第91話 邪神の封印

 邪神。

 概念としてはこの地球にも、神話や創作として、色々と存在するだろう。

 だが桜盛が邪神と言われて思い浮かぶのは、勇者世界のあの神だけだ。

(しかしあれは原理的に半永久的な封印をしたはずだ)

 勇者世界の神々が、よほど愚かなことをしない限り、その封印は解けない。

 いや、問題はそこではないのか。

「邪神が来るのか? この世界に? いつ?」

「来年の夏です」

「未来が違う!」

 思わず桜盛も、そう叫んでしまった。


 ミレーヌは桜盛の曾孫である。

 そして世界はとんでもないことになっていたが、その原因は第三次世界大戦であったはずだ。

 あるいは邪神の到来が、未来では隠蔽されていたのか?

 いや、あんな存在が襲来して、隠蔽しきれるはずがない。

 ただ本当に邪神がこの世界に降臨したのなら、ミレーヌの知る歴史で、桜盛が死んでいてもおかしくはない。

 あれはそれほどの存在だ。

 だがやってくるのが来年の夏だと?


 確かミレーヌの話によると、細菌兵器の流出までには、数年の時間があったはずだ。

 それともミレーヌの認識が間違っていたのだろうか。

 電子機器がほぼない暮らしであったそうだから、そうなのかもしれない。

 能力に関しては、最後の最後まで隠蔽されていたとしたら、ありえなくはないのだろう。

 そう考えてもなお、不自然さは残るが。


 そもそも優奈の言葉を、全て信じるというのもおかしい。

 だが彼女は、桜盛しか知らないことを、既に知っていた。

「この出会いも予知していたのか? どこまで先が見えている?」

「そもそも最初の予定のままなら、私が貴方と出会うのはもっと先で、そしてその時にはもう手遅れになっていました」

「それを、未来を変えたということか?」

「はい、ちなみにこの会話も予知と一致しています」

 なるほど予知とは、そこまで万能に近いものなのか。


 桜盛が考えるのは、あの邪神がこちらの世界にやってきた場合、桜盛が戦って勝てるのかというものだ。

 すぐに、無理だと結論付ける。

 桜盛は邪神を倒すことは出来なかった。

 聖剣の力を使っても、邪神の力を削るのが精一杯。

 そこで他の神々の力によって、封印に成功したのだ。

 もう二度と、それこそ世界が終わるぐらいの時間を、封印するだけの神々の力。

 地球にはそれがない。


 神様の力があれば、それも可能であるのだろう。

 だが今の桜盛には――。

(なんのためにあるんだと思ってたけど、この時のためのような力だな)

 ただ一度きりのものなので、そこは考えないといけないだろう。

「それで、ここから先の未来はどうなっていくんだ?」

「貴方と私の選択次第なので、こうやって直接会ってから決めようと思っていました。

 ああ、だから選択式の予知能力であるのか。

「ただ、とりあえずこの教団は潰しておく必要があります」

「それはそうだな」

 優奈の言い分は、まず目先のこと、という点では間違っていない。

 邪神の襲来を考えれば、こんな教団はどうでもいいが、彼女の自由は確保するべきだ。


 彼女の能力の詳細は、やはりしっかりと考えるべきであろう。

 ミレーヌの時間跳躍についても、ある種の制限はあったのであるし。

「まず俺はこの教団の資金面から正当な手順で潰そうと思ってるんだが、これだとどうなるか分かるか?」

「それですと……」

 目を閉じた優奈は、しばし考え込むような顔をしていた。

「そうですね。およそ二週間後に大混乱に陥るから、その時に助けに来てもらえれば」

「家族と一緒に出なくていいのか?」

「あの人たちの洗脳を解くのには、時間がかかりますから」

 なんともきっぱりと、切るべきところは切る少女である。




 桜盛は翌日の夕方、雑踏の中を歩きながら、五十嵐にUSBメモリを渡していた。

「金の流れと、政治家などへのハニートラップは、これで充分だと思う」

「そうか。よくやってくれたな」

「ただ問題があってな」

 桜盛が問題というからには、それは大きな問題であるのに決まっている。

 五十嵐は身構えたが、それは正しい。

「能力者がいたぞ」

 その程度なら、こちらで保護すればどうにかなる。

「ほぼ完全な予知能力者だ」

 さすがに五十嵐の顔も引きつった。


 予知能力者自体は、それなりにいるのだ。

 だが桜盛が、ほぼ完全と言うからには、その脅威度も分かる。

「どの程度のものなんだ?」

「本来あった未来を予知して、それに手を加えたらどう変化するか、確実に分かるぐらいだ」

「それは……世界を変えるぞ」

 ある意味では桜盛よりも、潜在的な脅威である。

「うちで保護するしかないが……」

 五十嵐としても、さすがに手に余る、とは思っているらしい。

「それよりもさらに重要なことがあってな。彼女は世界の滅亡を予知しているんだ」

 五十嵐は無言になった。


 限定的であるが、確実に分かる予知能力。

 その能力の限界は、一度に何度も予知を繰り返すことで、本人が消耗するぐらいだ。

 五十嵐は信じ切れていないようだが、桜盛は確実に信じている。

 なにせ邪神の存在は、桜盛は誰にも言っていないのだから。


 他にもある程度の予言はあって、それは桜盛がこれから対応するものである。

 また彼女の予言の中にはちゃんと、邪神と戦うための切り札となるかもしれないものもあった。

「金の流れだけではなく、篭絡された政治家などの処分、公安の方で出来るのか?」

「全員を処分することは出来ないかもな」

「まあそのあたりの判断はそちらに任せるさ」

 重要なことは、代わりが利く政治家や官僚のことではない。

「予知能力者の安全を、どう守るかだな。彼女の力なしでは、俺でも世界の滅亡は防げないと思う」

「その世界の滅亡というのの内容はなんなんだ?」

「あ~、簡単に言うと、異星人の侵略みたいなものだ」

 全然違うが、似たようなものであろう。


 邪神の存在は魔王を操り、生命の全てを聞きに陥らせるものであった。

 核兵器を使った第三次世界大戦より、こちらの方が危険であるかもしれない。

 そもそもどうして、封印された邪神が、こちらの世界にやってくるのか。

 そういったことについても、桜盛は考えていかなければいけないのだ。


 おそらく核兵器などの、純粋な単なるエネルギーでは、邪神を倒すことは出来ない。

 それならば勇者世界で、桜盛が既に倒していたであろうからだ。

 その本質としては神であるため、消滅させることはとてつもなく難しい。

 桜盛としてはやはり、なんとか封印の手段を見つけなければいけない。

「世界中の封印系の道具とかで、封じるための物をどうにか手に入れたい。最悪今は手に入らなくても、どこに存在するか、誰が持っているかだけは知りたい」

 これは質問権では回答が返ってこないかもしれない。

 またこちらが動くことで、情報の拡散もなされるかもしれない。


 まったく、時間の猶予だけはそこそこあるとはいえ、色々とやるべきことがある。

 桜盛はため息をつきたくなったが、まだまだ話し合わなければいけないことは、たくさんあるのだ。

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