第93話 予言者
豆知識のコーナーである。
予言者と預言者。この二つは明確に違うものであり、また漢字の単なる誤字ではない。
両方とも意味として存在し、完全に別であるものだ。
前者は超自然現象的なものであり、後者は宗教的なもの。
純粋に字を見れば、その意味が分かるようになっている、日本語は素晴らしい。
予言者の方は、予知と同じく、予測の意味を持つ。
即ち未来である。
だが預言者の方は、預かるという字。
誰の言葉を預かるのか? それは神である。
ざっくり言うと一神教の神の言葉を預かるのが預言者であり、キリストは神の子であると言っているのがキリスト教徒で、キリストは預言者の一人であり、ムハンマドが最後の預言者であると言っているのがイスラム教である。
細かいところは色々と異論があるが、別にそこまで難しいものではない。
問題はこの預言というものの中に、終末、つまり未来のことがあったりもするため、予言と預言は一緒にされたり間違えられたりするのだ。
その意味では優奈は、預言者でもあり予言者でもある。
なぜなら桜盛は、この世界に神様がいることを知っているのだから。
桜盛は勇者世界で、30年間勇者をやってきた。
恋愛そっちのけでと言うか、恋愛している暇があったら戦うか修行しろ、というような環境であった。
背中を守ってくれた女騎士が、死んでしまうことは普通にあった。
そもそも初期の仲間などは、半分以上は戦死している。
こちらに戻ってきてから、そろそろ半年ほども経過する。
やっと精神の方も肉体というか、環境の方に適応してくる。
すると何が起こるか。
当初はお子様過ぎると思っていた、同年代の周囲の少女に、ある程度の性欲が湧いてくるのである。
(俺はロリコンじゃない)
桜盛はそう呟く。
だが歴史的に見れば、男はほとんどがロリコンなのである。
徳川家康などは出産経験のある未亡人を好んだとも言われるが、これはもう確実に子孫を残すための作業のようなものだろう。
そもそも生物学的にも、肉体が出産に適応するのは、10代後半からとなっている。
若ければ若いほど体力はあるので、出産には適している。
それを無理に高齢出産としている、現代の方がむしろ歪んでいるのだ。
桜盛にしても勇者世界の結婚出産年齢は、貴族であってもそれなりに若かったので、そのあたりは了解している。
だいたい妾を持つ貴族の、九割以上は自分よりもかなり年下の少女などであった。
茜は成人した女性であるので、普通に桜盛の性欲の対象にはなる。
ただ逆に社会的な立場が、彼女に手を出すことは躊躇させた。
なにしろ相手はお巡りさんなのである。
立場が変われば、彼女に対して劣情を催すというのは、充分にありうる話ではあった。
もっとも桜盛が尋ねたのは、未来がどうなっているのかを知るためだ。
優奈の未来予知は、どこに限界があるのか。
観測者が彼女であるなら、彼女の死後のことは予知できない。
実際のところ彼女が、どこまでを試したのにかは興味があった。
茜が報告のため、夕方には本庁に戻るのを待って、桜盛はやってくる。
今日の夜からは、護衛のために五十嵐が手配した能力者もやってくるはずだ。
その前に桜盛は、色々と優奈と話しておきたいことがあり、それは彼女も同じであるようだった。
まず桜盛は、優奈の未来予知が、彼女の死後までも予知が可能であることを知った。
だがその未来においては、文明は完全に崩壊し、人類もほぼ死滅していた。
邪神によりもたらされた、最悪の未来である。
これ以上は見ても意味がないと思って、優奈はその未来視を中止した。
「じゃあ俺が知り合ったことで、その未来は変わったかな?」
「いえ、少し滅亡が遅くなっただけで、結局は邪神に勝てませんでした」
駄目じゃん。
そもそも勇者世界においても、桜盛が邪神を封印できたのは、神々の加護と聖剣があったからだ。
必要もないものであるし、そもそもこちらに持ってこれるものではなかったが、あれがあるなら邪神を封印することも可能だ。
ただ地球にある超常能力者、そして通常兵器など、どこまでそれを結集することが出来るのか。
少なくとも国家レベルで動いても、足並をそろえるのが無理であるというのは、勇者世界で既に経験している桜盛である。
桜盛と優奈がそろったことで、ある程度は邪神への対抗力は強まったとは言える。
だがこれだけでは、とても勝てるとは思わない。
条件をそろえるためには、どうすればいいのか。
「お……ユージさんの切り札を使えば、その後の未来が予知できなくなるんですけど」
「やっぱりあれかあ」
桜盛としても、それを使ってでもどうにもならないのであれば、本当に人類滅亡は待ったなしだと思ってはいたのだ。
桜盛が、こちらの世界に帰還した時、アイテムボックスの中には手紙が入っていた。
勇者世界でも持っていなかった、質問権というチート。
それを与えたよ、ということが書いてあった神様の手紙。
その手紙には、まだ続きがあったのだ。それが優奈の言うところの、桜盛が彼女に告げたであろう切り札なのだ。
もちろんこれを使うのも、仕方がないと思っている。
ミレーヌが来た折に、第三次世界大戦が起こると言われても、使わなかった切り札だ。
ただこれはさすがに、使わなければいけないだろうとは思っている。
しかし優奈は、さらなる予知を告げたのである。
来年の夏、邪神がこの世界に顕現する。
だがその前にも、一つ重要な出来事が起こるのだ。
桜盛と優奈が出会ったことにより、未来は変化している。
そして桜盛の力があれば、世界をある程度変化させるよう、働きかけるのも難しくはない。
だが優奈の告げたそれは、全く別のものであった。
「なるほどね……」
考えてみれば、そういったアプローチもあるはずなのだ。
なにせ邪神を封じているのは、神々の力であるのだから。
一人納得の桜盛であるが、優奈の方も聞きたいことはあったのだ。
だが彼女の場合は、その聞きたいことを訊いた未来を予知すれば、わざわざ実際に質問をしなくても、おおよその回答は得られる。
桜盛の質問権よりも、あるいは上位互換であろう。
ただどうやっても口を割らない人間相手には、自分だけの想像力では、口を割らせることが出来ない未来しか見えなかったりするが。
「これはあれだな。俺たちが話し合ってどうこうするんじゃなく、君の依頼を俺が果たしていった方が、効率がいいんじゃないか?」
「実はそうです」
「それを俺が言い出すまで言わなかったのは……ああ、俺が納得してやった方が、より一生懸命やるからか?」
「はい」
桜盛はため息をつきたくなった。
なるほど彼女の予知能力は、ある程度のテレパシーにも近いものがある。
さて、ではまず何をすればいいのか。
「玉蘭さんに連絡して、崑崙の仙人を動かしてください」
「それは、確かにな。ただ最近、あいつあんまり捕まらないんだよな」
「それとアメリカのジェーンさんと協力して、アメリカの能力者も動かしてください」
「簡単に言うなあ」
「難しいのは分かっていますけど、出来ますから」
すごいな、予知能力。
ただそんな予知能力でも、桜盛の切り札は見えないわけだ。
考えてみればそれは、当たり前のことでもあるだろう。
出来ればこんなもの、死ぬ前使いたくなかったものだ。
「あとはなんと言うか……恋人を作ってください」
「なんで!?」
さすがにそれは、桜盛としても絶叫したくなる。
「説明が必要ですか?」
「よく考えたらいらないな。ちなみに誰を恋人にするかも、分かってたりするのか?」
「それはあんまり重要ではありませんけど、恋人候補はある程度限られていますよ」
なにそのギャルゲー的選択肢。
「桂木志保さん、恩田蓮花さん、鈴城有希さん、玉木成美さんの四人が成立の可能性は高いです」
「前の二人はともかく、後ろの二人はなんでよ!」
現役トップアイドルと、義理の妹ではないか。
それでは実質二択となる。
優奈も困ったような顔をしているから、本当にこれは必要なことなのだろう。
「理由を詳しく聞いても?」
「それは……話すと未来が変わるので、聞かないでください」
「不便だな、予知能力」
桜盛としても頭を抱えたい。
「あ、でも鈴城有希さんとのイベントは、もうちょっとしたら発生しますよ」
「イベントとか言わないでほしいなあ」
ゲームじゃないのに、まさにゲーム的。
攻略本を見ながら、人生を送っているような気になる桜盛であった。
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