第35話 安寧の日々のために

 自衛隊のみならず、軍隊というのは金食い虫である。

 なので実際には使いたくない、というのが常識的な思考の為政者ではあるのだ。

 ただ実際には使いたくなくても、実戦で使えないと困るのも確かだ。

 どこかの軍隊のように、自軍の兵器がことごとく壊れて、相手の武器を鹵獲して使う、などということを考えていてはいけない。


 その自衛隊も当然ながら、予算があるために好き放題に演習が出来るはずもない。

 ただ謎の指令が上から、時々降りてくるというのは確かなのだ。

 国内最大級の富士総合火力演習は、一般にも公開されている。

 ただそれとは別に、細かい演習などはあって、その予定になんだか不思議なものが組み込まれたりする。


 防衛省としてはなんだこりゃ、な話ではある。

 基本的に自衛隊というのは、警察の機動隊が束になってかかっても、全く敵わない装備を整えている。

 いくら機動隊が頑張っても、戦車砲はおろか自衛隊の機関銃も、全く抵抗することは出来ない。

 日本における最大の暴力装置が自衛隊であることは間違いない。

 

 兵器も加えれば最強の自衛隊であるが、その中でも特に、武器さえあれば超常の存在とさえ戦える部隊を、自衛隊は持っている。

 レンジャーや特殊作戦群といったものは、一応存在は明かされている。ただその人員など、特に特殊作戦群は人員も秘密となっている。

 ただそのレンジャーや特殊作戦群ですらなく、特別に対応できる部隊が、実は存在していたりする。

 年に数度の実戦形式の演習をするが、それはお互いに数を分けて行われる場合が多い。

 ところが今回の演習については、特定の個人一人を相手として、全ての状況を想定して、行われるものであるという。


 数年に一回程度は、こういった謎の演習が行われる。

 そしてレンジャーや特殊作戦群から、さらに選抜された人間は、あくまで仮称であるがSSなどと呼ばれる。

 これは特殊作戦群がJGSDF Special Operations Group 通称Sと呼ばれるのに対して、スーパーのSだとかスペリオールのSだとか、色々と言われてはいる。

 だが本当の理由は知らない。おそらく名づけた人間も、特に何も考えていなかったろう。


 富士の樹海の中で、たった一人の相手を探し、それを制圧する。

 人数としては圧倒的にこちらが有利な、12人編成となっている。

 米軍やその他の特殊部隊が相手でも、よほど何か革新的な兵器でも持たない限り、この戦力差は覆せるはずもないだろう。

 それでも内密に集められた部屋で、幕僚のお偉いさんから、これは重要度の高いミッションであると伝えられた。


 関係ない。

 重要度が高くても低くても、完遂するのがSSだ。

 おそらくアメリカかどこかの新装備の、性能訓練などであろう。

 負ければ高く売られて、勝てば安く買えるというパターンが、これまでに何度かあった。

 国のための利益を考え、SSのメンバーはその日に備えるのであった。




 日々は平穏に過ぎていく。

 そう桜盛が感じるには、世界は情報にあふれすぎている。

 やろうと思えば解決できることが、桜盛にとっては多すぎる。

 左右両方の過激派なども、壊滅させた方が日本のためではないのか。

 そんなことも考えながら、日常の幸福も感じていくのだ。


 スーパーマンにしろスパイダーマンにしろ、ああいったヒーローたちは何を考えているのだろうか。

 もちろんあれらはフィクションであるが、桜盛にとっては参考にならないかと考えるのだ。

 平時のスーパーマンは、自然災害などに対処していた。

 しかし桜盛はそういった目立つことは、やってはいけないと言われている。

 また全ての事件に関わることも、あまりにも無理がある。

 身近なところだけを救うのが、スーパーマンである桜盛の限界だ。あとは消防士や警察官の役目であろう。


 出来る力があるのに、制限をかけられていて出来ない。

 これは相当なストレスであるが、せめて100年前であったら、もっとストレスフリーに人助けが出来ただろう。

 ただその時代であれば、戦争に動員された可能性が極めて高いので、やはり完全に正体不明で推し通るしかなかったろうが。

 そこから、第二次大戦やその後の各地の戦争や紛争で、魔法らしきもの発見されていない事実を思い出す。

 つまりこういった超常の能力の秘匿は、戦争で勝つよりもはるかに、重要なことであったのだろう。


 なぜ秘密にしなければいけないのか。

 これもだいたい桜盛は分かっている。

 もちろん一つは今の桜盛のように、家族へ危害が加わるのを避けるためだろう。

 そして結局これらの力は、最終的な戦局の打開には至らないと思われたのか。

 あとはあまりに属人的な力であるため、下手に消耗させるわけにはいかなかったとか。

 警察や自衛隊と仲良くなれば、そのあたりは知りたいところである。


 そんな桜盛は今日も引ったくりを一件捕まえて、名乗るほどの者でもないです、と爽やかに去って行った。

 いや、名乗ってしまっては自分が困るだけなのだが。




 かつて日本人一億人が、一円ずつの寄付をしたら、というようなCMがあった。

 その金額で貧しい国の人間が、どれだけ助けられるか、という愚かな計算である。

 実際はその寄付をわざわざまとめるのに、人件費がかかる。

 駅での募金と同じく、問題提起の方が主な目的だ、などとも言われた。


 桜盛は自分の知らないところはもちろん、共感しないところでの人間の死についても、全く何も感じない。

 ただちょっと挨拶をしただけの関係でも、知っていれば助けたいなという人間になっている。

 それは今、リビングでテレビを見ている、成美などが代表例だ。

 彼女は桜盛の妹であるが、血がつながっているわけではない。

 ただ妹としてずっと暮らしてきたので、自分がちょっと拗らせていた時を含めても、家族として扱う。

 有希を助けたのも、彼女とちょっと面識が出来てしまったというのもあるが、それよりは成美の崇拝の対象であるからだ。


 茜を助けてからこっち、基本的に桜盛は人助けはしている。

 だがそれは彼に余裕があるからであって、他の人間にそんなことは求めない。

 そして同時に感じるのは、殺人への忌避感がないことだ。

 上手く処分してしまえる場面では、痛めつけるのではなく抹殺している。

 悪党にも家族はいるのかもしれないが、そんな人間を今後も生かしておくことで、被害を受ける人間の方が多いと思う。

 桜盛にしてみれば、自殺者を出したようないじめっ子は、どうせ将来も他人を虐げるのだから、死んだ方がいいとなる。


 実際に勇者世界において人殺しは、生きていくためにどんどんと、何人もの人間を殺していたものだ。

 ならばその一人を殺せば、殺さずに働いて生きていく者を、救えるではないか。

 ちなみにそういった人殺しを、完全に奴隷化する魔法もあった。

 桜盛はあまり得意でなく、玉蘭に使った程度のものしか使えなかったが。

 あれは上手くすれば、そこそこ簡単に解除出来るのが、勇者世界の基準であった。

 しかしいまだにその気配がないのは、おそらくこの世界と勇者世界では、魔法の理が違うからであろう。


 桜盛が救うのは、あくまでも身内。

 拡大解釈すれば、日本人ということになるか。

 ただし犯罪者は、完全に抹殺対象である。

 特に人殺しに忌避感はないので、そのあたりの処分を任せてくれれば、報酬さえあれば働くのだが。


 ただヤクザ系の存在については、気をつけなければいけないことがある。

 日本のヤクザの発祥もそうなのだが、自衛団が発展して、そういった組織になった例があるからだ。

 調べたところ日本の場合、あまりにもヤクザを締め付けすぎたのでは、と思わないでもない。

 それはヤクザを美化しすぎだ、という声が大多数であろうが。


 それに賢いヤクザは、蓮花の家のように、カタギの仕事をするようになっているだろう。

 現在のヤクザは経済ヤクザで、とにかく金が第一である。

 薬物というのはその点で、あまり賢い儲け方ではない。

 今は半グレ組織などを使って、そのバックで金を吸い上げる形式が、多くなっているらしい。

 いずれにしろ東京に住んでいれば、そのあたりの事情には関わってしまうことになるのだろうが。


 もっと小さな、それでも不便を感じない程度の、そんな街に生まれれば良かったのか。

 ただ桜盛にとってはやはり、この東京という娯楽の集まった街が、懐かしくて仕方がなかったのだ。

「もしもし」

『俺だ』

 桜盛の電話番号にかかってくるのは、鉄山に決まっている。

『日程が決まったぞ』

 さあ、スローライフはちょっと難しくなってきたが、ストレスフリーに暮らすために、今日も頑張るとしようではないか。




 平穏な学校の風景は、桜盛にとっては安らぎである。

 失われたはずの青春の輝きを、充分に満喫しているのだ。

 だが最近は友人の、山田君と鈴木君の視線が冷たい。

 この裏切り者め、といった感じで睨み付けてくるのだ。


 理由としては主に、美春にあった。

 毎日一度は、桜盛のクラスを訪問する美春。

 主に話題としては、ダンス部の出席確認であるが、お弁当を一緒に食べないか、というものも多かった。

 今の桜盛のお弁当は、自分で作っている。

 いわゆる茶色いお弁当であるが、自分で作っているということで、美春はその話題については触れてこなくなった。


 これで桜盛の分までお弁当を作ってくる、というラブコメのエピソードを撃退することには成功した。

 しかし桜盛を恨んでいるわけではないが、鋭い視線を向けてくる者もいる。

 言うまでもなく志保であり、美春との関係をそれとなく、だがしっかりと聞いてくる。

 放課後の図書室を訪れるのは、最近ではもう微妙な桜盛であるが、彼にとって志保はぎりぎり、守る庇護対象に入っている。

 彼女に対する好意と言うよりは、鉄山との関係性から、志保を守っているという意識が強いのだが。


 三つ編みを解いて、メガネもお洒落にした志保は最近、男子からの人気度が上がっている。

 元々胸部装甲の偉大さで、一部にはちゃんと受けていたのが志保である。

 だがしっかりとナチュラルメイクもしてくれば、素材の良さは明らかになる。

 そんな志保と一番仲がいいのは、桜盛であると言えよう。

(モテは、モテは来てる! だがなんだか嬉しくない!)

 贅沢なことを考える桜盛である。




 こういう時に桜盛には、相談できる相手がいない。

 正直なところ、一番心を許しているのが、爺である鉄山というあたり、人間関係が面倒だ。

 もちろん鉄山に対しては、秘密が多いので相談など出来ない。

 あとは身内であると、成美ということになるのだろうか。

 だがあの妹は、桜盛がモテていることなど、頑なに認めようとはしないであろう。


 茜にも、事情を知らないであろうことを置いていても、相談するような仲ではない。

 いつの間にか気安く呼び合うようになっているが、茜の口から出てくるのは主に、桜盛に対する詰問である。

 平の巡査がどうして、三階級も四階級も、あるいはそれ以上階級が上の幹部に、呼び出されて事情を尋ねられるのか。

 警察組織の中で、同じ組織犯罪対策の部署で、茜は腫れ物扱いされつつある。

 本当なら少しぐらいは危険な、潜入操作に使われることが多かったのだが、最近は書類片付けが多い。

 あまり茜は得意ではない部分である。


 するとやはり、蓮花に話すことになるのか。

 今日もまたストリートで、蓮花は踊っている。

 単純に踊る日もあれば、ダンスバトルをする日もある。

 汗がしたたるほど踊った蓮花に、ペットボトルの水を支給。

「ありがと」

 飲み干す喉の動きが、なんだ、その、エロい。


 蓮花に対する好意を、桜盛は隠していない。

 そして蓮花もまた、桜盛のことを好ましくは思っている。

 ただ桜盛は慎重になっている。なにせ蓮花には一度、あっさりめにはぐらかされているからだ。

(男慣れしてるわけじゃないのになあ)

 本気になったら思い切りよくいけない。

 まさに童貞ムーブをかましている桜盛である。


 蓮花としてはそんな桜盛の心理を、ほぼ確実に掴んでいた。

 ただそれを弄ぶほどに、彼女は悪辣ではない。

 それに彼女は、普通の女子よりは暴力というものに慣れている。

 逆に憧れなどもないが、桜盛の優しい強さは蓮花の価値観としてもプラスポイントだ。

「そういえばさ、ダンスのイベントがあるんだけど、ちょっと見に来る?」

「蓮花ちゃんも参加するの?」

「そうだよ。あ、でもちょっと柄は悪いかも」

 せっかく誘ってもらったのだから、ここは親睦を深めるためにも、ぜひ参加したいところである。

 しかしその日は、既に予定が入っていた。

 自衛隊との模擬戦闘という名の、実弾使用演習。

 さすがにこちらの都合で、向こうの予定を変更させることは不可能であろう。


 行きたいなとは思いつつ、約束は守るべきだとも思う。

「その日は予定が入ってるんで、速攻で終わらせて行きます」

「まあ夕方からだし、後から合流でもいいだろうしね」

 まったく、おそらく国家に属してしまうと、こういうことがあるだろうから嫌なのだ。

 デートっぽいものの約束と、自衛隊相手のバトル。

 どちらが桜盛にとって重要かは、言うまでもないだろう。


 


 富士の総合演習場に、桜盛は呼ばれている。

 内容はまず通常戦力の、12人からなる小隊と、不意遭遇戦を行うというものだ。

 これに関してはあちらの装備は分からないが、とりあえず自衛隊の自動小銃なら、さほどの問題はないだろうと思っている。

 そして次にやるのが、警察の保持している、特殊作戦用の部隊。

 なんでも普段は、記録編纂を担当しているような、知らないものから見ればごく潰し、という能力者が相手らしい。


 その規模までは、さすがに教えてもらえなかった。

 だがこれは質問権で、普通に分かってしまうものでもあった。

 自衛隊の部隊や、特殊部隊に、そして警察の魔法使い。

 そういったものを動かすには、動かす者と動かされる者で、最低でも二人は情報を知ってしまう。

 ただ魔法使いの方は、何人動員されるのか、桜盛の質問権でも分からなかった。


 おそらくそういった、特殊部隊すらも上回る秘匿された人員は、横のつながりもさほどないのだろう。

 あの五十嵐という男か、さらにその上司あたりが、作戦の絵図面を描いている。

 しかし普通の特殊部隊のほうは、連携して戦うために、人員のつながりがししっかりしている。

 魔法使いはおそらく、一人の指揮官が全てを把握していて、動かされる方だけにしても、他の人員を知らない。


 とんでもなく秘匿されているものだ。

 あるいは超常の能力者が、横につながるのを恐れてもいるのか。

 桜盛のような戦闘力のオールラウンダーと違って、それぞれが一発芸のような力を持っているなら、その情報の秘匿を考えるのは当たり前だろう。

 あるいは玉蘭あたりに聞けば、そういった情報も持っているのかもしれないが。


 やがて、指定の日がやってくる。

 桜盛は空を飛ぶこともなく、普通に電車やタクシーを使って、その場所へ向かうのであった。

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