第119話 次元の亀裂

 東京ドームの崩落については、テログループの爆発テロということで、表面的な決着はついている。

 だがあの時に現場にいた人間は、訳の分からないものを見た者もいるだろう。

 ただ邪神の眷属は電磁波なども乱すらしく、記録媒体の多くが破壊されてもいた。

 それでも都市伝説的に、話は広がっていく。

 もっとも多くの人間は、人類文明の崩壊が迫っているなど、全く思ってもいなかったようだが。


 気づく人間はある程度気づいていただろう。

 元から東京は地下鉄のさらに地下に、シェルターがあったりする。

 第二次世界大戦時の遺物を改めて改築したものであるが、政府機能を仙台に移す準備を始めた。

 普通ならそれは、名古屋か大阪だろう、と思う者がいる。あるいは松本がいいのでは、などと思った者もいるかもしれない。

 だが邪神との戦いが本格化すれば、日本という国は北陸と東北、そして北海道の国となる。

 紀伊半島や四国の南部、山陰や南九州は、あるいは中国が侵攻してくるかもしれない。

 しかし優奈の見る限りでは、中国も派手に負けている未来しか見えない。


 ところで、とフェルシアは身内の集まりで優奈に質問する。

「聖女候補を聖女にするタイミングは、どこにあるんだ?」

「それは……難しいけれど多分、邪神が日本列島を横断して、朝鮮半島と中国をぐちゃぐちゃにしてからになるかと」

 そこでもまた優先されるのは、国家間の勢力バランスだ。

 日本だけが犠牲になるなら、朝鮮半島に邪神が渡ったあたりで、聖女の選定を済ませてしまえばいい。

 そしたらソウルが壊滅するあたりで、邪神の封印にかかれるかもしれない。

 だがそれをすると日本は上下に分裂したまま、中国の戦力がそのまま残る形になる。


 戦後のことを考えなければいけない。

 極東の軍事的なバランスを考えれば、中国にも多大な被害を被ってもらわないと、日本が中国を抑えることが出来なくなるのだ。

「人間らしい考えだなあ」

 フェルシアとしては、人間の愚かさを責める気にはなれない。

 そういうものだ、とずっと昔に分かっているからだ。

 勇者世界でも人間は、そうおいうエゴイスティックな存在である。




 邪神が顕現した時点で、優奈の未来予知は大きく断裂する。

 異世界からの干渉により、未来の解像度が悪化するのだ。

 今の予知は桜盛やフェルシアから聞いた邪神を想定して、ある程度想像が入っている。

 だが邪神の動きは、はっきりと分かる。

 そういう存在であるからだ。


 日本だけで数千万、そして国外で数億の被害が出てから、ようやく対応出来る。

 ただその時点で、聖女候補が何人生き残れているか、それは予知できない。

 既に器として充分だと分かっている、蓮花と有希については、政府からの要請で能力者が万全に守るだろう。

 だが他の数人をどうするか、それが問題である。


 優奈の予知の限界。

 邪神が降臨した時点では、下手に手を出すことさえなければ、主な候補以外にも、複数の候補が生き残っている。

 ただ邪神降臨の直後は、大きく未来が歪んでいるのだ。

 また邪神の影響というのが、どれだけ大きなものかも判明していない。

 邪神本体以外にも、その瘴気を受けて魔王化するものがあるかもしれない。

 特に人間は、魔王となって絶大な力を振るうかもしれない。

 考えたくないことだが、考えておかなければいけないことだ。


 結局人間の限界を決めてしまうのは人間なのだ。

 人間の感情は、必ず正の方向だけではなく、負の方向にも存在する。

 それをもって人間はどうしようもない、などとは言わない。

 人間だけが、地球から宇宙へと飛び出していく可能性も持った存在だ。

 地球を満たし、70億を超える巨大な人口を抱える知的生命体。

 善悪などではなく、その数と力を考えれば、人間が繁栄しているということは間違いないのだ。




 邪神の顕現まで、まだ半年以上の時間がある。

 そしてそれまでに、何度も瘴気による眷属化はあるだろう。

 邪神本体を叩くために、戦力を集中する。

 なので眷属は、そのたびに消毒していかなければいけない。

 これは桜盛やフェルシア以外の戦力でも、どうにか対処できるものだ。

 だが世界中で、こういったものの被害が出てきていた。


 まだ都市伝説の内である。

 だが被害は相当なものとなってきている。

 人口密集地であればむしろ、すぐに能力者が対応出来るため、ありがたいとさえ言ってしえる。

 問題なのは人が少ない場所で、眷属が生まれること。

 人間の精神に引かれるとはいえ、そういう存在が全くいないわけではない。


 魔王とまでは言わないが、強大な眷属を相手にするならば、やはり聖剣の使い手が必要になる。

 しかし国外に、二人を派遣することには問題がある。

 下手に出せばこれを篭絡しようと、あるいは奪取しようという国家が出てくるかもしれないし、それに被害に目をつぶれば、おおよそ現地で対処が可能なのだ。

 これまた下手に消耗してしまえば、外国で拘束されることすらあるだろう。


 他の国と言うべきか、他の勢力と言うべきか。

 人類同士で団結できないというのが、本当に致命的なのだ。

 これが一致するには、もっと追い詰められる必要がある。

 まあ勇者世界を前例として見れば、それでも最後まで完全に、魔王に対して共闘することは出来なかったのだが。

 そんなことが出来ていれば、もっと魔王は弱体化していたはずだ。


 結局人間の持っている業が、邪神を強化する。

 それはまさに悪魔的な存在と言おうか。

 邪神の原始の状態が、どんなものであったのか。

 おそらくそれは、人間から生まれた。




 冬休みが終わって、あれだけの大事件があったにも関わらず、世間は落ち着きを見せ始めている。

 当然ながら桜盛も、学校には登校する。

 教室では志保の様子を観察するが、特に異常はない。

 鉄山にだけは、聖女の候補のそのまた候補であるとは、説明はしたのだが。


 この学校自体は、蓮花を守るために、五十嵐が手配しているはずである。

 桜盛の分かる範囲でも数名、能力者の存在を感じる。

 もっと探れば深いところまで分かるだろうが、それをすると桜盛の存在が察知される。

 いまだに桜盛が正体を隠しているのは、その方が動きやすいと優奈にも言われているからだ。


 放課後にダンス部を訪れると、既に大学の決まっている蓮花が来ていた。

 最後に会ってからそれほど時間も経過していないのに、本当に色々とあったものだ。

 年末年始に、初詣に誘われていたのだが、それどころではなくなった。

 そんな蓮花は、桜盛に対して二人になった時、囁くように言ったのだ。

「なんだか最近、監視されてるような気がするんだよね」

「……ストーカーとか?」

「どちらかというと、護衛の方が近いかな? 実家関連ではないみたいだけど」

 しっかりと護衛対象にバレているが、これは蓮花が鋭いと言うべきなのだろうか。


 桜盛としては、あのクリスマスの一件以来、蓮花の自分に対する目が変わっていることに気づいている。

 単純にすごく強い、という存在でないのは明らかだからだ。

「何か知らない?」

「分からないけど、探ってみようか?」

「う~ん、それはいいや。薮蛇になりそうだし」

 そんな蓮花は異常事態を感じていても、どこか余裕を持っているようであった。

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