第114話 一人足りない

 優奈の予知能力には限界がある。

 具体的には異世界由来の影響を、あまり予知することが出来ないのだ。

 おそらく桜盛の帰還に合わせて、なんらかの漏れ出たエネルギーによって備わった力。

 そしてその予知は全知全能にして無欲無策の神に由来する。

 ただその神様も、他の世界に大きな干渉は出来ない。


 フェルシアの存在は、優奈には直前まで見えていないものであった。

 彼女が本来予知していたのは、邪神の瘴気がこの世界に侵入した時、聖女であり巫女である器たる有希が、その依代となってしまうこと。

 受肉した邪神の眷属は、さらに強大な力をもって、膨大な被害をもたらすはずであった。

 ただ優奈が予知していたのは、そこに桜盛がいることによって有希を逃すことが出来て、被害が少なくなるというところまで。

 そこから先はさらにぼんやりとしていたのだが、フェルシアの存在ははっきりしていなかった。


「邪神はまだこちらの世界に来ていないが、それでも予知の範囲に入るのか?」

「瘴気が侵入するという状態になったことで、既にこちらの世界の存在になっているようです」

「なるほど」

 桜盛は納得して、予知で既に知っているであろう優奈以外の二人に向けて、フェルシアの話を始める。

「つまり、既に強かった君が、さらにとんでもなく強くなる武装を手に入れて、同じぐらい強い戦士がまた一人来たと?」

 それ自体は嬉しいことなのだが、扱いには苦労するだろうな、と頭を抱える五十嵐である。

「どうも文明の発展度では、近代に入ったぐらいに似ているみたいだ」

 勇者世界は桜盛が帰還する時は、おそらく中世なのでは、というぐらいの発展度であった。

 もっとも中世と一言で言っても、そもそも地球の各地の中世は違うし、勇者世界でも文明度の発達の違いはあったのだ。


 少し顔を出した桜盛は、フェルシアにはとりあえずwifiにつながっているタブレットを渡しておいた。

 変なところを触るなよ、とは言いつつ某百科事典的なサイトを紹介しておいたが。

 あとはテレビもあったので、それも見ているかもしれない。

 今日もこれから、一度はフェルシアの顔を見て、あるいは街を案内する予定もある。

 大晦日であるので、人混みは激しいはずであるが、逆にそれならフェルシアも紛れることが出来る。


 ただここで問題を、はっきりとさせておかないといけない。

 まずは聖女候補のことである。有希も蓮花も、その背景にはある程度の権力が存在する。

 だが能力者を送られて、それを撃退するほどのものではない。

 しかしここで下手に五十嵐に打ち明けて、守ってもらうのも難しい。

 五十嵐自身は信用できても、その上が聖女候補をどう扱うか。

 桜盛は根拠のない楽観論者ではない。


 有希も蓮花も、聖女候補と特定することは難しいだろう。

 また特定したとして、すぐに害することなどあるだろうか。

「護衛を頼んだ方がいいかな?」

「待ってください」

 桜盛が優奈に確認するのは、結果を先に知ろうとするカンニングである。

 だが別にこれで、優奈が利益を得るわけでもないし、むしろ彼女は狙われる可能性が高くなるだけだ。


 しばらく目をつむって、未来の情景をたどっていったのだろう。

 そして目を開いた優奈は、持っていたメモ帳に何やら書き始めた。

「護衛はいた方がいいですけど、その人選が問題です」

「俺は行かなくていいのか?」

「ユージさんは彼女に、現状の説明をお願いします」

 未来が分かっていてもなお、圧倒的に有利な展開にはならない。

 桜盛はもちろんそれは引き受けたが、年末年始は実家にもいなければいけない。

 ならいっそのこと、と考えたりもしたのであった。




 あと一人、聖女の器となる候補が足らない。

 他にも候補はいたはずだが、と桜盛は思ったが、考えてみればフェルシアがこちらにやってくるまでは、本当の聖女候補などは予知できなかったはずである。

 なので彼女が必要だと言っていた他の女性は、何かまた別の意味があったのであろう。

 それが必要であるか、もしくは言っても問題がないのなら、優奈は教えてくれただろう。

 教えてくれないのは、もう必要がなくなったか、問題があるからである。


 セーフハウスに戻ってきた桜盛は、説明が面倒だなとは思っていた。

「オーセイ、こちらの世界は情報を調べるのが凄く簡単だな!」

 まあ勇者世界においても、記憶庫にアクセス、などという能力の持ち主はいたのだが。

「とりあえずこの世界の予知能力者によると、やはり聖女が一人足りないらしい」

「70億人もいるのにか」

「いたとしても、安全に確保出来ないんだろうな」

 せめて日本国内ならば、桜盛とフェルシアの二人がいれば、なんとでもなると思うのだが。


 今はフェルシアと情報を共有し、決戦に備えなければいけない。

「他に何か、あちらの神々は言っていなかったのか?」

「いざとなればこの世界の神と交渉し、あちらからある程度の神の力を与えることも出来るとは言っていた」

「それは凄い」

 ただ勇者世界においては、神々の力ではやはり邪神を封印するのが精一杯であったのだ。


 一人足りない。

 そしてそれを充足させる方法がないと、優奈が予知してしまっている。

「まあそれはともかく、今は年末年始の時期なんで、色々と騒々しいんだ。うちの家に来ないか?」

「ああ、オーセイはこちらでは家族が生きてるんだな」

 普通に人が族滅されていた、あの魔王の動乱時代と比べてはいけない。

「出来るだけフェルシアに事情を教えていきたいんだが、この時期は家を離れることが出来ないんだ。そんなわけでフェルシアは、実家に帰国できなくて寂しがっている学校の同級生という設定でうちに泊まってもらう」

「……言葉の意味は分かるが、設定がどうしてそうなるのかは分からない」

 他言語理解はあくまで他言語理解であって、文化などの知識までもを植えつけるものではないらしい。


 この年末年始、医者である父と看護師である母は、共に病院を空けることは出来ない。

 一応は権限を使って元旦は家にいるが、呼び出されれば出て行くだろう。

 医者という職業はそういうものだ。

 ちゃんと余裕をもってシフトを組んでいても、アクシデントが起こるのが現実というものである。

「オーセイの家族に会うというのは、ちょっと楽しみだな」

「実のところ普通の人間だから、拍子抜けすると思うぞ」

 桜盛の勇者としての力は、突然変異的なものだ。

 実際に地球の能力者は、遺伝型よりも突然変異型の方が多いらしい。


 ともあれ課題が全く解決する見込みのないまま、年が終わる。

 人類絶滅までは、あと数十年から数百年。

 だが文明の崩壊の開始が始まるまでは、200日あまりしかないというひどい年末が過ぎていくのであった。

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