第86話 私刑執行

 まったくどうしてこうまで、似たような事件が起こるのか。

(いや、正確にはそれぞれちょっと違うのか)

 エレナの時は、とにかく無作為に、顔のいい女を狙った事件であった。

 対して蓮花の時は、他にも色々と薬をキメた中で、蓮花も巻き込もうとしていた。

 前者はロクデナシの暴走であったが、後者はヤクザの抗争を狙ったものであった。

 どちらも少女たちは、巻き込まれたのみである。


 大学のサークルの中で、ヤリサーを作る。

 ヤリサーというのはつまるところ、女とやるのが目的のサークルである。

 出会いだけを目的とするなら、風紀が乱れているな、の一言で済ませる桜盛だ。

 ただアルコールとドラッグで正体不明の状態にさせて、そこで集団レイプする。

 本当にもう、一度潰したのであるから、懲りてほしいものだ。


 しかし五十嵐からもらったこれは、前回よりもずっと計画的で被害者も多い。

 確認できただけでも、17人の被害者がいる。

 そして桜盛が質問権で確認すれば、その数は三倍にもなった。

 そのうち、自殺者が二名。

 肉体が死んでいなくても、心が死んでいる者を含めれば、被害はもっと多くなるだろう。

 桜盛的には、レイプされたぐらいで死ぬなよ、という非情な感想を抱いたりもするのだが。

 極限状態の勇者世界と、比較してはいけない。これは尊厳の問題なのだと、それぐらいは理解できる。

 尊厳を持ったまま死んでしまうというのは、随分と贅沢なことだな、などとも思うのだが。

 どうしてこれを問題に出来ないのかというと、首謀者が大企業グループの御曹司で、そこから政界にもつながっているからだそうな。


 やろうと思えば、五十嵐の手配できる人間の範囲で、これを処理することは出来るだろう。

 だがそれをやらないのは、桜盛に対する踏み絵である。

 また桜盛の力によって、どれだけ隠れた被害者を探し出すかと、隠れた加害者を探し出すか、それも期待されている。

 そしておまけに、今回の処理は、ある程度表にも出す、というのが五十嵐のオーダーだ。

 数年ごとに出現する、この手の類似犯。

 それの防止のために、あえて天誅を下した後の画像などを流すのだ。

(厄介なもんだな)

 逆に手間な話である。




 大学の大手サークルということで、構成員はそれなりの数になっている。

 ただし秘密を守れる人間を、ということである程度は条件は絞ったのか。

(これはありがたい)

 今回の件、関係者全員を殺すという気分には、桜盛はなれなかった。

 なぜならどうしても、レイプごときで報復が殺人というのは、やりすぎだと思ったからだ。

 このあたりはやはり、勇者世界での常識が、現在も桜盛の価値観を侵食しているというところはある。


 実際に現在の地球においても、当たり前のようにレイプがある地域はあるし、体を売って生きている女性はいるし、それでも生きていかなければいけないと立ち上がる人間がいる。

 もっとも不快なことは事実であるし、制裁を加えるということに社会的な意味があることには同意する。

 そこで桜盛は、彼にしては随分と穏便な、そして手間のかかる手段を採ることとした。


 サークルはリーダーの男を頂点に、幹部クラスの人間が10人ほどいる。

 そして他に、50人ほどの構成員がいるのだ。

 桜盛はまず、この末端の方から手足の骨を折る程度に、一方的な被害を与えることにしていった。

 東京の夜の中でも、桜盛の力を使えばそれは、簡単なことであった。

 第一段階は、まず後遺症は残らない程度の、痛い目に遭わせていく。

 同じような例が続いていけば、その共通項から、何が起こっているかは分かるだろう。

 重要なことだが、ここで警察に助けを求めることは出来ない。

 なにせ共通していることが、明らかに犯罪に直結しているからだ。


 示談で済ませた、などと言っても警察がその気になれば、証拠を根こそぎ持っていく。

 そして映像などが残っていれば、明らかに薬物などを使った、婦女子暴行だと判断される。

 そもそも幹部メンバーでもない人間がどうなろうと、どうでもいいのがいわゆる上級国民の意識かもしれない。

 勇者世界では人間を、数字で見ていたこともある桜盛としては、そういう気持ちが分かりたくないが分かってしまう。


 単純な暴行事件でないことは、被害者が大学の同じサークルであることから、警察もこれを関連付けて考えている。

 だが捜査に対して、サークルの活動の内容を説明できないため、警察の捜査も進まない。

 明らかにこれは、サークル内部の活動に対する報復だと、調べる側も気づいている。

 そしてこのサークルに対して、複数の女性からの、訴えがあったことまで明らかになってくる。

 もっとも全て示談で済ませたのか、訴えは取り下げられているが。


 桜盛は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 たとえ相手が畜生であっても、事件であれば捜査せざるをえないのが、日本のお巡りさんである。

 勇者世界であれば、犯罪集団が報復にあっていたとしたら、官憲が動くことなどはなかった。

 このあたり法治社会で、無法を行う桜盛の限界であろう。




 防犯カメラの多数存在する監視社会。

 東京などは特に、そうそう犯罪を繰り返していけるわけではない。

 だが桜盛の透明化の魔法は、犯罪をするのにもうってつけのものだ。

 実際、法的な解釈をするなら、いくら相手が外道であっても、桜盛のやっていることは暴行である。


 ただの平メンバーから、順番に全滅させた。

 このあたりからさすがに、相手側も相当に、警戒をし始めているらしい。

 桜盛は自分自身の情報を、全く相手に与えていない。

 だが姿ぐらいは見せて、フルボッコにしているのだ。

 190cmぐらいの大男がいたら気をつけろ。

 そう考えているのかもしれないが、普段の桜盛は高校生の体格のままでいる。


 しかし最近、身長が少し伸びてきた気がする。

 いや、元々高校入学時点でも、成長は止まっていなかったのだが。

 勇者の姿というのは、巨大な敵に対抗するため、肉体のスペックを最大限に上げたものである。

 なのでこちらに普通に生きていれば、そこまでは身長も伸びないはずなのだが。

 帽子にマスクにサングラスという姿で、普通にうろつけるのが今の、東京のいいところだろうか。

 そして今日も桜盛は、面倒な私刑を行っていく。


 幹部クラスに対しては、処置の内容も一段階ひどいものにした。

 両手両足のどれかのうち、一本を切断するというものである。

 そして止血だけはして、病院の前に放置しておく。

 一応は殺す気はないが、死んでも構わないだろう、というのが桜盛の考えだ。


 命の価値に対する考えが、桜盛は軽い。

 自分との関係性によって、それは上下するのだ。

 レイプぐらいはたいしたものではないだろう、と思うのと同じぐらいには、片腕や片足を切り取られるのも、そんなにたいしたものではないだろう、と考えている。

 実際今の日本であれば、二箇所ならともかく一箇所であれば、普通に生活も出来るだろう。

 不便さを感じても、それは因果応報というものである。

 警戒を最大限にしている対象を、だいたい週に二人のペースで片付けていく。

 病院前に放置しているので、これは猟奇犯罪として、既にニュースにもなってきていた。

「あ~、やっとあと一人か」

 別に拷問が好きなわけではない桜盛なので、さすがに疲れてきたころである。




 実はこの段階においてもまだ、桜盛は相手が懺悔する余地を残しておいた。 

 自分の罪を全て告白し警察に保護を求めるなら、あとは警察に余罪追及などをさせればいいかな、と思っていたのだ。

 だが対象は親の用意してくれたタワマンに引きこもり、金で雇った半グレ集団に、護衛までさせるという姿勢を見せていた。

 なお半グレ集団は、拳銃までも所持している。


 高級タワマンの一室に引きこもり、ドアの外には護衛が数名。

 確かに手足を切断するような頭のおかしい相手には、それぐらいの警戒は必要だろう。

 ただここで警察に、銃刀法違反で踏み込んでもらったら、それで終わりになるような気もする。

 だが桜盛は、そんな優しいやり方は考えていない。

 自首をしたなら許してやろうというのは、桜盛がそう考えているだけで、相手に伝えているわけではない。

「まったく、ついこの間、タワマンを外から破壊する事件があったばかりなのにな」

 桜盛としては、この程度の防御でどうにかなると考える、相手の想像力のなさを哀れむのみである。


 この日、半グレ五人が四肢の骨を折られて、通報を受けた警察に、銃刀法違反で逮捕されることとなる。

 そして同じ一室にいたはずの、某巨大グループの御曹子は姿を消していた。

 侵入ルートは、窓を丸く切り抜いた寝室。

 だがどうやってそんなことを可能にしたのかは、警察にも分からなかった。


 桜盛の面倒な仕事は、これから始まる。

 別に快楽殺人鬼でもない桜盛としては、いささかならず気の滅入る仕事であった。

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