第108話 勇者

 勇者世界において神々が太古に生み出したと言われる半神の種族。

 それは優れすぎていたがゆえに、滅びかけていた。

 生命力にも魔力にも優れ、寿命も生物としての限界に近いほど長い。

 あまりにも強力であったがゆえに、群れを作る必要を持たなかった。

 つまるところ子孫を残す機会が少なく、また必要性も感じなかったのだ。

 魔王の侵攻に対してさえ、人間と共同戦線を張ろうとはしなかった。

 それでも最低限の情報共有などはあったし、人間側に合流してきた人物もいたのだ。

 フェルシアはその一人であり、最後の戦いの時には、違う戦線で戦っていた。


 なぜ、ここにいるのか。

 それは当然ながら、邪神が世界を渡ってきたのと、同じような方法であるのだろう。

 だが今はそれについて語っている暇はない。

 幸いにも一時的に、眷属の足を止めてくれるらしい。

 ならば桜盛は、有希を避難させることを優先できる。


 防火扉を開けて、向こうの通路に入る桜盛。

 それを追いかけようとする眷族であったが、フェルシアの剣の烈光により、その身を焼かれる。

 さっさと避難させて、戦線に復帰すべし。

 あれが本当にフェルシアであるなら、二人がかりであの眷属も倒せるだろう。


 通路を進んだ先にある控え室に、生命反応が五つ。

 数が合わないが、この辺りにはもう生命反応はない。

 ドアを開けた桜盛は、有希の存在を視認。

「非常口からどうして逃げない?」

 声を張り上げるでもなく、事実だけを確認する。

「扉が歪んだみたいで、開かないんです」

 おそらくこの中では、もっとも冷静であろう有希が、そう返してきた。

 なるほど、そんなこともあるのか。

「分かった。誘導するから付いて来て」

 そうは言ったがスタッフでもない、大人の姿でもない桜盛に、説得力があるのか。

「お願いします」

 有希が進み出たことにより、他のメンバーも動かされることとなった。


 桜盛が向かった先は、当然ながらその非常口である。

「だからそこは開かないって」

 そんな声が聞こえたが、桜盛は扉の向こうの気配を確認してから、思いっきり蹴りを入れた。

 金属製の扉が、本格的に歪んでそのまま、向こう側に倒れこむ。

「開いたぞ」

 そう振り返った桜盛の視線の先で、尻餅をつく少女たちの姿があった。


 人間業ではない力。

 怯えさせたか警戒させたか、ちょっと軽率ではあったかもしれない。

 だが控え室の壁をぶち抜いて外に出るよりは、この方がまだ常識的だ。

「立てるなら、さっさと脱出してくれ」

 桜盛としては、フェルシアの加勢に戻らなければいけない。

 呆然とした様子ではあったが、それでも彼女たちは立ち上がろうとする。

「痛っ」

 しかし有希は足を捻ったのか、またもその場に尻餅をついた。


 五人もいれば女の力でも、両側から支えて移動することは可能であろう。

 だが桜盛は舌打ちし、問答無用で有希を抱き上げた。

(お姫様抱っこはフラグのような気がしないでもないが)

「行くぞ」

 彼女たちはドームからは、もっと離れた場所に移動してほしい。


 女の子を抱えながらも、桜盛は軽々と走る。

 何気に鍛えているアイドルたちも、その後を追う。

「あの、私重くない?」

「羽のように軽いぞ」

 さりげにフラグを立てる台詞を選択する桜盛であった。




 名乗ることもなく、桜盛は戦場に戻る。

 戦闘はフェルシアの優勢に進んではいるようであった。

 しかし一歩踏み込めないのは、彼女も状況を把握しているからであろう。

 まだドーム内には、相当数の人間が残っている。

 一気に消滅させるような魔法や攻撃などは、周囲への被害も大きくなる。

 ただ彼女が戦線を支えてくれていることで、桜盛には時間のかかる魔法を使う余裕が与えられた。


 空間を歪める魔法が、眷属を結界で覆う。

 その強力な障壁により、眷属の動きは完全に封じられた。

 あとは避難が終了してから、これを消し飛ばしてしまえばいい。

 ここで二人は、お互いの存在を改めて確認した。

『フェルシア、なんだよな? そっくりさんじゃなく』

 エルフはどいつも美形過ぎて、かえって区別がつきにくかったりする。

『姿は変わっているが、やはりオーセイか』

 フェルシアが知っている桜盛は、もっと背が高くなってからのものだ。

 ただまとう気配などは、やはり波長が一致する。


 二人の間の緊張感が、わずかに弛んだものとなる。

 もちろん眷属を前にして、完全に無防備になるわけにもいかないが。

『それにしても、若返ったのか転生したのか知らないが、1500年ぶりでよく憶えていたな』

『待て、1500年だと?』

 そこで桜盛は、勇者世界とこの世界の間で、時間の流れが違ったことを思い出した。

 ただあれは神様が、桜盛の希望に応えて、召喚された直後の地球に、戻してくれただけであろう。


 しかし、1500年。

 エルフはほぼ寿命がないなどと言われていたそうだが、1500年も向こうでは経過しているのか。

 ならば王子や聖女などは、もう天寿を全うしているだろう。

 なるほど、だからエルフであるフェルシアが来たということか。

『どうやって世界を渡ってきたんだ? やはり神々の力か?』

『その通りだ。邪神が封印から逃れる気配を、こちらでも感知したのだ』

 それで一人、世界を渡ってきたというのか。

 もしも時間の流れが違えば、帰還したとしても周囲の人間は、全て年老いて死んでしまっているかもしれないのに。

(まあ、それを気にしないのがエルフか)

 基本的に人間関係が、刹那的なのがエルフの特徴である。


 色々と情報交換はしたいところである。

 だがそれは、まずこの目の前の脅威を、完全に排除してからとなる。

『それにしても、その剣は聖剣か?』

 見た目も雰囲気も、ほぼそっくりと言っていいだろう。

『まあほぼ同じものだが……』

 フェルシアはそう言って、空間から何かを取り出す。

 それは桜盛が、この場では最も欲していたもの。

『聖剣……』

『こちらがオリジナルだ』

 そしてその柄を、桜盛の方に渡してくる。


 なるほど、こういう展開になるのか。

 果たして優奈が、どれだけを予知していたのかは分からないが。

『ありがたい』

 聖剣を握った桜盛の顔に浮かぶのは、戦士の笑み。

 その力を振るう対象は、目の前に存在していた。

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