第112話 絶望の未来

 世間的には謎の爆発事件による、ドームの崩壊と位置づけられたこの事件。

 避難時の困難により、死者はそれなりに出ていた。

 また明らかにこれは爆発によるものだ、とされる眷族を消滅させた攻撃。

 相当の爆発物が使われたものであり、そんな物がどうして事前に発見されなかったのか、もし持込であったらどうやって持ち込んだのか、世間を騒がせることとなった。

 ただ桜盛としては、そのあたりはどうでもいい。

 エヴァーブルーの所属会社が責任を糾弾されていたりして、大規模な謝罪記者会見なども開かれたが、警察による調査ではすぐに原因が特定されない。

 むしろ優奈の予想していた1%以下の被害で済んで、本当に良かった、というのが事情を知る人間たちの所感である。


 桜盛の妹である成美は、またもエヴァーブルーのイベントで巻き込まれる形となった。

 気の毒だなとは思うが、なんというかもうこれは、仕方がないものだろう。

 本人は意外とケロリとしており、エヴァーブルーは悪くないじゃん、とプリプリしていたが。

 両親は成美をさっさと避難させた桜盛を誉めたが、すぐに連絡をいれなかったことを少し叱った。

 いや、それはどうしようもないのだが。


 年末の大事件として、これは大きく日本のみならず世界に報道されることになる。

 ぽっかりと穴の空いたドームの惨状を見れば、死者が片手で数えられるものだったというのは、奇跡のようにさえ思える。

 実際に事件を収束させたのは、まさに神の奇跡であったのだが。


 桜盛はネットサーフィンに大興奮するフェルシアを置いて、事態の説明に向かうこととなった。

 普段のような茜や五十嵐に対するものではなく、千代田区の官庁が入ったビルへと向かった。

 ここには後見人のような形で鉄山がいて、また優奈も呼び出されていて、五十嵐もいたがそれ以上に、現役の閣僚や警察幹部に自衛隊幹部、またアメリカ大使館や中国大使館などからも出席があった。

 ついにこの件が、表に出ることとなったのである。

 どっかりと座った権力者サイドに対して、桜盛や優奈、そして五十嵐は立ったまま。

 そんな扱いを受けてまず桜盛がやったのは、アイテムボックスから椅子を取り出して、優奈と五十嵐にも勧めたことである。

 優奈は座ったが、五十嵐は立ったままである。

 宮仕えは辛いのう。


 共有すべき情報は大量にある。

 それについては簡単にまとめたものを、既に聞かされてはいるはずの人選だ。

 ただ省かれているのは、優奈の予知能力。

 そしていまだに詳細を明かされていない、桜盛の正体などだ。




 ここは在日中国大使などがわめくかな、などと桜盛は考えていた。

 だがこの面子を見れば、圧倒的に彼は少数派であり、むしろ味方はいないとさえ言える。

 閣僚の中には親中派もいたが、それとは目を合わせる程度。


 そもそも中国は能力者の活用は、あまり積極的ではない。

 1960年代には大量に国外に脱出したり、国内の僻地に逃げられたのだ。 

 まあソビエトも同じようなことをやっていたが。

 以前の日本近海の爆発事件も、中国は蚊帳の外ではあった。


 ただ民主主義の各国のテロリストであった能力者などを、近年では積極的に受け入れている。

 もっともそういった能力者は、組織的に新たな人材を育成するということには消極的で、見えない国力はアメリカに大きく遅れを取っている。

 ここにイギリスやフランス、イタリアなどの能力者強国の大使がいないだけでも、日本側の中国への配慮が見えると捉えるべきであろう。

(この面子を相手に俺が説明すんの?)

 五十嵐一人、胃が痛くなっている。

 それを横目に、桜盛は優奈とひそひそ密談をしていた。


「どこまでを予知していたんだ?」

「予知していた未来が大幅に変わりました」

 優奈の言葉は、ある程度桜盛も予測していたことだ。

 彼女の予知能力は、あくまでもこの世界に限定されたもの、が由来となっている。

 異世界からの侵犯者である邪神の影響は、読みきれないものがあるのだ。

 そしてフェルシアが来訪したこと、また彼女が聖剣と聖杖を持ってきたことで、大きく未来は変わった。

 その未来の全てを話すつもりはない優奈である。


 予知された未来を観測したところではまだ、それは変わらない。

 それを変えようとした時点で、未来が変わる。

 量子論的な未来予測とまでは、さすがにいかないらしい。

 だが桜盛が説明しようとしていることは、おおよそ彼女はもう知っているらしい。

 おそらくこの場か、後に彼女に説明する未来を知っているということだろう。




 そんなことを考えている間に、予知についての話、そして邪神の侵攻の話までは説明された。

 あの日本近海における爆発は、各国も承知していることである。

 その上で邪神に対しては、全くとは言わないが致命的な効果はないであろうと言われた。

「そもそも、その男はいったい何者なんだね」

 桜盛の正体に対して、質問する者がいるのは当然であった。

「その邪神のいる世界で、邪神を封印した後に、こちらの世界に戻ってきた日本人だが?」

 真の権威を持ち、戦乱の世界を率いていた各国の王族や貴族。

 それに比べれば現代日本の閣僚や官僚など、桜盛に全くプレッシャーを与える存在ではない。


 足を組んで椅子に座り、老人たちを平然と見下すかのような態度。

 桜盛が勇者として、望まずに手に入れてしまった技術だ。

 実際のところ、桜盛には全く臆するところなどはない。

 邪神がやってくる責任は、桜盛ではなく神々と神様にあるのだ。

 そして世界の人類が同じ祈りをもって願うなら、神様は邪神の侵攻を止めてくれる。

 だがそれは不可能だと、桜盛はつくづく現実主義だ。


 桜盛の圧力に、一般人は耐えられない。

 警察や自衛隊の幹部などは、それなりに耐えていたが。

 閣僚や官僚の中でも、数人はそのプレッシャーを受けきる者がいた。

 腐っても国家の指導者層と言えるであろう。


「桂木翁は、何か意見が?」

 この場の最年長の人間に、首相から声がかけられた。

 だが鉄山は顎を撫でるのみで、白々しい表情のまま桜盛の方を向く。

「邪神に対する戦力は、おおよそ揃ってきている」

 桜盛だけであったら、果たしてどうなっていたか、という話である。

「ただ一つ、まだピースが足りないんだが」

 聖女は三人必要だ。

 おそらく蓮花と、そして有希がその二人までになるのだろう。

 しかし三人目はどうするのか。


 桜盛が見つめたのは、もちろん予知しているはずの優奈である。

 その彼女は、しかし首を振った。

「一人、どうしても足りません」

 それははっきり言えば、桜盛でさえちょっと予想外の回答であった。

「あと一人、世界には力を持つ女性が欠けている。このままでは邪神との戦いで、世界は滅びます。未来の予知をある程度変化させようとしても、ピースが一つどうしても足りません」

 え、と桜盛でさえ呆気に取られた顔をしてしまった。

「来年で人類は滅亡しないまでも、三年で70億以上の人間は死に、地球の文明はほぼ崩壊します」

 なんだそれは。

 そんな未来を、ずっと優奈は抱えてきたのか。

「シェルターなどを作って、どうにか人類を一部でも存続させて、器となる人間が見つかるまで耐えるしかありません」

 そうは言うが、もし見つかるのであるなら、優奈はそれを予知出来るのではないか。

 何かまだ、隠していることがあるのか。

 桜盛はそう思っていたが、優奈はその表情に、どうしようもない諦観の色を浮かべているだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る