第34話 交渉と庇護
桜盛は自分の兵器としての性能を、しっかり確認したいという気持ちはあった。
今のところ地球の超常の能力では、桜盛を抑えるほどの人間とは接触していない。
だが勇者世界でも儀式による大規模魔法があったように、地球でも科学の恩恵を受けた、強大な魔法があってもおかしくはない。
調べられるものならば、大学などの研究機関にでも行って、調べてほしいという気持ちはあったのだ。
そんな桜盛の正直な気持ちを、五十嵐は敏感に感じ取っていた。
ただ桜盛は勘違いしているというか、忘れたらダメだろうということを忘れている。
それは桜盛が勇者世界から帰ってきて、弱体化しているということを知っているのは、桜盛だけであるということだ。次点で神様。
五十嵐なり鉄山なりは、桜盛のことを海外からの帰国者だと考えている。
戦場の匂いをさせているのは、そのためなのだと。
つまり銃器などの装備を別とすれば、桜盛は自分の力量を正しく把握しているはずだ、と考えているのだ。
力こそパワーで散々に問題を解決してきた桜盛が、微妙におっかなびっくり手加減しているとは知らない。
なのでこの桜盛の戦力測定も、それを許容してくれただけで、充分に自分たちへの歩み寄りとは思えたのだ。
ただ、桜盛の戦闘力など、どういう基準でどうやって計測するのか。
アメリカならそういった、大規模な研究施設があるだろう。
日本でも研究機関はあるが、そこに連れ込まれては、周囲を固められるのが怖い桜盛である。
彼は自分が死ねば終わり、という世界を生き抜いてきただけに、ある意味ではとても臆病で慎重なのだ。
「自衛隊の演習場などはどうだろう?」
出た。日本の誇る最強暴力自衛隊様である。
日本における平時の最強戦力は、まちがいなく警視庁の機動隊であろう。
ちなみにある程度ガタイのいい警察官は、まず間違いなく機動隊を経験している。
刑事などはおおよそが機動隊経験者で、ちなみに茜も女性機動隊の経験は普通にある。
女の力なんてなんの役に立つのか、という部分はあるが、災害時の派遣場所で、女性が手伝いをするというシチュエーションは多いのだ。
ちなみに平時であれば、性犯罪の被害者などへの聞き取りは、女性がする場合が多くなっている。
桜盛の性能テストを、本当にしてもいいのか。
むしろ五十嵐の方が、それは意外であったのだ。
能力者というのはおおよそ、自分の能力を隠したがる。
それこそがまさに自分の生命線なのだから、当たり前とも言えるのだが。
手の内が分かっていれば、圧倒的に有利になる、スタンドバトルのようなものである。
もっとも桜盛の持っている能力は、呪いの類も効きにくい、スピードとパワーと耐久力を備えたもの。
シンプルであるがゆえに強く、さらに搦め手への抵抗力もある。
「せっかくだからこちらの抱えている能力者との模擬戦もやってみますか?」
「え、なんだか親切すぎる」
桜盛の能力を、能力者間の戦闘で、丸裸にしたいという考えではあるのだろう。
しかしそれをすれば、日本の抱える能力者も、かなりの戦力が明らかになってしまう。
さて、と桜盛は考える。
二つのパターンがあるだろう。
一つは桜盛の能力を知るために、全力で能力者を投入してくる。
さすがに桜盛も体系すら定かではない魔法などを、全て防げるとは思わない。
もう一つのパターンは、本当の切り札は出さずに、桜盛の力を計るというものだ。
国家の治安にすらかかってくることだけに、おそらく後者を選ぶのではないか。
桜盛はそう思う。武力というのは、それがどれだけ恐ろしいか、分かっていない方が恐ろしいものだからだ。
桜盛との会話をしていて、五十嵐は猛烈な違和感に襲われた。
先日の戦闘は、こちらから挑んだもので、桜盛がもっと敵対的に出るか、あるいは脅しに使ってくるかと思っていたのだ。
しかし圧勝したこともあるのか、それはもう忘れたように接してくる。
あの程度のことは、別に気にしていないよと、余裕が自然と見えている気がする。
「それじゃあ少し賭けのようなものをしましょうか」
五十嵐がそう切り出して、少しだけ桜盛は警戒した。
「うちの抱える能力者が勝ったら……月に一度はこちらの指定した仕事をしてもらう。負けたらこちらは基本的に何も言わない。そちらのしでかしたことに対して連絡してくれればフォローする」
「いやいや、本当に俺の力が必要な場面なら、そんな賭けなんかなくても協力するぞ?」
このあたりの基準が、どうも桜盛は独特なのだ。
桜盛の力が必要になるような場面。
それはたとえば先日のような、武装グループ人質事件などであろう。
あれは無事に解決したが、それでもまだ世間から忘れられてはいない。
「俺はしばらくこの日本の環境でスローライフするから、それを揺るがすような事件なら、普通に解決するぞ。俺じゃなくても大丈夫なことに動員されたら、さすがに文句は言うが」
「なるほど」
桜盛は確かに、自分自身のみであれば、世紀末的な世界の中でも生きていける。
だが快適な生活となれば、話は別だ。
勇者世界において、桜盛が冒険のときめきに浸れたのは、ほんの数日であったと言っていい。
世界を救う勇者として、王侯貴族並の生活はしていたし、魔法によってかなり快適な環境ではあった。
だが日本と比べると、圧倒的に娯楽が少ない。
桜盛としては世界は、基本的に日本とアメリカさえあれば、娯楽のほとんどは網羅できると思っている。
なので日本とアメリカのためには、自分の力をかけることを惜しまない。
そこで好き放題に使われると、話は別だが。
また特に日本に関しては、交通手段の鉄道やバス、道路工事、電気にガスなどのインフラを含めて、全てが素晴らしいと思っている。
日本は経済力が落ちたとか、少子化が進んでいるとか、結婚出来ない人間が増えたとか言われているが、それでも昭和の日本に比べれば、今の日本の方が選択にはあふれていると思うのだ。
経済の中流層が少なくなった、というのはその通りかもしれないが。
しかしそれを解決するのは政治家などの仕事であり、桜盛の暴力は全く意味を持たない。
「それでは富士演習場で」
「了解。あ、それ食べないならもらっていい?」
「いや、こんないい席取ってもらうのは珍しいので、普通に食べます」
桜盛と五十嵐が、遠慮も警戒感もなく、健啖振りを示す。
それを見ている鉄山も、面白いものだと笑みを浮かべていた。
会合を終えて、五十嵐は連絡をして、自分なりの所見も伝えた。
彼の目から見て桜盛は、少なくとも悪逆非道の人物ではないと思えた。
だが力を持つ者によくあることだが、法律よりも己の規範を重視する。
それにしても他の、それこそ警察が抱えている戦力よりは、よほど扱いやすいのでは、と思ったのだ。
桜盛の言った、日本でスローライフするためには、ある程度の力を貸すという言葉。
下手に善の仮面を被らず、自分の利益のために戦うというのは、よほど分かりやすいものだ。
一番大事な、超常の力の隠蔽については、呆気なく承諾してくれた。
警察内部の戦力には、そのあたりの配慮が足りない人間も多いのに。
問題となっているのはだから、桜盛を抑える手段が、日本政府にないということである。
しかしそれも、社会を動乱させることを目的とはしていないので、その一点だけでも充分に話せる相手だとは思った。
つまり桜盛にとっては、日本社会の安全こそが、彼自身の望むことである。
日本社会の安定こそが、彼にとっての人質になるのだ。
もちろん五十嵐は、それを人質として機能させようなどとは思わない。
そもそも日本社会の安寧こそが、警察の目的とするものだからだ。
治安が表面的に維持されて、社会の活動がなされているなら、裏で血みどろの戦いが行われていようと、それは問題にならないのだ。
もっとも五十嵐本人としては、そのために犠牲になった部下たちのことを思い、公安委員会のお偉いさんに噛み付いたのが、所轄に飛ばされた理由でもあるのだが。
結局何かことがあれば、また五十嵐が出張ることになる。
自分が消えても問題がないように、キャリアの人間を一人育てておきたい。
ただこの地位というかポジションは、下手に野心のある人間が就くと、社会を混乱させることにもなる。
五十嵐のように面倒くさがりな人間の方が、よほど適性があるというのは皮肉である。
さて、当日には実際、どの程度の準備が必要なのだろうか。
自衛隊の通常戦力を使ってもいいのか、それともそんな予算はないので、超常戦力だけで桜盛を計ればいいのか。
決定権は自分にはないので、上に丸投げするつもりの五十嵐であった。
鉄山に用意してもらった席で、桜盛は一応、日本政府とは敵対しない、という前提は伝えられたと思う。
ただ自分なりの判断基準で、抹殺する対象なども決める。
五十嵐もさすがに気づいていなかったが、桜盛は比較的善良、などという人間ではないのだ。
問題は自分の周囲の環境が、自分の行動によってどうなるかを、常に考えている。
勇者世界においては、もはや選択の余地がなかった。
そして魔王がいるというのに、人間同士の争いも絶えなかった。
日本においては、そこに充分な交渉の余地がある。
正直なところ現在の体制を守るのは、桜盛の希望にも沿ったものになるのだ。
桜盛は言わば、ノンポリなのである。
右翼とか左翼とか、保守とかリベラルとか、基本的には保守的ではあるのだろう。
正直なところ勇者世界と地球では、国際情勢や前提条件が違いすぎる。
なので保守といっても、現状維持という路線なのだ。
「あれで良かったのか?」
帰りの車の中で、鉄山にそう問われた。
桜盛はこれまで、必死で己の正体を隠そうとしていた。
しかし今回初めて、政府から権限を委託された、警察の人間に会うことになったのだ。
鉄山からすると、対応してきた警察官の階級が警部というのは、あまり高いものではない。
もっとも鉄山も、警察組織の中には例外的な、普段の業務ではあまり役に立たない者がいるとは知っている。
桜盛としても、この生活にはいずれ限界が来るとは思っていた。
なので直接に会った上で、どこまでが限界であるのかを、きちんと知りたかったというのはある。
「俺は別に、世のため人のために働くのが、嫌いというわけじゃないんで」
ただ悪を見ればそれを抹殺するというほど、強烈な正義感も持っていない。
もっとも普通の警察などの司法よりも、桜盛の対応の方が、よほど過激なのだろうが。
鉄山と別れて、少し街を歩く。
住宅地には人通りが少なく、それでも桜盛は入り口がいくつかあるような店や、電車を乗り換えて尾行を撒いた。
途中で変身と着替えを行えば、尾行の気配は完全に消えた。
前に追跡された時もそうだが、魔法による追跡というのは、どうやら地下鉄などを経由すると、簡単に撒けるらしい。
普通の人間による尾行も、それほど振り切るのは難しくなかった。
そもそもすぐに、生命力の反応でそれだと分かる。
あとは質問権を使えば、尾行している人員については分かってしまうのだ。
(ご苦労さんだなあ)
毎回こうやって尾行を撒くのも、いずれは限界が来るのではないか。
アイテムボックスと変身と隠蔽によって、今のところは問題なく過ごせているが。
権力側との交渉は、いくつかのコツがある。
一つにはあちらに、自由にさせておいても充分に意義があると思わせること。
それが分からずに、自分だけの戦力にしようと思えば、逆に殺されると思い知らせること。
またこちらも相手側の、弱みを握るということ。
権力者はだいたい、身内が存在する。
手が出される対象が、自分ではなく身内であるなら、さすがに目的を変更する場合がある。
この場合、警察の最高指揮官は、総理大臣と言ってもいいだろう。
警察庁の長官や、国家公安委員会については、責任が分散している。
現職の政治家を暗殺するのは、事故死に見せかける必要もある。
それが今日の会合で分かった、あちらの妥協点だ。
その点を考えても、まずは戦力の測定に挑むことを考えるのか。
あるいは五十嵐の上司を脅していけば、桜盛への追及は止まるだろうか。
(それは人間を入れ替えて、また危険視させるだけか)
現代日本において、代えの利かない人間など、おそらくはいないのだ。
分かりやすい悪の黒幕というのは存在しない。
黒幕的な人物はいるのかもしれないが、それは絶対悪ではないだろう。
民主主義というのは結局、最終的な責任を、誰も取らないシステムなのかもしれない。
正確には責任を取るのだが、選択ミスによる責任が大きくても、せいぜいがその職を辞するだけ。
勇者世界の人類に対する裏切り者は、下手をすれば一族郎党族滅であった。
そこだけは桜盛が、戦力が減るからやめさせた部分である。
歩いている間に桜盛は、自宅ではなくストリートの方にやってきていた。
今日も蓮花が来ているはずのストリートは、桜盛が暴力を発揮した後も、さほどの変化もなく続いている。
そして音楽を流しながら、それに合わせて踊る蓮花を見た。
桜盛のような単純な身体能力によるパフォーマンスではなく、ダンスによって人の視線を引き付けるようなものだ。
桜盛はこういった、人の持つ華については、勇者とは全く違う影響力があるな、と感じるのだ。
勇者世界においても、踊りをステージで見せることで、将兵の指揮を鼓舞した舞姫というものがいたものだ。
血みどろの道を進む桜盛、いや、それは道ですらなく、不毛の荒野を進むようなものであったか。
その中にも花は咲いていたのだ。
やがて蓮花は踊りをやめると、桜盛に気づいた。
「あれ? 今日は用事があるんじゃなかったの?」
「うん、終わったとこ」
桜盛は考える。守るべきものを増やすということを。
成美を含んだ家族に、鉄山とその孫の志保。
友人の山田君と鈴木君に、協力者の茜。
こちらから手を出した者と、以前からの関係が続くもの、
それが今は庇護対象である。
日本の現状を守るというのも、桜盛の正直なところである。
確かに汚職や脱税に情報漏洩など、多くの犯罪が行われていて、日本の社会的な正義は損なわれる。
しかしそれを全て暴力で解決するのは、あまりにも非効率的なことだ。
鉄山も言っていた、経済による平和の維持。
国を売るような発言や行動の政治家たち。
だがそれは相手の国と、チャンネルが開いているということでもある。
もっともそれが本当に抑止力になっているのか、あるいは資金を吸い上げられているだけなのか、それは桜盛には分からないが。
「難しい顔してるね」
「まあ確かに難しいことではあるんだけど」
質問権というのは、それが確実である答えしか出してこない。
なので未来の予測などは、多くの場合は立てられないのだ。
しかしアイテムボックスと同じく、これは他の地球の異能とは、全く次元の違うものだと思うのだ。
いつか本当に、世界の危機などが迫った時。
いや、今でも世界各地で、大きく世界の治安を乱そうという動きはあるのだろうが。
桜盛が守る範囲は、果たしてどこまでにしておくべきなのか。
結局は国家を守るために、動かざるをえなくなるのかもしれない。
生暖かい風に、髪をそよがせる蓮花を見て、桜盛はそんなことを思った。
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