第110話 エルフ in 東京

 空を飛ぶ二人は、東京の夜景を眼下に見る。

 ドームでは大事件が起こっているが、それでも東京の夜は眠らない。

『美しい街だな、ここは!』

 フェルシアの張り上げた言葉に、桜盛もふむふむと頷く。

 確かに勇者世界では、ここまで明るい夜はなかった。

 もっともあれから1500年も経過していては、ある程度は発展していたと思うのだが。


 あの、桜盛が守った世界が、果たしてどうなったのか。

 仲間たちは死に、守った王国は滅んだ。

 だがそれも諸行無常。

 エルフだけがそれを、ずっと見据えていたのかもしれない。


 ビルの屋上から桜盛は、五十嵐へは連絡を入れておいた。

 そして優奈から何か伝言でもないか、と確認もしたのだ。

 彼女としては、未来がある程度確定した、という言葉を聞かされたらしい。

 その内容についてまでは、桜盛も詳しくは聞かなかったが。


 桜盛一人用に用意されたセーフハウスに移動した二人は、ようやくここで戦闘体勢を解く。

 ここまではまだずっと、危険性を感じていたのだ。

『随分と狭いところに住んでいるんだな。庶民の家と変わらないだろう』

『この街は世界でも最高レベルで家賃が高いからな。それに普段住居しているわけじゃなく、アジトの一つみたいなもんだな』

 ふうむ、とフェルシアは建材に触れたりしている。

『とりあえずは……着替えか?』

 剣はしまったが、鎧をどうにかしないと、外に出ることは出来ないだろう。


 桜盛のアイテムボックスの中には、フリーサイズの着替えが何着も入っている。

 自分の着替えでもあるし、誰かに提供することが目的であったりもする。

『着方は分かるよな?』

『分からなかったら聞く』

 そう言ったフェルシアの鎧は、鎧下の衣服と共に、光になって消える。

 そこにあるのは、一糸まとわぬ美しいエルフの肉体。


 桜盛はさっと背中を向けるが、フェルシアはまったく気にしていない。

『何度か見たこともあるだろうに』

 確かに傷の治療などで、普通に見たことはあるし、なんなら全裸で水浴びをする間、見張っていてくれなどと言われたりもした。

 エルフは己の美しさを自覚していると共に、他者からの性欲の視線も気にしない精神を持つ。

 これだからエルフは! と桜盛は何度も思ったものである。

 だが確かに、一瞬とはいえ目の保養にはなった。




 ファッション性を考えず、着易さを重視して選んだはずのダサジャージが、ファッション雑誌に載ってもおかしくないような服に変化する。

 本当に、これだからエルフは! という美しさである。

 神々が遺伝子レベルで美しさだけを組み込んだ、と言われる種族なだけはある。

 人間ではかなりトップレベルの存在でも、エルフと並べば普通に見える。


 そんなフェルシアは、勇者世界のその後については、ざっくりとだが説明した。

 ある程度平和にはなったが、相変わらず戦乱は続いたらしい。

 そもそも魔王の軍門に心ならずも下っていた国家などは、大義名分をもって滅ぼされていった。

 しかしそんなことのやりすぎで、復讐の心は燃え上がってしまったのだ。

 神々もある程度は止めたのだが、実際に本物の魔王信奉者と、その支配下の普通の人間を、完全に判別することは難しい。

 そういった人々の悪意が、邪神の封印を弱めてしまった、ということはある。


 なるほど、と桜盛は思った。

 善なる神々への信仰による力で、邪神は封印されていた。

 しかし虐げられていた人々にとっては、邪神による現状の崩壊も、望むものにはなってしまったのか。

 本物の神がいる世界でさえ、人々はそんな愚かな選択をする。

 ならば不干渉の神しかいない地球では、戦争がなくならないのも当たり前であるだろう。


 ただ、さすがに邪神が完全に封印を解くというのは、不可能なはずであった。

 それなのにある程度の力を怨念から得た邪神は、他の世界への脱出を試みた。

 これを防ぐことは、神々の力によっては逆に不可能であった。

 異世界への脱出というのは、勇者世界の封印を破壊するのとは、全く別であったからである。

 しかしこれをそのまま座視しているわけにもいかない。

 なので勇者世界最強の戦力となっていたフェルシアが、神々の支援を受けて、この世界にやってきたということである。


 その際に邪神が侵入しようとしている、時空の狭間を利用したのは、使う力を少なくするためには当然のこと。

 おかげで桜盛が転移したのとは違って、勇者世界のアイテムボックスなどを持ってこれたわけである。

「なるほど……」

 桜盛としても納得の話である。

 時間の流れが二つの世界で違うのは、帰還してきた時に分かっていたことだ。

 そもそもその違いすらも一定ではないようだが。


 フェルシアが邪神を倒すか、あるいはこちらでも封印するためにやってきた。

 神々は邪神に対して、しっかりと対応してきたわけである。

 だがここまでの経過を聞くと、また違う考えも浮かんでくる。

『ひょっとしてこれ以上の援軍は、来れないのかな?』

『そうだ。ただ頭数だけを増やしても意味はないし』

 どうやら魔王を倒した後の勇者世界は、戦乱がある程度はあったと言っても、個々の戦士に求められる力は少なくなっていったらしい。

 またその後のフェルシアの話を聞いても、大規模な破壊魔法の発展などは、あまり文明が進歩していかなかったそうだ。

 人間同士の戦争には、大規模破壊魔法はそれほど必要ではないと考えたのか。

 確かに魔王がいた頃は、多少の被害に目をつぶってでも、という感じで魔法は短期間に発展していた。




 フェルシアが来てくれたことはありがたい。

 なんと言っても聖剣と、そしてレプリカとは言いながらも、ほぼ近い性能の剣を持ってきてくれたのだ。

 ただこれ以上の援軍はない。

 自分とフェルシアだけで、果たして邪神を倒すなり、封印することは出来るのか。

 それは無理だな、と桜盛の知識では考えざるをえない。


 考え込む桜盛に対して、フェルシアは無頓着に、アイテムボックスからまたなにやら取り出した。

 それを見た瞬間に、桜盛は身を強張らせたものだが。

『これは……』

『こちらの世界でも、使える人間はいるだろう、って』

 フェルシアが取り出したのは、桜盛も見知ったものであった。

 単純な物体としてではなく、その性能までも含めて。


 神々の力を感じる。

 聖女に与えられた、神威を発揮するための聖杖。

 それが三本も揃っている。

『三本、か』

『これと聖剣を使えば、封印が出来ると神々は考えているらしいけど、分かるかな?』

『つまり、聖女かもしくは聖者が三人必要なのか……』

『いや、女性専用らしい』

 聖女が、三人。


 桜盛が優奈に教えられた限りでは、聖女の器となる有力者は、蓮花と有希であったはずだ。

 ただ他に茜や成美、志保にもある程度の適性はあるようなことを言っていた。

 邪神が完全にこちらに顕現するのに、どれだけの余裕があるのか。

 それは分からないが、有力な人間をあと一人、誰か選べばいいということか。

 常識的に考えたら、警察官で成人している茜となるだろうが。


 邪神との対決ともなれば、おそらく自分の命を賭けて戦う必要がある、と桜盛は思っていた。

 そしてそれでも、勝算はそれほど高くないと。

 しかしこれで、勝機が見えてきたと共に、生き残る算段もついてくる。

(あと一人……)

 まずはこちらも、フェルシアに説明をしないといけないだろう。

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