第113話 絶望の濃淡

 桜盛の正体というのが、どうでもよくなってきた。

 どうでもよくはないが、まず優先順位が違う。

 優奈の言葉が本当であるなら、いったいこれからどうなるというのか。

 もちろん優奈の予知について、疑う者もいた。

 だがこれを証明するのは簡単であった。

 マジックのように誰かに、ランダムな数字を書いてもらう。

 それが何かを当てる、という単純なことを繰り返したのだ。


 これは透視か読心のようにも見えるが、優奈の説明としては未来でその番号を見てから、それを予知したので答える、というものであったのだ。

 あとはそれを信じるかどうかであるが、信じたことを前提として、今度は邪神について桜盛へ質問が飛ぶ。

 桜盛は優奈の言葉をぐるぐる考えながらも、その邪神についての知識を広めた。


 邪神とは指向性の意思を持った、エネルギーとデータの集合体である。

 瘴気でもって生物だけではなく全てを汚染し、破壊の衝動を植えつける。

 何者をも残さないというところから、破壊神とも呼ばれていた。

「その、なぜそんなものが生まれたとか、なぜそんなことをしようとしているのか、それは分かるのかね?」

 分からない。破壊神は侵犯者であったからだ。

 ただ人間の中に破滅願望があるように、世界にも破滅願望というのが存在するのかもしれない。


 重要なのはどうやったら倒せるかだが、基本的には倒せない。

 だが封印することは出来る。

 受肉していればそれを破壊し、エネルギーの塊となったらそれを削り、神々の結界で封印する。

 勇者世界においてはそれで、もう二度と破壊神は復活もしないはずであった。

 ただ勇者世界への道は塞がれたが、他の世界への道は完全には塞がれていなかった。

 なのでこの世界に襲来する、ということなのだ。


 ここで鋭いと言うか、核心を突くが不毛な指摘が出た。

「ひょっとしてこの世界に現れるというのは、その君がその世界とこの世界を往来したせいではないのか?」

「そうらしいが、俺の責任じゃない。強いて責任があるとしたら、神の責任だ」

 もっとも神ですら、これは予想外のことであったらしいが。


 責任問題で、一度議場が紛糾しそうになった。

 だが桜盛が議場のテーブルを破壊するという、物理力で黙らせた。

「言っておくけど人間全員が平和を望み、争いをしまいと思えるなら、神の力で邪神は封印出来るんだぞ」

 もちろんそんなことは不可能である。

 この場にいる人間は、全て現実主義者であったから、それがはっきりと分かっていた。




 この先の未来の展開。

 それは到来した邪神本体と、その瘴気に汚染された眷属と、地球の現有戦力の戦いとなる。

 果てのない消耗戦となり、そして人間が数百人ほどにまで減少すれば、その意思を統一して神に祈り、邪神を封印するなり追放するなり出来る。

 もちろんそれは嘘である。


 会議は現実的な問題の話し合いに移行する。

 正確に言えば、この事実をどうやって伝えるか、というものであるが。

 邪神の存在やその脅威度は、まだ全てを伝えるわけにはいかない。

 だが超常の力自体は、ほとんどの国が分かってはいる。

 これまでにも似たような脅威自体はあった。

 それに記録というか似たようなものには、異世界のようなところからやってきた超常、というのも存在するのだ。

 似たようなものに、鯤のような消滅させても復活する存在があるのは事実だ。


 世界を動かす者たちから、一度桜盛たちは排除される。

 控え室のようなところに、鉄山と五十嵐、そして優奈と共に。

 そこで桜盛はようやく優奈と話すことが出来る。 

 ここは盗聴されているだろうなとは思ったが、それは別に構わない。

「邪神を封印は出来ないのか?」

「それが、予知が変化しています」

 優奈としても、その予知の限界はあるらしい。


「彼女を助けたが、それはちゃんと意味があったのか?」

「むしろ彼女が現れたことで、事態は良くなっています」

 この彼女とは、おそらくフェルシアのことであろう。

「異世界の存在は、介入してくるまではっきりとは予知が出来ません」

 ああ、なるほどと桜盛は理解する。


 フェルシアが聖剣と聖杖を持ってきてくれたことで、こちらの戦力は大きく底上げされた。

 だがそれでも、邪神を封じるのには人数が足りない。

 優奈は聖女があと一人足りないことを言っているのだろう。

 候補としては他にも数人は挙がってたのだが。

「お前は聖女にはなれないのか?」

「私の力は、この予知の力で器がいっぱいになっていますから」

「聖女の器は、なんというかカリスマが必要なのか? それなら世界中を探せば、それなりにいそうだが」

「そうですね、数人は確かにいますが、選んだとしても守りきれません」

「……それは邪神の眷属からか? それとも人間からか?」

「後者です」

 桜盛はため息をつく。




 勇者世界でも魔王と戦う上で、人間同士の足の引っ張り合いはあった。

 特に勇者が召喚されてからは、その力をどこが所有するかで、無駄な暗闘があったのだ。

 同じことが地球でも起こる。

 そしてそれは確かに充分ありうることだが。

「固有名詞が多くて分からないんだが、いったい何が一人足りないんだ?」

 沈黙する鉄山に対して、五十嵐は質問をする。

 何せ彼もどうせ、この先は動かなければいけないと分かっているからだ。


 桜盛は優奈と顔を見合わせる。

 五十嵐は体制側の人間であるが、その中では一番現場に近い幹部と言えるだろう。

 彼の協力なくしては、桜盛が動くことは難しいし、また聖女候補を守るためにも彼の権限が必要となる。

「今は下手に話すと、逆に事態が悪化しますが、侵犯してきた邪神を封印するのに、五人の人間……人間的な存在が必要になるんです」

 優奈の予知からの知識は、説明の手間を省く。

 もちろんこれから、桜盛が説明することを、既に知っているというのはやはり奇妙なことだが。


 その五人のうち、二人は確定していて、二人はほぼ確定の候補だ。

 だがあと一人足りない。そしてその一人を探しても、同じ人間同士で足を引っ張り合う。

 なんとも人間らしすぎるが、候補者の選定さえ出来たなら、なんとか安全に集めることは出来ないものか。

「邪神を封印する神器を、異世界から持ってきてくれた人がいるんです。その神器を扱うのに五人必要なのですが、二人は確定してる戦士で、二人は候補者の巫女。あと一人巫女が足りません」

「その一人が……ああ、なるほど……」

 五十嵐も鋭い男なので、世俗の権力がここで作用することが分かる。

 宇宙人が襲来しても、人類は結束することは出来ない。

 それは過去の疫病対策などを見ても、明らかなことである。


 世界中を探せば、間違いなく存在する。

 しかしどうやら、五人のうち四人が、日本に集合してしまっている。

 その救世主になる存在が、全て日本に集まるというのは、潜在的な敵性国家でなくても、容認するのは難しいだろう。

 ましてそこに派遣するというのは。

「未来では、本当にどうなってるんだ?」

「それが……まだ見えていないこともあるんです」

 優奈はそれだけを言うが、それ以上の説明はしない。

 また未来が変わってしまう可能性を、恐れているからだ。


 ただ彼女は分かっている。

 先ほど口にしたのは、最悪のパターンである。

 だがそれが、確定した未来ではないという、他の分岐も見えている。

 なぜはっきりと見えないのか、それが彼女としても不思議ではあったのだが。

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