第123話 未来への遺産

 東北地方と北海道の、主に太平洋側に向けて、シェルターが存在する。

 これは別に邪神対策としてではなく、古くから国防の一環として、既に存在していたものだ。

 現在やっているのは、これに昨日を増やす工事である。

 だがそれは建前で、土木建築に従事する人間を、一時的にでもそちらに疎開させるという理由の方が強い。


 予知によると邪神は日本列島を、東京から横断していく。

 そのルートはおおよそ外れることはなく、東海道を進んでいく。

 北関東や千葉も無事であると優奈は予知しているが、それでも眷属の発生までは確認しきれない。

 北海道まで移転した方が、おそらくは安全である。

 だがそうすると今度は、本州全てを捨てる気になるのか、と前線が保てなくなるだろう。


 邪神の瘴気の影響で、動植物が魔物になるという話は聞いている。

 いわゆるゲームのような世界なのかな、と雑な認識をしているが、だいたい間違っていない。

 北関東の中小都市に、それぞれそれなりの指揮所を置く。

 邪神自体には無理でも、その眷属までなら、通常兵器でも充分に有効だ。

 それを指揮するシェルターを、急ピッチで建設していた。


 また、最悪の事態も想定はしている。

 邪神の眷属によって、北関東も壊滅し、本州から人間が駆逐されてしまうこと。

 人間の負の感情を食って、邪神とその眷属は成長する。

 だがいずれは、逆襲してまた人類の領域を取り戻す。


 優奈の予知の範囲では、最悪の場合でも人類という種そのものは滅亡していなかった。

 だからその時のために、準備をしておく必要はある。

 基地として機能する、地下シェルターに大量の物資。

 東北方面隊の総監部が置かれている仙台は、同時に臨時首都機能を置かれることも決定している。

「次はそこに邪神の瘴気が現れます」

「東京じゃなかったのか?」

 優奈の言葉に、桜盛はげんなりと返したのであった。




 自衛隊の師団の配置などを見るに、日本が仮想敵国としているのは、当然ながら日本海を挟んで接している大陸の国々である。

 なので太平洋側に巨大な指揮所を持ちながらも、部隊自体はやや日本海側に展開しやすくなっている。

 冷戦時代はソビエトが最大の仮想敵国で、その崩壊後は中国に北朝鮮が脅威と見なされていた。

 正確には陸上戦力としては中国だけが問題であったが。


 その仙台に、邪神の瘴気が侵入する。

 なぜだ? という話にもなるだろう。

 ここまで世界各地で邪神の瘴気の侵入を許したのは、まずは各地の亜空間。

 これは能力者が常駐しているため、すぐに対処が出来た。

 そして集中して出現し始めたのが東京。

 原因としては桜盛が、勇者世界との往復に使ったため、道の跡が出来てしまったようなものだ。


 だからこそ逆に、なぜだという話になる。

 フェルシアも東京に出現したし、邪神の出現も東京と予知されている。

 それなのに次は、よりにもよって首都機能を移管する予定の仙台。

 これまでの眷属の力を考えれば、準備をして迎えうてば、それほどの被害は出ないだろうと思われる。

 むしろ人口の密集度合いは東京よりマシなので、対応は簡単ではないのかとさえ言える。

 しかし疑問は疑問のまま残る。


 この理由についても優奈は、教えられないのではなく、分からないと言った。

 本当にそうなのか、実は理由があって隠しているのか、それは微妙なところである。

 だがこれまで、特に嘘をついたことはない優奈である。

 またこの仙台への眷属の出現は、これまでの東京でのものと違い、時期はともかく場所がはっきりしていなかったのだ。


 桜盛が東京を離れる。

 すると蓮花や有希に何かが起こっても、わずかばかり対処が遅れる。

 ならば国内の能力者だけで対応すべきかと言うと、今回の瘴気の侵入は、かなり強力であるらしい。

 フェルシアまでも動員する必要はないが、桜盛には行ってほしい、と優奈は予想している。

 予知ではなく、これは予想であるらしい。




 原因となるのは仙台が、今後の首都機能の移転地であるからというのはあるだろう。

 そろそろ邪神の存在については、オカルトだけではなく一般にも衆知されるかもしれない。

 実際に外国では情報の統制が上手くいっておらず、異常事態が発生して、謎の映像が残ってしまっていたりする。

 しかしこれこそ、どうして東京ではなく、世界各地にまで瘴気の発生源があるのか、という話にもなるのだが。


 これに関しては五十嵐の方から、ある程度は推測であるとしながら、説明があった。

 能力者により作られた、亜空間とも言える結界。

 そのなりそこないが世界を巡れば、そこそこの数があるらしい。

 日本などは一度、国中が完全に踏破されて、危険な場所も把握された。

 だが他国の状況を見れば、そこまで国土が管理されている国は、あまりないのが逆に一般的なのだ。


 するとやはり、仙台の件は謎である。

 元々仙台にも、大規模な避難設備は、しっかりと作られている。

 やや郊外ではあるが、500人規模が数十年は生活出来るというものであるらしい。

 100万都市の仙台に、500人規模というのは、どうにも規模が小さすぎる。

 明らかに政府高官やその家族に限定されるような気もするが、それに文句をつけるほど、子供ではない桜盛である。


 ともあれ桜盛には、仙台に行ってもらうことになる。

 いやいや、平日だったら学校があるぞ、と桜盛としては言いたいものなのだが。

 ただこれまでの傾向からして、瘴気の侵入はおそらく、夜になるであろうと予想される。

 東京から仙台までの距離は、約350km。

 桜盛が本気で飛べば、30分もかからずに移動できる。

 それまでは現地に能力者を派遣して、それでどうにか被害が軽減するようにすべきか。

 桜盛があまり東京を離れすぎるのも、防御が薄くなるなと考えられるのだ。


 聖女候補については、おそらく他国には洩れていない情報だ。

 しかし優奈という予知能力者がいることは、説明に説得力を持たせるため、かなり明らかになっている。

 そのため彼女の身柄は、通常戦力でも能力者でも、相当に強力に護衛されてはいる。

 いざとなればフェルシアが動く、ということも計算の内なのだ。


 この例外的な要素が、果たしてプラスに働くのかマイナスに働くのか。

「何か土産を買ってきてほしいな」

「いや、真夜中になる予定なら、店は開いてないだろ」

 フェルシアのどこかのんきな物言いにも、桜盛は軽く返すのみ。

 この程度の状況では、全く危機感を抱かないのが、魔王との戦争を生き残った戦士たちであるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る