第33話 国家の妥協

 超常現象案件は、特殊案件などとも言われて、そのまま迷宮入りすることが多い。

 ああいった事象は現場の警察では対処出来ないし、そもそも人間が対処すると言うよりは、災害に近いものであるからだ。

 そして組織として対応することは出来ない。

 だがそこに被害があれば、出張らなくてはいけないのが警察というものである。

 今回のそれも、何もしないわけにはいかなかったのだが、この数年は大きな事件がなかったのも災いした。

 キャリアの宿命として、五十嵐は都内の警察署で、生活安全課の課長などをしていたのである。

 それがこの案件のために、またも呼び返されている。


 桜盛の件が落着するまで、所轄の課長がいなくなる。

 大変なことであるのだが、これは桜盛のせいと言うよりは、五十嵐をそんなところに配属した警察庁が悪い。

 せめて警視庁内で閑職に置いておけば、すぐに持ってこれて、前回の桜盛の事件にも間に合ったろうに。

 下手に他の方面でも優秀なだけに、色々と使いまわされている。


 そんな五十嵐に対して、退官した警視庁の幹部から、連絡が入ってきた。

 桂木グループの会長が、ユージという名の人間からの、仲介を頼まれていると。

 大企業グループであればその役員などに、各省庁のお偉いさんが天下りしているのは、当然に存在する事実である。

 天下りを色々と批判するむきもあるが、こういう時には話がスムーズに進むので素晴らしい。

 この事態に対して、当然ながら警察庁は、国家公安委員会まで話が進んで、対処を考えることになる。


 高橋が三人も能力者を動員して失敗したこと、またその折に拳銃やテーザーガンなどが通じなかったことは、既に知らされている。

 単純な能力者と言うよりは、純粋に戦闘力が極端に高い人間で、既に50人以上は殺害していると、報告はされている。

 もっともその大半は、玉蘭が殺したものであるのだが。

 茜を助けた時の四人以外は、完全に濡れ衣である。


 意見を聞きたいということで、巡査部長の高橋まで呼ばれている。

 雲の上の存在を前にしても、五十嵐は別に萎縮することはない。

 五十嵐の階級は警部であり、キャリア組としては普通のペースで昇進している。

 だがこういったことが起こると、昇進するのも遅れる可能性があるのだ。

 キャリア崩れ、などと俗に言われたりするが、有能な人間でなければ、対応出来ない事案が多いのがこの関連案件だ。




(なんでこう、お偉いさんは暗い部屋が好きなのかね)

 そう思いながらも、五十嵐は雲の上の人間と話している。

 確かに社会地位だけを見るならば、五十嵐よりも全員が、地位は高いところにいる。

 だがもっと原始的に、人として生き残ることを考えれば、その社会的地位を含めてさえ、五十嵐が恐れる相手はない。

「三人、いや、結界を張っていたのも合わせて四人がかりで、全く手が出なかった相手ですからね。未解決案件回しということで、放置するしかないでしょう」

 その五十嵐のあまりにも無責任な言動には、むしろ高橋の方が驚いてしまったが。


 公安委員会の人間も、気配を大きく動かした。

 ただ闇雲に怒声を発する人間はいない。

 国務大臣を委員長とする国家公安委員会は、政治と警察を結ぶつながりである。

 官僚や検察までもメンバーに含んでおり、率直に言って頭でっかちなところはある。

「またか」

 親子続いての世襲議員である委員長は、この件に関しても知っていた。

 おおよそそういった人間でないと、完全に国家の闇であるこの案件に、対応出来ないのである。


 警察の抱えている能力者は、暴力装置としてだけ抱えているわけではない。

 警察が抱えなければ、他のどこかの暴力装置として機能してしまうからだ。

 古くは平安時代の陰陽寮が、その発祥とも言われている。

 だがとりあえず第二次世界大戦、アメリカが本土上陸を考えなかったのは、日本の抱えるそういった能力者が、相当に強大であったからとも言われている。

 警察庁や、警視庁の史料編纂室、また皇宮警察などに、そういった人材は散らばっている。

 そして基本的には、命令だからという理由だけでは動かすことは出来ない。


「日本の治安はどうなるんだ……」

 呟くようにいったその学者さんは、これまた親の代から、そういったことには関わってきたはずである。

「まあ今回の相手は比較的、まともな方だとは思いますよ。こちらに話し合おうと歩み寄ってきたわけですし」

 それも一度ではなく、この桂木鉄山を通した二度目をも。

 だいたいこういう相手というのは、全く話が通じなくてそのまま制圧抹殺するか、一度だけならと話を通して、どうにか協力体制に持ち込むものである。

 基本的に抹殺するには、こちらの損耗が大きくなりすぎる。


 あとはどこまで、こちらが譲歩するかだ。

 当初高橋に許されていたのは、あちらの所在などを明らかにすること、事前に行動を起こすのには相談をすること、それと対応は警察に任せること。

 だがそれでは全く、向こうには交渉の余地はなかったのだ。

「正体を知られたくないということですが、今回桂木会長の筋から話をしたということで、一応は日本の社会に身を置いているという認識はあるのだと思います」

「それなりに動き回っているようだが、目立つ外見の割にはどうにも見つからんようだな」

「おそらく姿や形を変えられるのではないでしょうか」

 五十嵐の言葉に、委員たちの気配がまた変わった。

「単に強いだけではなく、隠密行動も行えると?」

「あとは武装グループの件を考えるなら、一瞬で1500人を眠らせるような、特殊な力も持っているかと」

 それは通常の機動隊や、はたまた自衛隊を動員してさえ、倒すことは出来ないのではないか。

「それでは脅威度が分かってきたところで、どこまでの譲歩が可能かを話しましょうか」

 五十嵐の言葉は、この場を完全にリードするものであった。




 あっさりとした告白を、あっさりとスルーされた桜盛であるが、別に傷つくことなく部活には参加していた。

 そしてそんな桜盛に、鉄山からのメールが届く。

「今日かよ」

 急な話ではあるが、これは鉄山がさらに向こうに、直前に知らせたものである。

 警察がいくら頑張っても、桜盛を捕まえることは出来ないだろう。

 だが事前に準備をしていれば、可能かもしれない。

 まして前回、三人がかりで完全に逆制圧されている。

 今度はどれだけの数を出してくるのか、少しでも準備の時間を与えない方がいいだろう。


「ん?どしたの?」

「予定が入っちゃって。まあいいところにご飯を食べに行くんですけどね」

「ふ~ん? じゃあ今夜は一緒には行かないってことか」

「え、またあそこ行くの?」

「そうそう」


 蓮花は度胸もあり機転も利き、そして警戒心も強い。

 なので夜の街を歩くのも、それほど危険ではないのだとは思う。

 しかしどうせ一緒に行けるなら、行っておきたいというのが本音であった。


 モテと言うべきかは分からないが、桜盛は最近ようやく、この変身しない15歳の姿で、女性と縁があるようになってきた。

 志保とは友達関係であり、微妙な関係でもある。

 そしてダンス部においては予定通り、女子と話すことが増えている。

 まとわりつく美春は、あまり興味がない。

 だが蓮花は桜盛の中でも、かなり日本の環境の中では、理想に近いのではなかろうか。


 とりあえず今夜、警察とその後ろの日本国家とは、関係性に方をつけよう。 

 それが成功したら、しばらくはもう正義の味方をするつもりもない。

 出来るだけ見ないようにしておけば、厄介ごとは向こうからは来ないものだ。

(銀座の料亭って、ドレスコードとかあるのかな?)

 緩いことを考えながら、桜盛はわずかに、殺意の気配をにじませているのであった。




 クソのように高そうな料亭は、実のところあまり客同士が顔を合わさないように、店側も心がけている。

 車で途中で拾ってもらった桜盛は、普段着のジャージであった。

 いや、あまりにも急であったため、スーツなどをこしらえる暇がなかったのだ。

 もちろん探せば、その巨体にも合ったスーツは用意できたのだろうが、どうせなら今後も使っていけそうなものにしておいた方がいい。

 ジャージの桜盛を見ても、鉄山が何も言わなかったので、それはそれで大丈夫なのだろう。


 車はスムーズに進んでいくが、桜盛はすぐに気がついた。

「方向が違うんじゃないのか?」

「直前で場所を変えたと向こうにも言った」

 そこでにやりと笑うあたり、なるほど鉄山も警察を信用しきってはいないらしい。

「昔はよく、こうやって密室で色々とやっていたもんだなあ」

「あの家の設備なら、自宅の方がいいんじゃないの?」

「それをするとこちらだけが圧倒的に有利になるしな。それに入り口が同じでも、中で誰と会っていたか、分からないのがいいんじゃないか」

 なるほど、道理である。


 都心部からほんの少しは離れたが、それでもまだ23区内に、和風の屋敷が出現する。

 大通りからは一本入ったところで、看板や暖簾は出していないが、これでも営業をしているらしい。

 こういうところで政治や経済の根回しをしているのか、と桜盛は新鮮な感じである。

 勇者世界ではこういった、平和な密談というのがあまりなかった。


 通されたのはこれまた座敷である。

 靴を脱いで、そのまま従業員がしまってくれたが、やっぱり少しは装ってきた方が良かったか。

「ここ、すごく高そうなんだけど」

「暴れまわらないならそれでいいぞ」

 かかと笑う鉄山に、和風の高級さには慣れていない桜盛は戸惑う。

 これがまだヨーロッパからイスラムあたりの形式なら良かったのだが。

(そういやあっちの世界、ヨーロッパからイスラムに、古代っぽい国もあったよな)

 今さらながら文明が似ていたことを、不思議に思う桜盛である。


 直前に変えたので仕方がないのかもしれないが、相手はまだ来ていなかった。

 上座側に鉄山が座り、隣を叩いて桜盛に座らせる。

「嬉しいねえ。この年になってまだ、面白いことに立ち会える」

 半ば隠居のはずであったが、まだまだ鉄山は活力を失っていないということだ。


 この老人は自分も家族も恩義があるため、おそらく桜盛のことを裏切ることはない。

 絶対にと言い切れないあたり、人間の悲しくも愛おしい部分であろう。

 勇者世界では仲間を切り捨てる選択をしていた桜盛よりは、まだしも人間性がある。

 少し話してみたいかな、と思っていた桜盛。車の中では日常会話が多かったのだ。

 しかしここで、お連れ様がお待ちですと、男が一人やってきた。




 警察官らしいと言うよりは、なんだか探偵でもやっているのかな、と思えるような人間であった。

 堅物そうなメガネをかけていて、顔の特徴があまりない。

 ただちりちりのクセっ毛だけは、自己主張が激しい。

 桜盛の見たところ、これは魔法使いではない。

 そして意外なことに、探知範囲に魔法使いがいない。よほど隠蔽に優れていれば別だが。

「お待たせしました」

 自然と下座に座るその様子からは、圧倒的な暴力に対する恐怖は見えてこない。


 料理が運ばれてきて、テーブルの上がいっぱいになる。

「新宿署の五十嵐です。もっともこの案件関連で、また警察庁に戻されるでしょうが」

 従業員が去ってから、五十嵐が口を開く。

 そして出された名刺は、新しい彼の肩書きであるらしかった。

「その年で警部ということは、キャリアかね」

「はい。まあ特に早くもありませんが」

「こういった特殊なことに関わっていると、出世も遅れるだろう」

「う~ん、警察というのはしょせん、組織の歯車に過ぎませんからね。警視総監であっても失われれば、その代わりが普通にその席につく。取り返しのつかない人間などいないようになっているのが、警察という組織です」

「それにしちゃお前さんは、随分と余裕があるな」

「まあ……警察というのは不思議な組織で、階級とは無関係に、力を持っている人間が存在するのですよ」

 その五十嵐の説明に、うんうんと鉄山も頷く。


 昔の警察の中には、せいぜいが巡査部長でありながらも、その地域の治安を一人で抑えているような、そんな人間が数多くいた。

 今の警察の中にも、犯罪者と対等に付き合って、上手く協力させるような才能は存在する。

 だが一人の人間の異能に頼るのは、危険だということは当然だ。

 このあたりを追求すると、法治主義か人治主義かにまで、話は関わってくる。

「とりあえず、ほぼ全権を任されてきてますので、話をしましょうか」

 そして三人は箸を取って、食事を開始した。




 国家機関としては一番まず譲れないのが、魔法を安易に見せてしまうことである。

 特に現在では情報拡散が個人で出来る時代だ。魔法の類が本当にあるのだ、と思わせることもまずい。

 これに関してはさすがに、なるほどなと桜盛も思った。

「使うとしても、何か他のことで説明がつくように、ということか」

「そういう意味ではあの武装グループの事件は大変だったんだ」

 大量の人質、大量の武装、そういったものは一時的なものでしかない。

 だが魔法の存在が明らかになることは、世界を変えてしまうことだ。


 桜盛としてもそれは理解出来る。

「どのぐらいの規模なら、力を使っても許されるんだ?」

「完全な戦争の前線や、大規模な災害と色々あるが、基本的には証拠となる映像をはっきり映されなければいい」

「報道管制とかは?」

「既存のマスコミはともかく、一般人の記録をどうするかが問題だな」

 これもなるほど、と思えることだ。


 被害よりも機密、という優先順位であることは分かった。

 桜盛としても納得出来たので、それは問題ない。

「秘密が洩れるぐらいなら、犠牲者が出ても構わないと?」

「人間の目に残るなら、それが数人なら問題はないな。デジタル映像が問題で、電波妨害でネットに接続させず、後から記録媒体のデータを消せるなら、それでもいいが」

「電波妨害か……」

 桜盛の魔法の中には、そういったものはない。

 勇者世界では必要のないものであったからだ。


 ここから派生して、また条件が出てくる。

「あと人を殺す時は、普通に殺したと思える殺し方で殺してほしい」

「殺すの自体は止めないのか」

「基本的には止めないが、現役の閣僚や高級官僚の殺害は控えてほしい。もしくは病死や事故死と偽装してほしい」

 なんとも無茶苦茶な話である。


 こんなことを話せるのは、警察や省庁の幹部にはいないであろう。

 だからこそこの男は、階級などには関係なく、人間として力があるということなのだろう。

 歯車では成し得ない役割。

 桜盛のような戦略級の戦闘力も、その一つではあるのだ。


 基本的に桜盛は、善良な価値観で動いている。

 悪に対してやりすぎではあるが、五十嵐としては許容範囲である。

「俺に関してはおおよそ、好きにやってもいいが証拠を残すなってことだな。だがここまでなら、俺に対して一方的に都合がいい」

「それが分かっていてくれていると助かるよ」

 話しながらも箸を止めない桜盛。

 だがそこで、流れのままに話が変わる。

「対して俺にやってほしいことや、義務というのは存在するのかな?」

「要請したとして、それに応えてくれるのか?」

「状況次第かな」

「するとまず、本名や住所を知りたいんだが」

「ダメだな。それは拒否する」

 自分の正体を明かすのは、絶対に否定しなければいけない桜盛である。


 国家というものはイレギュラーを、どうにかして制御する必要がある。

 勇者世界でも桜盛は、様々な世界の戦力にされそうになったのだ。

 実際に自分にも都合が良ければ、共闘することもした。

 だが現在の日本においては、そんなことをするつもりはない。

「閑職の公務員になって、たまに仕事するというのが、一番いいと思うんだけどね」

「こっちはこれから仕事どころか、勉強でもしようかなと思ってるぐらいなんだがな」

 外見が20代であるため、ここはどうしても理解してもらえないところだろう。


 五十嵐はこの場をセッティングした、鉄山にも目をやる。

 だが鉄山は「あとはお二人で」とでも言わんばかりの態度で、料理に舌鼓を打っていた。

「あと、答えにくい質問だろうが、君の戦闘力はどれぐらいなんだ?」

 それは知らない方がいいだろうに。

 実際のところは桜盛も、自分の戦闘力については知っておきたい。

 特に重要なのは、防御力と生命力だとは思うが。

 毒などに対してどれぐらいの耐性があるのかは、重要なところだろう。

「試してみないか?」

 挑発的な言葉に聞こえたかもしれないが、普通に自分でも知りたかった桜盛である。

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