第102話 聖女候補

 桜盛は話にこそ聞いていたものの、自身では初めて、邪神の瘴気がこちらに洩れてくるのを見た。

 そしてこの現象は、亜空間ではともかく、通常空間では初めてではないか、とも思った。

 あるいは外国であれば、隠蔽している可能性はある。

 しかしあの街路樹が二本、眷属化したのを見ると、もしも人目のないところで瘴気の侵入があれば、かなりの大規模な事件に発展するのでは、とも思った。

 ただ桜盛の経験上、なんらかの場が整っていない限り、ああいった瘴気は人のいるところを好む。

 なのでこれこそが、初めての例として報道されるかな、とは思ったのだ。


 マンション屋上のカフェも、さすがに深夜12時を過ぎれば閉ざされる。

 だが周囲からの通報があったものか、やはり警察はやってきた。

 桜盛たちの痕跡となる監視カメラは、一部は破壊した。

 しかしデータのバックアップなどがどこにあるかは、魔法では分かるものではない。

 完全に機材を破壊してしまえば、それも大丈夫であろう。

 それをやってしまうと、今度はマンションの住人全員が困るので、やっていなかったが。

 いつもの桜盛だったらやっていたかもしれないが、今は蓮花がいたので。


 この前後の時間を、警察が調査しだしたら、二人にも事情聴取などは回ってくるかもしれない。

 その時のために、二人はある程度口裏を合わせておく。

 警察の表はともかく、裏においてはこの騒ぎ、魔法を使ったものであるということは、普通に分かるであろう。

 なので蓮花とどういう証言をするか、確認しておかなければいけない。

 もっとも鋭い人間がいれば、あの魔力の痕跡が、桜盛であるということは気づくであろうが。

 今はユージ=桜盛とうのがバレないことが重要なのだ。


 警察が周囲を封鎖する。

 街路樹が二本、根っこから抜け出しているという奇妙な事象。

 そして炎によって燃やされた形跡に、なんらかの手段でコンクリートを破壊した跡。

 これらのことから五十嵐が出張ってくるということは、桜盛には充分に分かっていた。 

 いや、この段階ではまだ、高橋までだろうか。

 二人はパーティー会場に戻ると、ザコ寝をしている人間だけではなく、普通にまだ起きている人間や、一度は潰れたものの起きだした人間が、外のことに気づいたようである。

 深夜であるがこれは、警察が出てきてもおかしくないもの。

 また火の痕跡からも、消防車までやってきている。


 ここで困るのは、普通にパーティーをしていた連中である。

 桜盛としては、気づかないのかな、と不思議に思ったりもしたが。

 つまり警察が、こんな深夜ながら事情聴取を開始していけば、ドラッグこそ使っていないものの、未成年者が多く飲酒したこの場所では、警察に知られるとまずい。

 だいたい警察というのは、ボンボンに対しては反感を持っているのだ。

 未成年者への飲酒は、それをそそのかした者も罪に当たる。

 だが詳細を正しく知っている桜盛と蓮花以外は、その可能性にも思い当たらないのであろう。


 実際のところ、この目の前の事態に対して、未成年者の飲酒などを発見したとしても、今は手を出す余裕はないであろう。

「なんだか警察が来てるみたいだけど、ちょっとやばいかも?」

 蓮花がそう言ったのは、この場に保護者となるような大人がいないからだ。

 一応成人した人間もいるのだが、酔っ払って潰れている。

 監督者となると、そういった成人になるのだろうが、それが全て撃沈しているというのは問題だ。

 だがこの場は、自分たちで収めてしまうべきだろう。


 頭の切れる蓮花と、白々しい演技の得意な桜盛。

 もしも警察が巡回してきたら、二人で応対する。

 実際にコンビニに行こうとしたのは、この二人ではあるのだ。

 最適と言うよりは、二人以外では通用しないだろう。




 結果的に警察に踏み込まれることなどはなかった。

 それは直接対応した二人が、完全に酒の匂いなどをさせていなかった、というのが大きいだろう。

 桜盛にしても蓮花にしても、警察を前にしても、全く悪びれることはない。

 私は善良な市民ですよ、という顔をするのがとてつもなく上手かった。

 未成年でありながら飲酒をしていた者からは、後から感謝されたものだ。

 小さいながらも貸しを作ったことになる。


 そしてその数日後、いよいよ東京ドームコンサート。

 桜盛は改めて調べていたのだが、東京ドームでコンサートをするというのは、相当に金がかかるものであるそうな。

 かつては大人気アイドルグループが、三日間の集中したコンサートをして、やっとペイするというようなもの。

 一日だけの公演であると、あまり大きな利益が出しにくいのだ。

 もっともそれでも、箔付けにはなったろうが。


 アイドルに限らずミュージシャンは、三日間の公演であれば、全ての日のチケットをほしがったりする。

 成美の経済力では、一日だけが限界であったが。

 そんなファンがチケットを買って、そしてグッズを買う。

 そういったサブの利益があってこそ、収益はプラスに転じるのだ。


 かつては大規模グループの公演などで、座席を埋めることが出来た。

 しかし時代というのは栄枯盛衰、またアイドルの体制は旧来のものに戻りつつある。

 数十人の大規模グループによる、推しを作らせて応援させるというもの。

 これは確かに新しい形式であり、一つのムーブメントを作った。

 だがそれも今は昔のこと。

 数名の個性をしっかりと売り出すという、そういうグループに回帰してきている。


 結局のところ大規模アイドルグループなどは、セット売りという面が大きいのだ。

 あらゆる嗜好に応えるために、キャラクター性は必要となる。

 しかし必要なのはキャラクター性で、実力ではない。

 そこに気づいてしまったドルオタなどが、また実力を伴った方向に舵を切るのは、当然のことでもあったか。

 要するにあの時代のアイドルは、身近になりすぎたのだ。

 それに比べるとエヴァーブルーなどは、パフォーマンスをちゃんと重視している。

 メンバーの入れ替えはあるが、センターが不動で顔となっている。

 このグループの寿命は、それなりに長くなるのかもしれない。


 そしてそのセンターであるのが、YUKI。

 鈴城有希という、おそらくは聖女候補の少女。

 優奈からは新たな情報は仕入れていない。

 だがこのコンサートで何が起こるのか、桜盛はある程度推測は出来てきていた。

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