第121話 聖女が二人

 蓮花と有希の間には、同じ力を持つ者の一族であるという共通点はあるが、それが完全に反対な属性がある。

 体制派か反体制派かという点である。

 有希は祖父が代議士ということもあって、完全な体制派。

 そして蓮花はヤクザの娘なので反体制派。

 しかし実際は世の中、そう単純なものでもない。


 政治家とヤクザが裏ではつながっているというのは、普通にあることなのだ。

 それは日本のヤクザが元は、各地の有力者から発生しているということがある。

 明治期の発展や戦後復興期の成長など、治安の維持には公権力だけでは不足で、地元の顔役などが協力していたというのが普通にあるというのだ。

 江戸時代の博徒などが、比較的好意的に見られるところなど、民衆の中には権力から外れた秩序に対して、ある程度容認する動きがある。

 今でも警察に頼れないが、あの人に言えばどうにかなる、ということなどは地方都市では普通にあったりする。

 その場合は指定暴力団ではなく、企業として成立している場合も多い。


 いいヤクザ、というのは存在する。

 だがそういうヤクザは、自分のことをヤクザなどとは名乗らない。

 では蓮花の場合はどうなのかと言うと、元から地元ではそれなりの顔役であったのが、戦後の復興期やバブル期に拡大し、そこから上手く表の仕事も持っていったというパターンである。

 あまり完全にそういった顔役を違法化すると、今度は警察では手が回らないところで、事件が起こる場合がある。

 ヤクザの自己正当化のようであるが、実際にチャイニーズマフィアの台頭などは、これが原因であったりする。

 またせっかくヤクザを撲滅しようとしても、現在では半グレ集団が、実質ヤクザよりも悪質な場合さえある。


 そして政治家というのは、選挙で票を取れなければ、ただの人である。

 票を集めるのに手っ取り早いのは、地味に支持者を訴えるよりも、確実な組織票を手に入れることである。

 宗教団体などがその組織票の元となっていることもあるが、結局投票所で誰に投票したかは、その本人にしか分からない。

 なのでぎりぎり選挙の公平性は保てていると言えなくもない。

 票田を継承していくのが、果たして本当に健全なのかどうかは、議論の余地はあるが。


 蓮花の場合は東京の組織に世話になっていて、本当にその背後には暴力が存在する。

 だが桜盛がそれを気にしなかったのは、二つの理由がある。

 一つはヤクザの暴力など、自分以外の誰かを狙われでもしない限り、全く脅威ではなかったこと。

 完全武装の自衛隊でも相手にならない桜盛が、暴力に脅威を感じることは少ない。

 そしてもう一つは、勇者世界で裏社会には慣れていたことだろう。


 平和な日本の裏社会と、過酷な勇者世界の裏社会。

 対峙して舐められないコツは、舐められた瞬間に殺すことである。

 だいたいどんな組織であっても、力自慢を数人半殺しにすれば、おとなしくなってくれる。

 これは日本ではなく、他の治安が悪い国でも同じことだ。

 マフィアは世界中に存在するのだから。


 しかしその中で、本当に人間を破壊するのに精通しているのは、実は国家権力を背景に持ったものである。

 マフィアが一般人に寄生した存在だとすれば、国家は国民に寄生した存在だ。

 そんな最高の権力が、一番怖いのは当たり前の話だ。

 もっとも中には国家より凶暴な暴力集団というのは、歴史を見ればそれなりに存在する。

 今の地球でも中南米あたりであれば、もはや裏社会と表社会は区分けされていない国もある。

 力こそ正義の理屈である。




 元は桜盛に用意されていたセーフハウス。

 そこは現在、フェルシアが使っている寝床である。

 生活資金として、クレジットカードを与えておいたら、あっという間に物が増えた。

 エルフはあまり物質に執着しないが、逆に金の使い方も荒い。

 なければないで、自分の身一つでどうにかするからだ。


 急激に生活感を増したハウスにて、ピコピコとテレビゲームに熱中するフェルシア。

 暖房器具がないのに暖かいのは、彼女の魔法によるものである。

 勇者世界ではまだ、こういった娯楽が発展していないため、フェルシアは古いSTGなどを楽しんでいたりする。

 それでいいのか、エルフさんよ。


 金髪の美形であり、そして耳の尖ったフェルシアに、集まった蓮花と有希の視線は集まっている。

 だがフェルシア自身は場所を提供しただけで、聖女候補とはいえ彼女たちに関心はない。

 いずれは聖杖を渡すことになるのかもしれないが、それはまだ先の話。

 なので説明も桜盛に任せっぱなしである。


 エルフは気になるが、蓮花は目の前の有希にも少し驚いていった。

「エヴァーブルーのユキ?」

「ええ」

 蓮花はジャンルは全く違うが、芸能界に興味がある。

 そのため有名どころはそれなりに知っていたのだ。

 特に有希は、トップアイドルでカリスマ性もある。

 ただこうやって二人が並んでいるところを見る桜盛は、蓮花もアイドル売りでいけるのでは、と顔面偏差値を比べていたりする。


 聖女候補二人の護衛は、桜盛が蓮花、フェルシアが有希と、おおよそ分担されている。

 もっとも何か事件が起こるのであれば、優奈が予知して指示を出してくる。

 今回の聖女候補の顔合わせは、優奈に確認を取ってのものである。

 ちなみに五十嵐などには、一方的に宣告しておいて、有希を拉致したのはユージに変身した桜盛である。

「それにしても、あの時の人もこの世界の人間やったんやね」

 蓮花が少し関西弁混じりで、ユージ状態の桜盛に話す。

 彼女は以前にもさらわれた時に桜盛に助けられているし、有希も武装グループの人質事件で顔を合わせている。

 ただしドームの崩壊事件の時は、桜盛の姿で助けられていた。


 両方を、それぞれ違う姿で助けている。

 もういっそのこと正体をばらしてもいいのでは、と桜盛などは思っているし、優奈もそれについては注意していない。

 だがそれを思い切るのは、どうにも決心がつかない。

 慎重すぎることは悪いことではないのだ。

「よっ、はっ、くっ」

 真剣にゲームに没頭するエルフを余所に、とりあえず三人は桜盛が取り出したソファに座った。


「桜盛君は?」

「俺がこの場所にいるから、俺の仕事を代わってもらっている」

 建前としてはそういうことになっている。

「あの時は本当にありがとうございました」

 有希の礼に対しても、桜盛は軽く手を振るだけである。


 聖女候補が二人、そしてそれを守れる勇者が二人。

 存在の意味を考えれば、ここが地球の特異点かもしれない。

(しかし何を話したらいいのかな)

 お互いに会ってみたいとは言われて、どうせいつかは顔合わせをする必要はあるだろう、と桜盛は思っていた。

 だがなぜか対面した二人の間に、緊張した空気が漂っている。


 フェルシアは関知しない。

 エルフは人間の色恋沙汰には興味がないのだ。

 もっともこれを色恋沙汰と言っていいのか、かなり微妙なところではあったろうが。

 世界を救うかもしれない四人が集まっているのだが、フェルシアが一人で雰囲気をぶち壊していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る