第127話 未来への意思
全てのピースが揃った。
勇者と、それに匹敵する戦士、そして三人の聖女。
これを正しく導ける予知能力者。
邪神に対抗するための人材が、戦力として揃ったのだ。
だが全てがいいことばかりではない。
優奈の予知していた邪神の侵攻が、大幅に早まることにもなったのだ。
「何故だ?」
『時間移動で世界を覆う膜に傷を入れてしまったから、異世界からの侵入もしやすくなったの』
優奈の言うことには、なんとなくそうなのかな、と思えることもないではなかった。
ふと以前にも思ったことがある。
時間を遡行して未来を変えた、ミレーヌの存在のことである。
彼女の本来の未来は変わらず、元の時間軸に彼女は戻った。
しかし彼女の来訪によって、本来の未来とは違う、もう一つの未来が、世界が発生したのだ。
優奈の力の発現は、桜盛の異世界間移動と、ミレーヌの時間移動によって、それがなされている。
異世界と分岐世界は、その本質が同じなのではないか。
未来の予知を大きく変えるのは、異世界からの干渉。
そして未来からの干渉でもあった。
なのでこの場合も、大きく未来が変化している。
桜盛はセーフハウスに戻ってきて、まずは事情の確認をしようとする。
「なんだか不思議な魔力の波長だなあ」
フェルシアがアリーナをみて最初に言ったのは、そんなのんびりした感想であった。
移動を優先したので、詳細を聞いてはいない。
とりあえず優奈の予知では、邪神が顕現するのは、なんとわずか一週間後ということに変化していた。
それだけアリーナの時間移動は、世界の壁に隙間を作ってしまったのだろう。
また出現場所も、東京ではなく仙台となったそうだ。
これはまだ、人口の密集度などを考えると、マシになったと言えるのかも知れない。
今回の事件を理由に、仙台から市民を非難させる。
無人ともなれば桜盛たちも、存分に戦うことが出来るようになるだろう。
首都機能を移管しようとしていたのに、今度は一週間で100万人を避難させろとは、これまた無茶な話しではある。
だが邪神が顕現し、どうやら数千人単位で犠牲者が出たので、一時的な避難命令を出すのは政府としてはやりやすいはずだ。
決戦は一週間後。
それまでにやることは、聖女候補に聖女になってもらうこと。
考えようになっては時間がないというのは、悪いことばかりでもない。
他国の介入を防ぐのに、一週間ぐらいならどうにかなると思えるからだ。
少なくとも優奈の予知では、避難が完了するところまでは、しっかりと予知が出来ている。
邪神の顕現までは、予知が変化する要素は、自分たちが動く以外にはない。
ならばということで、今度はアリーナの話を聞く順番である。
このままの未来であれば、世界はどうなっていくのかを。
いや、アリーナが時間遡行をしてこなかった場合、未来がどうなっていたのかを。
それは優奈も知らない、確定しているはずの未来である。
本来の未来であれば、東京に出現した邪神によって、日本は壊滅状態になる。
邪神本体よりも、その瘴気によって発生した眷族が、国内を蹂躙してくからだ。
それから100年以上の間、邪神との戦いは続いていく。
終わらない戦いの中、人類の主戦力は桜盛とフェルシアであった。
聖女に関しては、何度も三人をそろえようという動きはあったのだが、そのたびに上手くいかなかった。
これに関しては邪神の動きよりも、人間の強調できない動きが、本当に愚かであったと言うしかない。
蓮花も有希も普通に死んで、その後も聖女候補は何人も出た。
だが失敗し続けたのだ。
特に優奈が死んでからは、未来の予知が出来なくなったので、より戦況は悪化していった。
そんな中でミレーヌが生まれ、時間移動の力を発揮した。
ただ彼女の持っていた力は、あくまでも己一人を移動させるだけ。
しかしその孫であるアリーナは、他者をも一緒に移動させることが出来た。
そこで思考の転換である。
聖女が生まれないのなら、聖女を送り込んでしまえばいいではないか。
器としても充分な能力を持っていたアリーナを、まず過去に飛ばす。
そして過去の時点で、まず邪神を封印する。
邪神の封印を終えたら、聖女二人に未来に移動してもらう。
すると未来でも邪神の封印に成功する。
元の過去に戻ってもらって、これで未来でも過去でも、邪神の封印には成功する。
これが未来において、人類が出した結論である。
なるほど、確かにこれで、聖女が三人そろうことになる。
「どうせなら俺も一緒に連れてきてくれたら、より戦力は充実したのに」
桜盛としては、楽をするためなら未来の自分でも、使い倒すのに躊躇はない。
「時間移動は、その人間が生きている間は、同じ時間に二人存在することは出来ませんよ」
「そんな縛りがあるのか」
同じ時間に、同じ人間が二人は存在できない。
いや、存在するはずがない、とでも言うべきなのか。
時間を移動しているなら、記憶や経験などを考えると、違う人間であるような気もする。
だが実際に時間を移動するアリーナが不可能だと言うなら、それは不可能で仕方がないのだろう。
理屈がどうかは分からないが、それが事実なら仕方がない。
どういう理論なのか考えるのは、学者のやることであって戦士のやることではない。
重要なのは、これで邪神を封印出来るということだ。
そしてこの時代で封印すれば、未来の世界へ蓮花と有希を連れて行って、封印すればいい。
ミレーヌよりもはるかに強力な転移の力を持つ、アリーナが誕生して初めて、出来たことである。
ただ少しだけ不思議に思ったのは、どうして東京ではなく仙台に、アリーナが出現したかということだ。
「本来の時間軸では、聖女をどこかの世界から召喚するため、転移魔法を試そうとしていたんです。それを逆に利用しました」
この間、桜盛とフェルシアの間で、話し合っていたことである。
この世界に聖女がいないなら、他の世界から召喚しちゃえばいいじゃない。
元々勇者世界において、桜盛を召喚したのも同じ理屈だ。
一つの世界だけで考えるから無理があるのだ。
優奈の予知能力の限界でもある。
「あとはこれから、戦力を集結させることになるのか」
ここから一週間というのは、かなり厳しいものはある。
だが優奈の転移能力があれば、少なくとも崑崙の天仙たちは、呼ぶことが出来るであろう。
将来的な邪神の進路を考えれば、大陸側の能力者は協力してもらえるはずだ。
意外と難しいのが、アメリカの協力かもしれない。
ともあれ、筋道は出来たのだ。
実際に成功するかどうかは、邪神の存在が関わっていると、予知が十全には機能しないので、優奈にも分からない。
しかし封印に至るまでの、必要条件は満たした。
あとは戦ってみないと分からないが、それは普通ならどんな戦いであっても、同じことのはずである。
「ところで俺は将来、誰とくっついていたんだ?」
「それは秘密だけど、予知能力者がいるなら、そちらに教えてもらえればいいのでは?」
教えてもらえない桜盛である。
もっとも未来は、これから変わっていくのかもしれないが。
邪神という強大な存在との決戦が終わっても、人生は続いていくし、世界はまだまだ問題を抱えている。
その中で桜盛は、どんなモテルートをたどるのか。
これは確かに教えてもらっても、人生がつまらなくなるだけであろう。
未来が分からないからこそ、人間は本来、その未来の先へと進もうとするのだ。
邪神の存在は、大きな問題ではある。
だが桜盛の人生と恋愛は、またそれとは別の問題であるのだから。
桜盛のモテルートは、まだ序盤でしかないのであった。
完
モテチート ~異世界より帰還した最強勇者のこじらせ恋愛と無双~ 草野猫彦 @ringniring
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