第101話 ピコーン
まだ野次馬が集まってきてはいない。
心苦しいが電流を流して、監視カメラの線は破壊しておく。
もっとも後から調べれば、桜盛がここにいたというのは、ある程度分かってしまうだろう。
どうすべきか考える桜盛の手を、蓮花が引いていく。
そしてエレベーターに乗ると、集まっていた部屋の階ではなく、最上階のボタンを押す。
このタワマンは最上階がちょっとしたカフェになっていて、人の目が届かない場所でもあるのだ。
エレベーターが登っていく間に、蓮花が声を発した。
「説明してくれる?」
腰を抜かしたのに、もうそこから回復している。
やはり度胸が座っているな、と思う桜盛である。
ある程度は話すしかないか、と桜盛も思っている。
だがどこからどこまでを話すべきか。
「あと、前に私が拉致された時、君も関わってたの?」
「拉致?」
初耳である、とでも言いたげな表情を作って、桜盛は目をしばたたかせた。
それを真っ直ぐに蓮花は見つめてくるが、こちらを問い詰めるような雰囲気ではない。
蓮花はここでにっこりと笑った。
「まあ、それは終わったことだとして」
エレベーター内にも、監視カメラはある。
このあたりは高級マンションが立ち並んでいるので、どのみち完全な隠蔽は難しいのだが。
「今回の件は、あれで終わったの?」
「……いや、終わってないかな」
桜盛としても、誰かに説明はしたかったのだ。そして今更ながら気がつく。
蓮花の持っているこの空気とか雰囲気とか言えるもの。
これは勇者世界の聖女のものに似ているのだと。
「さあ、聞かせてもらおうか」
面白そうにテーブルで乗り出してくる蓮花。
「少し頭の中をまとめるから、注文が来るまで待って」
腕を組んで必死で考える桜盛だが、蓮花はそれを見ながらも、にまにまと笑っていた。
やはり桜盛の知る中では、一際肝が太い。
ホットコーヒーが運ばれてきて、それに砂糖とミルクを入れてかき回す。
それからやっと、桜盛は口を開く。
「あれ、どういうものかなんとなく分かる?」
「とにかく普通の生き物じゃないことは分かったけど」
「じゃあ俺がやったことは?」
「……超能力?」
「間違いではない」
尋常ではない能力のことではあるのだから、魔法も超能力の一つと言ってしまっていいだろう。
正確には魔法には、ちゃんとした体系があるのだが。
優奈が言っていた、蓮花と桜盛がくっつくということの必要性。
それは今ならば分かる。
邪神の瘴気にある程度あてられたからなのか、蓮花にはそれに対抗するような耐性が感じられる。
つまり聖女の素質だ。
桜盛は志保はともかく、どうして優奈が鈴城有希の名前を挙げたのか、それもなんとなく分かった。
聖女というのは祈る存在であり、また人々の希望を集めて、力とする存在でもあった。
ならばアイドルである彼女は、まさに神の偶像となるに相応しい。
おそらく蓮花と同じような素質があるのだろう。
志保に関しても、おそらくは素質がある。
この先、蓮花は巻き込まれることが決定したようなものだ。
いや、桜盛の選択次第では、それも避けられるのかもしれないが。
聖女の役割を果たすなら、むしろ既に知名度の高い、有希の方が適性があるだろう。
潜在的な能力としては、桜盛も分からないが。
単純な能力者、魔法使いとしての素質とは違うので、桜盛でも分かりづらいのだ。
桜盛としては説明するにしても、ある程度は省略していかなければいけない。
そもそも全てを説明するなら、桜盛の30年間など、それほど関係ないのだ。
「まず世界には、この世界以外がある、っていうことなんだけど」
「天国とか地獄とか?」
「いやそういうのじゃなく、異世界。マンガとかにあるような」
「あ~……うん、あるのね」
納得はしづらくても、ここは前提条件である。
邪神について説明するならば、あれはそもそも勇者世界の神ですらなかった。
完全に正体不明で、それでも性質だけは分かっていたのだが。
「それで他の世界の邪神が、この世界にやってくるのを、地球の予知能力者が予知した。俺はそいつと戦う超能力者の一人」
「……随分とざっくりしていない?」
「詳しく説明するとものすごく長くなるし、あんまり詳しく知りすぎたら、蓮花ちゃんにも被害が及ぶかもしれないし」
ただこれは確認しておかなければいけない。
「実はその予知能力者が、邪神と戦うために必要な人間、かもしれないと言って蓮花ちゃんの名前を挙げてるんだ」
「あたしが? そんな不思議な力なんて、全然ないけど」
「そうだよねえ」
勇者世界の聖女であれば、いわゆる善なる神々にとっての、巫女としての役割があった。
ただこの世界では、神様は不干渉である。
それなのに蓮花の存在は必要。優奈はまだ何かを隠している。
しかしそれを、どこまで説明するべきなのか。
もっとも蓮花にとっては、ここまでの説明でも充分であったようである。
「それで、いつ戦いになるの?」
暴力には、彼女はある程度慣れている。
なので、だからこそ彼女には、聖女としての適性もあるのかもしれないが。
「まだもうちょっと先だけど、そもそもまだ蓮花ちゃんがこのことに関わるのか、俺にも判断は出来ないんだ」
そうは言ったが、桜盛は感じていた。
いわゆる一つの、フラグが立ったということを。
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