第82話 モテと恋愛
このところやっと、身の回りが騒がしくなくなった桜盛である。
そして自分の存在価値などについて、考えてしまったりする。
普通の人間であれば、未来はこれから広がっていき、希望と不安の両方を抱えた人生を送っていくのだ。
だが桜盛に限って言えば、もうやるだけのことは充分にやったと思う。
それでも終わらないのが、人生というものなのか。
第三次世界大戦などという、最悪の未来はとりあえず回避した、と思う。
しかしそれはあくまでも、ミレーヌが知っている未来の一要因を潰したというだけである。
別に細菌兵器に限らず、似たようなことが起こったら、同じように世界は動くのかもしれない。
さすがにそれだけは、桜盛としては避けたいところである。
ミレーヌのおかげで、わずかながら桜盛は転移の力を増大させた。
将来的には地球上のあちこちに転移出来るようになりたい。
それはミレーヌさえも不可能なことであったが、やっておくべきことではある、と思うのだ。
彼女のためにも、彼女がいたような世界にはしない。
ただ彼女と会ってしまったことで、既に彼女の存在は未来にはなくなっているのかもしれないが。
おそらく桜盛は、崑崙に未来ではいる。
あそこの天仙たちと協力できれば、彼女は環境を変えることが出来ると思う。
それはそれとして、今回の件で桜盛は、随分と鉄山に借りを作ってしまった。
もちろん最初に、鉄山の命を救ったというのは、なかなか返すことの出来ない恩ではあるだろう。
しかしここまで鉄山がやってくれたことは、下手をすれば国家と対決すること。
そんな危険性を犯してまで、桜盛と絡んでいたのである。
鉄山は老い先短い身である。
だが、だからこそと言うべきか、日本の未来について懸念することはある。
介入しない未来では、第三次世界大戦が起こった。
その理由というのは日本が力をつけて、ほんの少しアメリカとの同盟関係が弱まったからである。
現在の日本の体制が、アメリカとの同盟によって成り立っているのは、戦前を経験している鉄山からすると、ある程度は腹立たしいところがある。
経済力では何度も上を行きかけたのだが、皮肉なことにアメリカのみならず共産圏からも、日本を押さえつける動きがあった。
そしてそれを跳ね除けるだけの力は、日本にはなかった。
桜盛一人の存在で、世界のパワーバランスを壊しかねない。
以前の鉄山であれば、桜盛に海外からの干渉を少し弱めるべきでは、とわずかながら言ったものだ。
しかし桜盛は、細菌兵器を結局は、日本政府には渡さなかった。
これからを生きていく桜盛がそう判断したのなら、老人が文句をつけることではないだろう、とは最後には思った。
その鉄山は自分の最後の役割は、国家と桜盛のつながりを誰かに引き継ぐというものである。
一人だけでは難しい。与党政治家と官僚の誰か、そして財界にも誰かとのつながりを作るべきだ。
桜盛の力を一人が制御するとなると、それはまさにフィクサーになってしまう。
それが悪いとはいちがいには言えないが。
鉄山のような年代で立場があると、桜盛にやってほしいことはある程度偏ってくる。
一つには外国のスパイの抹殺である。
国内法でスパイへの対処は、せいぜいが国外退去処分であるため、これをどうにかしなければいけない。
もう一つは外国ではなく、日本の篭絡されてスパイとなっている人間への対処だ。
もっともこれは、鉄山の私見がかなり入っている。
与党内にも野党にも、他国のスパイめいた人間は大量にいる。
だがこのスパイと言うのは、情報のやり取りをすることによって、コネクションを築いてはいるのだ。
日本のこういった活動は、はっきりいってひどいものだ。
しかし全くこういったつながりがないよりはいい。
売国奴と言われている人間も、たいがい最初は相手側との対等な交渉のつもりで、接触するものなのだから。
桜盛は連絡手段が確立したため、鉄山や茜のところへ、頻繁に連絡するということはなくなった。
平和になったのはいいが、今度は平和すぎてストレスがたまる。
それでも勇者世界と比較しても、世界の未来に関わる出来事は一つ解決したのだ。
これでストレスがかかるのは、本当に危険な兆候である。
やはりモテが必要だ。
志保とは相変わらず仲のいい関係が築けているが、あと一歩が踏み込めない。
これは桜盛ばかりが悪いのではなく、志保も育ちがいいだけに、あまり隙を見せないところもある。
もっとも桜盛としては、他に魅力的な少女が周囲にいるというのと、志保がまだ胸部装甲はともかく、子供であるということが大きい。
健全なお付き合いであれば、別にそれでもいいなと桜盛は思う。
だが健康優良児な16歳の肉体は、肉欲に支配されているのだ。
右手が恋人、という状態が続いている。
性欲の発散だけならば、別にそれでもどうにかなるはずだ。
だが求めているのは、心の底からの肌の温かみを伴った交流。
そうすると同じ年の志保よりも、蓮花などに惹かれてしまう。
もっともこれが、本当に恋愛なのかどうか、そのあたりは分からないのだが。
桜盛の望みは、モテであった。
充実した心の交流を含む恋愛、などという贅沢なことは言っていない。
だがこの平和な世界に戻ってみれば、勇者世界よりもひどく、それを得るのが難しいと思えるのだ。
その理由もなんとなく分かっている。
日本は安全すぎるのだ。
どこが安全なのだ、という人間もいるだろう。
だがそれは比較の問題である。
勇者世界では桜盛は、危険から女性を救っては、すぐに惚れられてきた。
もしもこちらに帰還後、茜をはじめとして女性たちを、自分で救っていたならば。
吊り橋効果でモテていたのではないか。
そう思ったりもしている。
神様が桜盛に、あちらと同じような力を残した理由。
これはヒーローとして活躍し、存分にモテろというつもりだったのだろう。
だが勇者世界の経験から、桜盛は保身を優先した。
そのために現在のところ、本来ならもっと関係性が深くなっているであろう人物たちと、距離を置いている。
茜、エレナ、有希、蓮花あたりとはもっと親密になっていてもおかしくない。
(モテもまた自己責任か!)
今日もまた、桜盛のどうでもいい葛藤は続く。
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