第111話 日本へようこそエルフさん

 桜盛はしっかりとフェルシアに現状の説明をしていった。

 だが途中で何度もツッコミが入った。

『なぜ正体を隠す必要が?』

 勇者世界の桜盛は、血縁者などはなかった。

 だから親しい者にさえ気をつけていれば、人質になど取られることもなかった。

 実際に人質に取られてからは、意図的に無力な者に情をやることはなくなっていった。

 しかしフェルシアには、そのあたりも理解できなかったようだ。

 なにしろ彼女に、弱い肉親などというものはなく、他の人間関係も希薄であったので。

 これだからエルフは!


 フェルシアは普段はまったく、感情的にはならない。

 だからといって感情が欠如しているわけではない。

『なんだか随分と面倒なことになっているのだなあ。僻地に身を隠せばいいのじゃないか?』

『いや、この世界では俺はまだ16歳だから、親の保護下にあるんだよ』

『ああ、この国ではそうなのか』

 国によって違いはあるし、そもそもエルフであると100歳ぐらいまでは、成人に達したなどとは認められない。

 ちょっとした小国の軍隊を相手に一人で渡り合えるようになって初めて、エルフは成人と認められるのだ。


 また桜盛は日本という国についてと、そしてその日本における自分という立場についても、フェルシアには説明をした。

 世界情勢を説明するにつれ、なんとも珍妙な表情を浮かべてきたものだが。

『結局、文明が発展しても戦争がなくならないのは、この世界でも同じというわけか』

『エルフのようにはいかないな』

『あちらは直接神の声が届くのに、それでも戦争が絶えないのだから、あちらの方が救いがたいかな』

 そうは言うが魔王が誕生するまでは、それなりに平和だったとも聞く。

 もっともその平和というのはおそらく、支配層から見た平和であったのだろうが。


 桜盛はそして、日本が先進国であることを説明しつつ、文明の利器についても説明した。

 どうやら1500年の間に、あちらでもそれなりの文明進歩はあって、テレビのようなものは大きな施設には作られるようになったらしい。

 だが話を聞くに、どうもそれは映画の方が近いのではないか、と思えた。

 ただ緊急時の放送などは、確かに庶民にも流れたらしいが。

 東京の街並を見ても、それほど驚愕しない程度には、向こうも進歩しているということか。

 しかし民主主義というものを理解させるのには、それなりに苦労した。


 ある程度は桜盛が説明をするしかないが、自分でも調べてほしい。

 しかし彼女には、地球の言語が通用しない。

『そのへん、何かアイテムはないのか?』

『ああ、忘れてた』

 そしてフェルシアは四次元ポ……アイテムボックスからそれを取り出した。

『他言語理解オ~ブ~』

『え、その紹介フレーズ、マジでまだあっちで流行ってるの?』

 転移直後の桜盛の黒歴史であるが、フェルシアは普通に容赦なく頷いた。




 他言語理解オーブは、誰かの言語知識をそのまま、彼女に移植するという、なんともファンタジーなアイテムである。

 ただ地球であっても、現在はかなりスマートフォンが、似たような役割を果たしているといっていい。

 このオーブについては、一人の人間の言語能力を、読み書きと共に移植するというものだ。

 その仕様上、限界はある。

 あくまでその人間の言語知識であるので、全ての言語が通じるわけではないということだ。


 つまり桜盛の言語知識を移植すれば、日本語がメインとなってしまう。

 桜盛とは勇者世界の言語で会話出来るので、英語がネイティブに話せる日本人を探して移植した方が、後々には便利になるであろう。

 身近にそういった人間はそれなりにいる。そもそもボンボン学校の人間なので、バイリンガルやマルチリンガルがそこそこいるのだ。

 それこそ玉蘭などは、日本語の他に英語と中国語、また他の少数民族の言語も複数操れるらしい。

 エルフのような仙人にとっては、生きていく上で自然と見についたものであろう。

 彼女にならば協力を頼めるし、実際に今はそこそこ近いところにいる。


 ただオーブの性能を確認する限り、桜盛の言語知識を移植した方が、無難ではないかとも思える。

 勇者世界の単語や概念を、すぐに日本語として考えられるのが、桜盛一人であるからだ。

 それこそ英語や中国語などは、通訳やアプリを使えばいい。

『私もそれでいいと思う』

 なので桜盛の言語能力を、移植することにした。


 オーブをお互いの額に触れながら、数秒待てばいいだけという、簡単仕様のアイテムである。

 さすがは神様の作ったアイテムといったところか。

 間近で顔を合わせると、やっぱりえげつないほどの美形だな、とつくづく桜盛はフェルシアの顔立ちに感心する。

 その至近距離で、フェルシアは笑った。

『なんだか子供の桜盛というのは、不思議な感覚だな』

 そういえばフェルシアの知っている桜盛は、既に成人してから出会った時のものであったろうか。

 記憶がやや曖昧なのは、エルフは美形ぞろいで区別がつきにくかったというのもある。


 オーブが消滅して、フェルシアは口を開く。

「こんにちわ」

 言語が定着するのには、一晩ぐらいはかかるらしい。

「今日はもう寝るとして、風呂の使い方ぐらいは教えておこうか」

「風呂? こんな狭い庶民の家に風呂があるのか?」

 あ~、となんとなく向こうの世界の常識や、地球でも日本以外の国ならば、ある程度はそうかもな、と思う桜盛である。

 日本でも100年も前であれば、銭湯の方が一般的ではなかったろうか。

 少なくとも江戸の町はそうだったような気がする。


 風呂やシャワーの性能に驚くフェルシアに、一通りの使い方は教えた。

 あとは明日、大晦日を一日使って、彼女に色々と教えればいいだろう。

「泊まっていかないの?」

 別に誘うでもなく、素でフェルシアは言っている。

 お互いに話し合うことは、確かにまだ色々とあるのだ。

 しかしそれとは別に、桜盛にはまだ今日の後始末がある。

 五十嵐には連絡したが、成美は避難させて放置したまま。

 あんな状況に巻き込まれて、家に帰らないというわけにもいかないだろう。


 フェルシアとしても、懐かしさを言い訳に、桜盛を拘束するわけでもない。

 ただ彼女は、他に桜盛に渡すものがあった。

 それは桜盛が、聖剣の次に欲していたもの。

 勇者の聖鎧である。


 着脱に少しは時間がかかるので、戦闘中に渡すことは出来なかった。

 だがこれで桜盛の、基本装備は揃ったことになる。

 邪神とまともに戦える、準備が揃ってきたのだ。

「背中を預けられる仲間も来たしな」

 桜盛にとっては本当に、心から信用し、信頼できる人間である。人間ではなくエルフだが。

 決戦に向けて、まだ半年が残された現在。

 桜盛はようやく、前向きに勝って生き残ることを考えられるようになっていた。

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