第125話 希望の未来

 桜盛が緊急の連絡を受けたのは、優奈の予知に変化が起こったからだ。

 彼女の予知に、急激な変化が起こるということ。

 それは即ち、この世界の外からの影響があったということだ。

 彼女自身も、それを完全には把握出来ていない。

 かなりの異常事態であり、ただそれでもその原因が、仙台であることは分かった。


「私はいいのかな?」

 フェルシアに尋ねられるが、眷族の段階であれば、桜盛一人で大丈夫だろう。

 なんといっても、今はもう聖剣があるのだ。

 それよりは東京から、最高戦力が二人とも離れる方がまずい。

「それで、何があったんだ?」

 優奈から直接の連絡というのは、かなり事態は切迫しているということではないか。

 ならばこちらも心の準備はしておいた方がいい。

『三人目です』

 彼女の言葉は、ちょっと理解の外にあった。

『聖女が揃いました』


 聖女は三人目は揃わない、と優奈は何度も言っていた。

 どんなルートをたどり、蓮花と有希以外の候補者を聖女にしようとしても、必ず誰かが死んでしまうのだと。

 他にも日本に、聖女の素質を持つ者はいる。

 それでもどうしても、三人の聖女は揃わないのだと。


 まるで神が運命を曲げているように、予知をしてもそれを上回ることが出来ない。

 そんな優奈が、あっさりと言ったのだ。

「どういうことだ?」

『仙台に出現する邪神の眷属を倒してください。それで分かります』

「了解」

 理由は分からないし、その三人目の正体も気になるが、桜盛の動きは早い。


 セーフハウスのマンションから、早い夜を迎えた空へと飛翔する。

 その行く先は、350km先の仙台である。

(異世界から誰かが来たのか?)

 先ほどまでのフェルシアとの会話から、その可能性を考えた。

 ならばこれまで優奈が存在を予知出来なかったのと、今になって突然予知出来るようになったことの理屈が立つ。


 しかし、誰がそんなことをした?

 召喚の魔法が、この世界にもあったということか。

 神隠しの話などは、確かに地球にも似たような話がいくつもある。

 異世界からの召喚というのも、神の降臨というような形で、神話の中には存在したりする。

 こちらから呼んだのではなく、あちらから訪れたというのか?

 色々と考えながらも、桜盛は最高速で仙台へと移動した。




 その場所の近くに行けば、桜盛にも瘴気は感じられる。

 既に邪神の眷属が、顕現してしまっていた。

 現地には能力者もいたはずであるが、おそらくこれは離脱してしまっているだろう。

 シェルターが存在すると言われていた、自衛隊の総監部。

 その地面が割れて、巨大な植物の根のようなものが、触手のように動いていたのだ。


「聖女候補……まさか遅かったのか?」

 いったいどうして、聖女候補などが出現したのか。

 それすらも桜盛には、分からないことである。

「いや、あっちか?」

 おおよそ北西方向、10kmほど距離はあるだろうか。

 能力者の気配を感じる。


 そちらに向かうべきか、あるいは眼下の眷属を先に処理すべきか。

 桜盛の優先順位は、大局的に見てどちらの方が、結果的に犠牲は少なくなるか、というものである。

 つまり一般人や自衛隊への被害は後回しで、能力者の反応を優先する。

 そもそも事態を把握するためにも、能力者に接触する必要があるだろう。


 空中を移動している間にも、巨大な眷属による被害は拡大している。

 だがそれでも、桜盛の優先順位は揺るがない。

 目の前の子供を見捨ててでも、大局的に動く。それが結果的には大きな成果を得る。

 桜盛は正義の味方ではなく、弱者の味方でもない。

 もちろん余裕があるなら救うが、基本的には敵に対する決戦兵器でしかないのだ。


 到着したのは高台にある公園。

 かなり抑えた魔力を感じるが、桜盛にははっきりと分かる。

 ただ不思議に思ったのは、この魔力の波長は誰かに似ているというものだ。

 着地した桜盛は、聖剣を片手に持ちながら、様子を窺う。

 木々の間に姿を隠しているのは、はっきりと分かっているのだ。

「そこにいるのか? こちらの言葉は分かるのか?」

 あまり威圧的にならない程度に、桜盛は声をかける。

 するとひょこと顔を出してきたのは、おそらくは日本人と思える容姿の少女であった。




 日本人?

 美形ではあるな、とどうでもいいことを考えていたが、彼女は素足であり、太ももまでがしっかりと見えている。

 自衛隊のジャケットのみを着て、おそらくその下には何も着ていない。

(召喚と同じか?) 

 フェルシアの場合はアイテムボックスの中にアイテムを持ってこれたが、他には桜盛の場合、素っ裸で世界間を移動している。

 そして――。

(似ている)

「ミレーヌ、か?」

 そう、魔力の波長も、彼女に似ているのだ。


 少女はそれを聞いて、やっと口を開く。

「ミレーヌは私の祖母です。私はアリーナ」

 桜盛の将来、第三次世界大戦の世界から来た、曾孫がミレーヌであった。

 だがあの未来は、もう変わってしまっていたはずだ。

「この時代で邪神を封印するために、未来からやってきました」

「そっちか」

 なるほど、このパターンなのか。


 優奈の予知能力が外れるパターン。

 それは未来が、既に彼女の知りえない、はるか未来からの影響で変わるということ。

 おそらく異世界との移動の他にも、時間移動もまた、予知能力の影響下にはないのだ。

「桜盛さん、ですよね?」

「ああ、その名前で伝わっているのか」

 ミレーヌが、あの時間軸のミレーヌではないことは、なんとなく分かっている。

 彼女自身が、そう言っていたからだ。

「とりあえず、服を着たほうが良さそうだな」

 アイテムボックスの中から服を取り出して、アリーナに渡す桜盛。

「ずっと未来から来たのか……」

「22世紀です」

「俺はまだ生きてるのか?」

「元気ですね」

 なるほど、やはり老化していないか、していてもまだたいしたことはないということか。


 ともあれこれで、聖女が三人揃った。

 都合のいいことに、それを知っているのは、まだ限られた人間だけである。

「自分の身を守る程度のことは出来るかな?」

「いざとなれば瞬間移動しますから」

「じゃあ俺は、あの眷属を止めてくる」

 無駄な話はせず、桜盛は行動を開始した。

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