第90話 予知の巫女

 実は能力者の中には、災害を予知する能力者がそこそこいる。

 だがそこに人間の手が加わっていると、あまり当たらなくなる。

 たとえば東日本大震災。

 あれを予知していたという能力者がいるらしい。

 ただその能力者が予知していたのは、地震の部分まで。

 それに釣られて当然起こりうる津波による大被害や、原発の放射能による汚染などには、予知が及んでいなかったという。

 予知能力というのはそれだけ、不安定なものであるらしい。


 勇者世界にも予知能力はあった。

 そもそもその予知を信じて、桜盛を召喚したわけであったりする。

 だがその予知というのは、神々からもたらされたものであるにもかかわらず、確定したものではない。

 即ち悲劇であっても、回避が可能であったのだ。

 むしろ神々は、壊滅的な悲劇だけは避けるべく、そういったことだけはしっかり伝えた。

 最悪をどうやって、少しでもマシにするか。

 実際に現場で動く方としては、完全に地獄である。


 公安の事前調査と、質問権の併用により、教団を潰すだけの情報はすぐ手に入れられた。

 あとは普通に国税局にでも入ってもらえば、それで終わりである。

 未成年者の売春など、とんでもないことを組織的に行っていたことが、どれだけ明らかにされるか。

 それは桜盛の知ったことではない。

(まあ未成年者売春程度じゃ国は動かないしな)

 人間を使って政治家を篭絡しているのだから、そこは問題であろうが。

 公安の仕事ではないということだろう。




 週末の二日で終わらせるべく、やってきました秩父山中。

 山間の土地を切り開き、4000人ほどが居住する小さな町が、教団の本拠地である。

 この町で暮らすことを、俗に出家と言っているらしい。

 一応は仏教系らしいが、祝詞を儀式に使ったりするあたりは、神道とのちゃんぽんだ。

 下手に新しい体系を作るよりも、確立された価値観に乗っかる。

 それによって受け入れやすい仕組みとしているのだろうか。


 桜盛は立ち位置としては、真の神を知るがゆえに、完全な無神論者だ。

 だが数千年と続いている宗教であれば、その組織的な価値は現実だろうと思っている。

 しかしこの教団は現在、教祖のカリスマと巫女の能力に頼りきった、属人的な組織となっている。

 どうにか潰してやりたいとは思うものだが、社会に対する影響力は、それほど高いものではない。

(教祖のカリスマを失わせることと、巫女の能力の抹殺)

 少しだけ桜盛は、物騒なことを考えている。


 盆地の中に一軒だけ、どう考えても民家ではない、巨大な宗教施設がある。

 中央が塔のように曲線を描いて高くなっており、これだけを見ればけっこう美術的な価値もあるのでは、と思えるぐらいだ。

 四方に伸びた建物の中に、教祖や教団幹部の部屋がある。

 一応は監視カメラなどもあるが、桜盛にとっては意味がないのは変わらない。

 侵入した桜盛は、教祖の部屋を目指す。

 この時間の教祖は、建物の中心部にいて、教団の運営をしているのだ。


 教祖の部屋にあるのは、これまでに接待してきた政治家などの、未成年者との性交記録だ。

 パソコンもあって、この中にもデータは存在しているだろう。

 ただこれに関しては、実際にどう使っているかは、質問権でも分からなかった。

 教祖本人のみが、知っている事実であるのだろう。


 応接のために使っているのとは違う、寝室ともまた異なる部屋。

 ここにあるパソコンと、そのデータのバックアップ。

 透視の魔法によって、それらしき物は部屋の中で確認できる。

 鍵のかかった棚のスチール棚の中に入っていた。

(スタンドアローンかな?)

 パソコンの電源を入れてみるが、当然のようにパスワードがかかっている。

 ただこれがOSだけだとしたら、持って帰れば普通に、公安が解析してくれるだろう。


 パスワード自体は分からない。

 だがそのパスワードが、鍵のかかった引き出しに書いているらしいことは分かる。

 おそらく複数人の部下が、それを見ていたのだろう。

 そしてこの程度の鍵ならば、桜盛の能力で開けることが出来る。

「おし」

 忘れないように、あえて書いて残しておく。

 このあたりのITリテラシーは、果たしてどう考えればいいものだろうか。

 パソコンの中のファイルを、適当に調べていく。

 アイテムボックスからは、外付けのハードディスクを取り出した。

 棚の中のバックアップも、それなりの量がある。

 だが一番重要なのは、この実際に現在使っているデータであろう。




 だいたい予想していた通りであるが、中にあったのは金の動きであった。

 そしてもう一つ、リストがある。

 誰に対して、誰を売ったかというもの。

 政治家や企業人、あるいは芸能人などに対する、ハニートラップ案件だ。


 おそらく後者に対しては、公安は揉み消すだろう。

 重要なのは国外に流出している、金の動きである。

 もう一台のネットワークにつながったパソコンに関しては、特に重要な情報はなかった。

 だが一般会員のデータに関しては、こちらでもしっかりと分かる。


 データだけを自分のパソコンに移し、桜盛は精査することにした。

 強大な力を持つ勇者であっても、こういった作業に対してかける時間は同じである。

 金の流れに関しては、かなりの金額が動いているのが分かるが、違法かどうかなどは分からない。

 そういった知識は、桜盛の頭の中にはない。

 勇者は最強だが、万能ではない。

 それこそ神ではないのであるから。


 しかしここはネットワークも、全て有線となっている。

 電話さえもここは、スマートフォンも使えない。

 なのでデータにあった名簿などを見ても、それが誰であるのか確認する術がない。

 桜盛でさえ知っているような、有名な人物もいることはいたのだが。


 ともあれこれで、五十嵐から頼まれていた、金の流れに関しては充分だろう。

 売春というか、未成年者を使ったハニートラップは、名簿だけは手に入れた。

 わざわざ読み込まなかった、あの棚に隔離された中に、そういったものはあるのかもしれない。

 透視した限りでは、ティスクとして保管されていた。

 一つぐらいは持っていっても分からないだろうし、コピーも出来たかもしれない。

 ただそちらに関しては、桜盛の関知するところではない。


 全くこの世界、金と女が絡んでいると、ろくなことにはなりはしない。

 そのくせ桜盛の周辺には、金はともかく女の気配が薄い。

 世の中は不公平であるが、女運にまで恵まれてしまえば、桜盛はまさに無敵であろう。

「けれど俺のチート、モテ方面に特化してるはずなんだけどなあ」

 腕を組んで考える桜盛は、夜になるのを待つ。

 接触するべき相手は、教祖ではない。


 予知の力によって、教団をこの数ヶ月で、一気に強大な存在としてしまったのは、榊優奈という少女である。

 年齢は16歳で、学年は桜盛の一つ上。

 高校は通信制の授業を受けており、両親は町にいるが、彼女自身は一人本部にいる。

 この町には中学までは普通に学校があるが、生徒は全て信者である。

 そして教師もまた、在家の信者が教職を取ったもの。

 彼女一人がその環境から離れているのは、おそらく巫女としての神秘性を増すため。

 なんとも嫌な展開になりそうだ。




 夜になり、本部施設内の人間の動きも、およそ止まった。

 就寝の時間であるが、教祖の部屋にはもう一人気配がある。

 まあその動きを見ていれば、お盛んなことは間違いない。

 生臭坊主と同じ系統なのであろうが、それはとりあえず桜盛の知ったことではない。


 教祖の部屋の近くに、もう一つしっかりと鍵のかかった部屋がある。

 それ以前にこの本部にも全て鍵はかかっているのだが、これは内部からなら簡単に開けられる。

 そして桜盛としては、短距離転移を使えば、その扉を開ける必要すらない。

 侵入した桜盛は透明化し、巫女とされる少女の部屋へ向かった。


 途中で気づいたのだが、彼女はまだ眠りについていない。

 時刻は11時過ぎなので、夜更かしというほどでもない時間だ。

 空間を無音にする魔法を使って、他には気づかれないようにすべきだろう。

 だが彼女の部屋の前で待つ桜盛は、その動きに気がついた。


 内側から、彼女がドアに向かってきている。

 そして鍵を外して、わずかにドアを開けた。

「どうぞ」

 こちらを確認することもなく、また部屋に戻っていく。

 桜盛はなるほど、と思いながら彼女の背中を追った。


 なるほど、これが予知能力か。

 桜盛はその誘いに乗って、普通に部屋の中に入る。

 他には誰もおらず、つまりこれは彼女自身が、桜盛と対面するのを望んでいたということか。

「やはり、驚いていないのですね」

「そちらもな」

 戦闘になったら、桜盛が瞬殺出来るだろう。

 だがそういったことには意味がないのだと、桜盛も分かっている。


 優奈はベッドの上に座り、桜盛には椅子を勧めた。

 そして彼女の方から、先に口を開く。

「私の力は選択予知能力です。これから何をしたらどうなるのか分かる、というものです。また普通に何もしなかった場合の未来も分かります」

「俺が来ることも分かっていたのか」

 頷いた優奈は、次に驚くべきことを言ってのけた。

「人類が滅ぶのを防ぐためには、私と貴方の協力が必要です」

 人類滅亡まったなし、といったところか。

「滅亡……。第三次世界大戦か?」

「違います。貴方なら邪神と聞いて、その意味が分かるはずですが」

 確かに、それは分かった。

 分かったと同時に、これまでになかった絶望感が、桜盛を襲った。

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