第109話 戦士、再び
エルフは不老不死の種族であり、生きることに飽きる以外では滅多に、死ぬことがない種族である。
その長い時間の中で、自然とある程度の戦力を、己の中で熟成される。
ほとんどは一騎当千の戦士であり、魔法もほとんどの人間の及ぶところではない。
それでも世界の支配者などにならなかったのは、長く生きることによってそういった、世俗的な欲望からは自由であるからだ。
フェルシアはそんなエルフの中では、比較的若い個体であった。
当時は200歳ぐらいで、それでもほとんどの人間よりは強かったものだが。
1500年の時は、彼女に戦闘の研鑽の時間を与えたのだろう。
純粋な剣技においては、桜盛を上回っているかもしれない。
しかし殺し合いにおいて重要なのは、いかに実戦を経験しているかだ。
どれだけ優れた技術であっても、それが実戦で試行されていなければ、あまり役には立たない。
実戦は一対一の場合だけとは限らないし、攻撃もどこから飛んでくるか分からない。
有名な戦士であっても、背中に目をつけていなければ、流れ矢で死ぬことはあるのだ。
それでもフェルシアは、純粋な力で眷属を削っていっていた。
なかなか削りきれないのは、ドームに集まった人間の意思を、上手く吸い取って力を補充しているからだ。
無難に時間をかけて削りきるか、それとも一気に勝負をかけるか。
桜盛としては戦うのが二人になった時点で、後者を選んだ方がいいと分かっている。
下手に時間がかかってしまうと、いらないことを考える人間が、増えてくると思っているからだ。
(こっちの世界の人間は信じられなくて、フェルなら信じられるってのは皮肉だな)
桜盛は心中で、フェルシアのことを愛称で呼んでいた。
『フェル! こいつを一度広いところまで押し戻す!』
『自由に動かれることになるがいいのか!?』
『ここだと使える魔法が限定されてくる!』
『分かった!』
自分とほぼ同レベルの、背中を預けられる戦友。
こちらの世界で厄介ごとに巻き込まれるごとに、必要としていた存在だ。
桜盛とフェルシアは、剣の斬撃と魔法によって、邪神の眷属をドームのグラウンド部分へと退かせる。
ようやく避難は終わっていたようだが、それでもまだ施設内には、そこそこの人間がいるだろう。
下手に大規模な攻撃を行うと、ドームが崩壊して死者も出るだろう。
だがどういう手順で倒すかは、もう考えついている。
『こいつを空中に飛ばせるぞ!』
『分かった!』
問い返してくることもないので、話が早い。
眷属は大きな空間に出て、自然と自由に動けるようにはなった。
そしてここに満たされていた、人間の様々な思惑の精気を全て吸収する。
巨大化して、圧迫感を増してくる。
だがそれで計算どおりなのだ。
フェルシアは空中を蹴って、眷属に接近戦を仕掛ける。
その隙に桜盛は、魔力を練り上げた。
ほんの数秒のその隙が、桜盛はほしかったのだ。
そしてフェルシアは、邪神の攻撃を上手く受けて、その衝撃で距離を作る。
ほぼ真下からの、桜盛の魔法による攻撃。
聖剣を媒体として、その力は光となり、巨大な太い光の柱は、邪神の眷属を飲み込む。
核を狙うのではなく、核ごと消滅させる攻撃。
ただしそれは眷属の消滅だけでは終わらず、ドームの屋根に大穴を開けることになったが。
ドームというのは構造だけではなく、内部からの空気圧によっても、それを支えている。
大穴の開いたドームは、その部分が崩壊し始めた。
とんでもない損害にはなるだろうが、人間の被害が大勢出るよりはマシだ。
ただ来年は、野球の試合が大変になるかな、と桜盛は思ったが。
『やったな』
笑みを浮かべたフェルシアが、桜盛に右の手のひらを向ける。
ハイタッチの文化は、桜盛が勇者世界に広めたものだ。
大きく音の鳴るハイタッチを決めた後、すぐに桜盛は切り替える。
『よし、とりあえず逃げるぞ』
『こちらの世界の官憲を待たなくていいのか?』
『こっちは色々とあるんだよ』
そして二人は崩落を続けるドームから、その大穴を通って東京の夜に飛び出したのであった。
適当に近くの高いビルの、屋上へと移動した二人。
共に聖剣は、アイテムボックスの中に収納する。
『そういえばフェル、空間収納が使えるようになったんだな?』
『私じゃなく、神の加護だがな』
フェルシアは周囲を、物珍しそうに眺めている。
まあ桜盛も召喚されてすぐは、あちらの世界の光景には目を奪われたものだが。
どちらが先に質問するか、という問題があった。
桜盛としては最後にフェルシアと会ったのは、体感時間では約二年ほど前であろうか。
魔王との最終決戦にも付いて来てほしかったが、彼女には彼女で、単体で強力な戦力が必要な戦場があったのだ。
幸いと言うべきか、一番の問題である眷属は倒したのだ。
なので少しは、ゆっくり話を出来る。
とりあえず挨拶代わりに、と桜盛が口を開く。
『王子とか聖女はどうなった?』
『死んだ』
1500年も経過していれば、当然のことである。
桜盛が聞きたかったのは、それに至るまでのことであったのだが。
『王国はどうなった?』
『滅んだ』
これだからエルフは!
エルフというのはひどく饒舌か、ひどく無口であるかのどちらかであるかが多い。
フェルシアはその中では、普段はそれなりに話すのだが、こういった単なる事実確認だと、端的に話してしまう存在であった。
なので桜盛としては、一番聞きたいことを尋ねる。
『これ以上、誰かが援軍に来てくれるのか?』
『いや、それはない。あちらではもう、私以上の戦士は誰もいないのだ』
それは桜盛には、少し衝撃であった。
エルフに匹敵するような戦闘力の持ち主は、そこそこ人間にもいた。
また同じエルフであれば、フェルシアよりも強い個体も、そこそこ決戦前に残っていたと思うのだ。
ただ、1500年である。
寿命では死なないエルフだが、何が向こうの世界で起こったのか。
『ちょっとやそっとでは、話は終わりそうにないな』
桜盛がここで少し様子を見ていたのは、成美や有希の避難状況を確認するのと、洩らした瘴気が残っていないかを感知するためだ。
その両方が果たした以上、さらに移動した方がいいのかもしれない。
『1500年も経過していれば、色々あったんだろうな』
『そうでもないと思うが、人間の社会は発展していたな』
地球の1500年前など、歴史の区分で言えばほぼ古代だ。
それは勇者世界でも、色々と変化はあるだろう。
長い夜は、まだまだ終わらないようである。
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