第120話 夢見る少女じゃいられない
蓮花はあの日、目の前でとんでもない光景を見てからこっち、自分の中にうずく何かを感じている。
そして彼女は年末のドーム球場破壊事件が、自分が遭遇したものと同じ系統ではないのか。
その程度のことを考えるぐらいには、普通に想像力がある。
ひとしきり踊った後、蓮花は桜盛を連れ出した。
彼女には事情は知らされていないだろうが、少しは説明をしておかないと危険だ。
それに優奈は、特に桜盛に、彼女に対してドームの事件の口止めはしなかった。
あまり彼女の予知能力を信じすぎても、それは問題があるのかもしれない。
だが注意を促すために、彼女自身の価値を教えていく必要はあるのではないか。
聖女の器として、既に相応しいと確信されているのは、彼女と鈴城有希の二人。
失われてしまっては、邪神封印の難易度が、さらに上がっていく。
「こそこそついてきても分かってるぞ」
そう桜盛が背後に声をかけたのは、廊下の曲がり角に美春の存在を察したからだ。
「こっちはちょっと立て込んだ話をするんだから、いらん気を遣わせないでくれ」
その不機嫌そうな声に、美春の気配は遠ざかって行った。
蓮花にはクリスマスパーティーの時に、本当にざっくりとした説明はしてある。
あの事件とドームの崩壊事件がつながっていると、どうして考えるのか。
それは単純に、破壊力の話である。
警察発表によると、ドームの崩壊には爆弾が使われている。
テログループの犯行声明も出ており、日本も段々物騒になってきたな、と思う者が出てきている。
ただ本気で爆破テロを起こした割には、死者がほとんど出ていない。
それに現地にいた人間が多数に及ぶため、前後関係の考察サイトなども出来ていたりするのだ。
桜盛は蓮花に、かなり踏み込んだ話をすることに決めている。
おおまかには二つ、フェルシアの存在と、蓮花が選ばれた者であるということ。
どうして蓮花が選ばれたのか、というものは説明が難しい。
ただ彼女には確かに、華があることは確かだ。
同じ技術で踊っていても、彼女のダンスの方がより魅力的に映る。
崇拝者を集めるカリスマ性は、聖女に特有のものであるのだ。
逆説的に、どうして志保や茜などが、候補の候補であるかというのも、それで説明がつけられる。
異世界からの転移者については、少し蓮花は驚いた。
だがすぐに疑問を抱いて、質問をしてくる。
一番に思い浮かんだのは、言葉は通じるのか、ということらしい。
蓮花にとっての共通言語は、言葉ではなくダンスである。
なのでそんな質問になったのかもしれない。
「異世界には神様がいて、その力で話せるようになったんだ」
「え、世界中の言葉を?」
「いや、転移先であるこの日本の日本語を」
「あちゃ~、せめて英語なら良かったのにね」
それは確かに桜盛も考えたことである。
蓮花はそのことについては、そのまま流した。
重要なことではあるが、あくまで自分の興味本位のことだからだ。
「その人が来たってことは、邪神相手の勝率も上がったってこと?」
「いや、それがキーパーソンが一人足りない」
本当にどうして、未来予知を駆使しても、あと一人がそろわないのか。
神々の加護が機能していないようにも感じる。
それこそ勇者世界から、フェルシアのほかにもう一人、地球に来てくれる人間がいたら。
ただ彼女の話では、あちらの世界も戦士個人の能力は、大戦時よりも低下してはいるらしい。
このままでは、人類文明は崩壊する。
ただ桜盛はその前に、世界秩序が崩壊するな、と思っているが。
潜在的な敵国である中国が壊滅するのは、それなりに望ましいことである。
しかしそれ以前に、日本の方がより壊滅的な打撃を受ける。
北と南に分断された日本に、諸外国が手を出さないでいるかどうか。
意外と南は、沖縄の米軍がいるので、干渉を撥ね退けるかもしれない。
優奈の予知によると、ロシアへの被害はあまりないらしい。
もしかしたら北海道を取りにくるのでは、という危機感を桜盛は持ったりもした。
ただこれに関しては政府の人間曰く、自衛隊の海と空の戦力で、上陸は防げるらしい。
そもそもロシアは西に爆弾を抱えているため、東に進出してくる可能性は低い。
進出するとしたら、壊滅した中国を、陸軍国家の強みを活かして侵略するそうだ。
核兵器を所持している国家同士、たとえ中国がその時点で中央政府の昨日を失っていても、危険なことに変わりはない。
このあたりのことを説明すると、蓮花は頭を抱えた。
「それってあたしに話してもよかったことのわけ?」
「前にも少しだけ話したけど、蓮花ちゃんは死んだらまずい人間なんだってさ。キーパーソンの一人でもある」
「うぇっ? あたし超能力なんて使えないけど?」
「うん、だからまだ超有力ではあるけど、候補者の一人でしかないよ」
「ひょっとして桜盛君、あたしのボディーガードだったり?」
「いや、確かに知り合ってからは普通に助けてたけど、そんな重要人物だと知ったのはかなり最近」
これも本当の話である。
単純な魔力の大きさなどなら、いくらでも蓮花を上回る人間はいる。
ただ聖杖を渡せば、その力を使えるのは、蓮花が最適となるのだろう。
もうさっさと渡してしまって、彼女に自衛力を持ってもらった方がいいと思うが、それよりは聖女が誰かを確定した方が、危険度は高くなるというわけか。
そもそも蓮花は、何度か危険な状況に遭遇している。
そういう運命の偏りも、まさに聖女に相応しいものであるのかもしれないが。
聖女は象徴である。勇者と違い、力は人々の祈りと神々から集める。
そのために困難に直面するし、危機によって命を奪われるかもしれない。
そう考えると、やっておくべきことが一つあるな、と桜盛は思った。
「これを」
「ん? 化粧品?」
「魔法の薬。死んでさえいなければ、だいたい怪我とか治癒するらしいし。数は少ないけど、蓮花ちゃんなら持っておいた方がいいだろうし」
これは有希にも渡しておくべきだろうな、と桜盛は思った。
残りの本数から考えるに、志保と成美にも渡しておいた方がいいだろうか。
あとは茜に渡しておいても、彼女なら適切な時に、他の誰かに使うかもしれない。
ミレーヌが結局は使わなかったので、ラスボス前にエリクサーがいっぱい、のような状況になっている。
あとはこれはこの世界の神様製の物なので、フェルシアにも渡しておいた方がいいだろう。
回復の方法がなければ、戦闘においては圧倒的な不利となる。
桜盛は自前で回復手段を持っているし、聖剣にもその能力が備わっている。
まさに命に優先順位をつけなければいけない。
「けど、この薬のことは絶対に秘密。どうやら病気とか老化とか、そういうことにまで効果があるらしいし」
似たようなものは、天仙も持っていたはずだし、少し提供してもらった方がいいだろう。
もっとも日本にも日本で、似たようなアイテムはあるらしいが。
蓮花はしばし眺めたそれを、無造作にポケットの中に入れた。
「あのさ、あたしもその人に、会うこと出来ないかな?」
「……出来なくはないと思うけど、どうして?」
「守られるだけってのは性に合わないんだよね」
素直にただ守られていてほしいな、と桜盛が思ったのは言うまでもない。
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