第92話 とある教団の崩壊

 桜盛が色々とやっている間にも、五十嵐は大変な仕事をこなしていた。

 問題なのは最終的な決定権は、彼にはないということである。

 単純に立場であるならば、彼は警察という組織の局長級ですらない。

 しかし動かせる戦力や、保持している情報にコネクションと、明らかに一介の警察官の範疇を超えている。

(よく俺、殺されてないもんだな)

 今回もまた、遠い目をする五十嵐である。


 桜盛の見つけてきた情報は、そのつもりになれば内閣を吹っ飛ばすほどのものであった。

 また逆に内閣にそのまま渡してしまえば、今後10年以上は政権は与党によって、派閥の争いとなっただろう。

 ただその派閥においても、清廉潔白を通した人間はともかく、何人かがハニートラップにかかっている。

 与党も野党も関係なく、この情報を握られていることは、間違いなく大きなスキャンダルだ。

 

 国家公安委員会に報告したのは、内部で行われている脱税、海外への資金流出、そして未成年者売春。

 五十嵐が秘密にしたのは、予知能力だけである。

(16歳といったか。とりあえずは児相案件か)

 警察と児童相談所は、かなり関わりが深い。

 特に生活安全課などは未成年の児童の家出など、児童相談所と緊密に連絡して活動している。

 榊優奈の場合は、実親からの育児放棄、という分類にすればいい。

 本人から教団教祖の児童性虐待が証言されれば、それで上手くいくだろう。


 そもそも公安というのは、カルトに対しては強い姿勢で臨むものだ。

 さっさと確保して一時的に保護し、そこから児童養護施設に送るか、あるいはこの場合は養子縁組を成立させてしまえばいい。

(新興宗教かぶれなんて、ろくなモンじゃないからな)

 五十嵐にしてもある程度の、健全な範囲での偏見はある。


 案件の中身が中身なだけに、警察だけでは動かない。

 国税局がそのまま動き出し、教団の裏帳簿なども全部持っていくだろう。

 警察にはそれなりに圧力をかけることが出来る代議士などもいるが、これに税務署が関わると途端に揉み消しも難しくなる。

 また今回の場合は児童売買春まで関わっている証拠があるので、さすがに完全な揉み消しは不可能だ。

 五十嵐の判断の及ぶところではないが、都合の悪い政治家は、何人か体調不良で引退となるかもしれない。 

 するとまた選挙、ということになるのだろう。与党内の派閥のバランスが変わっていく。


 公安である五十嵐は、同じ警察組織の内部でも、同僚から仲間意識を持たれることは少ない。

 ただこういう大掛かりな捜査においては、必要な違法捜査をやってくれていたりもする存在だ。

 国家の治安のために。国民の安寧のために。

 これが上手く両立する時だけは、握手することが出来るのだ。




 現場には出ているが、一番後ろで見守っているのみ。

 そんな五十嵐のさらに背後に、気配が発生した。

「お疲れさん」

「そちらこそ……って、誘拐してきたのか?」

 桜盛にお姫様抱っこされている優奈を見て、五十嵐はちょっと驚いた。

「失礼な。救出してきたんだ」

 桜盛は冷たくそう返したが、抱きかかえられている優奈は、明らかに戸惑っていた。


 ナチュラルたらし、と五十嵐は桜盛のことを内心で呼んでいる。

 たとえば茜などは、明らかに桜盛に注意しなければいけない立場であるが、文句を口にしつつも、行動は好意的である。

「それで、どこで保護するんだ?」

「表向きの俺のセーフハウスになっている部屋があるだろ? あそこに匿うから、茜ちゃんを貸してほしいんだ」

「なるほど……分かった」

 五十嵐もそうだがその部下は、表向きは閑職の部署に回されている。

 しかしある程度の立場の者であるなら、その裏の任務は承知しているのだ。


 ふと五十嵐は、俗な思考をしたりした。

 彼の見るところ桜盛の年齢は、およそ20代の半ば。

 対して優奈はまだ16歳である。

 これまでに桜盛の助けた少女たちなどを見れば、どうも未成年には優しいようだ。

 もちろん茜はしっかりとした成人女性であるが。


 子供に対して甘いのかな、と思わないでもない。

 ただ子供かどうかの判断は微妙だが、大学生の男子であれば、容赦なく私刑にかけている。

 把握している限り、桜盛は更生の可能性などは考えず、その場の判断で対処している。

「基本的に沢渡巡査には、彼女と一緒に過ごしてもらうことにする。あとはもう一人ぐらい護衛がいた方がいいかな?」

「そうだな。俺は俺で、戦力になりそうな世界中の能力者を、協力させるために動くつもりだし」

 もっともしばらくの間は、桜盛は動けない。

 普通に学校があるからだ。

「彼女は、学校に通わせなくていいのか?」

「もともと通信制の高校に通っているんだ。ネット環境があれば問題ない」

 優奈の環境に関しては、差し当たってはそのぐらいのものか。


 さて、この山奥から、どうやって都内に戻るつもりなのか。

「車でも用意してるのか?」

「いや、飛んでいく」

「いやいや、お前さんはともかく、彼女には酷じゃないか?」

 言われてみれば、抱っこされた状態でここから高速飛行というのは、結界を張ってあっても怖いかもしれない。

「こちら側の準備もあるし、高橋に送らせる」

「へえ、一緒に来てたのか」

 五十嵐の配慮は、さすがに幹部警察官だな、と言えるようなものであった。




 公安の用意したセーフハウス。

 別にこれは、桜盛だけのためのものでもない。

 だが表向きは桜盛のためのもので、既にある程度の生活用品も揃っている。

「とりあえず着替えは買ってきたけど、本格的には明日になってからね」

 深夜であるにも関わらず、茜は普通に呼び出されている。

 お巡りさんに、昼も夜もないのだ。むしろ今日は事前に言われていただけマシ、とさえ言える。

「お世話になります」

 礼儀正しく挨拶をする優奈に対して、茜の反応は優しいものである。

「いいのよ。今日は私もここに泊まるから、何かほしいものがあれば、すぐに言ってね」

 すぐ近くにはコンビニもあるという立地である。


 桜盛としては茜は、人格としてはともかく戦力としては、はっきり言って頭数に入らない。

 これでも一般人相手であれば、そこそこいかつい男であっても、戦える程度の戦闘力は持っている。

 だが桜盛基準だと、戦力というのは訓練を受けた兵士となる。

 なので五十嵐が手配する護衛が到着するまでは、こっそりと見守るつもりではあるのだ。

「悪いが彼女と少しだけ話したい。10分ほど外してくれるか?」

 その桜盛の言葉に、むしろ優奈の方を確認した茜である。

「はい、この人がそう言うなら、必要なことだと思います」

 少し顔を歪めた茜は、ため息をつきつつも立ち上がった。

「コンビニで何か買ってくるけど、食べたい物はある?」

「はい、カップ麺食べたいです。辛くないの」

 ささやかな望みであった。

「俺は特にいらない」

「あんたには聞いてない」

 そして部屋を出る茜であった。


 このセーフハウスは以前に、用意したといわれたときにしっかり、盗聴や監視がないか、確認している桜盛である。

 以降に手を加えられた様子もないので、会話をしても問題はないだろう。

「さて、これであの教団自体は、もう問題ないのかな?」

「はい、小さな影響は残っていますが、もう脅威にはなりません」

 質問権以上に、予知というのはチートである。


 茜に席を外してもらったのは、最低限の予知を聞いておくためだ。

「ここからすぐに俺がしておくべきことはあるのかな?」

「いえ、それはありません。車の中でこの会話も予知しています」

 なんとも優奈も、用意周到なことである。

「今のところはどこまで、予知が出来てるんだ?」

「このままだと来年の秋に、自分が死ぬところまでは」

 なるほど、邪神案件か。

「怖くはないのか?」

「今日、貴方に助けられた時点で、その未来は変わっていますから」

 選択式の未来予知というのは、本当に便利なものだ。


「なら、逆に俺に聞いておきたいこと、言っておかなければいけないことはあるか? こうやって関係性が深まったことによって、未来も変わってると思うんだが」

 優奈は頷いて、少し声を潜めた。

「貴方の本名を教えてもらう未来がありました」

 思わず桜盛も、それには息を飲む。

「大丈夫です。誰にも言いませんし、知っていることも言いません」

「賢明だな」

 なるほど二人は、戦力的には断絶があっても、重要度ではかなり価値が近い。

 今後はどんどん親しくなっていくので、色々と知られることもあるのだろう。

 むしろ優奈の言い方だと、桜盛の方から教えたようではないか。


 そして優奈はもう一つ、少し言いにくそうにしながらも、それを告げた。

「あと、将来の結婚相手を知ってたら教えてくれ、という質問をされてます」

「何言ってんだ未来の俺」

 思わず赤面する桜盛である。気持ちは分かるが。

「ただそういうことは、未来を知ってしまっていると、かえって変化もしてしまうので、あまりはっきりとはお答えしてないのですけど、さっきの茜さんとくっつく可能性もほんの少しありましたよ」

「マジで何やってんだ未来の俺」

 まあ茜は、正直に言えば美人であるので、年齢差を考えなければありうることはありうるのか。

「それと……私とくっつく未来も、可能性は少しだけありました」

 そう言った優奈は、さすがに顔を赤らめていたのであった。

 何やってんの。

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