第89話 質問権の限界

 桜盛の質問権は、ある意味において世界で最大のチート能力であろう。

 容量上限不明のアイテムボックスも、実は本当に無限であるなら、これだけで地球を滅ぼすことは出来たりする。

 今のところ確認した限りでは、上限に達していない。

 生物を入れられないという縛りはあるが、それでもとんでもないものだ。

 しかし社会的に見るなら、質問権が一番危険だ。

 秘密を持つ者と、秘密を知る者。

 二人が秘密を共有しているだけで、その秘密が明らかになるのだから。


 だが同時に、こちらも限界はある。

 一人しか知らなければ分からないし、また桜盛の質問の仕方が悪いと、回答が帰ってこないのだ。

 そして二人が知識を持っているとしても、その知識が部分的に間違っていると、やはり中途半端にしか分からない。あるいは完全に分からない。

 間違った解答が出ない代わりに、多少は違っていてもいいから、という情報も得られないのだ。

 ただネットで調べた、多くの人が勘違いしていること、という質問であったりすると、ちゃんと少数派でも正しい解答が戻ってくる。


 なお「明智光秀はなぜ本能寺の変を起こしたのか」などといった質問には回答がない。

 素晴らしい機能の能力である。

 必ず答えを出すのではなく、間違った答えを選択しないという意味でも。

 その能力によって、件の宗教団体に、能力者がいることは分かった。

 公安も掴んでいない情報である。

 なぜつかめていないのかも、質問権で明確に分かった。

 その能力の発現が、つい最近であるからだ。


 そしてその能力というのは何か。

 これに対する返答はなかった。

(つまり能力者はいることは明らかだけど、その能力を知っている者が、片方は間違って認識しているってことかな?)

 この理解なら、能力を知っている人間もごくわずかではないのだろうか。

 さらに前提条件を考えれば、正しい能力を知っている人間は、一人以下である。


 質問権の限界には桜盛の頭脳の限界も存在する。

 どれだけの状況を想定できるか、という問題である。

 万全の状態でなくても、最後には力押しでどうにかなる。

 勇者世界では油断しなかった桜盛も、さすがに最近は油断気味だ。

 それで簡単に通用してしまっているので、仕方がないとも言えるのだが。


 正しい能力を把握するのは後回しにして、その能力者が誰で、教団ではどういう立場なのか、ということに質問を変える。

 これにはすぐに明確な返答があった。

 ここで桜盛は難しい顔になったが、また改めて質問を重ねていく。

 そして教団内の体制をおおよそ把握してから、改めて能力の内容について質問権を使っていく。

(今更だけど一日に何度も使えるのは、完全にチートだな)

 制限のない能力というのは、万能すぎて人間の工夫を減らしてしまう。

 二人以上が知っていればという条件は、その点以外はほぼ無制限であったのだ。


 だが何度か質問権を使用して、どうにかその能力の性質について答えらしきものを出していく。

 この能力を知っている人間の中では、どういう能力と認識されているものか、という質問である。

 それはある意味、桜盛の絶大なる力であっても、相性が悪いかも、と思えるものであった。

「まさか予知能力系か……」

 完全な予知能力ではないらしいが。


 ただこれで、公安が能力を把握していない理由も分かった。

 おそらく把握されない程度に、どう対処すればいいのか、相手も予知をして使用を制限しているのだろう。

 桜盛のように、調べなくても分かる、などというチートの極みの能力がなければ、それは確かに今後も公安に知られることはなかっただろう。

(完全な予知ではないはずだ)

 もし完全な予知があるとすれば、それはパラドックスを引き起こすからだ。

 なので桜盛にも、充分に勝ち目はある。

 今までにも色々と、面倒な案件はあった。

 それらに比べても、この能力は厄介であると言えた。




 完全な予知、というのはありえない。

 なぜなら未来を予知できるのなら、その未来に行き着く過程まで予知できるわけだ。

 ならばその過程において、本来の選択とは違う道を歩けばどうなるか。

 未来は変化する。当たり前のことである。

 その時点でそれは、完全な予知ではありえなくなる。


 予知によって世界が分岐する、というなら分かる。

 実際にミレーヌの話によれば、今の時間軸は本来のものと比べると、既に変化してしまっている。

 あるいは歴史の修正力、などというものがあるのかもしれないが、少なくとも確認はされていない。

 それこそ質問権を使っても、返答が得られないものである。


 ここで考えなければいけないのは、相手が桜盛の襲撃を予知しているか、というものだ。

 限定的な予知能力だとして、それに備えているならば、桜盛も色々と考えなければいけない。

 だがこの質問には答えが返ってこなかった。

 予知しているとも、していないとも返ってこない。

 法則に従うならこれは、一人だけは予知しているということであろうか?

 予知したものを周囲に知らせていないなら、予知しているとも、予知していないとも、返答が返ってこないことになる。


 教団の利益を考えるなら、対策は立てるべきであろう。

 あるいは桜盛の力であれば、どんな対策を立てようと無駄だと、そこまで予知できているのだろうか。

 精度の高すぎる予知というなら、それもまた不幸なことである。

 未来の分岐までは予知できないとか、そういった制限でもあるのか。


 色々と考えている間に、桜盛は気づいた。

 自分の使っているこの質問権も、未来予知の一種であると。

 もちろんこれまでは、そんな分類にはならなかったし、あくまでも選択するための情報収集の一環だと思っていた。

 しかしこの世にある程度精度の高い予知が使える能力者がいるなら、その人物の能力を前提に質問権を使えば、未来の選択が変わるということではないのか。

 未来知識を知っていたミレーヌの存在によって、桜盛は本来の歴史を変えた。

 ミレーヌの未来知識を知るということは、これは予知によってもたらされた知識があったのと同じである。

 やはり絶対的な予知能力は、この世には存在しない。

 あとは問題は、どの程度が相手の予知能力の限界か、というものだ。




 桜盛は質問権ではなく、五十嵐から渡された資料を、じっくりと確認した。

 漏洩を防ぐために、普段はアイテムボックスに入れてある資料である。

 この資料が作られた時点から今までに、ある程度の変化が教団には起きている。

 具体的に言えば、勢力を拡大しているということだ。


 公安の調査なので、桜盛はそれなりに信用している。

 だが単純な信者の増加に加えて、太い客とも言うべき資産家や経営者に政治家などが、献金を行っているのだ。

 資産家や経営者の献金というのは、まだしも分かる。

 しかし政治家などであれば、逆にこういった組織からは、献金を受け取る側ではないのか。

 教団のやっている事業の中には、自動養護施設や保育園だの、それなりにまっとうなものもある。

 こういったものへの公共からの交付金を受け取るためには、むしろ政治家に金を払って、上手く補助を受けられるようにしているのではないか。


 実際のところ保育園や幼稚園を、併設している宗教団体というのは、それほど怪しくないところでもあったりする。

(政治家を動かして公的資金から援助させるだけじゃなく、現金まで受け取っているということは、本当の力を政治家も感じているわけか)

 どうやら予知のことは、占いという形で認識しているらしい。

 これはそういった大物が、どういう能力として一番たくさん認識しているのか、という質問で回答が戻ってきた。


 そしてその能力者に関しても、普通に質問権で分かった。

 どういう経緯で教団に入ることになったのか、そういうことまでもが。

(単純な新興宗教団体だったなら、まだ良かったのかな?)

 潰す方法はいくらでもあるが、下手に潰してその大物信者の名前が出てきたりすると、社会的な影響が大きくなる。

 五十嵐に相談してみてもいいが、これもまた桜盛一人で処理した方が、話としては簡単だろう。

 また天誅でも食らわせたら、教団は内部崩壊しないだろうか。


 宗教団体は基本的に、教祖がいる場合はその権力が、完全に一人に集中されている。

 準備なくその教祖が死亡すれば、組織は分裂することが多いらしい。

 あるいは教祖に子供がいれば、それが旗頭になったりする。

 ただ、生きているだけにするならば、それはそれで面白い反応になるかもしれない。


 ダルマにするのは個人的にも、さすがに嫌かなと思っている桜盛である。

 だが教祖がこれまでに行ってきたことで、人生が狂った人間は相当数になる。

 単純にその数だけで言うならば、先日の御曹子よりもはるかに多い。

(今回は公安の依頼も、ふわっとしてるんだよな)

 国外への資金流出を止めることと、勧誘活動の沈静化。

 弾圧までしろ、などとは言われていない。


 実際の神を知っている桜盛から見ると、本気で神を信じている人間というのは、等しく愚かか哀れである。

 だがそれは桜盛自身もちゃんと、自分が特殊なのだと認識している。

 宗教に頼ってしまった人間が、ちゃんと自分の足で立てるようになる。

 そんなフォローは桜盛では無理だし、一般的なフォローが役に立たなかったため、宗教に走ったとも言えるのだ。

(まあ、あとは現地を見てからか)

 教団コミュニティへの潜入は、普通に考えている桜盛であった。

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