第87話 死刑未満

 当初桜盛は、この犯行グループのリーダーだけは殺すつもりであった。

 生かしておいてもろくなことはしないだろうな、と確信するだけの、証言も集まっていたのだ。

 だが四肢のどれか一つを欠損し、恐怖に怯える幹部どもを確認するにあたり、ちょっと考えを変えた。

 自分が楽になるためと、あとは見せしめとしては、もっと効果的にするためであった。


 労力はそれほどでもなかったが、何しろ相手の数が多かった。

 手足の骨折程度で抑える平メンバーは一日に数人を終わらせることが出来たが、手足を切断するにあたっては、場所が必要になったものだ。

 桜盛のアイテムボックスは、生物を入れて運ぶことは出来ない。

 そのためある程度は証拠が残りそうなものであるが、気絶させた犯罪者を運ぶにも、カメラを無視できる透明化の魔法がある。

 昼間であればまだ、少しは違和感があったかもしれない。

 だが夜の闇の中では、それも白と黒のコントラストの中に消えてしまう。


 そんなわけで、仕事は終わった。

「早いな」

「こんな憂鬱な仕事、いつまでもやってられるか」

 そんな桜盛の言葉に、五十嵐は安心する。

 圧倒的な力があれば、他者に対して不寛容に残虐になれる人間は多い。

 今回は桜盛にとって、そこに正義が加わっている。

 解決の仕方によっては、今後持っていく仕事を考えなければいけない。

 だが桜盛は明らかに、苦々しさを隠そうともしていなかった。


 能力者というのは、どいつも歪な精神構造をしている。

 程度の違いがあって、それが人類社会に適応できる範囲かどうか、それが判断されているのだ。

 以前は桜盛に関して、その心配があったため、社会から排除する必要があると思っていた。

 だが接触を重ねて、また茜を救出した事実などから、どうにか共存できるとは判断している。

 武装グループ事件の時も、政権が転覆しそうになったネタは、こっそりと処分していた。

 鉄山などの助言があったにしろ、それを判断する価値観は持っているというわけだ。


 この間のアメリカとの対決においては、アメリカ側の能力者を圧倒しながら、その兵器を日本が手に入れるのは阻止した。

 しかし日本にあるのでは、という余地は残している。

 基本的には日本側に立ちながらも、あまりバランスを崩さないよう配慮する。

 それを今回も、確認してみた次第である。

「それで、どこに埋めた? 溶かしたか?」

「いや、殺さなかった」

 人混みのない公園側の道を歩いていたが、五十嵐の歩みが止まった。

「殺さなかったのか?」

「俺にはどうしても、レイプが死に値するものとは思えなくてな」

 これもまた、理由の一つではある。


 五十嵐はため息をついた。

 桜盛はその力に反して、穏当な手段を取っている。

 だがこの事件に対しては、絶対にこれ以上の被害が出ないようにするべきなのだ。

「片足と片手を切断でもしたのか?」

「いや、両手両足と性器を切断し、両目を潰した」

 五十嵐は完全に、その返答に絶句した。




 一応死なないように止血などはしていたが、ここから急変して死んでもおかしくない。

 そんな状態でやはり、救急病院の前に放置したのである。

「……いっそのこと、殺してやった方が良かったんじゃないか?」

「いや、そもそもこの案件の問題を考えれば、これぐらいが妥当だ」

 桜盛はちゃんと、自分なりにこの事件を消化している。

「あいつらは犯罪者であるが、直接の殺人は行っていない。自殺者が出るのは、その後の本人や周囲のフォローの問題だろ」

「それは厳しすぎないか?」

「日本の女がヤワすぎるんだ」

 そうは言うが桜盛にしても、もしこれが成美や、あとは志保や蓮花などであったら、犯人たちを処理していただろう。

 その意味では、桜盛も判断の基準を複数は持っている。


 今回の事件解決は、二つの要点があった。

 一つは二度とこんな事件を起こさないということ。

 そしてもう一つは、被害者にすっきりとしてもらうことだ。

「ほいこれ」

「あ、メモリ?」

「主犯が命乞いする映像が入ってる。貴方にひどいことをした連中はこうなりましたよ、と教えてやれば少しは前向きになれるんじゃないかな」

 今回の桜盛の仕事は、復讐の代行であった。

 なので被害者が、因果応報を感じて社会復帰できれば、それは望ましいことだろう。


 二度とこんな事件を起こせないように、四肢を全て切断し性器も去勢した。

 これでもう悪巧みをしても、ついていく人間はいないだろう。

「目を潰したのは?」

「ああ、恐怖感を与えるため、素顔で拷問したんだ。耳まで潰さなかったのは、さすがに介護する人間も不便だろうからな」

 文字通り完全に、手も足も出ないようにした。

 そして目まで潰していては、今後はどんな悪辣なことも出来ないであろう。


 それこそ下手に殺すよりやりすぎでは、とさすがに五十嵐は思った。

 何よりこれでは、主犯はもう自殺さえ出来ないであろう。

 これからあと何十年か、ベッドの上だけで過ごしていくのか。

 哀れだ。

 もちろん因果応報、自業自得な面もあるだろう。

 しかしこれは、ほぼ完全に未来を奪うこと。

 人間として生きる、最低限の尊厳までをも奪うことであると思うのだ。




 数々の凶悪犯罪を見てきた五十嵐も、さすがにここまで計算した残酷さは、見たことがない。

「ちなみに俺の知ってるもっとひどいのは、切り取った腕や足をそいつの目の前で、こんがり焼いて動物に食わせていくというものだったな」

「それはやめろ」

 さすがにそれは猟奇犯罪も極まりすぎている。

「そういうわけだから、もうちょっと簡単に殺すだけでいい相手の方がいいな」

 五十嵐としても、出来るだけこういった案件は回さずにいこうと思った。


 桜盛の危険さは、単純な戦闘力ではない。

 残酷さへの耐性が、充分にあるということだろうか。

 不快には感じても、それで都合がいいとなれば、命を奪うことにも躊躇はない。

 そして命を奪わずに、それよりひどいことをすることに対しても。

 一応ここまで、五十嵐が確認した限りでは、確かに殺されてもおかしくない人間しか殺していないと思う。

 もちろんそれは、日本国の量刑に照らし合わせたものではないが。


 改めて五十嵐は、問いたださざるをえない。

「お前は、たとえば現職の政治家や官僚、これは外国のものも当てはまるが、そういった人間の暗殺依頼があれば、受けるか?」

「基本は受けないだろうな」

 桜盛の答えは、あっさりとしていたが嘘は感じさせないものであった。

「たとえば日本の潜在敵国の、独裁者であってもか?」

「お前らが殺しても大丈夫だろうと判断して、俺も殺せると思ったなら、殺してもいいが?」

 そこには道徳的な、殺人に対する忌避感は感じなかった。


 桜盛の価値観からすると、歴史上の人物でいうならば、ヒトラー、スターリン、ポル・ポトあたりは殺した方がいいだろうな、と思える。

 だが積極的には殺しにはいかない。

 なぜなら今の、自分の環境とは無関係であるからだ。

 その後も独裁者は多数輩出されたし、なんなら現在進行形で、これが死ねば平和になるのでは、と思える人間もそれなりにいる。

 また国内を見てさえも、ぶっ殺したいなと思う人間がいないわけではない。

 しかしそれは、我慢が出来る程度の殺意だ。

 私憤を正義で装飾し、未来を考えない暗殺は、出来るだけしない方がいいのだ。


 桜盛が勇者世界で、ぽんぽんと人を殺していたのは、全ては魔王との戦いに備えるためだ。

 それでなければ単純な人間同士の争いになど、手は出さなかったであろう。

 事実、それまでの友人たちを助けようとも思わず、こちらの世界に戻ってきた。

 そのあたりの一線は、ようやくこの案件で心の整理もついてきたのだ。

「独裁者を下手に殺して、うっかり核ミサイルのスイッチが入ったりしたら、ちょっと目も当てられないものになるだろうしな」

 保身にも似た現実感覚を見て、五十嵐はようやく安心する。


 テロと言ってもいいような暗殺手段を、桜盛は使うことが出来る。

 性質の悪いことに桜盛ならば、自爆テロのように命を賭けることもなく、普通に暗殺が出来るであろう。

 ただそれは、基本的には使わない。

 独裁者が死んで、もし国家が内乱状態になれば、よりひどい状態になるかもしれない。

 未来が見えない以上、桜盛はそんな選択はしない。

 質問権で分かるのは、あくまでも現在確実な事実のみ。

 未来を想定する人間の意見は集められるが、それが当たるとは限らないのだ。


 だが例外はある。

「俺に近しい人間が被害にあったら、暗殺だと分からないように事故に見せかけて殺すよ」

 桜盛の妥協点は、そのあたりであるらしい。

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