第118話 体制構築
無駄な雑音が入らないように、少数の閣僚に自衛隊幹部、そして警察のオブザーバーを入れて、在日米軍の高官をも一人入れている。
外交的な配慮ではなく、純軍事的な問題として、これを捉えているのだ。
日本の能力者の代弁者として五十嵐はいるが、鉄山もこの会議には出席していない。
主に発言するのは、優奈となる。
彼女の予知を前提に、防衛体制を構築していくからだ。
また日本からはとても出せないような想定も、米軍からは出してもらう。
前回のような中国への配慮はない。
とにかく優奈の予知で確定しているのは、必要な五人の人材のうち、四人までしかそろわない、ということだ。
正確には五人を選んでも、邪神が完全に侵攻してくるまでに、誰かが死んでしまう。
これは聖女候補だけの話ではない。
桜盛やフェルシアが死んでしまうこともあるのだ。
聖剣と聖杖の使い手。
これが一人でも欠けると、そのルートはアウトである。
また優奈が死んでしまうルートは、正確にはアウトではないが、未来が予知できなくなるのでこれもアウト。
今の聖女候補二人を内密に守り、そして優奈を守っている状態で、日本の護衛は手一杯となる。
ここから聖女候補を正式に選べば、それはすぐさまアウトの未来へつながる。
いくらなんでも人類文明存亡の窮地であるのだから、国家的な連携は取れないのか、と閣僚や軍人も希望的な観測を少しはするが、確かに出来ないのだろうな、とも思うのだ。
このままだと邪神が顕現する場所は、この日本の東京のど真ん中となる。
そして聖女に選ばれそうなのは、カリスマのある女性。
条件としては、ある程度無神論者であることが望ましい。
聖杖は勇者世界の神が、本当の神が創った物である。
ほどほどに神様を、特に他の宗教の神様を、許容できる精神性の持ち主が、聖女の条件の一つになる。
熱烈なキリスト教やイスラム教などの一神教だけではなく、逆に日本人であっても強固な無神論者はむしろ相応しくない。
何かがあったとき、OMGと呟いてしまう程度は、ありかなしか。
能力者の中には無神論者が比較的多いが、それもまた望ましくはない。
そういった力を持つ者は、自分の力をこそ信仰しているからだ。
ゆるい宗教観を持っていながら、新たな神を受け入れる精神的な素養。
確かに日本人に多いかもしれないが、欧米でも神に敵するロックな人間は多いだろう。
だがそれは逆に、神を認めているからこそ反発するのだ。
つまり生活や教育に、そのまま宗教が根付いている人間では難しい。
共産主義国家などは、その点では可能性がありそうだが、その場合は西側諸国の反発が予想される。
他国の力の拡張を、世界で最も望まないのがアメリカだ。
中国やロシアといった、共産圏は不可である。
実際のところロシアなどは、ロシア正教が存在しているのだが。
国家の利害関係があるため、聖女を選ぶことが出来ない。
最有力候補である二人を、日本政府の中枢に知らせることなく、五十嵐が能力者に手配して、護衛をつけているのもそのあたりが理由だ。
人類の戦力の結集だけではなく、協力が必要になる。
だが聖女候補が他国から現れても、その力を発揮するには聖杖が必要になる。
フェルシアはこれを誰かに預けるつもりはない。
桜盛のアイテムボックスにさえ、これを預けることは出来ない。
なぜなら桜盛のアイテムボックスの仕様は、彼が死んだらアイテムボックスの内部も消失するというものだからだ。
フェルシアは違う。彼女のアイテムボックスの容量は小さく、そして死亡すればその中身が出現する。
ただ彼女が死んだ時点で、聖剣を使える者がいなくなるため、どのみち詰みではあるのだが。
「未来がわずかでも変化していくのは、今後も少しずつ現れる、邪神の瘴気の侵入によるものです」
その異世界由来の瘴気によって、優奈の予知する未来は変わる。
大きく未来が変化するのは、邪神が完全に顕現してからだ。
だがそれでも、最初はおおよそ、変化はないと思われる。
少なくとも東京が壊滅し、邪神が次にどこかへ移動するところまでは見える。
おそらくは人口の密集する、西に向かうだろう。
東に向かってアメリカを壊滅させるという動きはしない。
これにはアメリカ軍の高官もほっと一息である。
邪神は人間の集まったところか、邪悪な思念が集まったところを好む。
桜盛がそこから判断するのは、まず日本国内を東京から西へ横断。
中部地方と関西地方を壊滅させ、北九州から大陸へ渡る。
韓国のソウル周辺も人口密集地なので、壊滅する可能性は高い。
それから中国に入っていくのだ。
北京からおそらく、南へと向かっていくのではないか。
そして東南アジアからは、インドへと入っていく。
どこまで移動するのか、そしてどこで静止するのかは分からない。
だが世界の軍事バランス的に、中国が崩壊した時点で、おそらく大規模な紛争が起こるのではないか。
特に中国は自国内に邪神を侵入させないために、日本国内かその近海で、核兵器を使う可能性が高い。
もっともそれで倒せるなら、世界を滅ぼす存在などではないのだが。
邪神の存在は、天災すらも呼び起こす。
日本の場合は、普通に関東で大地震が起こってもおかしくない。
それは普通に邪神の存在抜きでも、充分にありえることなのだ。
「政府機能を東北……仙台あたりに移管する準備をするべきだな」
日本の閣僚からは、そんな常識的な意見が出た。
「どさくさに紛れてロシアが北海道にちょっかいを出すという可能性は?」
「それは……どうなのかね?」
ロシアに対する不信感がひどい。
これに対しては、自衛隊の方から意見が出る。
「海上自衛隊の戦力をもってすれば、通常の戦闘行為の許可さえ出るなら、侵攻を止めることは可能です。ロシアには北海道を占領する戦力を輸送する手段はありません」
もしも邪神が移動していった場合、日本の中で関東から東海、そして関西も京都から大阪兵庫、山陽をそのまま北九州までは移動する。
そこでどれだけの被害が出るかは、想像しただけで恐ろしいものがある。
邪神はその移動した後にも、瘴気を残す。
ただ本体ではなく瘴気が相手であれば、日本の能力者がどうにか浄化していけるだろう。
北陸から東北、北海道に西は山陰と南九州。
日本の力は地図上、かなり分断された形で残る可能性がある。
邪神の移動に伴い、世界各国で大規模紛争が起こるというのは、避けられないことであろう。
幸いであるのは世界の覇権国家であるアメリカが、最後まで残る可能性が高いということか。
ただロシアはロシアで、政府中枢のみを避難させることはできるかもしれない。
あの国はナポレオンに対しても、そしてナチスドイツに対しても、首都を放棄して勝利してきたのだから。
だが瘴気の汚染は、放射能汚染にも似ている。
あれよりは対処の手段があるとはいえ、浄化の手間が大きいことは間違いない。
世界を横断する戦争になりそうである。
そしてどんな兵器を使っても、邪神を倒すことは出来ない。
出来るのは少しでも削り、少しでも足止めすること。
各地にシェルターを作り、政府機能を維持すること。
日本は最初に蹂躙されるかもしれないが、逆にどのように崩壊するのか、それもある程度分かる。
なので自衛隊の戦力を維持し、邪神が去るまで待つこと。
「三人目の聖女を選別し覚醒させる機会がここにあるかもしれません」
優奈の未来でも、そこまでは邪神が顕現してからでないと分からない。
各地に政府機能を移動させる設備を作るというのは、悪いことではない。
中枢機能だけではなく、大規模なシェルターを作るというのも、そこに聖女候補を隠すという点で意味がある。
案外日本がずたぼろになってからなら、三人目の聖女を選ぶことが簡単かもしれない。
もっともそれとは別に、なんとしてでも政治の中枢は守らなければいけない。
そして一般市民には言えないが、ある程度の一般人の犠牲は許容すべきだろう。
戦争というのは、戦力を維持できた方が勝つ。
もちろん兵站が重要なので、関東から中部、関西の重工業地帯を、壊滅されては戦闘継続能力が落ちる。
ここから東北の太平洋側に、大規模な工業都市を作るべきだ。
北海道まで北上してしまうと、それはそれで輸送の問題が出てくる。
関東北部から東北南部まで。
そこを今後の半年で、どうにか物資の集積所などにする必要がある。
またアメリカからの補給も、視野に入れて考える必要がある。
出来れば東京は壊滅しても、千葉あたりが残っていれば、それなりにありがたい。
能力者のことを知る五十嵐は、東京内部に邪神を封印するという手段も、あるにはあると知っていた。
だがそれは悪手なのだという。
人間はここまできても、国家の利害を乗り越えて一致団結することは出来ない。
日本としては中国がある程度壊滅してくれないと、占領される可能性があると判断出来る。
だからこそ今回は、中国側のオブザーバーは呼んでいないし、閣僚の中でも親中派は呼んでいない。
まったくもって、人間の足を引っ張るのは人間である。
ただそれこそが人間の本質で、桜盛は全くこの程度では、人間に対して絶望したりはしないのであった。
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