第115話 予知分岐

 優奈は自分の持つ予知の特徴を、また少し明かした。

 それは予知というのは、自分の好きな場面だけを見る、という便利なものではないというものだ。

 たとえば既に、選択した未来があったとする。

 その予知は既にしているわけで、その未来とは違った選択をしてみるとどうなるか。

 まるで夢の中にいるように、ある程度はあやふやではあるが、時間が早く進んで、その変化させた未来を見ることが出来る。


 以前の優奈が知っていたのは、なんだか特殊な力の素養があり、桜盛の勇者としての行動を縛ってしまう人間。

 茜に志保、そして成美などは、確かに単なる知り合いよりは桜盛に近く、簡単には切り捨てられない存在である。

 蓮花の存在はそれよりも重いもので、有希はまたそれとはちょっと違う特殊なものだった。

 桜盛が優奈の指示で介入しなければ、彼女は邪神の眷属となる未来が見えていた。

 しかし異世界からフェルシアが来たことによって、大きく未来は変わった。

 優奈はそれを知って、三人の聖女に誰が相応しいのか、を選ぶ未来を確認したのだ。

 その中の二人が、蓮花と有希である。

 この二人は未来にどう選択したとしても、ほぼ確実に聖女になることが出来る。

 問題は三人目だ。


 聖女になるための条件らしきものは、どうやら桜盛との関係性であるらしい。

 少なくとも蓮花も有希も、意識的に使えるほどの、強力な能力者ではない。

 だが桜盛との関係性と言うなら、成美には義妹という深い関係がある。

 ただ彼女を聖女として選ぼうとすると、悪い未来しか見えてこないのだ。

 簡単に言うと、聖女のしようとすると彼女は死ぬ。


 桜盛と仲のいい志保や、仕事で関係している茜も、同じである。 

 下手に聖女にしようとすると、死んでしまう。そのパターンはいくつもあるが、結果は同じだ。

 この確定した死、というのは優奈が予知した、今までの予知の中でも、他にあったことだ。

 何をどうしようと、現時点ではどうしようもない未来。

 まるでもうそのルートが確定したかのように、動かせないものがあるのだ。


 優奈の未来予知については、内容はともかくそういうものだ、と桜盛たちは教えられた。

 なるほど、と他の三人は頷いたものだが、優奈は実は全てを話したわけではない。

 たとえば三人目の聖女が、生まれそうな未来というのも予知したルートはあるのだ。

 だがそのルートだと、あくまで生まれそう、というのにとどまる。

 なぜならそのルートに進めば、自分の死が待っているからだ。


 死を恐れる、というのは当たり前のことである。

 そしてそれを実際に教えたらどうなるか、という未来も既に彼女は知っている、

 桜盛も五十嵐も、優奈は自分の身を守れ、と言ってくれるのだ。

 彼女の予知能力というのは、今のところ人類側の切り札だ。

 勇者や聖女と同じぐらいには、貴重な存在なのである。

 間違いなく聖女候補よりも、優先して守るべき対象だ。




 五十嵐は優奈によって、ようやく聖女候補の二人を教えられた。

 ただそれも紙によって書かれたもので、名前を記憶してすぐに、五十嵐はその紙を燃やした。

 これは第一級の極秘情報である。


 有希の護衛については、それほど問題はない。

 彼女はそもそも権門の家に生まれており、現役のトップアイドルだ。

 それに護衛を、表からも裏からもつけるというのは、難しいことではなかった。

 問題は蓮花の方だ。


 彼女は関西圏に勢力を持つ、大規模暴力団の娘である。

 現在は関東の暴力団の家で、下手をすれば人質のような形で、世話になっているのだ。

 ただ本人は少しだけアンダーグラウンドの世界に近いが、補導歴はあっても犯罪の前科などはない。

 だが犯罪者とわずかに関係があるのは、確かなことである。


 これは国家権力の護衛を付けるのは難しい。

 優奈はそこまで、ちゃんと予知していたということだ。

 なので能力者の中でも、国家機関に属していない人間を、その護衛として手配する必要があった。

 暴力団は警察の敵である。

 だが実際のところは警察も、暴力団と取引をしていることがないわけではない。

 かつて歴史的に、日本の暴力団が治安維持を担っていた、という事実はあるのだ。

 もっとも今となっては、ほぼ必要ないとも言えるのだが。


 海外のマフィアの侵入とそれへの対処としては、暴力団がいてもいい、と考える警察のお偉方さえいる。

 もちろんそれを公には口にはしないが。

 蓮花を守るということは、警察ではちょっと出来ない。

 面倒な話にはなるが、これが五十嵐の仕事であるのだ。

 明らかに警察の権限からは逸脱しているが。




「というわけで、彼女がフェルシア・ブレイブさん。学校の友達です。年末年始に親御さんとかと連絡が取れなくなって、行くところがありません」

「よろしくお願いします」

 愛想よく桜盛の両親と成美に対して、挨拶をするフェルシアであった。

 そういう設定によって、年末と年始を玉木家で過ごすことにしたのである。

 もちろん本当の目的は、より桜盛と現状の理解に努めることだが。


 成美がまじまじと見つめるのは、そのフェルシアの耳。

「……エルフ?」

「整形しちゃったんだと。エルフに憧れて」

 フェルシアの設定が、一気に残念になった瞬間であった。


 基本的に日本育ちだが、ヨーロッパの小国で育ったフェルシアは、日本語とその特有言語しか喋れないという設定である。

 実際のところは彼女は、勇者世界の一般共通語の他に、古代語などと呼ばれていた古代人の言葉も喋れるのだが。

 そちらは桜盛さえ喋れないので、使うことはないだろう。

「あまりお構い出来ないが、ゆっくりしていって」

 父はそう言って、成美に目配せをする。

 お預かりしている娘さんと、桜盛が変な関係にならないように、というものだ。

「しかしそんな突然に忙しくなったのかね?」

「あの、ドームが崩壊した事故が」

「あれか」

 しっかりと理由になってくれている。偉いぞ、ドーム君。


 外見的には20歳ぐらいに見えるが、欧米人が大人びて見えるというのは、よく言われることである。

 実際のところは1700歳であるので、年齢などは超越しているが。

 ともかくこれで、正月の間は桜盛との時間を作ることに成功する。

 こちらはこちらで、まだまだやることがいっぱいある桜盛であった。

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