第126話 世紀を超えて

 仙台市のほぼ中心に出現した邪神の瘴気は、すぐさま周辺の生物を取り込み、眷属化して巨大化した。

 これまでになく、人間の恐怖や絶望といった、負の感情を取り込んでいく。

 邪神という存在は、勇者世界においても、ずっとそのような存在であった。

 なぜそんな在り様でいるのか、それは神々さえも分からない。

 だがおそらくは、単純にそういう存在として生まれたのであろう。


 上空から垂直に降下した桜盛は、聖剣を全力で一突きした。

 神々に祝福された力は、邪神に対して特別な効果を持つ。

 だが大きなダメージを負ったとしても、核を破壊しない限りは、全てをすりつぶさないと、復活してくるのが邪神の眷属だ。

 勇者世界では邪神本体に対しては、それすらも不可能であった。

 桜盛が削れるだけ削り、そして神々の力で封印する。

 この世界では神々の力が使えないため、聖なる神器四つで結界を作り、そして最後に邪神を削れるだけ削ってその中に封印するのだ。


 目の前の眷属は、そこまで強力ではない。

 だが今までに戦った二体に比べると、格段に力が違う。

 その原因は分からないが、桜盛はとにかく削りまくるのみ。

 中枢部をやられたのか、自衛隊の動きは鈍く、眷属への攻撃よりも周辺の避難を優先させている。

 後ろから撃たれるのは嫌なので、むしろそれはありがたい。


 おそらくは今までにはない量の瘴気が一気に入り、そして人間を犠牲にしたのだろう。

 その元となるのは、この世界を包む、膜のようなもの。

 桜盛の世界間の移動や、ミレーヌの時間遡行で、そこに裂け目が出来ていた。

(つまりは、そういうことか)

 アリーナと名乗った少女。そしてミレーヌは祖母だと言った。

 この世界線の未来では、ミレーヌは生まれないのでは、と桜盛は思ったことがある。

 だがやはり歴史の修正力か何かでミレーヌは生まれて、そして彼女は邪神に蹂躙する世界を生きた。

 孫であるアリーナを、この時間に移動させた。そして三人目が登場した理由。


 あまり桜盛の好きな考え方ではないが、世界には運命の流れのようなものがあるのだろう。

 アリーナが三人目であるからこそ、他に三人目が選ばれることはなかった。

 そして未来人の彼女が三人目であるからこそ、優奈はこれまでどうしても、三人目を予知することが出来なかった。

 彼女の予知能力の限界を考えると、因果関係としては納得する。


 まず桜盛がしなければいけないのは、目の前の脅威の排除。

 それからアリーナを確保して、セーフハウスに帰還すること。

 おそらく優奈は、ここからの未来はもう、予知しているのだろう。

 三人目さえ揃えば、邪神の封印は現実的になる。

(中途半端に便利な予知能力だな)

 攻略本が下半分だけ隠されているような、そんな不親切な展開。

 だが本来なら、人生に攻略本などはないのだ。




 削りきった眷属が崩壊していく。

 広範囲で壊滅した自衛隊総監部であるが、火災などは桜盛が消火させた。

 ここから救助活動などがあるのだろうが、そちらは自衛隊や消防に任せよう。

 桜盛はアリーナを残していた高台の公園に戻ってくる。

 特に問題もなく、彼女はそこに待機していた。


 桜盛の渡したサイズフリーの服は、ユージ状態の自分用に用意したものであるが、こういう時には役に立つ。

 遠くからのサイレンの音は聞こえるが、後はもう普通の人間に任せる。

 先に桜盛は、まず連絡をする。

「彼女を保護した。ここからどうするか指示はあるか?」

『特に問題はありません。セーフハウスに戻ってください』

「了解」

 不思議な気持ちで、桜盛はアリーナと改めて対面する。


 確かにミレーヌの面影が残っているが、それはこの時間軸でも、桜盛が結ばれる相手は変わらなかったということなのだろう。

 もちろん結婚と離婚を繰り返したり、結婚をせずに生まれた、という可能性もあるだろうが。

 しかしミレーヌが曾孫で、その孫というのは、なんと呼べばいいのか。

(ひひひ孫かな?)

 桜盛は知らなかったが、とりあえずはどうでもいい。

「安全な隠れ家に避難するけど、先に何か話しておきたいことはあるかな?」

「この時代、聖女候補二人は、ちゃんと生き残ってますか?」

「ああ、それは大丈夫」

 やはり最初に確認するのはそれなのか。


 ほっとした様子のアリーナの態度に、桜盛としては彼女の目的もある程度予想がつく。

「それともう一つ、どうして貴方はまだ生まれてもいない、祖母の名前を知っているのですか?」

 そう問われて、むしろ桜盛は首を傾げた。

 そのミレーヌ自身と会っているからこそ、教えてもらったに決まっているではないか。

 だが時系列を考えれば、そういうことになるのか、とも思った。

「未来は一度変わってるんだ」

 桜盛としてはこの答えで合っているはずだと思う。

「君が知らないミレーヌは、一度未来からこの時代にやってきて、俺と接触した。その結果未来が変わって、この時間軸のミレーヌは過去に来る必要がなくなった。俺としてはミレーヌが本当に生まれるかどうかも分からなかったけど」

 つまりアリーナの祖母であるミレーヌは、過去には戻っていないということになる。


 以前のミレーヌと出会うことはない。

 だが違うミレーヌは、ちゃんと未来に生きている。

 そしてその未来では、やはり邪神が存在しているのだろう。

 アリーナがこの時代に来たというのは、おそらく未来では死んでいるか、足りなくなっている聖女を連れ帰るためか。

 ただミレーヌは、自分自身しか時間移動は出来ないと言っていたはずだが。


 ともあれ、詳しい話は後である。

「まずは東京に戻ろうか」

「東京……本当に、この時代はまだ、東京に人がいるんですね」

 その質問だけでも、未来は暗澹としたものであることが、予想出来てしまうが。

「分かりました。じゃあ移動しましょう」

 そう言ってアリーナは右手を差し出す。

 握手かな、と思って何気なく手を握った桜盛は、次の瞬間には空中に転移していた。




 転移は五回連続で行われた。

 そして最後に移動した先は、東京タワーの展望台の上であった。

 スカイツリーではないのは、何か理由があったのだろうか。

 ただ東京タワーは、こういった場面によく似合う。

「ミレーヌよりも、ずっと強い能力者なのか」

 転移の距離だけでも、はっきりとそれは分かる。

「はい。それでこの先はどこへ?」

「セーフハウスだ。フェルシアもまだ未来には残っているのか?」

「あ……はい、生きてます」

 やはりエルフ、寿命が長い。

 そして勇者世界にも帰らず、100年ほどもこちらにいるのか。

 彼女にとっては100年も、さほど長くは感じないのかもしれないが。


 飛行することも、アリーナは出来た。

 明らかに能力者としての総合力は、ミレーヌを上回っている。

 いや、桜盛の知る時間軸のミレーヌよりは、であるか。

 そして聖女候補二人は、未来の時間軸ではもう死んでいる、のだろうか。

 ならばアリーナが時間を超えてやってきたのは、なんのためなのか。


 ただおそらく、これでこの時間軸で、邪神を封印することは出来る。

 しかしアリーナのいる未来は、邪神がまだ存在するらしい。

 全てを解決するためには、まだ明らかになっていないことがある。

 そういった思考の中で、桜盛は一つ思い至ったことがあった。

「君は、自分以外の人間も、時間移動させることが出来るのか?」

「出来ます」

 ああ、なるほど。そういうことか。


 未来には桜盛とフェルシアが生きていて、そしてこのアリーナが聖女として存在する。

 ならばあと二人の聖女を、どこからか確保する必要がある。

 そして確実にいる聖女は、この時代の二人。

 過去の、つまり現代の邪神を封印するなら、聖女を未来に連れて行けばいい。

 そうすれば未来も救われる。

(これが、因果の解決方法か)

 ようやく桜盛にも、このストーリーラインの解決方法が分かったのであった。

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