第124話 異なる世界

 最悪の事態を想定して、各地のシェルターには、自然科学の知識や人類の歴史を記録した、アナログな情報が残されている。

 つまりは紙の本などだ。

 火にある程度強く、そして劣化もしない耐熱紙を、わざわざ利用する意味。

 それは現代日本においては、あまり感じられないであろう。

 しかし20世紀であれば、全ての書類は原則、紙で残すのが当たり前であったのだ。

 実は今でも、重要度の高い書類などは、特殊な紙で保管するのが国家機関の常識である。

 電気がなくなればコンピューターなどは、全く動かなくなる。

 そしてコンピューターに限らず現代の機械部品は、精密すぎて100年もすれば満足に動かない。


 もっとも保管状態などを限定すれば、紙よりも長く残るものは色々とある。

 粘土板でも完全に乾かせば、髪よりも残りやすいものだ。

 耐久力なら岩に刻み付ければいいし、特にそれを液体の中で保管しておけば、衝撃にもある程度は耐えられる。

 そういった物をタイムカプセル的に、各地のシェルターには保管しておく。

 ただそこまで文明が破壊されてしまっていたら、知識を活かすのも難しくなるだろうが。


 桜盛はその日、家の方には友人の所に泊まりに行くと言って、家を出ていた。

 実際はどうなるのか、瘴気の洩れ具合によって、対応する時間も変わっていくであろう。

 おそらくは戦闘よりも、その事後処理の方が大変になるだろうか。

 東京ではなく仙台に、眷属が現れるという理由は、いまだに判明していない。

 どこか不気味な感じはするが、それほどの脅威と感じていないのはなぜだろう。


 桜盛は直感には従うようにしている。

 東京ではないが、仙台は東京が壊滅したときの、首都機能を移設する都市として、第一候補に挙げられている。

 だが今回の侵攻で被害が出れば、別の場所を候補とすることも考えられる。

 すると電力供給の点などから、福島の自衛隊駐屯所があるどこかに、移動することも考えられる。

 どちらにしろ東京の各種機能を、他の場所に移動させることは不可能だ。

 一極集中の弊害はあるし、またそれを解消していたとしても、名古屋や大阪といった都市も軒並、邪神の侵攻進路に存在するのだ。

 世界が崩壊するかはともかく、日本が崩壊する可能性はかなり高い。

 邪神との戦闘で勝利したとしても、そこからの復興の方が長くなるのでは、と桜盛などは考えていた。




 桜盛は移動手段は、自力で飛行していくことを考えている。

 自衛隊の戦闘機などを使うにしても、その前後の準備を考えると、自前で全て動いた方が早い。

 どのタイミングで移動を開始するかは、優奈からの連絡待ちであるのだ。

 なのでそれまでには、すぐに移動できるように待機している。

 フェルシアのセーフハウスで。


「あ゛~」

 コタツに魅入られた駄エルフは、全く戦士の面影がない。

「この国は平和すぎる」

「いいことだろ」

「鈍っていく」

「今度模擬戦でもするか?」

「私と? お前が?」

「……場所がないか」

 下手に街中で戦闘でもすれば、壊滅してしまうのが二人の戦闘力だ。


 そもそも二人とも、日本の体制側に全力を見せるつもりがない。

 もちろん極限状態になれば、そんなことも言っていられないのだが。

 勇者世界と違い、二人には完全に信頼できる組織がない。

「邪神を首尾よく封印できたら、お前はどうするんだ?」

 これまでは尋ねなかったことを、桜盛は口にしてみた。


 邪神と戦い、これに勝利するのが難しいと、ずっと思われてきた。

 そのためその後、のことはずっと話題にならなかった。

「一応向こうに戻るつもりではいるけど、ずっと先の話になるかな」

 エルフの「ずっと先」というのは本当に千年単位の話である。

「この世界、この100年ぐらいで文明が発達しすぎだから、どうなるのか興味がある」

「それなあ」

 確かに異世界を経験してきた桜盛からすると、分かる話でもある。

 だがそれには一つ、問題があるのではないか。

「こちらで過ごした時間は、向こうではかなりになるんじゃないか?」

 桜盛の30年、フェルシアの1500年。

 こちらと比べれば向こうは、ずっと時間経過が早い。

「時間の流れは一定じゃないから、移動した直後に戻ればいいだけらしいけど?」

「そうなのか」

 どういう理屈かは知らないが、フェルシアが納得しているならそれでいいだろう。


 時間の流れは一定ではない。

「うん?」

「ん?」

「いや、今何か、ちょっと気になることが……」

 桜盛の直感が、わずかに働いた。

 今まで気づいていなかった、何かに気づいたというのは分かるが、それが何かは分からない。

「勇者世界の数千年後から、援軍が来てくれる可能性とかはないのか?」

「それをすると私が元の時間に戻れないし、そもそもあの世界ではもう、強い戦士が生まれる環境じゃなくなってる」

「そうだったよな」

 他の世界との往来というのは、そう簡単に出来るものではない。それは神様に聞いた。

 だから他の世界から、援軍を呼ぶというのも……。

「この世界で勇者召喚の魔法を使って、聖女候補を他の世界から呼ぶことは出来ないかな?」

「それは……出来るのかな? ただ召喚魔法は神々の領分だけど」

 地球の神様は、基本的には人類に無干渉だ。

 だが召喚魔法自体は、フェルシアと自分がいれば、使うことが出来るのではないか。


 もしそうだとしたら、三人目の聖女がどうしても揃わないという、おかしな確定した未来の意味も分かる。

 他の世界からの干渉は、優奈も予知が出来ない。

 勇者世界からはわずかに予知出来ていたが、それは今の時点で、わずかながらつながりが出来ているからだ。

 今の段階では全く、こちらの世界とつながりが出来ていない。

 ならば優奈の予知には引っかからないというわけだ。


 案外これは正解なのではないか。

 ただ問題は、そんな魔法が使えるのか、ということであるが。

「使えるかもしれないが……今はまだ、ちょっと無理かな」

 魔法というのは力任せで使うことも出来るが、召喚魔法などはかなり複雑な手順がいる。

 そしてフェルシアの知識ならば、なんとかなるかも、と予想できるのだ。


 これが正解のルートか。

 そう感じたところに、桜盛のスマートフォンに連絡が入る。

 それは大至急、仙台に移動してくれというものであった。

 日は没したが、夜というにはまだ早い時間。

 想定の範囲外の事態が、起ころうとしていた。

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