは分からないが。

 邪神に対する憎悪は神々に共通のものである。

 この世界の神様としても、人類の絶滅だけは避けたい。

 なのでありうる未来なのかもしれないが、ただし予知は出来ない。


 本来なら当たり前の話だが、未来が見えないということ。

 まるでゲームの攻略本を失ったかのように、不安な未来を待つしかない。

 ただ桜盛には、一応の切り札がある。

 また今後の展開についても、ある程度は考えておく必要があるだろう。


 邪神が本格的にこちらに顕現したら、結界を作って亜空間の中に、人類は避難すべきだ。

 そしてどんどんと、人類はその数を減らしていくだろう。

 亜空間で養える人数というか、発生させられる亜空間の領域には、限界というものがある。

 ただこの亜空間のことは、優奈でも予知が出来ている。

 これは地球の世界に属するものであるのだ。


 人類がもう、お互いに足を引っ張る余裕がなくなった時。

 ようやく三人目の聖女を、同じ人類から守らなくてもよくなる。

 ただその時代までは、優奈の予知が及ばない。

 なぜなら桜盛が足掻いて邪神の力を削るほど、人類が減るスピードは遅くなる。

 その間に優奈の寿命が来てしまうのだ。

 死後のことは予知できない。

 ある程度の予想は出来るが。


 人類に必要なのは、予知の先の希望。

 それをどれだけの人類が共有できるかが、未来を決定するだろう。

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