第103話 偶像崇拝

「ひゃー、緊張してきた~」

「なんでお前が緊張するんだか」

 成美と桜盛の席は少し離れている。

 なのでいざという時に、守るのは少し難しい。

 ただこのコンサートの警備の中には、五十嵐が手配した能力者もいるのだ。

 避難誘導程度であれば、そちらに任せてしまうことが出来る。


 守るのは誰かに任せる。

 倒すのが桜盛の役割だ。

(けれど、かなり場が形成されてるな……)

 物理的にドームは閉鎖されているので、わずかな瘴気の拡散がなされていかない。

 これで限界を迎えれば、おそらく世界と世界の狭間の亀裂が入る。

(五万人ぐらい入ったとして、被害が出ずに済むのか?)

 瘴気を払う力は、桜盛の専門ではない。

 聖剣でもあれば話は別なのだが、この世界にあるそういった武器は、神々の浄化の力というのは、あまり持っていないそうだ。


 桜盛だけが知っていることだが、この世界の神様は一柱しかいない。

 ただ神にも匹敵する力を持つ者は、それなりにいると言っていいい。桜盛もその一人だ。

 実際の神様は、一柱でありながら、同時に複数の権能を持っている。

 しかしそれが人間の意志に応えることはない。


 日本の場合、陰陽師などが使う式神などに関しては、長い年月の果てに積み重なった、能力者の思念が力を持ったものとでも言える。

 これは基本的に、善でもなければ悪でもない。

 正しい手続きで能力を使えば、素質があれば誰にでも仕えるというもので、精霊的な神と言える。

 おそらくキリスト教圏もまた、長い年月で人々の思念が、そういった場を形成してきた。

 桜盛はどこの宗教に属すこともなく、好き勝手にそういう力にアクセス出来るから、強いと言えるのであろう。


 邪神の進入というのは、世界を汚染する行為である。

 人間同士の争いであれば、何が起ころうと不干渉であった神様であるが、果たして邪神の存在に対してはどうなのか。

 純粋に神の力を言うのならば、地球の世界の神様というのは、邪神よりも上であると思う。

 ただ邪神の影響でさえも許容するのならば、本当に人間は、人間のみの蓄積した力で、邪神と戦わなければいけない。

 しかし優奈は、聖女の器になるであろう蓮花を、桜盛と結びつけている未来を予知した。 

 つまりこれはやはり神様の力の依代となる聖女を、必要としているのではなかろうか。

 あるいはもう一つ、桜盛が考え付いたことがある。

 それは勇者世界からの影響である。




 邪神がこちらに侵入してくるのを、勇者世界の神々は黙視するのか。

 基本的に神々は、他の世界には不干渉だと、あちらでは聞いたことがある。

 しかし魔王を倒すために桜盛を召喚するなど、神々の間でのやり取りというのはそれなりにある。

 勇者世界を壊滅させかけた邪神が、復活する可能性を持っている。

 それになんらかの対策をかけないのか、ということである。


 邪神の存在は、一つの世界を破滅させるのにとどまらない。

 何より勇者世界の神々は、人格を持つ神々である。

 邪神に対する憎しみというのは、確実に持っている人間らしい神々だ。

 それが封印から抜け出そうとしているのに気がつけば、他の世界への介入もしてくるだろう。

 神々の力によって生み出された聖剣。

 あれがないと桜盛であっても、邪神と戦うのはきつい。

 逆に言えば勇者世界からの干渉があれば、聖剣を作り出すことも可能ではないのか。

 そして聖剣は、桜盛が勇者世界に行った時には、既に存在していたが、そもそもは聖女が神の依代となって、作り出したものだと伝えられていた。


 つまり勇者世界の因果関係をこちらでも成立させるなら、神々のこちらへの干渉が起こりうる。

 とは言ってもこの世界の神様が、それを許すかどうかという問題もあるが。

 そもそも神様が最初から本気になれば、邪神を追放するなり、侵入を防ぐなりは出来ると思うのだ。

 しかし神様はそれをしない。

 全知全能ながら、無為無策。

 それは神様の存在意義に関わる。


 実はもしも全世界の人類が、憎しみを放棄して平和を願うなら、神様はそれを瞬時に叶えるだろう。

 神様は人間の意志によって誕生し、そして人間の知覚する限りの、全ての力を持っているからだ。

 しかし実際の人間は、必ず合い争う。

 原始の時代に遡ってさえ、奪い合う争いがなくなったことはないはずだ。

 神を発明したと同時に、人間は神からの加護を得られなくなった。

 神とはそういうものだと、桜盛は認識している。




 蓮花にフラグが立って、そして少しばかり説明もした以上、有希に関してはそれほど固執することはないのかもしれない。

 しかし念には念を入れて、候補者を複数作っておくのは悪くない。

 また聖女としての適性が、どちらの方が高いか、という問題もある。

 おそらくではあるが、有希の方がそれは高いのだろう。


 勇者世界の聖女というのは、巫女でもあり、そして神の権能の代理者でもあった。

 彼女を通じて神々は、勇者である桜盛を強化したりもしたのだ。

 蓮花もカリスマを感じさせる少女ではあるが、カリスマというならまさに、現役トップアイドルである有希の方が、それは上であるだろう。

 また必要となる聖女が、一人であるとも限らない。


 だが優奈の言葉を信じるならば、志保や成美にまで、その適性はあることになる。

 この二人に共通しているのは、桜盛との関係性だ。

 身近にいる異性という点で、桜盛との関わりが強い。

 また桜盛ではなくユージとしてならば、茜の名前も挙がっているが分かる。


 どちらにしろ今日の桜盛は、有希を守らないといけない。

 優先順位は微妙に難しいが、成美と有希の二人を、同レベルで守っていかないといけないだろうか。

 ドームの中を渦巻く瘴気は、人間を害するものではあるが、その肉体には作用するタイプではないらしい。

 前の二日間の間で、既に熱狂の渦がここに場を作り出している。

 どれぐらい邪神の瘴気が、ここに影響を与えるのか。


 前の事例では、植物を眷属化させた。

 他の事例では動物を眷属化させていることが多いようであるが、果たして人間を眷属化させたことはあるのか。

 勇者世界の魔王の正体は、邪神に眷属化させられた、邪神の司祭であった。

 そんな存在を、この世界で作れるのかどうか。


 作れるだろう。

 どんな世界であっても、絶望していて破滅願望を持っていて、それでいながら力を求める者は多い。

 ぶっちゃけアイドルにうつつを抜かしている人間になど、社会不適応者もそれなりにいるだろう。

 桜盛はどうしようもなく現実的に、そんなことを考える。

 コンサートの開幕時間が、迫ってきていた。

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