第122話 三人目の謎

 優奈を救出した桜盛と違い、他の三人は予知能力についてある程度懐疑的である。 

 フェルシアはそれなりに納得しているが、蓮花も有希も自分の力で未来を目指してきた人間だ。

 なぜ三人目がいないのか。

 正確には選ぼうとすると、誰かが死んでしまう。

 その強すぎる未来の強制力は、オカルトとは無縁の世界に生きてきた二人には、理解しづらいものがある。


 予知能力によって未来は変わってきた。

 だがどうやっても変わらない未来がある。

 それは矛盾といっていいのではないか。

 また二人は、優奈の予知能力にも、限界があることを教えてもらう。

「他の世界からの干渉は予知できないなら、それこそもう一つの世界以外の、違う世界からの干渉があったりはしなんじゃない?」

 蓮花の疑問はもっともなものかもしれないが、それは確かにそうであるとしか言えない。

 実際に優奈は、邪神の降臨後の世界の未来は、かなり細かい部分が変化しやすくなるとは言っていたのだ。


 今でも邪神の瘴気が侵食した後は、ある程度の変化があることは認めている。

 その中で最大のものは、フェルシアの転移であった。

 勇者世界からフェルシアが転移してくる前は、人類の前途はもっと暗澹たるものであったのだ。

 それこそ核の炎に包まれた後のように。


「他の世界は確かにあることはあるんだが、少なくともこの世界に干渉するような世界の中には、俺よりも強い戦士はいないはずだ」

 桜盛はそもそも、地球で最強の資質を持っていたからこそ、勇者世界に召喚された。

 一応世界間には、移動のしやすさというのはある。

 だがそれでも、勇者世界の神々が望んだのは、最強の素質を持っていた人間。

 他の観測可能な世界には、桜盛ほどの戦士はいなかったはずである。


 そうは言うが桜盛も、あくまでそれは素質であると分かっていた。

 勇者世界に召喚されて、最初の数年は甘い考えで何度も泣いていたものだ。

 神々の力で強化されようが、最後にものを言うのは個人の精神力だ。

 一方的で圧倒的な力が、彼だけに付与されるわけではない。

 そもそも結果的に、魔王の背後にいた邪神は封印するのが精一杯で、今回のように異世界への逃亡を許しているのである。


「その予知能力者の人に、私も会ってみたいんですけど」

 有希はそう言っているが、あまり二人が優奈と接触するのは望ましくない。

 聖女候補が誰かは、国内の人間にもほとんど明かされていない。

 他国からの干渉を、とにかく排除したいからだ。

「え、でも世界の危機なんですよね?」

 まあ一般的な反応では、そう思うのも無理はないだろう。

 彼女は政治家一族の人間ではあるが、それでも煌びやかな世界の中で、裏をさほど見ずに生きてこれた人間なのだ。


 それに比べれば、蓮花はまだ現実的だった。

「聖女の力って、邪神以外にも通用するの?」

「主に守りの力は通用するし、あとは奇跡を起こして病気を治療したりは出来るな」

「あ~、それじゃ他の国もほしがるか」

 強いて言えば、アメリカは穏当に協力を求めるぐらいで済むかもしれない。

 だが中国などは権力維持のために、世界秩序を乱してでも、聖女の力を手に入れようとするだろう。

 崑崙の天仙の力さえ、手に入れることが出来ずにもてあましていたのに。

 別に国家権力のみならず、権力というのはそういうものだ。

「国連はどうなんです?」

「あれは意味がない」

 桜盛はあっさりと否定する。


 異世界からの侵略なのだから、まさに世界各国が一致するチャンスではあるはずなのだ。

 だがそれは理想論であって、実際には主導権争いが激化する。

 そもそも現時点で、日本に戦力が集中していることを、特に共産圏の国は問題視している。

 彼らからは国連への身柄の引渡しの匂わせなどもあったが、拒否権を持っている国家がある国連は、まともに機能するとは思われていない。


 これがせめて、東側諸国に邪神が降臨するなら、話はまた変わってくる。

 だがその侵攻と破壊の初期は、日本において行われるのは、間違いのない未来だと予知されている。

 他国がなんらかの被害により、世界の利益のシェアを失うとき、それは違う国が利益を得るチャンスである。

 もっとも日本の場合は、機関技術をアメリカほどではないが独占しているので、それをどこかに移転する必要があるのだが。


 桜盛も後から知らされているが、東京から西へ移動していく中で、多くの企業の中心が、破壊されていくのだ。

 基本的にはそれは、国内に設備の移動を考えられている。

 だが邪神の進路先ではない台湾や、東南アジアもその候補になっている。

 国家や国民と、企業とではその重要視する部分が違うのだ。

「まあ、あまり国の動きには期待しない方がいい」

 それでも桜盛は、能力者たちをある程度集結させるのは、さすがにしなくてはいけないと考えているが。




 かつての共産圏の国家は、その国家体制を維持するために、能力者の存在を完全に国家が管理するか、抹殺しようとした。

 これは全体主義の国家であれば、どのようなイデオロギーを持っていても同じなのである。

 日本が戦時中も、この力の暴走を許さなかったのは、あの時代は能力者の最高指導者が、皇室につながっていたからだ。

 太平洋戦争においては、能力者はあまり活躍していない。

 移動手段が限られていたし、それ以前の中国などの大陸の戦線へ、既に投入されていたのだ。


 アメリカなどは移民として、多くの能力者がヨーロッパから海を渡った。

 そこで先住民族との殺し合いが起こったのは、アメリカの黒歴史である。

 今でもアメリカは伝統的な方法ではなく、国家が能力者を管理している。

 それは歴史の浅い国であるからこそ、上手く出来ているとも言える。


 陸地で他の国に逃げられる場合、能力者は弾圧されれば、どこかに逃げていくのが当然であった。

 中国などは崑崙のように、あるいは租界時代は上海、戦後は香港などがその住処となった。

 ロシアはソビエト時代に大粛清があったし、共産主義圏ではやはり、国家による排除が過激に行われていた。

 中国はむしろ、地方にそれが残ったという歴史がある。

 もっともこのあたりの話をすると、ヨーロッパのキリスト教圏は、もっとひどい話が転がっているらしいのだが。


 ともかく結論としては、日本は当初、単独で邪神と対決しなければいけないということだ。

「ひょっとして、去年の爆発事件、核兵器が使われたの?」

 蓮花は裏社会には、ある程度のつながりがある。

 だがそんな彼女でも、戦争にまでつながる巨大な動きには、想像が及ばないものである。

 日本はなんだかんだ言って、平和であったのは間違いないのだ。

「あれは俺だ」

 桜盛としては、今更隠しておく必要はない。

「それにあの程度では、邪神は倒せない。少し力を削る程度にしかならないな」

 人類の兵器では、邪神を削ることは出来ないのだ。


 そんな会話の中で、有希はずっと考えていた。

「どうして三人目が見つからないんでしょう」

 その疑問は、桜盛も何度も考えたものだ。

 だが優奈は、選んでも誰かが死ぬと言っているし、彼女の話を疑うことは、これまでの実績からして意味がないと思っている。

 あるいは彼女だけが知っている何かは、桜盛などに話してしまうと、悪い方向に未来が変わるのかもしれない。

「分からないが、次の瘴気の侵攻で、また少し未来は変わるかもな」

 そう、優奈は既に、次の戦いについては予知している。

「二月に入ってすぐ、また瘴気がこちらの世界に入ってくるらしい」

 そのために避難の手順なども、警察や自衛隊は考えているそうだが。


 優奈が何を隠して、それがどんな理由によるものか。

 考えることに、意味があるのか。

 未来はわずかに確定しておらず、そこに希望があるのかもしれない。

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